AVERAGE・0

せんえんさつ

第1楽章 戦争の行方

「なんだお前!!どこの出身だ!!どけっ!!」

見れば明らかな軍人が怒鳴る声がする。そうか、私はまた意識を失っていたのか。

「返事もできないのか!?…よく見れば貴様、いい女ではないか…!へっへっへ。こいつぁいい。連れて行け!」

はぁ、と何度目かのため息をつく。結局突き詰めれば男は獣欲しかないのか、と この戦争が始まってから何十、いや何百と残念に思う。男の部下らしき数人が手持ちの荷物を降ろして私を囲む。どうやらなにかの運搬の最中だったらしい。

「…導通・起動シュタインズ・オン

男達から見れば、驚きも大層なものだっただろう。女は男と見まごうような貧相な身なり。そして、脱力したかのように宙を見つめてこう言っただけなのだから。

「ひっ!!ぐああああああああ!!!!」
「おい!どうした!!なにがあったんだ!!!」

はじめに命令した男が狼狽する。無理もない、囲んだ数人全員が腕を鎌で斬り落とされたのだから。大量の血飛沫をあげながら部下たちは絶叫をあげる。女の手には、血に染まったかのように真っ赤な鎌が握られていた…。

第一次世界大戦が始まってからもうすでに1年が、早くも経っていた。同盟国側のドイツが勢いに乗り、あと一歩のところまで来ていたが、フランスがマルヌの戦いでドイツを泥沼に持ち込み、連合国・同盟国共に膠着状態に陥っていた。そんな中、影ながらに各勢力を少数で削っていた部隊が唯一存在した。それが「暁の一族」である。絶大な力を誇るこの一族はどこにも与しようとせず、あらゆる兵器を剣や刀、鎌など一見遅れに遅れた武器を手に次々と破壊し続けた。全員がその身に代々伝わる呪いを宿し、その呪いによって力を得ている。 ある者は「あらゆる武器をその場で作り上げる」、そしてある者は「目のあったものを石化させる」…と言った具合に、全ての国に人ならざる者の噂が広がり始めていた。銃で撃とうものなら、軌道をそっくりそのままに撃ち返され、戦車で押し潰そうものなら逆に戦車が押し潰されるなど、被害は計り知れない。だからといって、一旦始めたものを自分から引き下がるほどに人類は欲浅く無かった。犠牲が出るのを承知で、ヴェルダンの戦いや、ソンムの戦いという総力戦にかけたのである。その判断に呆れた一族は、膠着の原因である戦力の拮抗を破壊するため、ある国に攻め入った。
 後に連合国側に寝返る、「イタリア」である。

「…あんた、まだやるの?」

ため息混じりに一言言ってやると、男は情けないほど顔を歪め、腰を抜かしながら逃げていった。部下たちはどうやら出血多量で死んでしまったらしい。気の毒だが、情けは無用だろう。ここで情を出してしまえば、一族の指揮に関わる。
 申し遅れたが、私は「マアンナ」暁の一族の長をやらせて頂いている。どうしてこうわざわざ事を鮮明に書いてるかって?史実に乗らないように、私達による被害を後々消すためなんだ。少し気分を害するような内容もあるかもしれないが、もし目にする事があれば読んでほしい。多分、これを持った君は相当運がいいさ。
 今はイタリア攻めの真っ最中。私が寝落ちしてたようでダサく感じるかもしれないが、これが私の呪いなのだ。「殺害した数と同じ数の秒数だけ睡魔に身を貸す」
…だったか。要するに殺した数だけ眠くなるってとこだ。まだ眠くて仕方がないあたり、先ほどのものもカウントされてしまったらしい。もう一眠りといきたいところだが…と唸っていた時だった。

「長!長!!聞こえますか!!」

このイタリア攻めの隊長を任せていた奴から連絡が来る。どうやらなにかあったらしい。

「どうしたんだそんなに慌てて。落ち着け」
「失礼致しました!…ですが火急にてございます!」

こいつがこういう時は相当なことだ。なにぶん優秀で、戦闘力としても申し分ない彼が言うとすれば…。

「犠牲者にございます…!!」

その言葉に、私はぞくりと嫌なものを感じた。なんだと…?我々に犠牲者…??一体どんな化け物が出たという。

「欲に駆られた一族の者が数人寝返りました!!イタリアに安住の地を提供してもらえると…!!」

ふーんと流しつつも、内心では舌を打っていた。たしかに内応者は予測していたが、犠牲が出るほどの者が離縁したか…!くそ…。

「すぐに向かう。私が直接に裁を出してやる。座標を教えられるか?」

「はい!aー2・5番地区です!」

この座標に、マアンナはさらに舌打ちをする。この座標は、一族の中でも名高い、「本庄」のせがれが担っていた地区だ。こいつは面倒なことになったぞ。

「…5秒でつく。しばし待て」
「はっ!!」

それで通信が切れ、マアンナは鎌を握り直す。

導通・展開シュタインズ・オーバー!」


譜陣を展開、座標を入力し、一気に飛び立つ。その姿はさながら流星のようだ。

(待ってろよ裏切り者。私を見くびるとどうなるか、知らしめてやる)

静かな憎悪を燃やしつつ、マアンナはその名に相応しい速度で空を駆けた。

本庄家は暁の一族の中でもかなりの手練れの集団だった。だがその力故か、よく本家にも反抗していたことを覚えている。自分達は、なんのために争いに加担するような真似をするのか、と。もちろん、マアンナはその都度家に出向き、暁の一族の力の由縁を話し続けた。はるか昔、人類が今以上に栄えていた時、とある「バケモノ」と呼ばれる存在と契約を結んだ。バケモノ自身は暁の一族に一切姿を見せていないため、マアンナ自身もなんなのかはよく分かっていないが、こういった契約であった。

ーこの先、人類が争いごとを起こした時、それを止めてほしいーと。

ただそれだけと言えばそれまでだが、バケモノは人類同士の争いに心を痛めていたこともあり、応じたという。そして、バケモノは1人の人間を生み出した。それが、マアンナである。バケモノはマアンナを生み出した代わりに溶けるようにしていなくなってしまったらしい。マアンナは、バケモノの約束を忠実に覚えており、ひたすらに人類の歴史を守り続けたが、とある頃からぷっつり記憶が切れており、気づいたら以前の人類は滅んでおり、新たな人類がこの地に根付いて、自分は忘れ去られていた。1人平和な世界でなにをするわけでもなく、放浪している中、また不思議なことに1人、自分を知っている男がいたのだ。しかも、契約者の子孫だという。しかし、この者は一切以前の人類の滅びた理由を話さなかった。これにマアンナはいたくご立腹だったが、次第にその男を気に入ったようで、夫婦となった。それから暁の一族としては血が薄まっていったが、以前、戦争を止めるという使命感は残っており、それが呪いとして受け継がれていった。その分家で一番血が濃いのが本庄家なのである。
 もちろん、こんな矛盾だらけの歴史を信じるわけもなく、建前上でしか本庄家は従わなくなってしまった。今にして思えば、本庄家が最も平和を愛していたのかもしれない。人類が戦争で滅びようが、自分達が生きていれば、それでいいではないか、なぜわざわざ危険な戦場に出向かなくてはならないのか、と。 マアンナがイタリア攻めの最中眠っていた中でも、何度もその夢を見た。分かっている。分かっているが…!自分を生み出した母とも父とも言える存在との約束なのだ!そんなものを破れるわけが…!!

「久しぶりだな…本庄のせがれ」
「相変わらず目つきが悪いですね。怖くて仕方ありませんよ。こっちは」

刀を手にした本庄の当主「ギル」は、口調こそ穏やかなものの、鋭い殺気を見にまとっていた。被った返り血もそれを顕著に表しているように見える。

「どうやら反乱でも起こしたようじゃないか。血迷いでもしたか?ん?」

マアンナが挑発気味に言うも、ギルは乗る気が全くない。

「そんなことないですよ。ただ俺たちは、世間でこそこそ隠れ、平然と人を殺すような組織にいたくなかったもんで」

その言葉に、マアンナは爆発的に殺気を高める。私が…!誰よりも平和を願っている私が…!!平然と人を殺しているとでも…!?

「もういい。貴様の顔なぞ、二度と見る気は無い」
「言葉遊びに付き合ってはくれませんかね。…じゃあやりますか」

ギルが瞬間的に足に力を込める。刀が光に軌跡を描くがごとく凄まじい速さでマアンナに迫るが、それを彼女は平然と素手で流し、右足でギルを蹴り飛ばす。

「がっ…!?」

さらに鎌を持っていない方の手で足を掴み、そのまま地面に叩きつける。 悶絶するギルにマアンナは鎌を振り上げるが、ギルの姿がふっと消える。

「…なに?」
光速の剣戟セイバー・フルインパクト!」

なんとギルは、マアンナの真上から剣戟を叩き込んだ。

「く…ぐうぅ……この…!!」

衝撃波がすさまじい圧力となってマアンナに襲いかかる。ギルが圧倒的に実力差のあるマアンナをひたすら止めているのには訳があった。

(ここでマアンナを止めておけば…! あいつらはイタリアと手を組んで、平和を手に入れられるんだ…!!)

ギルが時間を稼いでる間だけ、本庄の一族は自由に向かえる。そう思っていた時だった。マアンナが突然立ち上がり、目を伏せたまま話し始める。

「あんた…平和を手に入れたいって言ってたね」

その言葉に、刀を振り続けながらギルは叫ぶ。

「そうだ!!お前の下らない約束のせいで、俺達まで犠牲を食らう!!いくら俺達とはいえ!不死身な訳じゃない!!!ただですまない奴らが今までどれだけいたか!!!答えてみろ!!!」

ギルの叫びは、暁の一族なら誰でも共感するほどに痛々しい叫びだった。たしかに、今まで何人もの同胞が命を散らしたが、なんとどの葬儀にも彼女は参加しなかったのだ。理由もわからない上、犠牲についてなにも話そうとしない。それどころか、平然と打ち上げの宴すら開いてみせる始末だった。それが…それがギルにはどうしても許せなかった。他の仲間はそれでも長にはなにか考えがあると譲らない。

「1315人」
「は?」

思わずギルは刀を止めてしまい、慌ててマアンナから距離を取り、刀を構え直して続きを待つ。

「今まで失った同胞だ。全員…私の息子や娘にも等しい大切なもの達だった…。はじめの5人ほどは無論看取った。だがな…」

顔を上げた彼女の顔は涙に濡れていた。まるで年端のいかない少女のような表情に、ギルは衝撃を受け絶句する。

「耐えられないんだ…!仲間の死が!!耐えられないんだよ!!!この辛さがわかるか?! 全員覚えて離れないんだ!!夢にも出てくる!!!…。っく…うっ…。」

情が昂りすぎたのか、鎌を取り落として咽び続け、なんとか顔をとりなし、鎌を持ち直してギルに向き直る。

「全て知った上での決定だ。私は始原のバケモノとの約束を守る。人類との契約として、地上から戦争を根絶する。誰もが笑える、そんな世界になったら死ぬつもりだ。だがそれまでは…」

彼女の呪いが表に引き出され、目が赤黒く光り、禍々しい紋様が刻まれる。長のみが使用できる特権ー。

「断固として死ぬ気はない」
「は、はは!やってみろ!!俺を殺せ!!」
「誘導尋問・思考限界(サーチング・ブローカー)」

狂ったように笑っていたギルが、突然縛り付けられたかのように硬直し、口が閉じられる。

「もう喋るな。うっとおしい」
「…!!」

次の瞬間、ギルは内側から弾け飛んだ。それと同時にマアンナの紋様も消え、その場に崩れ落ちる。

「もう…嫌なんだ…人が死ぬのは…」

そして、彼女は再び眠りについた。もしかしたら、これは呪いではないのかもしれない。

ーその後、当主が亡くなったこともあり、本庄家は突然大人しくなった。無事イタリアも連合国側に寝返り、それがトリガーとなってか、第一次世界大戦も終結した。一応の勝利国にも、暁の一族の存在の隠蔽を約束させた。


「お母さん。なんで私達は戦わないといけないの?」

少女が母親らしき女性の膝の上に座っている。女性も少女も相当な美人だ。

「うーん…戦わないといけないんじゃないのよ」
「どうゆうこと?」

困ったような女性に少女は首を傾げて聞き直す。

「私達は、世界の戦争を0にしないとダメなのよ」
「すごーい!世界を平和にするの?かっこいい〜!」

歓声をあげた少女に女性は苦笑いをする。それと同時に、心の中で祈りを捧げた。

(どうか、この子が大人になるまでに世界が平和になっていますように。この子が、笑顔でいられますように)

「私が、この世界に平和を作る…!絶対に、諦めはしない!!」

眠りから覚めた少女は、新たな夢を胸に歩き出した。




コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品