私と幽霊と巫女な義母

ノベルバユーザー172952

長い坂道



 私には決して人に言えないあまりにも特殊なせいへ――趣味がある。

 好きになったのは確か中学の頃、当時オタクの友達の付き添いで某電気街の書店へ行ったときまでさかのぼるわけだが……。

『義母』

 義理の母との恋愛物、そんな非倫理的で背徳的な内容の本に、私は吸い寄せられた。
 本当の母親の顔さえも覚えていない私は、だからこそ、『母』というものに普通の家庭に育った子供では描かないような、『偶像化』ともいえる憧れのようなものを持っていたのかもしれない。温もりを求めていたのかもしれない。

 兄には幾度となく変態呼ばわりされたが、私は興奮したイノシシか、懐中を泳ぐマグロ並みに、止まらなかった。私の手綱は誰の手にもなかった。

 漫画、小説、ゲーム、と、義母が出てくるものは何でも買い、小遣いで足りない分はアルバイトまでして買っていた。それは生まれて初めての『趣味』といえるものであり、熱があった。コンテンツに触れている間だけ、私は幸福を感じていた。

 そんな私がリアルにお義母さんと住むことになったのだが……。

「やばい、お義母さんに会う前に殺されそう……」

 永遠と続いているような気がする丘に沿って上っていく螺旋状の坂道をキャリーバッグを引きずりながら要領いっぱいになった頭の中の物を吐き出すように呟く。

 二次元じゃないリアルお義母さんとか、よく考えれば若干の人見知り属性を持っている私にとっては攻略対象であると同時に強敵でもあるのだ。

 難易度はかなり高く設定されているらしく、少なくとも私は、出会う前から既にリアルと幻想の間に迷い込み精神を疲労させ、緊張しすぎて三日前の夜からずっと眠れていないため肉体的にもかなり疲れきっている。すでに瀕死状態だといっていい。

 そんな私に課されているのは、バスを降りてから徒歩30分の坂上りだった。

 どうやらお義母さんは、私の住んでいる町の丘の上の一軒家に住んでいるらしいのだ。
 交通面で見ればかなり不便で、普段は車を使うらしいのだが、本日、私のためには用意できなかったとのこと。

「やばい、鼻血出てきた……」

 休憩を兼ねて石段に背中を預けながら、ティッシュで鼻を抑える。別に過度な妄想はしていないはずなので、ただの睡眠不足の体を酷使した代償だろう。

 坂を見上げる、確かに丘の上までは近づいてはいる。もう30分ほど重い荷物を抱えて上っている身としてはもう少し傍に見えていて欲しかったとも思うが。

 ペットボトルの水を飲みながら、まぶしすぎる太陽から手で目を隠して、大きな欠伸をする。小春日和、いい季節だった。
 大きな欠伸が出てきて、できることならこのまま眠ってしまいたいところだが、生憎と枕が変わると眠れない体質だ。

「こんにちは、お嬢さん」

 足音もなかったし、人の気配もしていなかったものだから、唐突な声に「あわわ」などという変な声が出てしまう。
 慌てて手を取ってみると、いつの間にか目の前には一人の女性がいた。

 クルクルの縦ロールの金髪におっとりとした優しそうな顔、高い背丈、黒いドレスを着ていて、フリルつきの日傘の下にいる。所々に見える白い肌に、ムチムチな体は、はっきりいって私の想像していた『お義母さん像』にかなり近いものがある。

「貴女は……?」
「はっ、はい! 朝霧リンです、東明高校に通う普通の17歳女子です! よろしくお願いします!」

 咄嗟に鼻血を垂れ流しながら、まるで男子校の応援団の如く自己紹介してしまった……。
 90度でお辞儀すると「ふふふっ」という柔らかな笑い声が聞こえてくる。

「私、クリスっていうの。よろしくね、リンちゃん」
「えっと、お義母さん、でいいですか……?」

 既に頭の中では彼女とお風呂程度までのシチュエーションは想像できていて、非常にわくわくしていたのだが、返ってきた返答は「ごめんなさいね」とのことだった。

「私、実はこの上に住んでいる子のお母さんなのよ?」
「えっ……じゃあ、お義母さんのお母さん――つまりは、私のお祖母ちゃんってことですか?」
「……そうね」

 やんわりと微笑む彼女はどう見ても三十台後半くらい。祖母としてはありえないくらいに若すぎる。いったいどんな物を食べながらどんな化粧水を塗っていればこの若さを保てるのだろうか。

 いくら私でも祖母を攻略するゲームなどやったことがないので、今度試しに探してみようとさえ思っていると、「行きましょうか」と女性――クリスさんが言うのですぐに荷物をまとめて立つ。その微笑に一瞬、いいな、と思ってしまったのはあくまで『義母』好きとして心に秘めておくことにしよう。

(あれ? でもゆうちゃんは何も言ってなかったよね……)

 そう言えば、二人暮らしだと言われたわけではないが、彼の口調から勝手に二人きりを想像してしまっていた。

 祖母の存在があるならば事前に知らされても良いものだが……。

「ねえ、リンちゃんってどんなところに住んでいたのかしら?」
「どんなところって……えっと、普通のマンションですよ。私の部屋も四畳くらいです」
「それは、昔から?」
「そうですね、はい、小学校に通い始めてすぐくらいのときからずっとですね」

 まあ、その中に尋常じゃないほどの『義母』関連の作品が眠っていたということは流石に口には出せないか。あれをダンボールに入れていくのがどれほど大変だったか……。

 坂道を登り始めながら、クリスさんは質問を続ける。

「両親は何をしていらっしゃるの?」
「世界中を飛び回っているってことは知っているんですけど……ちょっと、私にはわからないです」
「…………そう」

 たまに送られてくるのは奇妙な骨董品の数々と、毎回、違う国の判が押された手紙。そこに書かれた内容はただのラブラブ馬鹿夫婦の惚気話だし……。

「お義母さんは、何をしてらっしゃるんですか? あと、クリスさんも」
「どちらも、変わった仕事よ。似てはいるけれど、大きく違うわ」
「えっ、と……」
「ごめんなさい、お義母様に聞いてくださるかしら。私には少し難しいわ」
「はい、わかりました……」

 やっぱり、何か違和感があった。
 孫に向かって、自分の娘のことを「お母様」などと言うだろうか。言うには言うのかもしれないが、名前で言うことの方が多いような気がするのだが……。

「えっと、お義母さんの名前って、知ってますか?」
「変なことを聞くのね」

 全く、おっしゃるとおりです。
 勝手に疑って確認を求めている立場である私が「すみません……」と謝ると「別にいいわ」と言ったクリスさんは、

「東条院ミコ、貴女がこれから会う母親の名前よ」

 あっけなく、義母の名前を告げた。
 どうやら、違和感はただの勘違いだったらしい。

 中々辿り着かない。時間的にはとっくについていいはずだ。
 そう思い始めた瞬間、灰色の門が見えてきた。なんというタイミングだろうか。
 自然と足が速くなり、あっという間に門まで走っていく。

「ねえ、リン」

 到着直後、背後からかけられたクリスさんの声に「なんですか」と返すと彼女は、私から数メートル離れたところで止まっていた。

「あの子の事よろしくね」
「えっ、はい! 必ず幸せにしてみせます!」

 変なことを言うものだから思わず変なことで返してしまう。
 しかし、クリスさんは、「そう」と安心したように笑うと、「もう少しだけ歩いてくるわ」と言って背を向けた。

「ありがとうございました」

 遠ざかっていく背中に、私は深々と頭を下げる。
 いつの間にか鼻血も止まっていた。

「私と幽霊と巫女な義母」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「コメディー」の人気作品

コメント

コメントを書く