ホワイトデー特別読み切り企画。今回は2篇お届け!!!!!
スイートマジック~甘い恋の模様~
プロローグ・コンラン
やっばい!
やばいやばいやばい!
今………奏君に何された!?
もう何も思い出せないような……いや、覚えてるけど………。
それでも………私が溶けそうだよー………。
第一章・ミツケタ
時はだいぶ遡る。
そう、それは、1月の初め頃。
私の学校では7日から学校が始まる。
これは、まぁ、学校の伝統のようなもので、その分多めに勉強できるから、一石二鳥だ!と言っているらしい。頭がおかしいのだろう。うん。
だからこそ、今私が学校にいるのもおかしくないとも言える。
………ごめんなさい嘘です。私は赤点をとって補習くらいました、今日は1月5日です。
まぁ、それでも、結構の人が学校に来ているのだから、早めに学校を始めても意味が無いし、所詮勉強が出来ない人ばかりなのだろう。つまり私だけが馬鹿なわけじゃない。うん。そう思いたい。
「心愛ー、あんたも補習ー?」
「あんたもってことは、舞尼ちゃんも?」
舞尼ちゃんは私の友達で、まぁ、頭が悪いという点では仲間とも言える。
ちなみに私の名前は吉野 心愛で、2年A組にいる。38席だ。
「やっぱむずいよね、期末ー。何点だった?」
「数学が18点………。」
「うわっ、やばいじゃん。それやばすぎ。もっと勉強しなよー。」
「舞尼ちゃんが言う!?」
うちの学校は赤点が25点以下で、進学校というわけでもなくあまり賢い訳では無いような学校だ。
つまり、赤点をとるとは余程らしい。うん、私はその余程に入るのよ。
「私英語5点だもんねー。数学は23だし!」
「赤点ってことには変わりない!てか英語5点のがやばいじゃん!私それだけだかんね!?」
どうやったら5点なんて取れるのだろうか………。
そんな雑談をしていると、教室の扉が開いた。
「よぉーし、授業始めんぞー。」
数学の田辺の合図によって、補習授業が始まった。
「──えー、だからこの四乗根の中身は八乗となるから、この三は二個出ることになって………」
キーンコーンカーンコーン
田辺の説明がいいところ、という時に、チャイムが鳴った。
「あー、もうこんな時間か。んじゃ、十分休憩な。十分後再開するぞー。」
そして休み時間が始まる。
さて、1月5日の近くでやるイベント事と言えば何があるだろうか。
成人式、節分、建国記念の日……いやいや、そんなものではないだろう。
新年の御礼参り……でもない。
約一ヶ月後。女子の中では一年の中で最大のイベント。
そう。バレンタインデーだ。
ともなれば。比較的女子の多いこの高校では、既にバレンタインのお菓子を何作るか、の話で盛り上がっている。
もちろん、私や舞尼もその一人だ。
「バレンタイン何作るー?やっぱガトーショコラ?」
「あー、それもいいけどさー、生チョコとかどう?」
なーんて、他愛もない話で盛り上がったりもする。
正直にいえば、私はお菓子を作るのが苦手だ。でも、バレンタインでは何かを作らなければ、それは随分と下位の方に押しやられる。
下手をすれば、食べられるのが約一ヶ月後、ということもあるそうだ。
だから、この学校の女子は必ず手作りで持ってくる。
私も頑張る予定だ。
その日は、数学の補習と、休み時間のバレンタインの他愛もない話で過ぎていった。
補習が終わり、帰ろうとしたところ。
ふとグラウントを見ると、そこには部活をするサッカー部がいた。
正月シーズンも終わっていないのに、もう練習を始めるなんてすごいな。
あれ?正月シーズンって、本格的に終わるのは二月八日だっけ。じゃあ普通なのか。
そんな風に思い、練習を見ていると、その中に一人、気になる人がいた。
サッカー部エース、という訳でも、特にこれといった特徴もなく、イケメンとまではいかないが。
それでも、私はかっこいいと思う。そんな男の子がいた。
宮田奏君だ。
その一生懸命頑張る姿は、すごく、凄くかっこいい。
正直に言うと、私は彼が好きだ。ほかの人には、見る目がないと言われるが、そんな事どうでもいい。私が好きならばそれでいいのだ。
私はバレンタインに絶対なにか送ろう、そう決めていた。
その後、私はすぐに家に帰り、何を作るかの思案をしていた。
部屋でずっと、レシピ本などをみて、何を作るか決めかねていた。
切ない気持ちも一緒に重ねて、チョコレートミルフィーユ?
それとも、酸味のあるいちごなども積み上げたチョコタルト?
もしくは、苦味も入れたビターチョコレートケーキ?
迷った。
ものすごく、迷った。
そりゃ、すべて美味しいには美味しい。
でも、そんなの、ありきたり過ぎてつまんない。
どうしよう。まだ何も決まっていなかった。
あと一ヶ月にまで迫っているのに、まだ私は何も出来ない。
正直、バレンタインに何も渡せないような気もしてきた。
それても、諦めるのは嫌だったから、何かを作ろう、そんな気持ちでいっぱいだった。
夜遅くまで考え、寝たのは午前二時を過ぎてからだった。
結局、何を作るかは、まだ決まっていなかった。
第二章・ジュッコウ
次の日の朝、この日は数学の補習もなく、一日ゆっくりとした休みがあった。
とは言っても、私はどのお菓子を作るのかを決めるので精一杯で、あまり休むことも出来なさそうだが。
シンプルにチョコレートクッキー。
ふわふわのチョコシフォンケーキ。
冷たく甘いチョコレートアイス。
たしかに色々な案は浮かんだ。でも、ありきたりだったり、季節にあってなかったりして、決めることは出来なかった。
マフィン?いやいや、マカロン?もしかしたら、カヌレとかでも?
そんなありきたりなものしか浮かばない私は、自分が嫌になってきた。
奏君には、特別なものを送りたい。
そのためには、私しか作らないようなものを作りたい!
まぁ、何も浮かばないわけですけども。
結局その後、お昼ご飯の呼びかけがあるまで、ずっと考えていたが、一つも決まらなかった。
「んー…んぐんぐ……んっ、お母さんこれ美味しいねー。」
「でしょぉ、それ、お隣さんからお野菜もらっちゃってねぇ。それで作ったのよぉ。」
なるほど、美味しいものを使えば美味しくなるのか。
いやいや、それは大前提だと思うけど……
ただ、自然なもの、新鮮なものの方が美味しくて、それでも、美味しいものだけを組み合わせたのも違う。
こういうのなんて言うんだっけ?
と思っていたら、お母さんが答えを言ってくれた。
「まぁ、味が喧嘩しないように、市販の普通のお醤油も使ったんだけどねー。」
そうそう、味が喧嘩する、だ。
それも注意してやらないと………。
私は美味しいと言い続けながら、お皿を空っぽにした。
するとお母さんは、美味しいと言ってくれたのが嬉しかったのか、おかわりを注ごうか?と言ってきた。
「うん、お願い」
私はそうお願いし、注いでもらおうとした。
しかしお母さんが持ち出したのは、フライパンでも、小さな鍋でもなく。
「………どんだけ作ったの?」
大きな鍋だった。
シチューとか作るようの。
その中には、今日の晩御飯の 美味しい美味しい筑前煮だった。作りすぎでしょ、流石に。
まぁ、そんなことはスルーして、私は皿の中のものを浚えて、ごちそうさまを言った。
そして、私は部屋に戻った。
私は机に座り、ノートとにらめっこをしていた。
何を作るかをまとめたリストである。
シフォンだの、ケーキだの、ミルフィーユだのと書いてある。
しかし、どれもこれもぱっとしない。
と言うか、そもそも、甘いのは好きなのだろうか。
………明日聞こう。そう思った私だった。
そうして、また一時間近く考えてから、私は眠りに入った。
結局、決まりはしなかった。
「おはよー!」
1月7日、今日は始業式の日だった。
もちろん、二日前に会っている人もいるので、誰にでも「久しぶりだねー」とか、「あけおめー!」とか言ったりはしない。当たり前だけど。
ただ、私は、その二日前に会った(見た)けど、挨拶をしていない人がいたので、その子にはしに行った。
そう、それは、奏君である。
同じクラスなので、すぐに会えるし、挨拶も気軽にできる。
「奏くーん。あけおめ!ことよろ!久しぶりだねー!」
などど私は、明るく挨拶をしに行った。
しかし、奏くんはまるで聞こえていなかったかのように──イヤホンをしていたから本当に聞こえてなかったのかもしれない──そっぽを向いて、ずっと静かにしていた。
もしかして、無視された?
そんな考えがふと頭を過ぎる。違うかもなんて考えていない。考えれなかった。
それがわからずに、私はずっと困惑していた。
すると、いきなり奏くんが振り向きこっちをじっと見てきた。
え、なに!?あ、もしかして邪魔かな……?
しかし、そうでもないらしい。
何故なら、振り向いた時に私の姿を確認して、驚いた表情を見せたからだ。
───気づいてなかったんだ。
彼は驚いた表情のままこちらを見つめてきて、暫くして、イヤホンを外してから言った。
「………なに?なんか用だった?」
「え、あっ。えっと……あ、あけおめ、ことよろ。久しぶりだねって……その……。」
思わず言い淀んでしまった。なんというか……迫力がすごい。
しかし彼は、呆れるでも、怒るでもなく、こちらをじっと見つめ、遂には、ぷっ、と吹き出してしまった。
何かが彼にとってツボだったんだろう。
彼はそのまま笑い飛ばし、腹を抱えて苦しそうにしていた。
「あはははは!なんだよー、わざわざそんなことを言うためにこっち来たの?しかも、反応されなくてもずっと待ってたんだ?」
何に笑っているのか、よくわかっていないが、それでも。
無視されていたわけじゃなくてよかった、と、頭の中で喜んでいる私もいた。
「っはぁー、ごめんね、ずっと音楽聴いててさ。気づかなかったよ。えっと、あけおめ、ことよろ。ほんと久しぶり……って、2週間ぐらいじゃん。」
彼はそう言ってまた笑い飛ばした。
私は、そんな彼が落ち着く時間を与えずに、さっさと本題へ入ることにした。
「──えっとさ、奏くん。奏くんって甘いものとかって大丈夫?」
まぁ、普通に聞くと、なんのことかバレかねないが、この際仕方が無い。
すると彼は、きょとんとした顔で、こちらを見て答えた。
「大丈夫だよ。甘いものは好きかな。なんで?」
「あ、いや、その………えっと……」
なぜ、と聞かれることを予想していなかったため、また言い淀んでしまった。
すると私は、何を血迷ったのか、変なことを言った。
「その、今度さ。うちに来て、お菓子作りとか……して見ないかな?って思って………ど、どう?」
今思えばなぜこんなことを言ったのかはよく分からないが、しかし、バレンタインとそのまま言うわけにはいかない。それよりはましだろう。
すると、彼からは快い返事が返ってきた。
「いいの!?いくいく!わー、楽しみだなー。」
私は、クラスのみんながこの時、ニヤニヤと笑っているように見えて仕方がなかった。
いや、実際ニヤニヤしているんだけど。
「心愛ー、あれなにー?なんだあんな事言ったの?」
舞尼ちゃんがニヤニヤしながら聞いてきた。
「んー、分かんない。思わず言っちゃった。」
「えー?ほんとにー?まぁ、そっか、甘いもの好きじゃなかったら、バレン──」
「──それ以上言っちゃダメだよ。」
「……うん。でも、作れないもんね、それだと。甘いもの好きでよかったねー。そのあとの理由が分かんないけど。」
「……だからぁ、私もわかんないんだって。誤魔化そうとして、なんでかあんなこと言っちゃったの。」
本当は、誘うつもりはなかったのだが……母親に言って、やるしかないか。
「そー?……んー、でもさ、別に作るのはいいんだけど……」
舞尼ちゃんは何故かはにかみながら、言葉を続けた。
「二人っきりで?」
………あ。
「え、そそそそそんなぁ!それは無理だよ!だだ、だって、そんな……」
「でもさぁ、あの流れだと普通ふたりだよね。女子多いのもあれだし、どうすんの?私と、誰か男連れてく?」
確かに、それだとバランスが取れてて気まずい空気ではないだろう。しかし……男友達が可哀想というか……。それに、ふたりきりだと思ってた、と言われると、なんとも言い難い気持ちになってしまう。
すると、不意に横から、聞きなれた男の声が聞こえた。
「──吉野さん、他に誰が来るの?」
噂をすればなんとやらだ。
それは、奏くんの声だった。
そしてこの質問内容は……。
よし、巻き込もう。
「えっとね、ここにいる舞尼ちゃんと、あと一人男子誘おうかなって思ってる。」
「男子も?」
「うん。そうじゃないと奏くん、気まずいでしょ?」
男ひとりで女子の中に、はおそらくきついものがあると思う。
「あー、そっか。おけ、分かった。もうひとりの男子って、決まってるの?」
しまった。言ったはいいものの、一切決めていなかった。
すると、奏くんがこんな提案をしてきた。
「もし決まってなかったら、僕が誰か誘ってみようか?初対面で気まずいかもだけど、男子ひとりよりはマシかなって思うけど………」
それは願ってもないことだ。
「うん、お願いできる?」
「いいよ。時間は、次の日曜でいい?」
「うん。住所はメール送っとくね。ありがとう、奏くん。」
やっぱり奏くんは優しいなぁ……。
奏くんは、そのまま自分の席へ戻っていった。
「──ちょっと、巻き込まないでよ。いきなりでびっくりしたじゃない。」
「ま、まぁまぁ、舞尼ちゃん。ちょうど、行こうか? って言ってくれてたんだしいいじゃん。」
「まぁ、そうだけどさ。それで、何作るの?」
「んー、クッキーと、マドレーヌ作ろうかなって。作りやすいし。」
今咄嗟に決めたものだけど、まぁまぁ、いい選択ではないかと思う。
舞尼ちゃんも、賛成という顔で頷いた。
日曜日、お菓子作り当日。
材料はあらかじめ多量に買っておいたので、余分に作ることも可能だ。
万が一足りない、なんてことがないようにはしておいた。
ピンポーン。
と、チャイムがなったので、玄関へ行き、扉を開けた。
「やぁ、こんにちは。今日はよろしくね。」
それは、奏くんと、もうひとり男の子だった。
いや、それだけだと思っていたのだが、そのうしろに、舞尼ちゃんの姿も見えた。
ちょうど、さっき来たみたいだ。
「うん、こっちこそよろしくね。どうぞ、上がって上がって!」
三人を家に上げ、私たちは、キッチンへと向かった。
「チス、奏くんに誘われてきました、城谷 健登っす。自分、お菓子作りとか好きなんで、呼んでもらってありがたいっす。」
4人目の、奏くんが連れてきた男子の自己紹介も終わり、私たち女子も、健登くんに自己紹介をした。
そして、簡単に作り方を言って、製菓が始まった。
一時間後。
通常なら出来ているはずなのだが……。
「ぁぁあ!何やってんの健登くん!零しちゃダメだよ!」
「奏くーん、それお砂糖じゃなくて塩じゃない?」
「あ、ほんとだ、やっべ。」
「奏くん、何やってんすかー、もー。」
「いや、健登くん、あなたも人のこと言えないから!ちゃんと手を見てやって!」
健登くんは、お菓子作りが好きなのではなかったのだろうか。
初心者レベルで下手くそだった。
「もう混ぜ終わったんで、形も決めたんで、焼いていいっすか?」
「え、あ、うん。焼き方わかる?」
「大丈夫っす。ちゃんと焼けますよ!」
ど、初心者みたいな人の言葉を信じた私が悪かった。
ちょうどみんなのが形を取り終わったので、一緒に焼いてもらうことにしたのだが。
「な………に、こ……れ………」
そこにあるのは、黒い物体。
………焦げていた。
と言うより、消し炭になっていた。
「いやぁ、なんでっすかねー、普通に焼いたのに。」
「え、え、え、何分にした?何W?」
「え、分かんなかったんで、12000W?で、10分焼きました。」
12000。普通オーブンはそんなに出せないのだが、彼はチートでも使ったのだろうか。
と言うか、それはオーブン壊れるし、一瞬で焦げると思うけど……。
「なんでそんな………どうしよう、美味しいの食べてもらいたかったのに……」
思わず泣きそうになってしまった。
しかし、奏くんは、ニッコリと微笑んで、言った。
「じゃあさ。吉野さん、もうすぐバレンタインでしょ?だから、バレンタインで何か作ってよ。なんでもいいからさ、美味しいの。」
そんなことを、奏くんは提案してきた。
もちろん最初から作るつもりだったが、しかしいい機会だ。
「──分かった、作るよ。作る。絶対に美味しいの作ってみせるよ!」
「うん、ありがとう。別に特殊なのじゃなくていいからさ。普通のチョコレートが食べたいな。」
その言葉で、私は思った。
別に、ありきたりなのでもいいんだ。
そこに………愛が詰まっていれば。
私はその言葉に頷きを返し、そして決意した。
奏くんに、一生懸命作ってこよう、と。
そうして、その日のお菓子作りは終了した。
第三章・ケツダン
バレンタインまで、あと1週間を切ったとき。
私は……まだ何を作るか決まっていなかった。
色々なものを考えすぎて、逆に、『普通』というものが分からなくなったのである。
そして、私は何を作るか、だいたい絞ることにした。
候補としては、ガトーショコラ、生チョコ、トリュフ、抹茶チョコ、何かの形を象った、ただのミルクチョコ。
そうして、私の試作日記は始まった。
一日目、生チョコ。
作ろうとしたら、何故かどろどろになってしまった。
どうやって……作るのか忘れてました。
生チョコ、没。
二日目。トリュフを作った……けど、よく良く考えたら、お酒入ってる………。
結局、トリュフは、お父さんに食べてもらいました。
三日目、抹茶チョコ。抹茶の苦味が強すぎて、甘い抹茶チョコの作れなかった。
たぶん、抹茶を間違えたんだけど、それでも、苦すぎた。
四日目。候補になかったものを作った。
それは、チョコレートのパウンドケーキ。
普通に美味しく作れたので、第一案にしようか、と思っていた。
しかし、母親に「今から作ったこれじゃ、すぐ萎んじゃうわよ。他のも試してみたら?」と言われたので、形を象るチョコも作ってみた。
………簡単すぎたので没。と言うより、味が変わってなかったから、市販のでも変わらないんじゃないか、と思った。
五日目。ついに明後日がバレンタイン。
今日は、ガトーショコラを作った。
ものすごく美味しくできたので、パウンドケーキとガトーショコラのどちらにしようか迷ってしまった。
そして六日目。ついに前日。
私は、もう作るものを決めた。
ありきたりかもだけど、あまりないような新しい発想。
私は、いくつか作ったうち、その中で一番うまく出来たものをラッピングした。
これが……勝負のチョコレートである。
そしてついに当日。
学校中が、バレンタインという甘い空気に包まれているように感じた。
「おはよう舞尼ちゃん。」
「おはよう心愛。……どう?できた?」
舞尼ちゃんは、ずっとアドバイスをしてくれたりして、助けてくれた。
私は舞尼ちゃんに力強く頷き、ニッコリと微笑んだ。
「よし。じゃあ、頑張りな。応援してるよ。」
舞尼ちゃんはとっても優しい子だ。
だから……舞尼ちゃんにはとてもとても力強い返事を返し、そして、心の中でものすごく感謝をした。
ありがとう、舞尼ちゃん。
そして、ついに放課後。
私は、校舎裏で待っていた。
奏くんにそこに来るように伝えてある。
運命の時……そう、思えて仕方がなかった。
「吉野さん、来たよ。………できた?」
奏くんが来たみたいだ。
「うん。奏くん……」
私は、決意した。
今まで頑張ってきたことを。
今まで応援してもらったことを。
今まで想ってきたことを。
全部………吐き出す。
「──好きです!付き合ってください!」
私は、チョコレートが入った、お菓子の紙袋を差し出しながら、そう言った。
正直怖い。
振られるかも。受け取って貰えないかも。
でも、そんな不安は、次の言葉で吹っ飛んだ。
そしてその言葉によって、私の感情は、幸福で満たされた。
「──僕も……僕も吉野さんのことが好きです。こんな僕でよければ……お願いします。」
私は、泣きそうになった。
奏くんは、紙袋を受け取り、恥ずかしそうに微笑んだ。
「……か、奏くん……ありがとう。これからも……よろしくね。」
「うん。こちらこそ、よろしくね。」
そうして、私たちのお菓子作り日記は終わった。
エピローグ・カクシアジ
私たちは、ついに付き合うことが出来た。
まず、そのことを報告した相手は、舞尼ちゃんだ。
「おー!おめでとうー!良かったじゃん!いやー、めでたいねー!」
舞尼ちゃんは、心から嬉しそうに、一緒に喜んでくれた。
私はそれにつられて、泣きそうになりながらも、嬉しくなっていた。
そのあと、私たちは、付き合ったばかりだが、一緒に帰ることにした。
駅まで、とは言っても、その間だけでも幸せだと思う。
帰る途中、私たちは海に立ち寄った。
海を眺めながら、彼は聞いてきた。
「そう言えば、心愛ちゃん。何を作ったの?」
「んー……ナイショ。開けてみて?」
私に促されるまま、彼は紙袋を開けた。
その中身は。
「………パウンドケーキ?」
「うん。パウンドケーキにガトーショコラを載せたんだ。」
「……へぇー。その発想はなかったな。」
ガトーショコラといえば、ココアパウダーを振るうのが多いが、そのココアパウダーの苦味などを利用して、私はパウンドケーキを甘めにしている。
一緒に食べれば、美味しく感じる、という目論見だ。
「ねぇ、食べてもいい?」
「うん。いいよ!」
そう言うと、彼は嬉しそうにケーキを取り出し、かぶりついた。
「──んー!美味しい!すごい美味しいよ!」
奏くんは、笑ってそう言ってくれた。
でも、多分彼は気づいていないだろうな。
パウンドケーキに隠された、隠し味を。
苦味とか、酸味とか、そういうのもたまにはいいけれど。
あまーい隠し味。
それは……奏くんに対する、恋心だ。
そして、そんなお菓子を作る私は。
言わば、『甘い魔法使い』のようなものだろう。
そうして、私たちは。
甘い恋に浸り、幸せな魔法にかけられましたとさ。
やっばい!
やばいやばいやばい!
今………奏君に何された!?
もう何も思い出せないような……いや、覚えてるけど………。
それでも………私が溶けそうだよー………。
第一章・ミツケタ
時はだいぶ遡る。
そう、それは、1月の初め頃。
私の学校では7日から学校が始まる。
これは、まぁ、学校の伝統のようなもので、その分多めに勉強できるから、一石二鳥だ!と言っているらしい。頭がおかしいのだろう。うん。
だからこそ、今私が学校にいるのもおかしくないとも言える。
………ごめんなさい嘘です。私は赤点をとって補習くらいました、今日は1月5日です。
まぁ、それでも、結構の人が学校に来ているのだから、早めに学校を始めても意味が無いし、所詮勉強が出来ない人ばかりなのだろう。つまり私だけが馬鹿なわけじゃない。うん。そう思いたい。
「心愛ー、あんたも補習ー?」
「あんたもってことは、舞尼ちゃんも?」
舞尼ちゃんは私の友達で、まぁ、頭が悪いという点では仲間とも言える。
ちなみに私の名前は吉野 心愛で、2年A組にいる。38席だ。
「やっぱむずいよね、期末ー。何点だった?」
「数学が18点………。」
「うわっ、やばいじゃん。それやばすぎ。もっと勉強しなよー。」
「舞尼ちゃんが言う!?」
うちの学校は赤点が25点以下で、進学校というわけでもなくあまり賢い訳では無いような学校だ。
つまり、赤点をとるとは余程らしい。うん、私はその余程に入るのよ。
「私英語5点だもんねー。数学は23だし!」
「赤点ってことには変わりない!てか英語5点のがやばいじゃん!私それだけだかんね!?」
どうやったら5点なんて取れるのだろうか………。
そんな雑談をしていると、教室の扉が開いた。
「よぉーし、授業始めんぞー。」
数学の田辺の合図によって、補習授業が始まった。
「──えー、だからこの四乗根の中身は八乗となるから、この三は二個出ることになって………」
キーンコーンカーンコーン
田辺の説明がいいところ、という時に、チャイムが鳴った。
「あー、もうこんな時間か。んじゃ、十分休憩な。十分後再開するぞー。」
そして休み時間が始まる。
さて、1月5日の近くでやるイベント事と言えば何があるだろうか。
成人式、節分、建国記念の日……いやいや、そんなものではないだろう。
新年の御礼参り……でもない。
約一ヶ月後。女子の中では一年の中で最大のイベント。
そう。バレンタインデーだ。
ともなれば。比較的女子の多いこの高校では、既にバレンタインのお菓子を何作るか、の話で盛り上がっている。
もちろん、私や舞尼もその一人だ。
「バレンタイン何作るー?やっぱガトーショコラ?」
「あー、それもいいけどさー、生チョコとかどう?」
なーんて、他愛もない話で盛り上がったりもする。
正直にいえば、私はお菓子を作るのが苦手だ。でも、バレンタインでは何かを作らなければ、それは随分と下位の方に押しやられる。
下手をすれば、食べられるのが約一ヶ月後、ということもあるそうだ。
だから、この学校の女子は必ず手作りで持ってくる。
私も頑張る予定だ。
その日は、数学の補習と、休み時間のバレンタインの他愛もない話で過ぎていった。
補習が終わり、帰ろうとしたところ。
ふとグラウントを見ると、そこには部活をするサッカー部がいた。
正月シーズンも終わっていないのに、もう練習を始めるなんてすごいな。
あれ?正月シーズンって、本格的に終わるのは二月八日だっけ。じゃあ普通なのか。
そんな風に思い、練習を見ていると、その中に一人、気になる人がいた。
サッカー部エース、という訳でも、特にこれといった特徴もなく、イケメンとまではいかないが。
それでも、私はかっこいいと思う。そんな男の子がいた。
宮田奏君だ。
その一生懸命頑張る姿は、すごく、凄くかっこいい。
正直に言うと、私は彼が好きだ。ほかの人には、見る目がないと言われるが、そんな事どうでもいい。私が好きならばそれでいいのだ。
私はバレンタインに絶対なにか送ろう、そう決めていた。
その後、私はすぐに家に帰り、何を作るかの思案をしていた。
部屋でずっと、レシピ本などをみて、何を作るか決めかねていた。
切ない気持ちも一緒に重ねて、チョコレートミルフィーユ?
それとも、酸味のあるいちごなども積み上げたチョコタルト?
もしくは、苦味も入れたビターチョコレートケーキ?
迷った。
ものすごく、迷った。
そりゃ、すべて美味しいには美味しい。
でも、そんなの、ありきたり過ぎてつまんない。
どうしよう。まだ何も決まっていなかった。
あと一ヶ月にまで迫っているのに、まだ私は何も出来ない。
正直、バレンタインに何も渡せないような気もしてきた。
それても、諦めるのは嫌だったから、何かを作ろう、そんな気持ちでいっぱいだった。
夜遅くまで考え、寝たのは午前二時を過ぎてからだった。
結局、何を作るかは、まだ決まっていなかった。
第二章・ジュッコウ
次の日の朝、この日は数学の補習もなく、一日ゆっくりとした休みがあった。
とは言っても、私はどのお菓子を作るのかを決めるので精一杯で、あまり休むことも出来なさそうだが。
シンプルにチョコレートクッキー。
ふわふわのチョコシフォンケーキ。
冷たく甘いチョコレートアイス。
たしかに色々な案は浮かんだ。でも、ありきたりだったり、季節にあってなかったりして、決めることは出来なかった。
マフィン?いやいや、マカロン?もしかしたら、カヌレとかでも?
そんなありきたりなものしか浮かばない私は、自分が嫌になってきた。
奏君には、特別なものを送りたい。
そのためには、私しか作らないようなものを作りたい!
まぁ、何も浮かばないわけですけども。
結局その後、お昼ご飯の呼びかけがあるまで、ずっと考えていたが、一つも決まらなかった。
「んー…んぐんぐ……んっ、お母さんこれ美味しいねー。」
「でしょぉ、それ、お隣さんからお野菜もらっちゃってねぇ。それで作ったのよぉ。」
なるほど、美味しいものを使えば美味しくなるのか。
いやいや、それは大前提だと思うけど……
ただ、自然なもの、新鮮なものの方が美味しくて、それでも、美味しいものだけを組み合わせたのも違う。
こういうのなんて言うんだっけ?
と思っていたら、お母さんが答えを言ってくれた。
「まぁ、味が喧嘩しないように、市販の普通のお醤油も使ったんだけどねー。」
そうそう、味が喧嘩する、だ。
それも注意してやらないと………。
私は美味しいと言い続けながら、お皿を空っぽにした。
するとお母さんは、美味しいと言ってくれたのが嬉しかったのか、おかわりを注ごうか?と言ってきた。
「うん、お願い」
私はそうお願いし、注いでもらおうとした。
しかしお母さんが持ち出したのは、フライパンでも、小さな鍋でもなく。
「………どんだけ作ったの?」
大きな鍋だった。
シチューとか作るようの。
その中には、今日の晩御飯の 美味しい美味しい筑前煮だった。作りすぎでしょ、流石に。
まぁ、そんなことはスルーして、私は皿の中のものを浚えて、ごちそうさまを言った。
そして、私は部屋に戻った。
私は机に座り、ノートとにらめっこをしていた。
何を作るかをまとめたリストである。
シフォンだの、ケーキだの、ミルフィーユだのと書いてある。
しかし、どれもこれもぱっとしない。
と言うか、そもそも、甘いのは好きなのだろうか。
………明日聞こう。そう思った私だった。
そうして、また一時間近く考えてから、私は眠りに入った。
結局、決まりはしなかった。
「おはよー!」
1月7日、今日は始業式の日だった。
もちろん、二日前に会っている人もいるので、誰にでも「久しぶりだねー」とか、「あけおめー!」とか言ったりはしない。当たり前だけど。
ただ、私は、その二日前に会った(見た)けど、挨拶をしていない人がいたので、その子にはしに行った。
そう、それは、奏君である。
同じクラスなので、すぐに会えるし、挨拶も気軽にできる。
「奏くーん。あけおめ!ことよろ!久しぶりだねー!」
などど私は、明るく挨拶をしに行った。
しかし、奏くんはまるで聞こえていなかったかのように──イヤホンをしていたから本当に聞こえてなかったのかもしれない──そっぽを向いて、ずっと静かにしていた。
もしかして、無視された?
そんな考えがふと頭を過ぎる。違うかもなんて考えていない。考えれなかった。
それがわからずに、私はずっと困惑していた。
すると、いきなり奏くんが振り向きこっちをじっと見てきた。
え、なに!?あ、もしかして邪魔かな……?
しかし、そうでもないらしい。
何故なら、振り向いた時に私の姿を確認して、驚いた表情を見せたからだ。
───気づいてなかったんだ。
彼は驚いた表情のままこちらを見つめてきて、暫くして、イヤホンを外してから言った。
「………なに?なんか用だった?」
「え、あっ。えっと……あ、あけおめ、ことよろ。久しぶりだねって……その……。」
思わず言い淀んでしまった。なんというか……迫力がすごい。
しかし彼は、呆れるでも、怒るでもなく、こちらをじっと見つめ、遂には、ぷっ、と吹き出してしまった。
何かが彼にとってツボだったんだろう。
彼はそのまま笑い飛ばし、腹を抱えて苦しそうにしていた。
「あはははは!なんだよー、わざわざそんなことを言うためにこっち来たの?しかも、反応されなくてもずっと待ってたんだ?」
何に笑っているのか、よくわかっていないが、それでも。
無視されていたわけじゃなくてよかった、と、頭の中で喜んでいる私もいた。
「っはぁー、ごめんね、ずっと音楽聴いててさ。気づかなかったよ。えっと、あけおめ、ことよろ。ほんと久しぶり……って、2週間ぐらいじゃん。」
彼はそう言ってまた笑い飛ばした。
私は、そんな彼が落ち着く時間を与えずに、さっさと本題へ入ることにした。
「──えっとさ、奏くん。奏くんって甘いものとかって大丈夫?」
まぁ、普通に聞くと、なんのことかバレかねないが、この際仕方が無い。
すると彼は、きょとんとした顔で、こちらを見て答えた。
「大丈夫だよ。甘いものは好きかな。なんで?」
「あ、いや、その………えっと……」
なぜ、と聞かれることを予想していなかったため、また言い淀んでしまった。
すると私は、何を血迷ったのか、変なことを言った。
「その、今度さ。うちに来て、お菓子作りとか……して見ないかな?って思って………ど、どう?」
今思えばなぜこんなことを言ったのかはよく分からないが、しかし、バレンタインとそのまま言うわけにはいかない。それよりはましだろう。
すると、彼からは快い返事が返ってきた。
「いいの!?いくいく!わー、楽しみだなー。」
私は、クラスのみんながこの時、ニヤニヤと笑っているように見えて仕方がなかった。
いや、実際ニヤニヤしているんだけど。
「心愛ー、あれなにー?なんだあんな事言ったの?」
舞尼ちゃんがニヤニヤしながら聞いてきた。
「んー、分かんない。思わず言っちゃった。」
「えー?ほんとにー?まぁ、そっか、甘いもの好きじゃなかったら、バレン──」
「──それ以上言っちゃダメだよ。」
「……うん。でも、作れないもんね、それだと。甘いもの好きでよかったねー。そのあとの理由が分かんないけど。」
「……だからぁ、私もわかんないんだって。誤魔化そうとして、なんでかあんなこと言っちゃったの。」
本当は、誘うつもりはなかったのだが……母親に言って、やるしかないか。
「そー?……んー、でもさ、別に作るのはいいんだけど……」
舞尼ちゃんは何故かはにかみながら、言葉を続けた。
「二人っきりで?」
………あ。
「え、そそそそそんなぁ!それは無理だよ!だだ、だって、そんな……」
「でもさぁ、あの流れだと普通ふたりだよね。女子多いのもあれだし、どうすんの?私と、誰か男連れてく?」
確かに、それだとバランスが取れてて気まずい空気ではないだろう。しかし……男友達が可哀想というか……。それに、ふたりきりだと思ってた、と言われると、なんとも言い難い気持ちになってしまう。
すると、不意に横から、聞きなれた男の声が聞こえた。
「──吉野さん、他に誰が来るの?」
噂をすればなんとやらだ。
それは、奏くんの声だった。
そしてこの質問内容は……。
よし、巻き込もう。
「えっとね、ここにいる舞尼ちゃんと、あと一人男子誘おうかなって思ってる。」
「男子も?」
「うん。そうじゃないと奏くん、気まずいでしょ?」
男ひとりで女子の中に、はおそらくきついものがあると思う。
「あー、そっか。おけ、分かった。もうひとりの男子って、決まってるの?」
しまった。言ったはいいものの、一切決めていなかった。
すると、奏くんがこんな提案をしてきた。
「もし決まってなかったら、僕が誰か誘ってみようか?初対面で気まずいかもだけど、男子ひとりよりはマシかなって思うけど………」
それは願ってもないことだ。
「うん、お願いできる?」
「いいよ。時間は、次の日曜でいい?」
「うん。住所はメール送っとくね。ありがとう、奏くん。」
やっぱり奏くんは優しいなぁ……。
奏くんは、そのまま自分の席へ戻っていった。
「──ちょっと、巻き込まないでよ。いきなりでびっくりしたじゃない。」
「ま、まぁまぁ、舞尼ちゃん。ちょうど、行こうか? って言ってくれてたんだしいいじゃん。」
「まぁ、そうだけどさ。それで、何作るの?」
「んー、クッキーと、マドレーヌ作ろうかなって。作りやすいし。」
今咄嗟に決めたものだけど、まぁまぁ、いい選択ではないかと思う。
舞尼ちゃんも、賛成という顔で頷いた。
日曜日、お菓子作り当日。
材料はあらかじめ多量に買っておいたので、余分に作ることも可能だ。
万が一足りない、なんてことがないようにはしておいた。
ピンポーン。
と、チャイムがなったので、玄関へ行き、扉を開けた。
「やぁ、こんにちは。今日はよろしくね。」
それは、奏くんと、もうひとり男の子だった。
いや、それだけだと思っていたのだが、そのうしろに、舞尼ちゃんの姿も見えた。
ちょうど、さっき来たみたいだ。
「うん、こっちこそよろしくね。どうぞ、上がって上がって!」
三人を家に上げ、私たちは、キッチンへと向かった。
「チス、奏くんに誘われてきました、城谷 健登っす。自分、お菓子作りとか好きなんで、呼んでもらってありがたいっす。」
4人目の、奏くんが連れてきた男子の自己紹介も終わり、私たち女子も、健登くんに自己紹介をした。
そして、簡単に作り方を言って、製菓が始まった。
一時間後。
通常なら出来ているはずなのだが……。
「ぁぁあ!何やってんの健登くん!零しちゃダメだよ!」
「奏くーん、それお砂糖じゃなくて塩じゃない?」
「あ、ほんとだ、やっべ。」
「奏くん、何やってんすかー、もー。」
「いや、健登くん、あなたも人のこと言えないから!ちゃんと手を見てやって!」
健登くんは、お菓子作りが好きなのではなかったのだろうか。
初心者レベルで下手くそだった。
「もう混ぜ終わったんで、形も決めたんで、焼いていいっすか?」
「え、あ、うん。焼き方わかる?」
「大丈夫っす。ちゃんと焼けますよ!」
ど、初心者みたいな人の言葉を信じた私が悪かった。
ちょうどみんなのが形を取り終わったので、一緒に焼いてもらうことにしたのだが。
「な………に、こ……れ………」
そこにあるのは、黒い物体。
………焦げていた。
と言うより、消し炭になっていた。
「いやぁ、なんでっすかねー、普通に焼いたのに。」
「え、え、え、何分にした?何W?」
「え、分かんなかったんで、12000W?で、10分焼きました。」
12000。普通オーブンはそんなに出せないのだが、彼はチートでも使ったのだろうか。
と言うか、それはオーブン壊れるし、一瞬で焦げると思うけど……。
「なんでそんな………どうしよう、美味しいの食べてもらいたかったのに……」
思わず泣きそうになってしまった。
しかし、奏くんは、ニッコリと微笑んで、言った。
「じゃあさ。吉野さん、もうすぐバレンタインでしょ?だから、バレンタインで何か作ってよ。なんでもいいからさ、美味しいの。」
そんなことを、奏くんは提案してきた。
もちろん最初から作るつもりだったが、しかしいい機会だ。
「──分かった、作るよ。作る。絶対に美味しいの作ってみせるよ!」
「うん、ありがとう。別に特殊なのじゃなくていいからさ。普通のチョコレートが食べたいな。」
その言葉で、私は思った。
別に、ありきたりなのでもいいんだ。
そこに………愛が詰まっていれば。
私はその言葉に頷きを返し、そして決意した。
奏くんに、一生懸命作ってこよう、と。
そうして、その日のお菓子作りは終了した。
第三章・ケツダン
バレンタインまで、あと1週間を切ったとき。
私は……まだ何を作るか決まっていなかった。
色々なものを考えすぎて、逆に、『普通』というものが分からなくなったのである。
そして、私は何を作るか、だいたい絞ることにした。
候補としては、ガトーショコラ、生チョコ、トリュフ、抹茶チョコ、何かの形を象った、ただのミルクチョコ。
そうして、私の試作日記は始まった。
一日目、生チョコ。
作ろうとしたら、何故かどろどろになってしまった。
どうやって……作るのか忘れてました。
生チョコ、没。
二日目。トリュフを作った……けど、よく良く考えたら、お酒入ってる………。
結局、トリュフは、お父さんに食べてもらいました。
三日目、抹茶チョコ。抹茶の苦味が強すぎて、甘い抹茶チョコの作れなかった。
たぶん、抹茶を間違えたんだけど、それでも、苦すぎた。
四日目。候補になかったものを作った。
それは、チョコレートのパウンドケーキ。
普通に美味しく作れたので、第一案にしようか、と思っていた。
しかし、母親に「今から作ったこれじゃ、すぐ萎んじゃうわよ。他のも試してみたら?」と言われたので、形を象るチョコも作ってみた。
………簡単すぎたので没。と言うより、味が変わってなかったから、市販のでも変わらないんじゃないか、と思った。
五日目。ついに明後日がバレンタイン。
今日は、ガトーショコラを作った。
ものすごく美味しくできたので、パウンドケーキとガトーショコラのどちらにしようか迷ってしまった。
そして六日目。ついに前日。
私は、もう作るものを決めた。
ありきたりかもだけど、あまりないような新しい発想。
私は、いくつか作ったうち、その中で一番うまく出来たものをラッピングした。
これが……勝負のチョコレートである。
そしてついに当日。
学校中が、バレンタインという甘い空気に包まれているように感じた。
「おはよう舞尼ちゃん。」
「おはよう心愛。……どう?できた?」
舞尼ちゃんは、ずっとアドバイスをしてくれたりして、助けてくれた。
私は舞尼ちゃんに力強く頷き、ニッコリと微笑んだ。
「よし。じゃあ、頑張りな。応援してるよ。」
舞尼ちゃんはとっても優しい子だ。
だから……舞尼ちゃんにはとてもとても力強い返事を返し、そして、心の中でものすごく感謝をした。
ありがとう、舞尼ちゃん。
そして、ついに放課後。
私は、校舎裏で待っていた。
奏くんにそこに来るように伝えてある。
運命の時……そう、思えて仕方がなかった。
「吉野さん、来たよ。………できた?」
奏くんが来たみたいだ。
「うん。奏くん……」
私は、決意した。
今まで頑張ってきたことを。
今まで応援してもらったことを。
今まで想ってきたことを。
全部………吐き出す。
「──好きです!付き合ってください!」
私は、チョコレートが入った、お菓子の紙袋を差し出しながら、そう言った。
正直怖い。
振られるかも。受け取って貰えないかも。
でも、そんな不安は、次の言葉で吹っ飛んだ。
そしてその言葉によって、私の感情は、幸福で満たされた。
「──僕も……僕も吉野さんのことが好きです。こんな僕でよければ……お願いします。」
私は、泣きそうになった。
奏くんは、紙袋を受け取り、恥ずかしそうに微笑んだ。
「……か、奏くん……ありがとう。これからも……よろしくね。」
「うん。こちらこそ、よろしくね。」
そうして、私たちのお菓子作り日記は終わった。
エピローグ・カクシアジ
私たちは、ついに付き合うことが出来た。
まず、そのことを報告した相手は、舞尼ちゃんだ。
「おー!おめでとうー!良かったじゃん!いやー、めでたいねー!」
舞尼ちゃんは、心から嬉しそうに、一緒に喜んでくれた。
私はそれにつられて、泣きそうになりながらも、嬉しくなっていた。
そのあと、私たちは、付き合ったばかりだが、一緒に帰ることにした。
駅まで、とは言っても、その間だけでも幸せだと思う。
帰る途中、私たちは海に立ち寄った。
海を眺めながら、彼は聞いてきた。
「そう言えば、心愛ちゃん。何を作ったの?」
「んー……ナイショ。開けてみて?」
私に促されるまま、彼は紙袋を開けた。
その中身は。
「………パウンドケーキ?」
「うん。パウンドケーキにガトーショコラを載せたんだ。」
「……へぇー。その発想はなかったな。」
ガトーショコラといえば、ココアパウダーを振るうのが多いが、そのココアパウダーの苦味などを利用して、私はパウンドケーキを甘めにしている。
一緒に食べれば、美味しく感じる、という目論見だ。
「ねぇ、食べてもいい?」
「うん。いいよ!」
そう言うと、彼は嬉しそうにケーキを取り出し、かぶりついた。
「──んー!美味しい!すごい美味しいよ!」
奏くんは、笑ってそう言ってくれた。
でも、多分彼は気づいていないだろうな。
パウンドケーキに隠された、隠し味を。
苦味とか、酸味とか、そういうのもたまにはいいけれど。
あまーい隠し味。
それは……奏くんに対する、恋心だ。
そして、そんなお菓子を作る私は。
言わば、『甘い魔法使い』のようなものだろう。
そうして、私たちは。
甘い恋に浸り、幸せな魔法にかけられましたとさ。
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