宇宙海賊王の秘宝~何でも屋ジャックと仲間たち~(仮)
第一話「酔っぱらい(ドランカー)たち」
カリブ宙域の辺境惑星センテナリオの宇宙港サカパ。
ここは場末のバー、新天地。
辺境の宇宙港ではありきたりな名の酒場だ。
五十年以上前に流行った曲が大音量で流れているが、誰もそんなものは聞いていない。むろん俺もだ。
カウンターに座る俺の横の壁には“暴力行為お断り! 武器の持ち込み禁止!”という古びたポスターが貼られているが、そんなもの守る奴はいやしない。ここに武器を持たずに来る奴は自殺志願者か、紛れ込んだ一般市民だけだ。
第一、客の中には戦闘サイボーグが何人もいる。だから、武器の持込禁止も何もあったものじゃない。
俺も愛用の熱線銃を堂々と腰に下げている。
俺がこんな酒場にいるのは酒が飲みたいからじゃない。第一、ここで出す酒は何が交じっているか分からない紛い物ばかりだ。ウイスキーなんかを頼んだ日には色を着けた工業用アルコールが平気で出てくる。
俺がここで頼むのは軍から横流しされた缶ビールだけだ。開いてさえいなけりゃ、少なくとも体に悪い物は入っていないからな。
じゃあ何のためだと言われるかもしれないが、もちろん仕事のためだ。
「ビールをくれ」と言って五クレジット紙幣を置く。
これにはビール代の他に情報料としてのチップが含まれている。ビールが飲みたいだけなら半クレジットで釣りがくる。
店同様にくすんだ感じのマスターが少し凹んだ缶ビールとグラスを俺の目の前に置く。
「ジャック、また仕事か?」とさりげなく聞いてくる。こいつらのメインの仕事は情報収集だからいつものことだ。
「まあな」とあいまいに答える。
こんなところで正直に話す奴は間抜けか、新人だけだ。金にならない情報を渡す気は俺にはない。
「お前さんに客が来ているぞ」とマスターが手の平を上にしてチップを要求してきた。つまり、最初の情報料だけじゃ足りないということだ。
俺はがめつい奴だと思いながらも、更に五クレジット紙幣を握らせ、「どこだ?」と聞く。
マスターは顎でカウンターの端にいる一人の男を示した。
俺はゆっくりと立ち上がり、その男の横の席に座った。男は三十絡みの特徴の少ない黄色人種系で、ちらりと俺を見る。
「俺がジャックだ」というと、正面を向いたまま、話し始めた。
「仕事だ。いつ発てる……」
口をほとんど動かさず、聞き取れる最小の声でそう囁いた。
俺は久しぶりに大きなヤマだと直感した。
「港湾の役人が許可を出せば、いつでもOKだ。ブツは何なんだ?」
「人間が二人。途中で拾う……」
久しぶりの乗客だ。恐らく犯罪組織に追われているか何かなのだろう。
「知っていると思うが、俺は非合法の客は乗せねぇぞ」
「ああ、分かっている。政府に目を付けられるようなブツじゃない」
俺は“何でも屋”としてカリブ宙域界隈じゃ、ちょっとは名が売れている。そのせいか時々勘違いした奴がいて非合法な依頼を持ってくる。
確かに金はいいが、そんなヤマばかりだと、長くは続かねぇ。俺は細く長く生きていきてぇんだ。
「ブツを拾ったらゲートのある星系に運ぶ。目的地は契約後に教える。そんなに遠いところじゃない……」
奴の説明を聞く限りは二人の人間をハイパーゲートのある星系まで運ぶ、いわゆる“高飛び”の手伝いってことだ。
ハイパーゲートシステムは船の超光速航行の十倍、百パーセク(三百二十六光年)を一気に飛べる画期的なシステムだが、設置場所は各宙域の中核星系にしかない。
「で、報酬は?」
「百万だ。手付けで三十万、目的地で残りを渡す……」
ごくりと息をのみそうになるのを堪える。
二人の人間を近くの星系に運ぶだけにしては破格の報酬だ。ちょっといい高速旅客船をチャーターしてもお釣りがくる。
相当ヤバイ組織に目を付けられているのだろう。
「ドンパチの可能性はあるのか? なら安すぎるが」
一応、報酬を釣り上げる努力はするが、あまり期待していない。
「どんなことにもごく僅かな可能性はあるものだ。報酬が気に入らんなら、別の奴を当たる」
やはり報酬の引き上げは無理だったようだ。
「分かったぜ。引き受けよう」
俺がそう言うと、すぐに具体的な指示が出される。
「サカパを出たらマイヤーズに向かえ。そこでモルガンという男が待っている。後はそいつの指示に従え……」
マイヤーズはセンテナリオの首都の名だ。この辺境の星系でも比較的まともな場所で、銀河帝国の出先機関である帝国惑星開発公社、ジプデック(GIPDC(Galaxy Imperial Planet Development Cooperation Authority))の支社が置かれている。
ここサカパから五千キロメートルほどの場所だが、宇宙船乗りにとっては目と鼻の先だ。
モルガンはこの辺りじゃ有名な仲介人だ。
仕事の手配は堅く、信用できると評判だ。
バーを出ると、その足である場所に向かった。
目的地はここより治安の悪いスラム街だ。
この仕事はヤバイ。そんな仕事を受けてまっすぐ船に戻る奴は長生きできねぇ。
尾行されていないか確認しながら、スラム街に入っていく。
俺の感知できる範囲に尾行している奴はいなかったが、この手のことに完璧はない。
凄腕の追跡者はいくらでもいるからな。まあ、このスラム街に入れば、大抵の奴は撒けるんだが。
スラム街に入るのは追跡者を撒く意味もあるが、別の目的もある。情報を集めるためだ。
こんなヤバイ仕事を事前情報なしに始めるわけにはいかない。少なくともマイヤーズの最新情報くらいは手に入れておかなければ、客に会うことすらできないだろう。
スラム街はいつも通り饐えた臭いが充満し、ところどころから非好意的な視線を向けられる。それでも俺の腰にあるブラスターが物を言い、襲い掛かってくるような無謀な奴はいない。
同じ場所を三度周った後、一軒のぼろい倉庫に入っていく。
「チャン! チャンはいるか!」と叫ぶと、事務所から冴えない中年男が出てくる。チャンという名だが、中国系ではない。どちらかといえば黒人系だが、アラブ系かもしれない。まあ、そんなことはどうでもいいが。
「ジャックか。何の用だ?」と眠そうな目で聞いてくる。
こいつはいつも眠そうにしているから、特別なことじゃない。
「お前に用があるのは情報がほしい時に決まっているだろう」
俺はそういいながら十クレジット紙幣を二枚見せる。これだけあれば結構いい夕食が食える。
「ほう、ヤバイ仕事のようだな。で、どこの情報がほしい……」
チャンの目がきらりと光る。
「ああ、マイヤーズの情報がほしい。特に公社のトラブル関係の情報が」
俺は百万クレジットという報酬とマイヤーズという土地から、惑星開発公社が何らかのトラブルを抱え、関係者を脱出させるのではないかと当たりをつけている。
公社とマフィアのトラブルは日常茶飯事だ。
奴らに目を付けられたら、軍の艦でも使えば別だが、普通の客船で脱出することはまず不可能だ。
「マイヤーズの公社絡みねぇ……」と言いながら左目を瞑る。
別に奴は俺の気をひくためにウインクをしたわけじゃない。奴の左目には細工がしてあり、脳に仕込んである情報端末を使って様々な情報源にアクセスし、それを映し出しているのだ。
「いくつかあるな……こいつが臭いな。リコ・ファミリーとトラぶっているようだ……」
公社はマイヤーズの裏を仕切っているリコ・ファミリーとトラブルになっているらしい。具体的には公社の支社長ブキャナンがリコ・ファミリーのボス、ロナルドに対して決別する旨の通知を行い、それに対する制裁が行われるらしい。
「そのブキャナンって奴は馬鹿か? まあいい。で、そいつの情報も頼む」
辺境でマフィアを敵に回せば、帝国軍でも完全に抑えることは難しい。まして治安維持部隊を指揮している程度の公社の支社長では返り討ちにあうのが関の山だ。
更に言えば、ロナルド・リコはカリブ宙域でも指折りの大物だ。非合法の武装船を何隻も持ち、敵対する相手を叩きのめしているらしい。
「ロバート・ブキャナン、三十八歳。アスタルト星系出身で帝国騎士。妻と娘が一人いる……」
帝都出身のエリートが現場の状況も知らずに正義感を振りかざしたといったところか。
この情報から考えると、妻と娘を逃がすというのが妥当なところだろう。
帝国騎士ならハイパーゲートがある星系に行けば、間違いなく軍に保護してもらえる。辺境の一都市のマフィアが遠く離れた星系の帝国軍に喧嘩は売れないからな。
「妻はブレンダ、三十七歳。娘はローズ、十三歳。どちらも別嬪だ。特に娘はヤバイな。幼女趣味ロナルドがよだれを垂らしそうな美少女だぜ」
チャンから俺の個人用情報端末に画像が転送される。
「ヒュー」と思わず口笛を吹くほどの美女と美少女だ。
他にも情報を確認したが、大した情報は得られなかった。
俺は何度も回り道をしながら、宇宙港に駐機してある俺の船、ドランカード号に帰った。
船に戻ると、名前の通り酔っ払いたちが出迎える。
「どうだった?」と金髪の美女シェリーが聞いてきた。
こいつはまだ二十歳になったばかりの新米で、いつの間にかうちのクルーになっていた。だから碌に仕事はできないのだが、なぜか態度はでかい。
でかいのは態度だけじゃなく胸もだ。そのせいで、ついつい見ちまう。
その手にはワイングラスが握られており、俺が仕事をしている間も飲み続けていたようだ。
「でかいヤマだ」と言ってキャビンに入っていく。
そこには二人の中年男が酒を飲んで眠っていた。
「ジョニー、ヘネシー、二人とも起きろ! 仕事の話だ」
ジョニーは身長二メートルを超える黒人の大男で、元宙兵隊員らしく短く刈った茶色い髪と太い眉毛の強面だ。今は眠そうな顔でソファに横になっている。
こいつは一応砲手だが、宇宙ではほとんど役に立たない。逆に地上での荒事では役に立つ。
帝国軍宙兵隊の戦闘サイボーグは通常の兵隊の一個小隊に匹敵するからな。
もう一人の男、ヘネシーはジョニーとは逆に三十五歳とは思えない童顔だ。
ぼさぼさの髪にヨレヨレのスペーススーツをだらしなく着崩し、およそ宇宙船乗りとは思えないが、見た目に反して優秀な技術者だ。
うちの船では機関士という肩書だが、計測制御系から粒子加速砲まで扱える。
以前軍の研究所でトラブルになり、この船に転がり込んできたのだが、ことあるごとにこの船をいじり倒して、信じられないほどの性能にしてくれた。
眠そうな顔のジョニーが「仕事だと? ほわぁぁ」とあくび交じりに言い、ヘネシーも「どうせ大した仕事じゃないんだろ」と言ってビールを呷る。
「百万クレジットの仕事だ」
俺の言葉に二人の動きが止まった。
「百万だと……また、前みたいなガセじゃねぇんだろうな」
ジョニーがそう言うとヘネシーも大きく頷く。
「前は完全に赤字だったからなぁ。銀河連邦時代の遺跡を探すっていう依頼で、辺境を引きずり回された挙句に、予算が確保できていなかったと言われたんだから。まあ、お陰で新型の人工知能とアンドロイドを分捕ることができたんだけど」
「今度は大丈夫だ。前金で三十万。成功時に残り七十万だ」
「で、そのお金はどこにあるの?」とシェリーが目を輝かせて聞いてきた。
「そいつを今から取りに行くのさ。目的地はマイヤーズ。というわけだ! さっさと酒を抜いて出港準備をしろ!」
三人はそれぞれ準備のために走り出した。
俺はクルーたちが仕事に向かったのを確認すると、三体あるアンドロイドを呼び出す。
「ジン、ラム、ウォッカ。出港準備を始めろ」
金属ボディを持つアンドロイド三体がきれいな敬礼をして、「了解しました、船長」と言って動き始める。
いつものことだが、こいつらがクルーじゃなけりゃ、この船はまともに動かせないと思っている。
「ドリー、管制に連絡して、出港の手続きを頼む」
俺はこの船の人工知能ドリーに命じる。
『了解しました、船長。それにしてもいつも急な出港ですね』
心地のいいメゾソプラノの声がからかってくる。
ヘネシーの奴が魔改造してから、AIが個性を持ってしまったのだ。
俺としては優秀だから気にしないが、人類至上主義の狂信者に知られたら、この船ごと破壊されかねないほど人間らしい受け答えをする。
「仕事は即断即決。時は金なりだ。ジョニーたちのチェックも頼むぞ。あの酔っ払いたちがまともに仕事ができるか不安しかないからな」
『了解しました、船長。でも、それなら仕事をさせなければいいとと思うのですが?』
「給料分の仕事はさせる。それでこそプロっていうものだ」
ドリーは俺の言葉に何も答えないが、何となく肩を竦めている気がしていた。
二時間後、ドランカード号の出港準備は整い、五千キロ離れた首都マイヤーズに向けて発進した。
これがとんでもない仕事の始まりになるとは想像もしていなかった。
ここは場末のバー、新天地。
辺境の宇宙港ではありきたりな名の酒場だ。
五十年以上前に流行った曲が大音量で流れているが、誰もそんなものは聞いていない。むろん俺もだ。
カウンターに座る俺の横の壁には“暴力行為お断り! 武器の持ち込み禁止!”という古びたポスターが貼られているが、そんなもの守る奴はいやしない。ここに武器を持たずに来る奴は自殺志願者か、紛れ込んだ一般市民だけだ。
第一、客の中には戦闘サイボーグが何人もいる。だから、武器の持込禁止も何もあったものじゃない。
俺も愛用の熱線銃を堂々と腰に下げている。
俺がこんな酒場にいるのは酒が飲みたいからじゃない。第一、ここで出す酒は何が交じっているか分からない紛い物ばかりだ。ウイスキーなんかを頼んだ日には色を着けた工業用アルコールが平気で出てくる。
俺がここで頼むのは軍から横流しされた缶ビールだけだ。開いてさえいなけりゃ、少なくとも体に悪い物は入っていないからな。
じゃあ何のためだと言われるかもしれないが、もちろん仕事のためだ。
「ビールをくれ」と言って五クレジット紙幣を置く。
これにはビール代の他に情報料としてのチップが含まれている。ビールが飲みたいだけなら半クレジットで釣りがくる。
店同様にくすんだ感じのマスターが少し凹んだ缶ビールとグラスを俺の目の前に置く。
「ジャック、また仕事か?」とさりげなく聞いてくる。こいつらのメインの仕事は情報収集だからいつものことだ。
「まあな」とあいまいに答える。
こんなところで正直に話す奴は間抜けか、新人だけだ。金にならない情報を渡す気は俺にはない。
「お前さんに客が来ているぞ」とマスターが手の平を上にしてチップを要求してきた。つまり、最初の情報料だけじゃ足りないということだ。
俺はがめつい奴だと思いながらも、更に五クレジット紙幣を握らせ、「どこだ?」と聞く。
マスターは顎でカウンターの端にいる一人の男を示した。
俺はゆっくりと立ち上がり、その男の横の席に座った。男は三十絡みの特徴の少ない黄色人種系で、ちらりと俺を見る。
「俺がジャックだ」というと、正面を向いたまま、話し始めた。
「仕事だ。いつ発てる……」
口をほとんど動かさず、聞き取れる最小の声でそう囁いた。
俺は久しぶりに大きなヤマだと直感した。
「港湾の役人が許可を出せば、いつでもOKだ。ブツは何なんだ?」
「人間が二人。途中で拾う……」
久しぶりの乗客だ。恐らく犯罪組織に追われているか何かなのだろう。
「知っていると思うが、俺は非合法の客は乗せねぇぞ」
「ああ、分かっている。政府に目を付けられるようなブツじゃない」
俺は“何でも屋”としてカリブ宙域界隈じゃ、ちょっとは名が売れている。そのせいか時々勘違いした奴がいて非合法な依頼を持ってくる。
確かに金はいいが、そんなヤマばかりだと、長くは続かねぇ。俺は細く長く生きていきてぇんだ。
「ブツを拾ったらゲートのある星系に運ぶ。目的地は契約後に教える。そんなに遠いところじゃない……」
奴の説明を聞く限りは二人の人間をハイパーゲートのある星系まで運ぶ、いわゆる“高飛び”の手伝いってことだ。
ハイパーゲートシステムは船の超光速航行の十倍、百パーセク(三百二十六光年)を一気に飛べる画期的なシステムだが、設置場所は各宙域の中核星系にしかない。
「で、報酬は?」
「百万だ。手付けで三十万、目的地で残りを渡す……」
ごくりと息をのみそうになるのを堪える。
二人の人間を近くの星系に運ぶだけにしては破格の報酬だ。ちょっといい高速旅客船をチャーターしてもお釣りがくる。
相当ヤバイ組織に目を付けられているのだろう。
「ドンパチの可能性はあるのか? なら安すぎるが」
一応、報酬を釣り上げる努力はするが、あまり期待していない。
「どんなことにもごく僅かな可能性はあるものだ。報酬が気に入らんなら、別の奴を当たる」
やはり報酬の引き上げは無理だったようだ。
「分かったぜ。引き受けよう」
俺がそう言うと、すぐに具体的な指示が出される。
「サカパを出たらマイヤーズに向かえ。そこでモルガンという男が待っている。後はそいつの指示に従え……」
マイヤーズはセンテナリオの首都の名だ。この辺境の星系でも比較的まともな場所で、銀河帝国の出先機関である帝国惑星開発公社、ジプデック(GIPDC(Galaxy Imperial Planet Development Cooperation Authority))の支社が置かれている。
ここサカパから五千キロメートルほどの場所だが、宇宙船乗りにとっては目と鼻の先だ。
モルガンはこの辺りじゃ有名な仲介人だ。
仕事の手配は堅く、信用できると評判だ。
バーを出ると、その足である場所に向かった。
目的地はここより治安の悪いスラム街だ。
この仕事はヤバイ。そんな仕事を受けてまっすぐ船に戻る奴は長生きできねぇ。
尾行されていないか確認しながら、スラム街に入っていく。
俺の感知できる範囲に尾行している奴はいなかったが、この手のことに完璧はない。
凄腕の追跡者はいくらでもいるからな。まあ、このスラム街に入れば、大抵の奴は撒けるんだが。
スラム街に入るのは追跡者を撒く意味もあるが、別の目的もある。情報を集めるためだ。
こんなヤバイ仕事を事前情報なしに始めるわけにはいかない。少なくともマイヤーズの最新情報くらいは手に入れておかなければ、客に会うことすらできないだろう。
スラム街はいつも通り饐えた臭いが充満し、ところどころから非好意的な視線を向けられる。それでも俺の腰にあるブラスターが物を言い、襲い掛かってくるような無謀な奴はいない。
同じ場所を三度周った後、一軒のぼろい倉庫に入っていく。
「チャン! チャンはいるか!」と叫ぶと、事務所から冴えない中年男が出てくる。チャンという名だが、中国系ではない。どちらかといえば黒人系だが、アラブ系かもしれない。まあ、そんなことはどうでもいいが。
「ジャックか。何の用だ?」と眠そうな目で聞いてくる。
こいつはいつも眠そうにしているから、特別なことじゃない。
「お前に用があるのは情報がほしい時に決まっているだろう」
俺はそういいながら十クレジット紙幣を二枚見せる。これだけあれば結構いい夕食が食える。
「ほう、ヤバイ仕事のようだな。で、どこの情報がほしい……」
チャンの目がきらりと光る。
「ああ、マイヤーズの情報がほしい。特に公社のトラブル関係の情報が」
俺は百万クレジットという報酬とマイヤーズという土地から、惑星開発公社が何らかのトラブルを抱え、関係者を脱出させるのではないかと当たりをつけている。
公社とマフィアのトラブルは日常茶飯事だ。
奴らに目を付けられたら、軍の艦でも使えば別だが、普通の客船で脱出することはまず不可能だ。
「マイヤーズの公社絡みねぇ……」と言いながら左目を瞑る。
別に奴は俺の気をひくためにウインクをしたわけじゃない。奴の左目には細工がしてあり、脳に仕込んである情報端末を使って様々な情報源にアクセスし、それを映し出しているのだ。
「いくつかあるな……こいつが臭いな。リコ・ファミリーとトラぶっているようだ……」
公社はマイヤーズの裏を仕切っているリコ・ファミリーとトラブルになっているらしい。具体的には公社の支社長ブキャナンがリコ・ファミリーのボス、ロナルドに対して決別する旨の通知を行い、それに対する制裁が行われるらしい。
「そのブキャナンって奴は馬鹿か? まあいい。で、そいつの情報も頼む」
辺境でマフィアを敵に回せば、帝国軍でも完全に抑えることは難しい。まして治安維持部隊を指揮している程度の公社の支社長では返り討ちにあうのが関の山だ。
更に言えば、ロナルド・リコはカリブ宙域でも指折りの大物だ。非合法の武装船を何隻も持ち、敵対する相手を叩きのめしているらしい。
「ロバート・ブキャナン、三十八歳。アスタルト星系出身で帝国騎士。妻と娘が一人いる……」
帝都出身のエリートが現場の状況も知らずに正義感を振りかざしたといったところか。
この情報から考えると、妻と娘を逃がすというのが妥当なところだろう。
帝国騎士ならハイパーゲートがある星系に行けば、間違いなく軍に保護してもらえる。辺境の一都市のマフィアが遠く離れた星系の帝国軍に喧嘩は売れないからな。
「妻はブレンダ、三十七歳。娘はローズ、十三歳。どちらも別嬪だ。特に娘はヤバイな。幼女趣味ロナルドがよだれを垂らしそうな美少女だぜ」
チャンから俺の個人用情報端末に画像が転送される。
「ヒュー」と思わず口笛を吹くほどの美女と美少女だ。
他にも情報を確認したが、大した情報は得られなかった。
俺は何度も回り道をしながら、宇宙港に駐機してある俺の船、ドランカード号に帰った。
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「どうだった?」と金髪の美女シェリーが聞いてきた。
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でかいのは態度だけじゃなく胸もだ。そのせいで、ついつい見ちまう。
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ジョニーは身長二メートルを超える黒人の大男で、元宙兵隊員らしく短く刈った茶色い髪と太い眉毛の強面だ。今は眠そうな顔でソファに横になっている。
こいつは一応砲手だが、宇宙ではほとんど役に立たない。逆に地上での荒事では役に立つ。
帝国軍宙兵隊の戦闘サイボーグは通常の兵隊の一個小隊に匹敵するからな。
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三人はそれぞれ準備のために走り出した。
俺はクルーたちが仕事に向かったのを確認すると、三体あるアンドロイドを呼び出す。
「ジン、ラム、ウォッカ。出港準備を始めろ」
金属ボディを持つアンドロイド三体がきれいな敬礼をして、「了解しました、船長」と言って動き始める。
いつものことだが、こいつらがクルーじゃなけりゃ、この船はまともに動かせないと思っている。
「ドリー、管制に連絡して、出港の手続きを頼む」
俺はこの船の人工知能ドリーに命じる。
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心地のいいメゾソプラノの声がからかってくる。
ヘネシーの奴が魔改造してから、AIが個性を持ってしまったのだ。
俺としては優秀だから気にしないが、人類至上主義の狂信者に知られたら、この船ごと破壊されかねないほど人間らしい受け答えをする。
「仕事は即断即決。時は金なりだ。ジョニーたちのチェックも頼むぞ。あの酔っ払いたちがまともに仕事ができるか不安しかないからな」
『了解しました、船長。でも、それなら仕事をさせなければいいとと思うのですが?』
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