ビースト・ブラッド・ベルセルク
ストーンゴーレム
夜通し魔獣と戦っていた事もあり、体力も精神も使い果たした十夜は木に背中を預けるように眠っていた。
あどけなさ残る寝顔だが、左の頬には一筋の跡が見れる。
十夜の体内に宿る魔力量は一般的に見ても少なくはく、強化魔法程度であれば、一日中使っても魔力が切れる事はない。
それは魔力を流す魔力路に欠陥があり、一度に流せる量が少ないという理由がある。
その物音に気が付けたのは、半ば気を失うように寝ている間も、強化魔法を解くことが無かったおかげかもしれないし、夢の中の『少女』のおかげかもしれない。
僅かに聞こえた葉を揺らす音に危険を感じた十夜は目を覚ました。ぼやけた視界に入ったのは十夜に向かって拳を振りかざす大きな腕だった。
朦朧とする意識を強引に覚醒させ、十夜は反射的に横に飛び出す。
背中を預けていた木が砕け散る音を背中で聞きながら、距離を取るべく転がった。
なんとか体勢を立て直した十夜の目には、大きな人型の魔獣と、辛うじて立っている大穴の空いた木が映った。
人型と言ってもその姿は人間とは似ておらず、大小様々な岩を無理やり人型に積み上げた様な姿をしていた。力任せに振るわれた拳が当たればどうなるのかは明らかだ。
「……ストーンゴーレム」
錬金術や土属性が得意な魔法使いが土や岩を使って作るゴーレムとは違い、ストーンゴーレムは魔素が濃い場所にある岩が変質した魔獣だと言われている。
弱点は頭部にある魔核と言われる部位であるが、岩に覆われた硬い体を貫く事は困難で、ハンマーなどの打撃武器を使う事がセオリーとなっている。
冒険者ギルドが分類している十段階中の危険度でレベル四。騎士三人分の戦力と同等とされており、少なくとも十夜の実力で倒せる魔獣ではない。
大きな個体になると三メートルを超えると本で読んだが、目の前に居る個体はそれより低く、目測で二メートルを少し超えるくらい。
無機質な目が十夜を見据えており、十夜を獲物として狙い定めている事は明らかだった。
十夜はストーンゴーレムを視界に捉えたまま、ボロボロの剣に視線を送る。
魔の森に篭ってから一度も手入れをしていないうえに刃毀れが酷い。ヒビは入っていないように見えるが、岩の拳を受ければ折れてしまうかもしれない。
しかし、今まで倒して来た魔獣達と比較しても、ストーンゴーレムの動きは早いとはいえない。
剣を使って防御する事を考えてはいけないと思い、十夜は剣先をだらりと下げた。
イメージするのは先程見た夢の軽やかさ。水のような体捌き。
十夜の脳裏には先程の夢の光景が焼き付いたまま離れていない。
なぜだか、踊るように舞い切る『少女』の技を十夜は再現できる気がしていた。
十夜はストーンゴーレムの無機質な目を睨みつける。相手は自分よりも遥かに強い。だが格上との気負いは無かった。
最初に動き出したのはストーンゴーレムだった。それとは逆に十夜にゆっくりと走り出す。
その速度はお世辞にも早いとは言えないが、身に宿る怪力と、硬い拳から繰り出される攻撃は一発でも当たれば命はない。
少し寝たお陰か大きな傷は既に塞がっており、血は出ておらず、痛みらしい痛みも感じられない。
これなら行けると十夜もゆっくりと足を動かす。あの『少女』ならそうするだろうと漠然と思った。
ストーンゴーレムは腕を振りかざし十夜に向かって殴りかかる。
スローモーションでも見ているかのようにゆっくりに見える。
拳を握り、腕を振りかざし、拳とともに腕を伸ばす。一連の動きがはっきりと見え恐怖を全く感じなかった。
伸ばされた腕をなぞるように剣を当てる。嫌な音を立てて剣が滑る。
ストーンゴーレムはもう一度拳を振り下ろした。
ダンスを踊るような気軽さで、何度も何度も切れ味の悪い剣でストーンゴーレムの腕をなぞっていく。
『少女』の剣筋もっと早かったはずだ。
少し刃を立てて、もっと軽やかに、もっと力強く。
今朝の素振りと同じように、イメージを体に馴染ませる。
夢の中で見ただけの光景だが、その時に十夜は確かに彼女から体の動かし方を教わったようにも思えた。
十夜が見たのは『少女』の持つ実力の、ほんの一端だったように思える。
しかし、足の運びから視線の動かし方まで、十夜は確かに視た。それを何度も何度も体に刻み込む。
何度目かの試行の後、石で作られた右腕がドスンと落ちた。
ストーンゴーレムには痛みを感じる感覚器は備わっていない。しかし急に失った重量にバランスを崩し膝をついた。
高くて攻撃しにくかった頭が十夜の手が届く位置にある。
しかし、剣で切ろうとして十夜は自分の武器も一緒に失っていた事に気がついた。
十夜が握っているのは柄の部分だけで、剣は根本から折れてしまい、武器としては使い物にならない。
ストーンゴーレムの腕を断ち切る瞬間に力みすぎたのだ。
己の未熟さに歯を噛みしめるが、後悔よりも今はやるべき事があった。
その一瞬の逡巡はストーンゴーレムにとって、体勢を立て直し、攻撃をするには十分な時間だった。残った左手を振り回し、十夜を遠ざけようとする。
武器を失った十夜は折角の好機を捨てるしかなかった。
バックステップで距離を取り再びストーンゴーレムと対峙する。
ストーンゴーレムは立ち上がると同時に切り落とされた、失った右手を残っている左手で持ち上げ、十夜に向けて地面に叩きつけ地面を揺らす。
十夜にはストーンゴーレムの動きが止まっているかのようにゆっくりに見える。これなら一瞬先まで予測できそうだ。
これが『彼女』が見ていた風景。それは一種の未来予知に近いのかもしれない。
ストーンゴーレムは何度も振りかぶり十夜に向けて振り下ろすが、当たる気配が無い十夜に不満げな唸りを上げた。
たしかに、遠心力が加わった攻撃は木々を安々と砕くだけの威力が込められている。が、手数が増えた訳でも無いし、早くなった訳でもない。威力は確かに上がっているが、元から一発でも当たれば命はないのだ。
当たらなければ問題ない。
あとはこちらから攻撃をするだけだ。
十夜は右手をきつく握った。
剣はすでに無い。
だが、それがどうした。武器ならここにある。
「はああああああああああっ!!」
振り下ろされたゴーレムの右手を頭を低く保ち潜り抜ける。少し掠ったかも知れないが、そんな事を気にする余裕は無かった。
攻撃出来るのはあと一発。それは十夜の集中力と、これから行う攻撃の質だった。
振りかぶった物を全力で振り下ろす為には頭を少し下げる必要がある。
十夜が狙ったのは振り下ろした後に出来る一瞬の硬直と、低くなった頭部だ。
全身に張り巡らせていた強化魔法を右手だけに集中させる。
「いっけぇええええっ!!」
魔法で限界まで強化された十夜の拳は、ストーンゴーレムの頭部を粉々に打ち砕いた。
頭部を砕かれたストーンゴーレムはゆっくりと崩れ、ただの石へなっていった。
「……勝った」
ある意味賭けだった。もし魔法で強化した拳で頭部を破壊出来なかったら。もしストーンゴーレムの魔核が頭部に無かったら。
そう思うと怖い物があったが、十夜には出来ると言う確信めいた物があった。
魔法で強化していたとは言え、本気でストーンゴーレムを殴った右手は皮が剥がれ血が出ている。
気力的にも体力的にも既に限界は軽く超えていた。立っているのもやっとの状態だ。
うっすらと視界が赤く染まる。ストーンゴーレムの腕を掻い潜ったときに掠った傷が、血を流しそれが目に入った。
「はは……はははは……」
十夜の口から笑い声が溢れ、ガクリと膝を折り、そのまま地面に倒れた。
ストーンゴーレムを倒した事で気が緩んでしまったのだろう。暫く立てる気がしなかった。
「ーーー!ーーーー!!!」
暗くなる意識の中で誰かの声を聞いた気がした。
あどけなさ残る寝顔だが、左の頬には一筋の跡が見れる。
十夜の体内に宿る魔力量は一般的に見ても少なくはく、強化魔法程度であれば、一日中使っても魔力が切れる事はない。
それは魔力を流す魔力路に欠陥があり、一度に流せる量が少ないという理由がある。
その物音に気が付けたのは、半ば気を失うように寝ている間も、強化魔法を解くことが無かったおかげかもしれないし、夢の中の『少女』のおかげかもしれない。
僅かに聞こえた葉を揺らす音に危険を感じた十夜は目を覚ました。ぼやけた視界に入ったのは十夜に向かって拳を振りかざす大きな腕だった。
朦朧とする意識を強引に覚醒させ、十夜は反射的に横に飛び出す。
背中を預けていた木が砕け散る音を背中で聞きながら、距離を取るべく転がった。
なんとか体勢を立て直した十夜の目には、大きな人型の魔獣と、辛うじて立っている大穴の空いた木が映った。
人型と言ってもその姿は人間とは似ておらず、大小様々な岩を無理やり人型に積み上げた様な姿をしていた。力任せに振るわれた拳が当たればどうなるのかは明らかだ。
「……ストーンゴーレム」
錬金術や土属性が得意な魔法使いが土や岩を使って作るゴーレムとは違い、ストーンゴーレムは魔素が濃い場所にある岩が変質した魔獣だと言われている。
弱点は頭部にある魔核と言われる部位であるが、岩に覆われた硬い体を貫く事は困難で、ハンマーなどの打撃武器を使う事がセオリーとなっている。
冒険者ギルドが分類している十段階中の危険度でレベル四。騎士三人分の戦力と同等とされており、少なくとも十夜の実力で倒せる魔獣ではない。
大きな個体になると三メートルを超えると本で読んだが、目の前に居る個体はそれより低く、目測で二メートルを少し超えるくらい。
無機質な目が十夜を見据えており、十夜を獲物として狙い定めている事は明らかだった。
十夜はストーンゴーレムを視界に捉えたまま、ボロボロの剣に視線を送る。
魔の森に篭ってから一度も手入れをしていないうえに刃毀れが酷い。ヒビは入っていないように見えるが、岩の拳を受ければ折れてしまうかもしれない。
しかし、今まで倒して来た魔獣達と比較しても、ストーンゴーレムの動きは早いとはいえない。
剣を使って防御する事を考えてはいけないと思い、十夜は剣先をだらりと下げた。
イメージするのは先程見た夢の軽やかさ。水のような体捌き。
十夜の脳裏には先程の夢の光景が焼き付いたまま離れていない。
なぜだか、踊るように舞い切る『少女』の技を十夜は再現できる気がしていた。
十夜はストーンゴーレムの無機質な目を睨みつける。相手は自分よりも遥かに強い。だが格上との気負いは無かった。
最初に動き出したのはストーンゴーレムだった。それとは逆に十夜にゆっくりと走り出す。
その速度はお世辞にも早いとは言えないが、身に宿る怪力と、硬い拳から繰り出される攻撃は一発でも当たれば命はない。
少し寝たお陰か大きな傷は既に塞がっており、血は出ておらず、痛みらしい痛みも感じられない。
これなら行けると十夜もゆっくりと足を動かす。あの『少女』ならそうするだろうと漠然と思った。
ストーンゴーレムは腕を振りかざし十夜に向かって殴りかかる。
スローモーションでも見ているかのようにゆっくりに見える。
拳を握り、腕を振りかざし、拳とともに腕を伸ばす。一連の動きがはっきりと見え恐怖を全く感じなかった。
伸ばされた腕をなぞるように剣を当てる。嫌な音を立てて剣が滑る。
ストーンゴーレムはもう一度拳を振り下ろした。
ダンスを踊るような気軽さで、何度も何度も切れ味の悪い剣でストーンゴーレムの腕をなぞっていく。
『少女』の剣筋もっと早かったはずだ。
少し刃を立てて、もっと軽やかに、もっと力強く。
今朝の素振りと同じように、イメージを体に馴染ませる。
夢の中で見ただけの光景だが、その時に十夜は確かに彼女から体の動かし方を教わったようにも思えた。
十夜が見たのは『少女』の持つ実力の、ほんの一端だったように思える。
しかし、足の運びから視線の動かし方まで、十夜は確かに視た。それを何度も何度も体に刻み込む。
何度目かの試行の後、石で作られた右腕がドスンと落ちた。
ストーンゴーレムには痛みを感じる感覚器は備わっていない。しかし急に失った重量にバランスを崩し膝をついた。
高くて攻撃しにくかった頭が十夜の手が届く位置にある。
しかし、剣で切ろうとして十夜は自分の武器も一緒に失っていた事に気がついた。
十夜が握っているのは柄の部分だけで、剣は根本から折れてしまい、武器としては使い物にならない。
ストーンゴーレムの腕を断ち切る瞬間に力みすぎたのだ。
己の未熟さに歯を噛みしめるが、後悔よりも今はやるべき事があった。
その一瞬の逡巡はストーンゴーレムにとって、体勢を立て直し、攻撃をするには十分な時間だった。残った左手を振り回し、十夜を遠ざけようとする。
武器を失った十夜は折角の好機を捨てるしかなかった。
バックステップで距離を取り再びストーンゴーレムと対峙する。
ストーンゴーレムは立ち上がると同時に切り落とされた、失った右手を残っている左手で持ち上げ、十夜に向けて地面に叩きつけ地面を揺らす。
十夜にはストーンゴーレムの動きが止まっているかのようにゆっくりに見える。これなら一瞬先まで予測できそうだ。
これが『彼女』が見ていた風景。それは一種の未来予知に近いのかもしれない。
ストーンゴーレムは何度も振りかぶり十夜に向けて振り下ろすが、当たる気配が無い十夜に不満げな唸りを上げた。
たしかに、遠心力が加わった攻撃は木々を安々と砕くだけの威力が込められている。が、手数が増えた訳でも無いし、早くなった訳でもない。威力は確かに上がっているが、元から一発でも当たれば命はないのだ。
当たらなければ問題ない。
あとはこちらから攻撃をするだけだ。
十夜は右手をきつく握った。
剣はすでに無い。
だが、それがどうした。武器ならここにある。
「はああああああああああっ!!」
振り下ろされたゴーレムの右手を頭を低く保ち潜り抜ける。少し掠ったかも知れないが、そんな事を気にする余裕は無かった。
攻撃出来るのはあと一発。それは十夜の集中力と、これから行う攻撃の質だった。
振りかぶった物を全力で振り下ろす為には頭を少し下げる必要がある。
十夜が狙ったのは振り下ろした後に出来る一瞬の硬直と、低くなった頭部だ。
全身に張り巡らせていた強化魔法を右手だけに集中させる。
「いっけぇええええっ!!」
魔法で限界まで強化された十夜の拳は、ストーンゴーレムの頭部を粉々に打ち砕いた。
頭部を砕かれたストーンゴーレムはゆっくりと崩れ、ただの石へなっていった。
「……勝った」
ある意味賭けだった。もし魔法で強化した拳で頭部を破壊出来なかったら。もしストーンゴーレムの魔核が頭部に無かったら。
そう思うと怖い物があったが、十夜には出来ると言う確信めいた物があった。
魔法で強化していたとは言え、本気でストーンゴーレムを殴った右手は皮が剥がれ血が出ている。
気力的にも体力的にも既に限界は軽く超えていた。立っているのもやっとの状態だ。
うっすらと視界が赤く染まる。ストーンゴーレムの腕を掻い潜ったときに掠った傷が、血を流しそれが目に入った。
「はは……はははは……」
十夜の口から笑い声が溢れ、ガクリと膝を折り、そのまま地面に倒れた。
ストーンゴーレムを倒した事で気が緩んでしまったのだろう。暫く立てる気がしなかった。
「ーーー!ーーーー!!!」
暗くなる意識の中で誰かの声を聞いた気がした。
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