私と幽霊と巫女な義母

ノベルバユーザー172952

事の発端


 抑揚のないように思える日常の中で、一度は想像してしまうシチュエーションは、きっと誰にでもあるだろう。

 たとえば、現実で起こる可能性がわずかなりともありえるものでいえば、


 いつも通っている通学路の角で走ってきた人にぶつかって恋に落ちるとか、

 知らぬうちに許婚ができていて、ある日突然押しかけてきたりとか、

 クラスで最も人気のある人物から突然呼び出されて、告白されるとか。


 可能性が完全な0とは言い切れないものの、完全なる妄想の中で作り上げられるシチュエーションならば、

 寝ていると窓辺に妖精が立っていて、手を取ると見たことのない世界へ連れて行かれ、そのまま異世界で冒険が始まったりとか、

 突然アラームが鳴り響き、町中がゾンビで溢れかえるとか、

 ある日目が覚めると自分の性別や体が入れ替わっていたりだとか、

 変なお婆さんにスカウトされ幽霊が見えるようになって、陰陽師デビューとか、


 人生を変えるドラマチックな出来事は中々起こりえない。
 私、朝霧リン自身は勿論体験したことはないし、そんな『頭がおかしい』と疑われるような妄言を言ってくれる人は残念ながらいなかった。

 様々なシチュエーションを想像し、『万が一』に備えていた私であったが、幼稚園、小学校、中学校――と成長していくにつれて、小さくキラキラしていた私の世界は、大人たちの住まう社会に侵食され、また、それを受け入れていくことで、高校生になる頃には常識的でつまらない普通の人間になってしまった。

 そんな私の『普通』をぶっ壊したのは兄、ユウトからの一本の電話だ。

 内容は今から近所のファミレスに来てくれないか、というもの。

 日曜日の夕方ということもあって、趣味に没頭していた私は、若干面倒くさく感じながらも、『家の中ではない』というところから、彼の意図を読み取った私は『久しぶりの外食か~』などと、空かしたお腹を摩りながら能天気に家を出る。

 そんな私をまず驚かせたのは、予想していたよりも頭数が1つ多いこと。続いて、その一人の突っ込み満載の容姿だった。

「おっ、やっと来たか」
「えっ、と、ゆうちゃん、その人は……?」
「話は後、まあ、座ってくれよ。何でも頼んでいいからさ」

 家族連れの多い店内の窓際最奥の席にいた兄は座るように促してきたので、凍り付いていた私は動き出し、彼の前に座る。

「………………」

 すると、兄の隣に座っていた女性が無言でメニュー表を渡してきたので、警戒心を持ちつつも受け取る。やはり、その容姿はおかしいファミリーレストランにおいては、浮きまくっていた。

 子供が泣き出してもおかしくない能面に袴、髪は長く、どこぞのホラー映画に出てきそうな容姿。だが、居乳。

 神社で儀式とかしてそうだな、などと、思いながら、私は店員へドリンクバーと、ハンバーグセットを注文する。

 いったい彼女は兄の何なのだろうか?

(まさか……ね)

 歳の違う兄は両親がその顔を覚えていない程度には海外出張という理由でずっと帰ってこない我が家庭において私の面倒を見てくれていた。授業参観にも出てくれていた。
 10歳も歳の離れている兄は妹の目から見て、そんな優しく包容力のある優良物件であったが、今まで浮いた話を一度も聞いたことがない。

 てっきり妹の私に気遣っていて、私が高校卒業するくらいまでは結婚しないのかとも思っていたが――それが勘違いであったことは、兄の一言でわかった。

「俺たち、結婚するんだ」

 兄の言葉が耳に入ってきて、その意味を理解したとき、なんともいえない感情が湧いてくる。私のわかる範囲での感情であっても、嬉しさよりも寂しさの方が大きかった。

 私は、精一杯頑張って笑顔を作る。

「おめでとう、ゆうちゃん」
「ん、ありがとう」

 結婚報告が終わり、そのままの自然な流れで、彼女を選んだ理由などを聞いて少しからかってやろうと思った私が「ねえ――」と言おうとした瞬間、

「それでなんだが――俺たち、別々に暮らさないか?」
「…………っ」

 続いた兄の言葉に思わず絶句してしまう。
 別に驚くようなことではない内容だが、なんとなく自分が切られたような気がしてしまったのは、私も相当なブラコンだったという証明か。

(冷静になれ私、ずっと一人暮らしをしたいって言っていたじゃない!)

 これは兄離れのチャンスであり、同時に私の新たな生活・世界を手にいれるチャンスともいえる。

 ポジティブに考えなきゃダメだ。

「新婚の夫婦の中に一緒……っていうのは、流石にリンもきついだろ?」
「そうだね、きっと、気まずくて死にたくなるかな」
「じゃあ――」
「そうだね、私、一人暮らしするよ」

 うん、と、頷いた私に、兄は「そうか」と、安心する。
 そして、兄は婚約者と、私は一人で各々楽しく生活を送っていくんだ。
 たまにこうして一緒にご飯を食べながら、嫁がどうだとか、旦那がどうだとか、そんなのろけ話を聞いて……それも、まあ、悪くないかもしれない。

 ――と、私の想像が進んだところで、兄の素っ頓狂な声がようやく届いた。。

「なに言ってんだ? 別に一人暮らしなんかさせないぞ?」
「うんうん、お兄ちゃんたちも元気で――って、え?」

 ちょっと待って、何、話が見えないんだけど……。

「お前にはな、俺の『おかあさん』と住んでもらう」
「えっ、お母さん帰ってくるの?」

 母親の顔なんて生まれてこの方見たことない、というのは流石に言いすぎだが、ほとんど覚えていない。
 それでも、久しぶりに母に会えて、一緒に住めるなら悪くはない。

 親子で買い物とか行って……などと、膨らませている私の想像を兄は「違う」の一言でぶった切ってきた。

「俺のお義母さんだよ」
「!?」

 その瞬間、私の脳内コンピューターはその言葉を脳裏に深く刻むために一度停止し、再起動した瞬間、目の前の机を思い切り叩き、自身の顔を兄の顔の目の前に寄せた。

 そして、彼の目を数センチ前で見ながら、もう一度、問う。

「…………それ、マジですかゆうちゃんさん?」
「……正直、俺はかなり不安だけどな」
「不安なんてないよ、私に全部任せて! 大丈夫何とかする!」

 胸に手を当ててアピール。
 なんか「いや、俺はお前じゃなくて、お義母さんの方が心配なんだが……」とか言っていたりするが無視。

 兄の嫁の母親、つまり、私から見ても『お義母さん』という解釈で間違っていないはずだ。

 私の視線は再び兄の嫁へ。

 この人の母親ということは、若干の変人体質はあるかもしれないが、少なくともその胸のポテンシャルはかなり高いはず。顔が想像できないのが残念だが、包容力も高そうだ。期待値は嫌にでもあがる。

 私の人生が、まさに今、始まったかもしれない。

 三度のガッツポーズの後に小躍りしそうになっている私の前で、

「まあ、お前は面倒を見る側なんだけどな……」

 などと、ため息混じりに言ったそんな兄の言葉は、そのときの私の耳には入ってこなかった。



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