女であり男でもある私は復讐をしていきます
19話 原因、私です。
二度目の夜会。
今回も前回さながら華やかな雰囲気な夜会だった。
「リリアーナ、この前の夜会ぶりだな。あの時はすまなかった」
話しかけてくるのは馬鹿王子ことアルザック。
この夜会の始まるにあたってシャルルとファーストダンスを踊らなければいけない彼が私に話しかけてきている。そのことで周りからの注目は凄まじかった。
けれど、全く気にもしていないシャルルもそれはそれで気持ち悪い。
「お気になさらないでください、婚約者のいる男性にむやみに近づいた私もいけませんから」
そう、これは事実。
自分の婚約者に異性が親密に近づくのは見ていて気持ちのいいものじゃない。
「…そうか、…そのドレス、想像以上に似合っている。美しいな」
事実なのに私が心の広い優しい人みたいな目で見られている。
…そう言えば私がシャルルに礼儀に関して注意をして、その後「私は気にしてませんから…」みたいなことを言った時も同じような顔をしていたな。
こんなに人を簡単に信用してしまう奴が王太子なのが本当に不安しか感じられない。
「ええ、とても美しいドレスで。私にはもったいないですわ」
しかし、送られたドレスは流石は一国の王族と言わんばかりの美しさだった。
肩のみが大きく出る淡いピンク色のドレスには胸元と裾に綺麗な花の刺繍がふんだんに施されてあり、非常に高価なものなのが見て取れる。
そしてセットで送られてきたむ靴と髪飾りはそのドレスにあっており、小さいながらも本物の宝石をあしらっていて、着るのをためらうくらい美しかった。
「ただ…シャルル様は平気なのでしょうか?」
「ああ、あいつか。気にすることではない」
嫌なものでも思い出したかのような顔をしながらそう吐き捨てるように言う。
こいつは、シャルルにもシトラルをそのように言っていたのだろう。
「それより、踊ってはくれないか…?」
「…ファーストダンスはシャルル様と踊るべきですわ、では」
手の甲に優しくキスをされたがそれを振り払い飲み物をもらいに行く、ふりをする。
流石にファーストダンスはアルザックとは踊りたくない。
だって、今日は彼がきているのだ。
キョロキョロと辺りを見渡し、その彼が立っているところへ近づいた。
身長が高いし女性からの目を集めるから目立つのだ。
「リリア、今日も綺麗だな」
私が近づいていることに気がついた彼が先に話しかけてきてくれた。言われていることはさほどアルザックと変わらないのにやけに心が弾む。
上がりそうな口角を必死に抑えた。
「ありがとうございます、ディルク様」
銀髪の髪をいつもと違い綺麗にまとめ、深い緑のタキシードに身を包んでいる彼、ディルク。
いつもは髪で見えにくい紫色の瞳がその整った顔立ちをさらに神秘的なものにしていた。
「それにしても、随分と露骨なアプローチだったな」
苦笑いでディルクは渋々シャルルと踊っているアルザックにチラリと視線をやる。
どうやら、先ほどのやり取りは見られていたらしい。
「ふふ、クロード様とは似ていませんね」
そう、何故か今回はディルクの他クロード第二王子とアムレット第一王女、そしてアトレーテ殿下がいらしているのだ。
そして、その2人からかすかな視線を感じる。
周りからの羨望の眼差しとは違い、監視するかのような視線だ。2人のことだからアルザックに近寄る女狐とでも思っているのだろう。
「それはそうとして、ファーストダンス、お願いできるか?」
手をふんわりと取り、手の甲に優しくキスをされる。
それがとても嬉しいのだ。
「綺麗」の言葉が社交辞令だとしても、その接吻が礼儀だったとしても。
「ええ、喜んで」
もう、表面上だけでもいい。それだけで嬉しいのだから。
そんな私の心情とは違い演奏されるのは恋愛の始まりを題にした明るい曲。
彼の綺麗なリードは強引なわけではないが謙虚すぎるわけでもなく、落ち目がなくてとても踊りやすい。
まるで、今だけ物語の主人公にでもなった気分だった。全てが1つの道のように決まっていて、隣には好きな人が必ずいてくれて。
そんな人生だったらどれ程幸せだろうか。
私はもう、シトラルじゃないから。
銀色の髪をなびかせながらステップを踏む彼はとても美しい。
こんなグスグスに腐った私には勿体無いほどに。
シトラルなら、何も知らないのならどれ程よかったか。
腰に回されている手の優しい暖かさを忘れないように頭に刻む。
「…終わりましたね、曲」
「ああ」
回されていた手がすっと離れていく。
さあ、腐った私の計画通りに、動いてもらおうではないか。
「リリア、少しあ…」
「リリアーナさんっ、少しお話ししません?」
ディルクの話を遮り私に話しかけてきた強者はシャルル。
流石によく今話しかけられたな、と感心してしまう。後ろから冷気を放っているディルクが怖くないらしい。
「このキウイのカクテル、美味しいし美容にもいいらしいんですよっ!一緒に飲みません?」
元気にそう聞きながら金色の綺麗な飲み物を差し出してきた。
その神経に感心しながらも、私はそれを受け取らずに他の赤色のカクテルに手を伸ばす。
「ごめんなさい。わたくしキウイアレルギーですの、代わりに此方をいただきますわ」
そう言って彼女の持っているグラスに軽くコンっとぶつけ、口をつける。
爽やかな酸味とほどよい甘みが口の中に広がった。
「なんでよ…」
ボソリと呟いた彼女に気がつかないふりをしながらそのカクテルを味わう。
「シャルル様、飲まれませんの?」
分かっているけれど聞いてみると酷い剣幕で此方を睨んできた。当たり前だ、毒入りと分かっていて飲む馬鹿なんていないだろう。
「…なんなのよっ、あんたはっ!」
そう叫んで私にそのグラスの中身をかけてきた。
口と目をキュッと閉じて体内に入らない様に気をつける。せっかくもらったドレスが、もう台無しだ。
周りもこの騒ぎに気がつき、雑談をやめて此方の様子を伺っていた。
もちろん、アルザック達やディルクも。
何故、こんなに冷静なのか。
それは今回のことを仕組んだのは自分自身だからだ。
前回の後、私はシャルルに言ったのだ。
『じゃあ、貴方の恨んでいるリリアーナさんを殺して婚約破棄されてから私と逃げません?』と。
その後、念密な暗殺方法やその他もろもろ話してから私たちは別れた。
我ながら一日で考えた割にはいい出来だったと思うがどんなにいい作戦でも相手に知られていればそれは駄作に成り下がる。
シャルルはこの後、体のどこかに隠してある短剣で私を斬りかかってくるのはもう知っている。だから、もう知っていることなのだからその対策はしているのだ。
私は今、シャルルと話し始めた辺りからずっと無詠唱超級回復魔法を展開している。
たとえ即死するレベルの攻撃をされても今の状態であれば死ぬことはない。
その条件としては攻撃をされる前に魔法陣を展開していること。展開中は常に魔力をごっそりと注ぎ続けること。
そして、攻撃されたらその瞬間の痛みと傷を再生する際の数分の痛みと2、3日続く魔力不足からくる脱力感。
だから、それさえ我慢すれば平気なのだ。
「あんたがいなければっ!」
胸元から短剣を引き抜きそれが私の顔の近くに近づいてきた。
理論上では死なないと分かっていても、心のどこからかくる恐怖が湧いてくる。
ほんの数センチ先に近づいている鈍い光沢を放つ短剣。
周りの悲鳴がやけに大きく聞こえて、流れてくる剣先が遅く感じられた。
怖い。
私は剣が刺さる痛みをもう知ってしまっている。
そのためか、怖さが倍増されるのだ。
「さようなら」
冷たいシャルルの声が聞こえてくる。
目をぎゅっと瞑ったため、何も見えないのだ。
すぐに激痛が襲うのだろう。顔を手で覆ったがそんなものでは防げない。
覚悟を決めた。
「っ…………」
決めたのにその痛みが襲ってこない。その代わり、鈍い金属音が静寂に包まれていた会場に響いた。
痛くないに越したことはないのだが、不思議に思い目を開ける。
そこには、銀色の彼がたった今魔法で造形されたのであろう氷の剣を使いシャルルの持っていた短剣をうまく遮っていた。
助けられたのは、何回めだろうか。
短剣は、宙に弾かれて浮いていた。
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