紅魔館の不器用な従者

ATY

第三話『ご対面』

※ちょっと長いよ


「あ、あの……まだですか?そのお嬢様がいる所って……」
「もう少しで着くから大丈夫よ」

俺とメイドが部屋を出てからおおよそ10分程。
その間ずーっと、壁も床も天井も紅い廊下を歩いていたのだ。
いったいどんな構造をしてるんだこの館は。いくらなんでも廊下長すぎだろう。
歩いてる途中で、メイド服を着た人を他にも何人か見かけたが、ここの館にはこのメイド以外にもたくさんのメイドがいるのだろうか。
まぁ、確かにこれだけデカい館ならメイドがたくさんいてもおかしくないな。
そうじゃなかったら、完全にブラック企業だし。

「この先よ」
いきなりメイドがそう言って立ち止まったんで、危うくぶつかりそうになった。
「最初に言っておくけど…」
とメイドは俺の方を振り返った。
「お嬢様の機嫌を損ねないようにしてね。宥めるのは結構骨が折れるから」
「あ、はい。分かりました」

そのお嬢様って結構短気な人なのかな?
だったら、余計なことは言わずに、必要な所だけ喋ろう。


「お嬢様、連れてきました」
「ご苦労様。じゃあそこの貴方、こっちに来てくれる?」
「あ、はい…」
言われるがままに俺はそのお嬢様の正面へと立った。

この人がお嬢様か……
確かにそれっぽい椅子に座っているし……
けど、幼すぎないか?見た感じまだ小学生くらいにしか見えないぞ。
両親とかはいないのか…?
……ってかこの部屋も凄くデカいな。

この部屋の色もほとんどが紅色に染められている。
お嬢様の好みの色なのか…?それにしてはやり過ぎな気もするが。

「とりあえず、自己紹介からいきましょうか」
お嬢様がそう言うと続けて言った。
「私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主よ」
「え、主?」
「そうよ。何か気になることでも?」
「いや、主にしてはなんか幼すぎるなーって、…あ」

しまった、余計なことを言っちまった。
さっきメイドに忠告されたばっかりなのに。
もしかしてらこの子は子供扱いされるのが嫌いなのかもしれない……。
くっそ、なんでいつも俺は人に言われたことをすぐに忘れるんだよ!

頭の中で後悔と自分への憤りがループしていると
「はぁ…初対面の相手にはいつもそう言われるわ…」
とレミリアと名乗ったひとはため息混じりに呟いた。

ああ、どうか命だけは助けてくれ…
俺が必死に心の中で懇願してると
レミリアがまた口を開いた。

「最初にそっちから話した方が良かったわね。私は人間じゃなくて、吸血鬼なのよ。もう500年くらい生きてるわ」
「はいい!?吸血鬼!?500年!?」
いやいやいや、何言ってるんだこの子!?

目の前の小学生くらいの女の子が「私、吸血鬼です。500歳です」って言ったら、大半の人が「かわいいな」と微笑むか、「え?」って聞き返すかのどっちかだろう。もちろん、俺は後者だ。

「いや、ええ?嘘ぉ!?」
「嘘なんて言うわけないじゃない。ほら、人間にはこんな羽根生えてないでしょう?」
と、レミリアは俺に背を向けた。
確かに、なんかそれっぽい羽根が生えてるな。

『吸血鬼』というのは名前くらいなら俺も知ってる。
でもそれは『夜中に人間の生き血を吸って、日光とニンニクと十字架に弱い伝説上の怪物』という誰でも知っているような知識だけだ。
それを目の前の女の子がそう名乗るとは…
まぁ、きっとこの子も嘘はついてないんだろう…。だが簡単に『へ~そうなんだ。吸血姫なんて初めて見たよ~』と納得もできない。

幻想郷ここではそんな珍しい事じゃないわ。他にもいろんな妖怪がいるのよ」
「妖怪って、例えばえーと…だいだらぼっちとか、さとりとか、鬼とか?」
「まぁそんな感じね」
「ああ、そうなの…」

もういちいち声に出して驚くのはやめよう。
なにかすごいことを聴かされる度にデカい声出してたら、騒がしいヤツだと思われるしな。
要するに幻想郷には人外の化け物がたくさんいるらしい。
そういうの好きじゃないんだよなぁ~。別に怖いってわけではないよ。断じてない。

「…で、こっちは私の従者の”十六夜咲夜いざよい さくや”。紅魔館のメイド長をしているわ」
レミリアが先程のメイドに目を向けながら言い、メイドは前にでて一礼をした。

メイド長……聞き慣れない単語だが、おそらくメイドの中でもトップの存在、つまり社長みたいなものだろう。

「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」
あれ、俺の自己紹介は?自分達だけ言って終わり?

俺は口を開こうとしたが、言葉が出る前にレミリアに先を越された。
「咲夜から聞いたとは思うけど……あなた、外の世界からこっちに迷い込んだのよね?」
「ああ、多分…」
まだ確証は持てないが、そう考える他ないだろうな。
「ということは、あなたは行くあてが無いということね」
「まぁ、そうだな…」
「それなら」とレミリアは俺に指を差した。

「あなた、ウチで働かない?」

「え?働く?」
てっきり『泊めてあげる』とか『他に泊めてくれそうな家を探せ』って言われると思ったんだが…

「紅魔館には咲夜の他にも妖精メイドがたくさんいるのだけど、みんなあまり役に立たなくてね。あなたのような男なら力仕事も任せられそうだし。メイドというより執事かしら?」

「執事、か…」

そう呟いて俺は、黒スーツを着て、丸メガネの片っぽだけみたいなヤツをつけてるおじさんを思い浮かべた。
いつもお坊ちゃまのわがままに振り回されて苦労が耐えない……。俺が読んだ漫画では確かそんな感じだったな。
俺がその執事になるのか……

だが俺はあまり家事は得意な方ではない。料理なんて全くだし、出来るといったら皿洗いくらいだ。
正直その妖精メイドよりも役に立たないと思うぞ。
かと言って、他に泊めてくれそうな家を探すってのも危険だ。妖怪がウヨウヨいる所をうろついて襲われたり呪われたりでもされたらたまった物じゃない。
「まぁ、無理に働けとは言わないわ。嫌なら他に泊めてくれそうな所を探…」

「いや、ここで働くよ」

レミリアが言いかけてる所に俺が口を挟んだ。
「だって妖怪がいっぱいいる所をうろつくのは危ねぇし、それに倒れてた俺を助けてくれた恩もあるしな」

働かないでここを出ていけば、恩を仇で返すような気がして非常に申し訳ない気持ちになる。
俺は昔から、人から受けた恩は何かしらの形で返さないと気が済まない性格なのだ。
それに執事になるっていうのもなかなか経験できるものじゃないし。

「そう、なら決まりね。言っておくけどここの仕事は甘くないから、覚悟しときなさいよ」
そう言うとレミリアはニコッと笑った。
なんだろう…この笑み。ものすごく嫌な予感がする…

「あ、そうだ。まだあなたの名前を聞いてなかったわね」
「え?名前?」
いきなり聞かれたから、まるで自分の名前を知らないかのような聞き返しをしてしまった。
すごくヘンなタイミングだな。しかも『あ、そうだ』って言ったってことは忘れてたんじゃないのか?
まぁ、聞かれたからには答えるか。

「俺はしゅん氷室ひむろ俊だ」
俺がそう名乗ると、レミリアは「ふんふん…」と小さく頷いた。
「じゃあこれからよろしくね、俊。しっかり頼むわよ」
「ああ、うん。よろしく……」
これから俺はどんな生活を送ることになるのだろうか……。
3割程楽しみであり、残りの7割は不安だった。

こうして俺の執事生活は幕を開けたのだった。

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