異世界に転生したのでとりあえずギルドで最高ランク目指します
調理場へ、そして不清潔な女
調理場に我々の里の女たちに混ざって忌み子が何かのスープの味見をしていた。
周りの者はワシに気がつくと姿勢を正し、礼をしてきたが、この女は気がついてもいない。
そのことが少々勘に障るが、逆に言えばそれだけ凝っているということだ。
それは楽しみとしか言いようがないな。
....そういえば先ほどの報告では料理が出来たと聞いたのだが、なぜ出来ておらんのだ?
誤報というのは考えられないので未完成だったが報告したといった所か。いや、温めているようにも見える。
どちらにしても忙しい身のワシを呼んでおいて待たせるのは、不快じゃな。
「長様」
忌み子に苛立ちを覚えながらも観続け、しばらく経つと横からアーツェの声が聞こえる。
そちらに視線をやれば、血の付いたアーツェが額に上下に大小の角を持つイノシシの見た目の魔獣、角猪を二頭引き下げてやって来た。
この里では滅多に魔獣と遭遇しない。
基本的には外に出なければ遭うこともないのだが、稀に迷い込んで来る奴もおる。
そんなのを狩るのは警備隊の仕事のはずじゃが....
「どうしたんだ、その魔獣は」
「はい。七時の方向で修復中の家樹の近くに迷い込んで来まして、たまたま近くにいた私が捕らえました」
そういうことか。
「なるほど」
「丁度招集が調理場でしたので、持参致しました」
「そうか。誰か、この魔獣の解体をし、肉は焼き捨てよ!ただし、脂の部分だけは残し、別にしておくように!」
ワシがそう命令を出すと、料理をしていた女たちのうち五人がこちらへと駆けて来た。
もちろん女だけでは少々重荷なため近くで働いていた男にも手伝うように伝える。
エルフは肉を食べない。それだけではなく魚、鶏卵、油なども食べない。
完全菜食(ヴィーガン)なのだ。
そのため今回のように迷い込んだ魔獣も、毛や爪、角などの装飾や武具に使えそうな物だけを取り、肉は他の魔獣を呼ばないように焼いて棄てる。
ただし森を汚れないように土に埋める。
焼け、灰が残り、その灰が土の栄養となる。
しかしそこまで完全菜食のエルフが脂だけを残すのか?
それはこれから来る薬師が使うからである。
家畜や魔獣の脂は薬師にとって軟膏を作る際の材料として多く必要なのだ。それはエルフの薬師とて例外ではなく、また女子層からの人気が高い。
冬場は水仕事が大変なため、薬師の作る軟膏がよく使われている。
その人気故、迷い込んだ魔獣の脂は分けられ、薬師の元へと届けられる。
だが、この量ではさほどの量は出来ないな。
そう角猪の大きさを見て、だいたいの脂の量から軟膏の量を想像する。
「お待た、せしまし、た」
先ほどのアーツェの声でワシの存在にも気がついたようで、忌み子がこちらへと寄って来る。
「出来たのならとっとと行くとしよう......と言いたいが、少し待て」
「?」
不思議がる忌み子を無視して、薬師のいるであろう診療所の方に目をやる。
ワシの失敗もあるから少々遅れているようだな。
っと、そうだ忘れておった。毒を盛るのは良いが、その盛る時間を設けなくてはな。
どう引きつけるか....まあ、ワシが来いと言えば多分ここから離すことは簡単だが、それでは怪しまれる。
となれば相応しい理由が必要だが、何かあるだろうか?
元々彼らが目的としている忌み子の母親について教えるか....いや、それだけは止めておこう。
違うもの.....!そうじゃ、あの青年について何か話せば良いか。
怪我は忌み子の治癒核である程度は治っているだろう。しかしあの時、ワシは確かに見た。
忌み子が青年の手当てをしている際に、青年の左手はなく、凍っていたようにも見えた。
いや、確かに凍っていた。松明の光が反射しての僅かな輝きだったが、間違いない。
その腕について話せば、まあ時間稼ぎにはなるじゃろう。
治す治せないはこの際、どうでも良い。あの男には、早くこの世を去ってもらう。そうした上で忌み子を殺す。
これで決まりだな。
「遅れてすみませ〜ん」
考えがまとまった、ちょうどそのタイミングで軽い言い方の声が聞こえた。
考え込んでいたため下を向いていたようで、顔を上げれば、常識人とは思えないほどの女がこちらへと向かって来るのが見えた。
髪はボサボサで、どこで手に入れたのか目を覆う箱のような物を頭に乗っけ、身なりの整っていない服には所々汚れが見える。
はっきり言って不清潔。
そんな女がこちらへと歩いて来ている。
しまった。彼女を調理場(ここ)に呼ぶのは、間違いだったな。
そう後悔したが、時既に遅しであった。
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