家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第一話 散らかりました

ミレーネは自分の家から一歩外へ出て、まぶしさにひるんだ。


少し考え、今は目元をおおうものがないから眩しく感じるのだと理解する。
何となく、久々に空を見上げてみた。今日のシェーメンの空は雲一つない快晴。
そのおかげで気温も上がり、二月下旬としては暖かな気候となっている。年に一度のほうさいの日にはぴったりの陽気だと彼女は冷静に評した。


祈豊祭は、種まきを控えた時節に行われる、秋の豊かな実りを祈るための祭りである。
農村部では豊作を願う神事や、村における一年の農作の方針についての話し合いが行われる厳粛な日である。
とても幼い頃、ミレーネも大人達がそのような話し合いをしている様子を垣間見たことがあった。


しかしながら、彼女の二十六年の人生において多く見てきた祈豊祭はむしろ奔放な日である。
都市におけるこの祭りは、人々が休暇を得て外出し、祭りの催し物を楽しむ日へと遠い昔に変化していた。


祈豊祭の昼下がり。ミレーネは歩を進め、大通りへと出る。
露店からただよう様々な食べ物のにおいが混じりあっているため、ミレーネの嗅覚は面食らってしまった。
石畳の敷きつめられた大通りには、道を埋め尽くすほどの人々が楽しそうに歩いていた。寒さがとうげを越し、春が近付きつつあることに気付いた民衆の気分は上向きつつあるのだろう。
特に、若い男女は色鮮やかな服でめかしこみ、開放的な春の出会いを目当てに集まりつつあった。


ミレーネは自分の服装を顧みる。
肩から手の先、足首までを隠すだぼっとした灰色のワンピース。
大きめのかばんは、実用性一辺倒で見た目のえを度外視している。


ようやく自分が悪目立ちするであろうことに気が付いたが、今から家に帰るのも面倒だった。


それに、とミレーネは考える。自分はどうせこの街に溶けこんでいない。
赤みを帯びた茶色の髪は、シェーメン周辺ではまず見ない色だ。しかもうなじを隠す程度の長さしかないのに乱雑に跳ねる。
伸びた前髪で多少隠れてはいるが、目も赤茶色をしている。これも、青色や緑色の目をした人々が多いこの地方ではまずない色。
肌の色も、色白であるここの人々とは違う黄褐色。
これらの全てを普段はなるべく他者から見えないように隠しているのだが、今日はそうするわけにもいかないのだ。


いくら二月としては暖かいとはいえ、まだ風は冷たい。
それにもかかわらず、肩や首元を大きくさらしている服を着ている乙女達の数は多い。


ミレーネは堂々と歩く彼女達の忍耐力に感心した。
自分には無理だ。風が冷気を運んできたため、ワンピースの上に羽織っている黒色のショールをぎゅっと握る。


大通りの両脇には、気分が高揚して財布のひもが緩んでいる人々を狙い、露店が隙間なく並んでいる。
人々の歩く速度に合わせ、押されたりまれたりしながら歩を進めた。


時々よろけながらも、ミレーネはそれぞれの店を検分する。
女性として平均的な背丈しかないため通りの両側面を見るのは骨が折れたが、それでも何とか一店一店確認していく。


露店が扱っているものは様々だ。
地元でよく知られる食べ物。帝国各地の物珍しい飲食物。
子供向けの遊戯場では、用意されているつえを振るうと無害な魔法のせんこうがちょろっと飛び出し、子供をきゃっきゃと笑わせる。
大人にはとうけいや、カエルの競走などの賭け事。
そして、遠い地の不思議な物品の売店や、見たこともない動植物を展示すると看板でうたっている見世物小屋。


「おうおう嬢さん、暗い顔をしてどうしたんだ? うちの品を買えばにっこり笑顔になれるぜ」


通り過ぎようとしていた道端から声をかけられ、ミレーネはびくりと肩を震わせながら立ち止まってしまった。
ひげ面の店主が顔面に笑みを貼り付け、ミレーネを招いている。


「西のはるかなにある魅惑の街、シェディアの特産品だ。どうだい、綺麗だろう」


宣伝文句を無視することもできず、ミレーネは露店の机に並べられている物を見た。
首飾りや指輪といった装飾品が並んでいる。は感じない。
ミレーネには興味がない物品だった。


「あの、すみません、私……」


ミレーネは半歩身を引こうとした。しかし、通りを歩く人々に押され、逆に露店の前へ進み出てしまう。
店主は困り顔の彼女の様子にはお構いなしに声を張り上げる。


「嬢さんにならこれが似合うぞ。シェディア一の職人が作った、純銀とトパーズの首飾り。かつての王侯貴族も好んでいたという代物だ。安くしとくぜ、どうだ?」


首飾りの紐の部分を手に、露店の中から身を乗り出してきた店主がにやりと笑う。


「その、私は……」


ミレーネはこの場から逃げたいと思った。目立つことは覚悟の上で、強引に逃げてしまおうか。しかしそれでは。


「ほう、過去の貴人も身に付けていたと。それは俺のうるわしき花に贈るのに相応ふさわしいかもな」


悩み苦しんでいた思考を断ち切ったのは若い男の声。
声の方を見る前に、右横から肩を抱くように腕を回された。予想だにしなかった事態に体がびくりと震える。


混乱したまま、自分に接触している男を見上げ、ミレーネはさらに身を震わせることとなる。


見知らぬその男は目つきが悪かった。切れ長の目の中にある暗い茶色の虹彩は小さい。
彼の目がちらりとミレーネを見た。悲鳴を上げそうになったが、顔を背け、何とか飲みこむ。


「へえ、旦那もお目が高い」


店主の注意がれたことで、ミレーネに少しだけ余裕ができた。落ち着いて、とミレーネは心の中で自分自身に語りかける。深呼吸してからもう一度男を見上げた。


彼女よりも頭半分ほどは高い背丈をしている。
短い黒髪はやや癖毛なのか跳ねている箇所もあるが、自分のような乱れた印象はなく、自然と似合っていた。
眼光の鋭さのせいで最初は意識に登らなかったが、よく見てみれば整った顔立ちをした若い男だ。二十代前半、自分より二、三歳若いくらいだろうかとミレーネは予測した。


黒い髪と暗い色の目、対照的な薄い色の肌。
いくらか少数派ではあるが、この地方で見ない人種ではない。


ミレーネがそこまで思考したところでようやく、彼の服装が特徴的であることに気が付いた。


格式高い使用人の服装だ。黒いジャケットとズボン、暗い青色のベスト、白いシャツ。シャツの首元は銀色のブローチのような物が付いた紐で飾られている。
これだけ見るとどこか裕福な家庭の使用人のように見えるが、全体的に服がくたびれているように見えることが気になった。
特に革靴には傷と土が付いている。
背嚢はいのうを負っていることと合わせて考えると、街の外から来たのだろうか。


「――とまあ、つまりは職人が丹精こめて作り上げた、シェディアの美ってわけだ。可愛いお連れさんにぴったりだろう?」


ミレーネが使用人らしき男を観察している間に、装飾品露店の店主はセールストークをまくし立てていた。
それを黙って聞いていた男は、左腕でミレーネを抱いたままぐいっと右手を店主の方に伸ばした。
店主が対処する暇も与えず、首飾りをつかむ。


「ちょっとお客さん、商品に傷が付いたら弁償してもらうぜ」


店主が怒りを含ませた声を上げるが、男は首飾りを握ったまま不敵に鼻で笑った。


「なるほど。そのシェディアとかいう土地の者は大層腕がよいようだな。銀のメッキを張った安物をいかにも純銀らしく見せている。このトパーズも果たして本物なのやら」


露店店主の顔色が変わった。さっと笑顔が引き、髭面にすごみを利かせる。


「お客さん、うちの商品にケチ付ける気か?」


ハンッ、とミレーネの肩を抱き寄せたまま男は再びあざわらった。


「いいかおっさん、銀はかなり熱を伝えやすい金属なんだ。春を迎える前の冷たい空気にさらされてすっかり冷たくなっていても、触れればすぐに温まるほどにな。
しかし、こいつはまだ冷たい。どうした。なんなら、この話の続きは衛兵詰め所でするか?」


顔を青くした店主をもう一度嘲笑い、使用人の服装をした男は首飾りから手を離した。そして店から去るべく歩き出す。
肩を抱かれているミレーネが声を上げる間もなく、男は彼女を連れ、道の人通りに沿って歩き始めた。
ミレーネにとっては歩調が速く、ほとんど小走りになってしまう。
しかし、唐突に連れ去られたことに混乱しながらも、彼女は感謝の念を抱いていた。
いくらか店主が可哀想に思えたが、自分は押し売りから救ってもらったのだ。


「あ、あの、あり……ありがとう、ござい、ます……」


祭りのけんそうにかき消されそうな小さな声。
男は歩きながらミレーネの方を一度見やり、人にぶつからないようすぐに前を向きながら口を開いた。


「あんたもあんただ。あれに興味なんかなかったんだろ? ならば何を言われようが去ればよかったんだ。
この街は治安がいいと聞いている。立ち去れば追ってくるなんてしないはずだ。追いかけてこない奴から逃げるなんて簡単だろう」


はっきりと自分を責めてくる口調を耳にし、ミレーネはどうすればいいのか分からなくなった。
脚だけは変わらず動いているが、まるで自分ではない誰かによって勝手に歩かされている気がする。


「ところで、宿屋を探しているんだが、まだ空いている所に心当たりはないか? なるべく安い所がいい。職が見つかる前に財布が空になったら困るからな。
今日が祈豊祭だということをすっかり忘れて都市に来てしまったから、どこをのぞいても満室だ」


ミレーネは答えられなかった。何と答えるのが適切なのか分からず、声が出ない。
沈黙を貫いていると、不審に思った男がミレーネの方を見た。
明らかに困っている顔をしたミレーネを視認する。


男は立ち止まり、右手で顔を覆った。深く息を吐く。
大通りの真っ只中で立ち止まったため、彼に人がぶつかっていく。
それにより左腕をミレーネの肩に回したままであることに気付き、性急な動作で腕を放した。


「あー……悪かった。すまない。口が悪いのは性分なんだ。勝手に触れたのも謝る。こうする方があの店主に付けいる隙を与えずにすむかと……。その……じゃあな、気を付けろよ」


歯切れ悪くそれだけ言うと、男はきびすを返し、人混みの中へ消えてしまった。
それをミレーネはぼうっと見送ることしかできなかった。


道行く人にぶつかられて、ミレーネは正気に戻り、慌てて人々に合わせて脚を動かし始めた。
しかし、もう露店の検分に集中できそうになかった。
その胸中には、きちんとお礼を伝えられなかったことへの後悔があったから。

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