紅魔館の不器用な従者

ATY

第四話 『紅魔館案内』

かなり長いです。


「誰かぁ〜!誰かいませんかぁ〜!」
思いっきり叫んでみる。
しかしその大声も紅く長い廊下に空しく響くだけだった。
「はぁ…マジかよ…」
思わずその場にへたり込む。
このような感覚はいつ以来だろうか……
この孤独感とも恐怖感ともつかない感覚……

「はぁ…」
再度ため息をつき、小さく呻く。

紅魔館ここどんだけ広いんだよぉ…」


遡ること、約1時間ほど前。
自己紹介を終えた俺は、他の住人とも顔を合わせた。
それで分かったのは、紅魔館に人間は俺と咲夜さんの二人しかいないということだ。

地下にあるバカでかい図書館にいた"パチュリー・ノーレッジ"って人も『魔法使い』らしい。
そしてその側近の"小悪魔"は見た目と名前通り、『悪魔』らしい。

ここまで来ると、流石の俺でも驚くことはなくなった。
ただそれでも、見た目は人間となんら変わりないんで、違和感はあったけども。

その後は外に出て、俺の第一発見者である"紅 美鈴ほん めいりん"という門番に会った。
彼女も何らかの妖怪で、かなり前からここの門番をしているらしい。
…ただ、いつも居眠りをしているためによく咲夜さんにお仕置きされてるんだと。

その他にも妖精メイドが大勢いるらしいのだが、あまりにも人数が多いためにレミリア自身も誰が誰だか分からないらしく、その人達との顔合わせはパスになった。

「とりあえず、一通り自己紹介は終わったわね」
館の中に戻ると、レミリアはそう言った。
「早速仕事にかかって、と言いたいところだけど……あなた、まだこの館の構造とかまだ分かってないわよね?」
「まぁ、そうだな…」
先程外から館全体を見たが、案の定とんでもなくデカかった。
門から結構離れないと、その全体図が視界に入らないほどだ。
あれだけデカいと、『廊下を掃除しろ』なんて言われても、どこの廊下を掃除すればいいのか分からないだろう。
「なら次は館の案内といきましょうか。え〜と、誰か手の空いてる人は……」
そう言ってレミリアはキョロキョロ辺りを見渡した。しかし、妖精メイドはそれぞれの仕事をしており、暇そうな人はいなさそうだ。
「ま、咲夜でいいか。咲夜〜!」
そうレミリアが叫んだが、辺りを見る限り、咲夜さんの姿は見当たらない。

「なぁ、ここら辺にはいないんじゃ……ってうおおおおおあああああああああああ!!」
レミリアに声を掛けると、信じられない光景が目に入り、俺は今日何度目かの叫び声を上げた。

彼女の正面には咲夜さんが立っていた。
俺がレミリアから視線を外して辺りを見渡し、再び彼女に目を向けたその一瞬のうちに現れていたのだ。

どう考えても『瞬間移動した』としか言いようがなかった。

「え…い、いつの間に…?」
目の前で起こったことが未だ信じられずにビクビクしていると、レミリアは呆れたような表情になった。
「騒ぎすぎでしょ……そんなに驚くことかしら?」
「いやいやいや、驚くでしょ普通!瞬間移動とかどうなってんの!?」
「はぁ…まぁいいわ。咲夜、彼に館を案内させてもらえるかしら?」
「かしこまりました。ではこっちに着いてきて頂戴、俊」
驚いてる俺をよそに、咲夜さんが言った。
正直、まだ咲夜さんの事が怖くてまともに見られなかったが、とりあえず後を追うことにした。
本当に咲夜さんは人間なのだろうか…?瞬間移動なんてそんな非科学的な技を人間ができるわけがない。
俺は少しだけ距離をあけて咲夜さんの後ろを着いて行った。

その後、俺は咲夜さんに着いて行きながら館の中を見て回った。
館の構造よりも、さっきの瞬間移動の方で頭がいっぱいで、咲夜さんが説明をしていてもあまり頭に入って来なかったが。

「あ、あの…咲夜さん…」
「ん?どうしたの?」
「いや、えっと…。さっきのアレ、瞬間移動ってなんだったんですか?」
恐る恐るさっき起こった事について聞いてみる。
「ああ、あれのことね。一言で言えばそうね…。時間を止めたのよ」
「は?」
俺がそう聞き返した途端、目の前から咲夜さんが急に消えた。
「あれ、消えた?どこにいったぁぁぁああああああああああああ!?」
またもや叫び声を上げて、今度は尻もちをついてしまった。
先ほど俺の真正面にいた咲夜さんが今度は真後ろに、しかもまったく同じ姿勢で立っていた。
「まぁ、こんな感じね」
「こんな感じって……どうなってんすか?」
「簡単よ。私以外の時間を止めて、その間に移動しただけ。こういう能力なのよ」
さも当然かのように言ったが、そんな一言で片付けられる事じゃない。

時を止める力。
マンガやアニメなどで何度か見た事がある。
主人公がその能力を使って敵に気づかれないまま倒したり、逆に悪役がその能力で悪事を働いたりと、そんな感じだったか。
俺自身も時間を止める力に憧れており、その能力を手にした自分をよく妄想していた。

「あれ?もしかして他の皆もこういう能力を持ってるんですか?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「妖精メイドは知らないけど、お嬢様達もそういった能力は持っているわ」
「へぇ〜すっげ。じゃあレミリアってどんな能力をもってるんです?」
言ってから自分が思いっきり呼び捨てしてしまった事に気づく。
やっぱりお嬢様と呼んだ方がよかったんだろうか……?
いや、でもそれだとやっぱりヘンな気が……
見た目が完全に年下の女の子に様付けなどの敬った話し方をするのは物凄く違和感がある。
しかし咲夜さんはそんな事には指摘せずにいった。
「私自身もよく分からないんだけどね、どうやらひとの運命を操る能力らしいわよ」
「運命を…操る…?」
聞いたことの無い能力だ。
運命を操るということは、例えば人の人生を不幸にさせたり、幸福にさせたりとそんな感じだろうか。
「私もお嬢様が能力を使われるのは見たことが無いからね。けどもしかしたら、あなたがここに来たのもお嬢様が無意識にあなたの運命を操ってたんじゃ……」
言いかけて、咲夜さんが突然耳を澄ました。
「今誰かに呼ばれたわね。ちょっと行ってくるから、適当に廻っててくれる?」
言い終わるとほぼ同時に咲夜さんの姿は消えた。

立ち止まったままなのも暇なんで、とりあえず言われた通り、歩きまわることにしよう。

「はぁ…にしてもこれ、マジで夢とかじゃねぇんだよな……」
正直、自分の身に起こっていることが未だに信じられなかった。
異世界に迷い込んだってだけでも非現実的すぎるのに、吸血鬼のいる館で働くなんてさらに訳が分からん。
しかも、唯一の人間だと思ってた人も超能力者だったしな。
自分から働くとか言っておきながら、俺は館の住人達のことも信用しきってはいなかった。
ただの人間である俺を雇ってくれるあたり、悪いヤツらではないんだろうが、それでも怪しいと考えてしまう。
そもそも紅魔館はいつ頃からあったのだろうか……?
レミリアが500年以上生きているという事は、人間である咲夜さんは最初からいた訳ではないんだろう。
彼女はどういった経緯で紅魔館のメイドになったんだ…?
そして幻想郷には他に人間はいるのか…?

考え出したらキリがない。
これに関して考えるのはやめよう。

「それにしても…時間を止める能力、か…。かっけえよなぁ〜」
時間を止めれば周囲は止まり、自分だけが動ける。文字通りなんでも出来てしまうのだ。
堂々とカンニング出来るし、堂々と物を盗めるし、気に入らない奴を思いっきりぶん殴れるし、それに堂々と覗きも………………。

………………いや、これに関しても考えるのはもうよそう。
あまりにもアホな考えしか浮かばない自分が情けなく思えてきた。どれも悪い事だからなぁ…。

じゃあ、パチュリーとか美鈴さんとか妖精メイドとかはどんな能力を持っているのだろうか…。
もしかしたら幻想郷にいる住人は何かしらの能力を持っているのかもしれない。
「ん?ってことは……」
ここまで考えて俺はある一つのことに気づいた。

『幻想郷の住人』である俺も能力を手に入れたのではないだろうか……?

外の世界から"こっち側"に来て間もない人を『住人』と呼ぶには些か無理があるだろうが、幻想郷の建物に住まわせてもらってるのだから問題はないだろう。
そう考えると不思議とテンションが上がってきた。

しかし、手に入れたとしてもどのような能力なのかまでは見当がつかない。
試しに、手をヒラヒラ振ってみたり、指を鳴らしてみたが、何も変化が無かった。
「歩きながら試してみるか…」
周囲に誰もいないのを確認しつつ、色々と体を動かしてみた。

スキップをしたり、全力でジャンプをしたり、その場でグルグル回ったり、両腕を振り回したり、か○は○波のようなポーズをとったりと、色んな動きをしたが、能力が発動する気配はない。
傍から見れば完全に頭がおかしい人に見えるだろう。自分でもそう思った。

「あれ…?」
体を動かしながら歩いていると、一つの事に気づいた。
「ここ、さっきも通ったっけか…?」
一瞬、さっきと同じ所に戻って来たと思ったが、よく見れば若干扉の配置が違っている。
「んん…?さっきどこ通ってきたんだ俺?」
記憶を辿ってみたが、適当に歩いていたためによく覚えていなかった。
あれ…?という事はもしかしてアレなんじゃないか?
自分が今いる所も分からず、その上どこを歩いて来たのかも分からない。
もうこれ以上考えなくても自分の身に起きている状況はハッキリと理解出来た。

「やべぇ…迷子になっちまった…」

とりあえず、誰か呼んでみよう。来るかどうか分からんが。
「誰かぁ〜!誰かいませんかぁ〜!」
思いっきり叫んでみる。
しかしその大声も紅く長い廊下に空しく響くだけだった。
「はぁ…マジかよ…」
思わずその場にへたり込む。
迷子になるなんて小学生以来だな。
留守番をしている時や、1人で夜道を歩いている時とは違う、あの孤独感とも恐怖感ともつかない感覚。
この感覚は実際に迷子になった人にしか味わえないだろう。

「はぁ…」
再度ため息をつき、小さく呻く。

紅魔館ここどんだけ広いんだよぉ…」

咲夜さんも行ったっきり、戻ってくる気配はない。
『呼ばれた』と言っていたが、まだ終わらないのだろうか。
もしかして忘れられたんじゃ…
「そりゃねぇぜ、咲夜さんよ…」
「呼んだかしら?」
「え?…ってどわあああああ!?」
一日にこれだけの叫び声を上げたことは、今までにあっただろうか。
いつの間にか咲夜さんが俺のすぐ横に立っていた。
心臓に悪いから、いきなり現れるってのは正直勘弁してもらいたい。

「い、いつからそこに…?」
「ついさっきよ、お嬢様に呼ばれて用事が済んだから戻ってきたら、あなたが座り込んでたもの。どうしたの?」
「え?あ~、えーっと…なんつーか…」

どう言い訳をすればいいか迷った。
正直に迷子になったと言えば、なんかカッコ悪いし。
適当に、歩き疲れて座ってたとでも言っておこうか。

「えっと、ただ歩き疲れt」
「当ててみましょうか」
「え?」
「館が広すぎて、迷子になってたんでしょ。違う?」
「………………………はい、そうです」
完全に見抜かれてた。

人の心を読む能力ももっているのか。
あるいは俺の言動が分かりやす過ぎたのかは知らんが、ますます咲夜さんが恐ろしく思えた。

「あ、そうだ!さっきレミリアに呼ばれたって言ってましたけど、何だったんですか?」
この微妙に重い空気から抜け出すために、とりあえず話を変えてみる。
「ああ、さっきの?あなたの部屋について話してたのよ」
「え?俺の部屋?」
「自分の部屋が無かったら、困るんじゃないの?それともここの廊下で寝泊まりする?」
そう言うと咲夜さんは少しだけ意地悪そうに笑った。
「いやいやいや、部屋の方がいいです!」
「でしょう?だから部屋を見せるから着いてきて」
先程とは違う微笑みを見せながら、咲夜さんは言った。
その微笑みを見て、俺の心臓は『ドキン!』と高鳴り、慌てて咲夜さんから目を逸らした。


「この部屋よ」
咲夜さんが扉の前で立ち止まって言った。
「あ、この部屋って…」
「そうよ、覚えてる?」
覚えてるもなにも、ほんの数時間前の出来事だったから忘れるはずがない。
そこは俺が最初に寝かされてた部屋だった。
「いいんですか?こんないい部屋を俺が使っても…」
空き部屋にしてはなかなか立派な部屋だ。
居候の俺には些かもったいない気がするが…。
「いいのよ別に。空き部屋はいっぱいあるし」
そう言って咲夜さんは俺の方へ向き直った。
「とりあえずこれで案内は終わりね。構造とかは覚えた?」
「まぁ、覚えたっちゃ覚えた、かな…?」
まだハッキリと覚えた、とは言えないが、そういうのはこれから少しずつ覚えていけばいいだろう。
「じゃ、そろそろ何か仕事を一つ手伝ってもらおうかしら…」
咲夜さんが顎に手をあてて考えた後、思いついたかのように言った。

「初仕事ってことで、まずは廊下掃除をしてもらうわ」

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