白の花嫁は忌龍に寵愛される

せれぶ

花嫁の生まれた夜

 パラミシア王国、ラングリッジ家にて…


 ばたばたと響く足音に、2人の赤子の産声。女は赤子を抱き、傍らには優しく赤子と女を撫でる男。
 今宵、満月の重なる夜、白い双子が生まれた。

 白い肌と髪に、それぞれの満月と同じ色、片方は淡い青、もう片方は淡い翠。
 右目の青い赤子はアンジェリーナ、左目の青い子はアンドレアと名付けられた。

 女も男も、その周りの人々も、その赤子の美しさと愛らしさに涙を零した。その幸せに満ちた空間を壊すものが現れた。


 そう、あの恐ろしい忌龍が部屋の窓辺に足をかけ、こちらを睨みつけていたのだ。

 屋敷の人間は恐怖で震え上がり、女は赤子を守るように抱き男はそこ前に立つ。
 龍はそれに気にした様子もなく
そして、右目の青い赤子…アンジェリーナを見つめ


「この娘は我が物だ。」


 そう言い放ちまた空へ飛び去った。

 人々は悲しみに染まり、怒り、そして諦めた。
 どうせ、殺されるならば…殺されてしまうならば……愛さないようにしよう。愛するこの子を。
 この子がもしあの龍に殺される時、愛されているからと未練のない様に。もしこの子に嫌われようとも。
 彼女がこの世に未練の無いように_





 ある山の天辺で重なった満月を見上げているときであった。
 しゃりん、と小さな鈴のような音が響き、ふわりと小さな白い龍が現れた。右目が青い月の色、もう片方は金の月の色だった。その小さい白龍はきぃ、きぃ、と鳴きながら空を飛び始めた。
 慌てて我もそれについて行く。月の光があろうとも夜。暗い夜の空に淡く光る白龍を見逃さぬようにしっかりと目で追っていった。

 …仲間から聞いてきたが漸く、漸く我の花嫁も生まれた。そう内心舞い上がったが、ふとそれは無くなった。

 花嫁に恐れられないか。
 人の間では我は忌龍と恐れられていると同胞から聞いた。人を食み、毒を操り、全てを壊す忌龍であると。
 そもそも人は食べる気にならんし、毒は操ることも出来るが操ったところで利益もない。全てを壊すなんて事があれば既にこの国は地図から消え去り荒地と化しているだろう。
 同胞はそもそもお前にそんな度胸が無いと笑い飛ばしたが…いや、確かにそんな度胸は我にはない。
だが人は我を恐れている。それは変わらぬ事実であった。

 …だが、花嫁は欲しい。長い時を共にする伴侶くらい我だって欲しいのだ。だがもし怖がられたら逃がしてやろう。花嫁とて恐れている者と死ぬまで一緒なぞ嫌であろう。
 花嫁は1頭の龍に1人。それを逃せば、永遠に独り。
…それでも、構わぬ。そうだ、花嫁を逃がした後に美しい森に囲まれた泉を探そう。誰の目にも触れぬ、我だけの泉にしよう。

 そんなことを考えながら飛んでいれば大きな屋敷に着いた。
小さな白龍はきぃ!と大きく鳴くと溶けるように消えていった。
白龍は花嫁と同じ色を持つと言う。真白だったから白い髪に白い肌だろうか。右目は青いのだろう。
龍が消えたのがこの窓のそばだったのだからここにいるのだろうか。
魔法で鍵を開け前足を窓辺にかける。中を覗けば恐怖に染まった目を見開き、赤子とその赤子を抱く男と女を守るように立つ人々。あの話は本当であったのだな。
ともかく、花嫁を一目見ようと赤子を抱いている女に目を向けた。
その瞬間、息が止まった。
双子のようでよく似た赤子が二人いたがひと目でわかった。
右目の青い赤子がこちらに手を伸ばした。まだ生まれたて赤子であったが、もし思い違いでなければ手を伸ばしたのだ。
生まれたばかりには珍しくうっすらと目を開いている。確かに右目が美しい淡い青であった。


「…この娘は我が物だ」


ついそんな言葉が漏れた。この娘は誰にも渡さない。そう思ってしまうほど、我はなにかに飢えていたのだろうか。
だが、思ってしまったことは変わらない。誰にも渡さない。もしこの娘が我を拒んだのなら世界を壊そう。そうするだけの力は我にある。この娘に嫌われたならば…この娘に嫌われる世界なんていらない。ほんの少しであったがそう思えるほど、我はこの娘に執着したのだ。

…だが今は、赤子以外の人々の目が、嫌だ。恐怖と、絶望と、悲しみと、…怒り。
それに耐えられずすぐに飛び立ったのであった。





そんなことがあったのは、何年前であっただろうか。
ふと目が覚めてそう思った。

確か…5年ほど前であった気がする。あの娘はどう育っているだろうか。我のせいで家族や周りから嫌われていないだろうか。そう思うと心配で心配で眠れない。

あの娘に会いに行こう。と、そう思ったが勇気が出ない。今拒まれれば我は崩壊するかもしれない……だが、会いたい。
…よし、会いに行こう。人の姿で。

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