ピエロ

大豆

手袋

 冬の寒空の下、街灯の下でうずくまっていた少年の前、鼻の赤いやけに口角の上がったピエロは少年に向かって首を傾げた。少年は不思議そうに目の前のピエロと同じ方向に首を傾げる。ピエロはやけに大きな真っ白な手袋を外して、少年に向かって差し出した。手袋を受け取った少年は、不思議そうに手袋を見つめた。少年がふと前を見ると、不気味なピエロはいなくなっていた。少年の手には、ピエロのやけに大きく真っ白な手袋だけが残っていた。


 いつもとは違う世界のように見えた。昨日は珍しく幼い頃に毎晩のように見ていた夢を見た。やけに大きく真っ白な手袋を手渡したピエロの夢だった。あの後ピエロはどこへ行ったのだろうと昔はずっと思っていたが、考えようとするとなぜか頭の奥がズキズキと痛み出す。その痛みが怖くてもう考えないようにしてきた。だが今回は、やけに重くズッシリとした何かが肩にのしかかったかのように感じた。なぜだか不思議な気分で、不吉な予感がしていた。
 ドタバタと階段を上がる音が響いたと思うと、どこにいても聞こえそうな甲高い声が部屋中に響き渡った。
「遅刻するよ、早く起きなよ!」
僕は深く頷いて、右手で妹に手を振った。妹は呆れたように僕の部屋を出ていった。ゆっくりとベッドから出て、スウェットを脱ぎ散らかしてハンガーにかかった制服に手を通す。すると左手に見知らぬ傷が付いていた。誰かに引っ掻かれたかのような傷だった。最近やけに身体に知らない傷が付いている気がしたが、気にはしなかった。だが今回は少し胸騒ぎがして、昨日の夢と何か関係があるのではないかと思い、ベッドの下を覗き込んだ。ベッドの下には“大切なもの”と書いた小さな箱が入っていた。その中にピエロのやけに大きく真っ白な手袋が入っていた。僕は箱をベッドの下から取り出した。開ける気は無かった。開けられなかった。妙な不安が僕を飲み込んで、手が動かなくなっていた。するとまた階段の下から甲高い妹の声が響いてきた。僕は箱を元に戻して部屋を出た。
 リビングに降りると、母親と妹がやけに騒がしくテレビを見つめていた。僕は何も言わずに冷蔵庫から紙パックのオレンジジュースを取り出し、コップに注いで、焼きたてかどうかわからないトーストの置かれた席に着いた。席に着くタイミングで、後ろから父親がパジャマのままリビングに入ってきた。
「何かあったのか?朝から元気だな。」
父親は大きなあくびをしながら寝癖のついた頭をかき、テレビの前で騒ぐ2人に近づいていった。
「この近くで事件があったみたいなの。」
母親はその事件に関わったかのように引きつった顔をして話し続けた。
「犯人はわからないんだけど、不思議な格好をしていたみたい。真っ赤な鼻で、全身は真っ黒だったって。被害者の男性はここら辺の人じゃないみたいなんだけど、背中をナイフで刺されたの。」
僕は全く興味が湧かなかった。ただ気になったのは、“真っ赤な鼻”をしていたことだった。昨日の夢に出てきたピエロも真っ赤な鼻をしていた。平常心のまま食事を終え、リビングを出た。両親は僕にあまり興味がない。無言の息子に何も声をかけず、ただただそっと見つめるだけだった。それもそのはずで、僕はこの家の本当の息子では無かった。養子縁組で妹が生まれる前にこの家の息子になった。妹が生まれてからは妙に肩身の狭い思いをしていた。気にするなと父親は言ったが、それは無理な話で気にしてしまう。家族と言っていいのかすら分からなくなっていた。そろそろ家を出る時期だと、内心では思っていたが言い出せずにいる自分に腹が立った。今日も何も言わず、学校へ向かうため家を出た。
 家から徒歩20分の通学路を通り学校に着くと、家と同じ事件の話で持ちきりだった。またかと思いながら無言で自分の席に着く。この学校で唯一の友人が、朝から妙にハイテンションで挨拶をしたかと思うと妙なことを言い出した。
「俺、実は犯人見たんだ。昨日の事件の!」
友人は妙にニヤついて話し出した。
「昨日、塾で補修受けてたんだよ。で、帰りがいつもより遅くなったから近道しようと思って、帰り道にある公園を横切っていこうとしたら、真っ黒な服を着た赤い鼻のやつとすれ違ったんだよ。へんな格好だなって思ってたんだけど、今日ニュースでやっててまじビビったよ!」
軽く相槌を打って流しながら聞いていると、友人は妙なことを言い出した。
「そういえばその犯人、白い手袋みたいなのしててさ、ドラマの刑事とかがつけそうなやつ。でもぶかぶかだったような気がするんだよな。わかんねーけど。」
僕は友人の言葉に少し動揺した。赤い鼻の白い手袋をした黒ずくめの不思議なやつ。昔会ったピエロを想像したが、格好までは思い出せなかった。白い手袋だけがやけに記憶に残っていた。学校中で持ちきりだった事件の話も、昼になると薄まっていつもの日常が始まり出した。学校唯一の友人は、“自称親友”のために昼の時間を削ってパンを買いに走っていた。僕はただ1人で校庭の隅で家から持ってきたペットボトルのお茶と食パンを方張った。今日の昼休憩はやけに長く感じた。帰ったら手袋を見てみようと、真昼の空を見上げながらピエロのことを考えていた。
 学校が終わると、僕は何の寄り道もせずまっすぐ家に帰るはずだった。友人の“親友”に呼び止められて、家に帰る時間が遅くなるなんて考えてもいなかった。友人の“親友”は、僕にお金を貸して欲しいと言い出した。僕は横に首を振った。するとすごい剣幕で僕を罵り、鞄を奪い取った。でも実際僕は財布を持っていないため、鞄を奪い取っても何のメリットもなかった。友人の“親友”は呆れた顔をして僕の鞄を地面に投げ捨て、去り際に僕にまた罵声を浴びせた。僕はふと、あんな子供になるなんて親は思ってなかっただろうと彼の親の気を案じた。土汚れのついた鞄を拾うと、何もなかったかのように家へ向かった。いつもより30分も遅くなった。だが両親は何も言わない。ただ帰ってきた僕に優しい眼差しを送るだけだった。両親は僕に何も関心が無い。本当の子供じゃ無いのが問題なのだと、ただ僕は心の中で嘆くだけだった。ピエロにもらったやけに大きく真っ白な手袋のことはすっかり忘れていた。

「ピエロ」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「推理」の人気作品

コメント

  • Sちゃん

    子供時代にピエロも手袋も怖かった印象がなかったので意外でした。
    謎ときはなかったです。

    0
  • ノベルバユーザー603477

    ピエロの持つイメージは人によると思うのですが子どもの頃からどこか怖いと感じていた自分にとってはおもしろかったです

    0
  • ノベルバユーザー603722

    流し読みをしてみましたがなかなkにおもしろく続きが気になる作品でした。
    ストーリーが感じれていい。

    0
  • ★

    手袋が気になって期待しすぎたせいか最後に「え。」ってなりました。笑
    ツッコミ待ちの作品かもしれません。笑

    0
  • 双子っち

    ピエロが好きなのでそわそわしながら読み進めました。あんまり関係なかったです。

    0
コメントを書く