私の街

樹子

act2.バンドマンとは


私には友達と呼べるのかはわからないが憧れる人がいた。

彼の名前は新田一(にったはじめ)という。
職業はフリーター兼バンドマン。だいぶナルシストだが作る曲は本当に綺麗だ。私は彼の書く歌詞が大好きで、実家から少し離れたその人の住む街まで通い詰めていた。

その人はお酒を飲むのも得意で、まだ未成年の私も交えてよく飲み会というものをしていた。


「ちょっと、一さん。私そんなまだ未成年だし!」
「いいから飲めって!」


ちょっと酒癖は悪いが、そういう場所は賑やかで嫌いではなかった。
堅苦しいのを嫌う彼は私が敬語を使わないことを快く思っていたと思うし、それなりに仲良く、上手く、やり過ごしていた。
だけどただ少しだけ彼と私は他と違っていた。


「夏乃ぉ、酔っ払っちゃった」
「飲み過ぎだよ、一さん。ねえどこ触ってんの」
「いいじゃん、どうせホテル行くでしょ」


所謂これはセフレ、というものなのだろう。
お酒を飲んで、酔って、ホテル、なんてことはよくあった。
ただ私も若くてバカなもので、求められることが嬉しくてつい応えてしまうのだ。

小さい頃に親が離婚した私は愛情にひどく飢えていたのだと思う。


一さんは確かにクズだが私も人のことは言えないし、彼の作る曲はとても好きだ。
綺麗だと思う。ライブも何度も行ったし、バンドメンバーの人とも仲良くさせてもらっている。

いつかこの街に引っ越してきたら一さんと一緒に住みたいなんて思っていた。


でも一さんには絶対的に好きな人がいて、私が踏み込む隙間なんてなかった。
わかっていた。だから憧れでよかった。都合の良い女でよかった。ただ少しだけ彼を支えられるような、私はコタツのような人でありたかった。


「一さん」
「んー?」
「なんでもない」


細い腕を枕に眠る。人の体温は暖かい。
一人で眠ると広い布団だって、誰かと眠れば狭くなる。その狭さは窮屈なわけじゃなくて、心地良い狭さだと思っている。

夏場だからと低めの温度に設定したクーラーの風が心地良い。彼の体温は暖かい。
今日もよく眠れるのは彼のお陰だ。








「俺、暑苦しいバンドマン嫌いなんだよね」


急に一さんが話し始める。


「何急に。一さん、バンドマンじゃん」
「俺は違うの。好きな人に向けて音楽を作ってて、届けたいからライブしてるだけ。売れたいとかそういう気持ちで音楽やってない。ただ一人のために音楽をしてる」


私は不思議と納得した。
確かに一さんが作る曲は優しいし、一人のためという言葉がしっくりくる。

私も曲を作ることがあるからなんとなく思うのだけれども、音楽というものは多分。誰かのために作った音楽に、自分が言葉にできなかったものを感じて共感して好きになるんじゃないかな、と思う。


「いつか絶対届くって思ってるんだけどな」


そう言いながら一さんは紙に向かって歌詞とコードを書きなぐっている。

片手には煙草を持ちながら。



ーーーああどうしてこうも私の好きな人達は煙草を好んで吸うのだろう。


一さんの煙草は男にしては可愛いパッケージをしていて、確か名前を、ピアニッシモと言った。
確かに彼にぴったりな名前かもしれない。
それでもやっぱり私は煙草のことは好きになれなかった。

煙草に嫉妬する。
たかが肺しか満たせないような紙屑が、人の嗜好品になって、寿命を削って、時間を奪うのだ。こんなたかが数センチの物質が。


「煙草、好きだね」
「うん。好きっていうか、落ち着くから」


よくわからなくて私は携帯に目を向けた。
静かなファミレスの喫煙席で氷の溶ける音だけが、カラン、コロン、と響いていた。

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