神も愛した無敵の悪役令嬢

赤い羊

新たな出会い


馬車にしばらく揺られていたリリアだったが、ある場所で馬車が止まった。
リリアはそのことが分かると、スカートを握る手に力を込める。

「リリアローズさん、どうぞ。」

馬車を走らせていたアイザックの使用人が、ドアを開けてリリアを呼ぶ。

「え、ええ……っ……」

これからすることを考えると、緊張と哀しみで情けなく声が震えた。

さっきまでの勇ましさが嘘のようだ、とリリアは苦笑する。
扉から外へ出ると、そこは深い森の中だった。

リリアへの処罰は森への追放だ。それも異種族の国の。

剣は一応持たされるが、リリアだって令嬢だ。
そのため剣術はほとんどないと言っていい。

それを魔物だらけの森に放り込むということは、死刑に限りなく近いと言えるだろう。

通りかかった人が助けてくれる可能性もなくはないが、異種族と人間はただでさえ仲が悪く、ましてや落ちぶれた貴族など、誰が助けたいと思うのだろうか。

そこまで考えてリリアは頭を横に振る。

(今はやるべきことをやらなくては。)

使用人が立ち去ろうと、踵を返した。
リリアも森に視線を移す。 
 
ーーー次の瞬間、森に銃声が響き渡った。

アイザックの使用人である男が、リリアに向けて発砲したのだ。

リリアはその場に倒れ込む。その胸は真紅に染まっていた。

「……どう……て…」

リリアの問いかけに男は答えなかった。代わりに口の端を持ち上げて笑うと、リリアには目もくれずに馬車に乗ってしまう。

目から光が失われていくリリアを残し、馬車の音は遠ざかっていく。

暗い、暗い森には、風の音だけが微かに鳴っていた。





暗い森を歩く一つの影があった。
そう、リリアである。

彼女がなんで生きているのか、という話は後にして彼女がどこに向かっているのか、という話をしようと思う。

リリアはとりあえず、この危険な森から出ようと考えていた。せっかく神様に与えられたチャンスなのだから、使わないと損だと思ったからだ。

リリアは出来る限り音と気配を消して、あらかじめ手に入れておいたスキル、“地図”  を使って最短ルートで森から出る予定だった。

ちなみにこのスキルは、地図だけでなく、現在地や周辺の障害物、動いている魔物や人まで感知出来るという、優れものだ。

そのおかげで、しっかりと作られた道を進む時間の、約半分で出ることができる。

しかし予定通りにいかないのが、セオリーである。

突然リリアの周りを、三体の狼のような魔物が取り囲む。

リリアは驚きに目を見張った。

それも無理はない。スキルで姿と気配を完全に消していたため、リリアから見れば何もない空間から突然現れたように見えただろう。

リリアのスキル“地図”は、姿が見えなくても、熱で相手を感知することができる。
しかし、動いていなかった場合には効果がないのだ。

リリアは剣を抜いて、必死に戦うが、剣術の経験など皆無のため、かわすだけで精一杯だ。

しかし一体の牙が、リリアの肩に大きく噛み付いた。

「あがぁっ!…………」

リリアは感じた事もない痛みに、顔を歪めた。
牙を咄嗟に避けたため、皮膚を抉られただけで済んだが、腕からは血がとめどなく流れていた。

リリアの防御が緩んだ隙に、魔物達は一斉に襲いかかってくる。
もうだめだ、とリリアがぎゅっと目を閉じた。

しかしいくら待っても衝撃は来なかった。
リリアがそっと目を開けると、そこには血を流して倒れている魔物達と、ひとりの少年がいた。

リリアは驚愕の表情で少年を見た。
その少年の耳は、間違いなくうさ耳だった。

しかし、リリアが驚いたのはそこではなく、少年が自分を助けてくれたことだった。

驚いたリリアを見て、少年は苦しそうに顔を歪め、そのまま立ち去ろうとする。

「待って!」

リリアがその手を掴む。今度は少年が驚きながらリリアを見た。
リリアは、はっとして手を離す。
そして少年の目を見ながら言った。

「ありがとう。助けて、くれて。」

ペコリと頭を下げる。
少年は意表を突かれたかのように、目を見開く。

そしてすぐ何かに気がついかのように、急いでリリアの肩をまじまじと見つめた。

疑問に思うリリアだったが、はっと思い当たる。

(そうだ、私怪我してたんだ……)

先程負った傷だが、傷が浅い端の部分の血が固まり、傷が深いところの血も、表面が固まっているようで、もう血は出ていなかった。

もっとも二つの線が入っていて、かなりエグい見た目だったが。

今気づいた、とでもいうようなリリアの態度に、少年は少し呆れたようにしながらも、回復魔法をかけてくれた。

完治、とまではいかないが、痛みはだいぶ和らいだ。

「………ふ、ふふっ…」

突然笑い出したリリアを、訝しげに見ていたが、

「ありがとう、助けてもらってばかりね。」

という言葉に毒気を抜かれたようだった。

しばらくじっと、その様子を見ていたが、ついに少年は口を開いた。

「………あんた、名前は?」

少年が口を開いたことに驚きつつも、リリアは答えた。

「………リリアローズよ。あなたは?」

「……リオ」

少年の名前は、リオというらしい。リオはぶっきらぼうに答えるが、なんとなく柔らかい雰囲気がする。

「……あんた、俺が怖くないのか…?」

「…………どうして?」

リリアはあっけらかんと言う。
リオはそんなリリアに驚きながらも、目を見ながら話を続けた。

「……だってこの耳とか、あと髪と…目、…」

耳は異種族だから、人間であるリリアと違って当たり前なのだが…リリアは髪と目を見る。

髪はおそらく白色なのだろうが、月に照らされて、銀色に輝いていて、目はまるで光を浴びて輝く宝石のような、エメラルドグリーンだった。

リリアは素直に綺麗だと思った。

しかし、リオの反応から周りには、良いように見られていないということが伝わってくる。

だから、リリアはフードを外した。
彼女の髪が夜風に吹かれて、ふわりと広がる。

そしてリオに、

「お揃いだね?」

と少し悪戯っぽく笑った。


リオはまたもや、目を見張る。

彼女の髪は自分と同じ白銀の髪だった。
月に照らされる彼女の姿は、その髪も相まって、まるで女神のように美しかった。

この容姿でいじめを受けていたリオは、彼女の言葉が心に染み込んでいった。

「……おそ、ろい?…」

「……ええ。」

リオはそう言ったきり、黙り込んでしまう。
そんなリオにリリアは、嫌だったのかしら、と内心オロオロし始めた。

そんなリリアにリオは噴き出す。

「……っぷ、は、ははは!」

突然笑い出した彼に、リリアはキョトンとしていたが、

「……やっと…笑ってくれた。」

そう言ってリリアは微笑む。
それを見てリオは、急激に顔を赤く染める。

「…?…リオ?どうしたの?」

「いや、なんでも…ない。」

「そう?」

リリアはまたもや首を傾げる。
何はともあれ、リオが笑ってくれたのは嬉しいことになので、ニコニコと笑う。

それを見てリオが、「これで素なのか?この、天然小悪魔…」などと呟いているがリリアが気にする様子はない。

リオはごほんっとわざとらしく咳払いをして、

「あんた、どこにいこうとしてたの?」

「……と、とりあえず森を出ようかと…」

あからさまに目を明後日の方向に向けたリリアを、ジト目で見てからリオはある提案をした。

「俺の集落、くる?」

「……え?」

リオの提案にリリアは驚く。
その申し出は、とてもありがたい。

さっきのように、魔物に襲われなくて済むし、リオに色々な話も聞きたい。

だけどーー

「……大丈夫、あんたは心が綺麗だから。みんなも受け入れてくれる。」

リリアの瞳が不安げに揺れる。

リオは私を助けてくれたけど、それはリオが特別なだけで、普通、人間と異種族は対立する。

いくらリリアとはいえ、また婚約破棄された時のような、拒絶の目はもう見たくなかった。

でもさっきのリオの言葉はどういう意味だろうか。

そんなリリアを見て

「話なら、歩きながら聞くから。どうせなら来いよ。」

そう言ってリリアの手を掴んで歩き出す。
……その顔がほんのり赤く見えるのは気のせいだろうか。

それでもリリアは気にしない様子で、たしかに行く先もないしいいかな、と思い直し歩き始める。

それにリオが言うなら、大丈夫だろうと思えるのだから不思議だ。

「………うん。ありがとう。」

「………ん。」


ーーそこからリリアは、婚約破棄のこと、自分の身分、なぜここにいるのかを話しながら歩いた。

リオは苦しそうに顔を歪めながら聞いていた。

リリアが一通り、話終えるとリオが異種族のこと、何故ここにいたのか、自分達の集落について話してくれた。

リオの話を要約するとこうだ。

リオの住む集落は、リオのような兎族が住んでいて、リオが違う集落の人々からいじめを受けていた時に助けてくれたそうだ。
また、リオは特別な力を持っていて、相手の心の色を見る事が出来、森に狩りに出ていたら、珍しく綺麗な心を見つけたため、ここへ来てくれたみたいだ。

みんなもリオを信用しているので、リリアを受け入れてくれるだろうと言った。

嬉しそうに話すリオに頬を緩めながらも、リオへのいじめの話を聞いて、自分は随分恵まれていたんだなーとリリアは考える。

庶民や異種族の髪色は、一般的に黒が主流だ。
ただ貴族は、金や青、ピンクや明るい茶色などが普通だった。

その理由は、花の色素などによる、染料が出回っているからだが…。とにかくそのおかげで、リリアの生まれつきである白銀の髪が原因で、いじめを受けることはなかった。

実際リリアも、染料を使ってピンクに髪を染めていたが、婚約破棄されると知って昨日は染めていなかった。

ちなみに染料は、花の色素を使っているためか、2日程で薄くなってくる。そのため、リリアの髪にはピンク色がほとんど抜けきられていた。

それでリオと同じだったのは、かなりラッキーだったなーと、リリアはまたもやニコニコし始める。

ーーーそれにしても…

(自分の心が綺麗とは、こんな私でもそんな言葉言ってくれる人はいるのね)

そう自傷気味に思う。
昔から、母が病気だったせいか、人に甘える、ということが苦手だった。
そのため、素直になれず、良かれと思って行動しても、悪評だけが流れてしまう。

そんなリリアは、この貴族からの追放はいいチャンスだと考えていた。

今まで動けなかった分、見て見ぬ振りをせざるを得なかった悪事を、とことん暴いてやろうと思っていたのだ。

それに、令嬢という縛りから解放されたリリアは、清々しい気持ちだった。

ーーー今なら素直になれる気がする。

リオに出会えて良かった。心からそう思う。

一人で考え込んでいるリリアを、苦笑しながら見つめていたリオだったが、目的地の入り口が見えたので、着いたぞ、と軽く告げる。

リリアも表情を引き締める。

一つ深呼吸をして、リリアはリオの後に続いた。

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