TS娘の恋は、甘いチョコの味
TS娘の恋は、甘いチョコの味
「きりーつ、れーい」
日直の号令を聞き、生徒たちは教室に残って友達と駄弁ったり、そそくさと部活や家へ向かったりなど思い思いに過ごしている。
だけど、僕はそのどれにも属していなかった。
ただじっと、自分の席に座って時が来るのを待つ。
教室に存在する二つの扉を交互に見ながら、多少の苛立ちを覚えつつも頬杖をつく。
やがて、十数分ほど経過した頃。
ようやく教室の入口に、そいつが現れた。
右手を頭上に掲げ、大きく振っている。
とても小柄で、顔立ちは高校生にしては幼い。
その割には、胸は制服の上からでも分かるほど二つの膨らみを主張していた。
「遅いッ!」
「悪かったって。そんな怒んなよ~」
イライラを隠そうともせず近づいていくと、片手を顔の前に持っていき謝罪。
だが顔は笑っているし、絶対に反省してない。
この男のような口調の女生徒は、僕の幼馴染みだ。
毎日、放課後になると僕の教室に来て一緒に帰宅する……というのが、僕たちの決まりになっている。
こいつが――女になる前から。
§
通学路を、二人で肩を並べて歩く。
「……で、何で遅れたの?」
「いいだろ、理由は別に。女には色々あんだよ」
「……すっかりノリノリだね」
「へへっ、もう半年になるからな」
およそ、半年前。
同じマンションに住んでいる幼馴染みのこいつが、突然夜中に僕の家を訪れた。
よほど慌てていたからなのか肩を上下させ、更にかなり鬼気迫る形相で。
でも、最初は誰なのか分からなかった。
全く知らない人が、僕に何の用なのか見当もつかなかった。
当然だろう。
僕がよく知っている同性の幼馴染みが、こんなに可愛い女の子になってしまうなんて思うはずもない。
結局そのときは、男に戻る方法が分かるまでは女として暮らしていくということにしたが……。
初めはあんなに慌てて「どうしよう! おれ一生このままなのかな!?」とか泣き叫んでいたのに。
半年でこの変わりよう……そういうものなのか、それともこいつがただ単に凄いのか。
「……なあ、今日何の日か知ってっか?」
不意に、少し俯き気味で問うてきた。
何か特別な日だっただろうか。
……あ、さては。
「今日? ああ、お前の誕生日だったっけ? ごめんプレゼントは用意してな――」
「違う! おれの誕生日は再来月だ!」
「え? じゃあ、僕の誕生日?」
「違う。さすがにそれは覚えとけ」
「だったら、誰の誕生日なの……?」
「お前の中で、特別な日は誕生日しかないのか……」
何やら呆れたように、溜息を漏らしている。
仕方ないので、クイズ感覚で必死に思い出してみる。
「えっと……クリスマスは過ぎたし、節分も終わった……雛祭りはまだだし、エイプリルフールなんて二ヶ月後……」
「だーっ! バレンタインだよバレンタイン! 言わせんな恥ずかしいっ! 何でバレンタインだけこんなに出てこねぇんだよ!?」
「ご、ごめん、なさい」
女になった今は高くて可愛らしい声をしているのだが、男口調のままこんなに怒鳴られると、つい条件反射で謝ってしまう。
別に言い訳でもなければ不幸自慢でもないけど、今までバレンタインとは無縁の人生だったため無意識のうちに記憶から抹消していた。
この野郎、よくもそんな忌まわしい日を思い出させてくれたな……。
「……ったく。で、せっかく一年に一回しかない日なんだし、女になるっていう変わった体験もしたわけだしよ」
「うん?」
「ほら――これ、やるよ」
僅かに頬を紅潮させ、赤いリボンで包装された小さな箱を差し出してくる。
受け取ってみると、思っていた以上に軽い。
「こ、これって」
「チョコだよ決まってんだろ」
「ちょ、こ」
「おい大丈夫か? 帰ってこーい?」
バレンタインデーにチョコレートを貰うという、世の中のリア充が平気でやっていることが自分自身に起きた。
その事実に戸惑い、思わず放心状態になっていると、僕の顔の前で手を振られ我に返る。
「あ、ああ、ごめん、ありがとう」
「……言っとくけど、チョコ作ったのなんか初めてだから期待すんなよなっ!」
「うん……え、手作り?」
「まあ、せっかくだし、なっ」
照れくさそうに顔を背けているところは、どう見ても可愛い女の子だ。
元々男だったなんて説明しても、おそらく誰一人として信じないだろう。
幼馴染みが完全に女に染まってしまい、僕としては少し複雑な気分だが……。
でもまあ、チョコをくれて嬉しいのは本当だ。
その気持ちに嘘はない。
「けどさ、何で僕に? 唯一の幼馴染みだから?」
「……さーぁな」
こうしてはぐらかされるときは、大抵これ以上訊いても教えてもらえない。
なら、と諦め、チョコの包装を解こうとした瞬間。
「……んまぁ、感情ってのは元々のものより、体に引っ張られるってことなのかもな」
「えっ? それって、どういう――」
「うるさい喋んな! おれは帰る! わかったから喋んな! じゃあな!」
早口でがなり立て、足早に去っていく。
喋んなって……まだ僕は何も言ってないのに。
釈然としないながらも、僕は包装を解き箱を開ける。
中には――小ぶりなサイズの丸いチョコがいっぱい入っていた。
色やトッピングなどが違うところを見ると、一つ一つ味が異なるのかもしれない。
「はは、かなり凝ってんなぁ」
あいつが頑張って作っているところを想像して、自然と笑みがこぼれる。
初めてだったみたいだし、きっと苦労しただろう。
もしかしたら、このチョコは何十回目の出来……という可能性だってある。
だったら、一つ一つ味わって食べないとな。
あいつの好意に感謝して。
あいつの友達でいられていることに感謝して。
僕は適当に一つだけ手に取り、口に運ぶ。
「……あまっ」
無意識に口から飛び出た自分の声に笑い、それを誤魔化すかのように僕は二つ目を口にする。
やっぱり甘い。けど、美味しい。
陳腐にも程がある感想を抱きながら、僕は帰路についた。
日直の号令を聞き、生徒たちは教室に残って友達と駄弁ったり、そそくさと部活や家へ向かったりなど思い思いに過ごしている。
だけど、僕はそのどれにも属していなかった。
ただじっと、自分の席に座って時が来るのを待つ。
教室に存在する二つの扉を交互に見ながら、多少の苛立ちを覚えつつも頬杖をつく。
やがて、十数分ほど経過した頃。
ようやく教室の入口に、そいつが現れた。
右手を頭上に掲げ、大きく振っている。
とても小柄で、顔立ちは高校生にしては幼い。
その割には、胸は制服の上からでも分かるほど二つの膨らみを主張していた。
「遅いッ!」
「悪かったって。そんな怒んなよ~」
イライラを隠そうともせず近づいていくと、片手を顔の前に持っていき謝罪。
だが顔は笑っているし、絶対に反省してない。
この男のような口調の女生徒は、僕の幼馴染みだ。
毎日、放課後になると僕の教室に来て一緒に帰宅する……というのが、僕たちの決まりになっている。
こいつが――女になる前から。
§
通学路を、二人で肩を並べて歩く。
「……で、何で遅れたの?」
「いいだろ、理由は別に。女には色々あんだよ」
「……すっかりノリノリだね」
「へへっ、もう半年になるからな」
およそ、半年前。
同じマンションに住んでいる幼馴染みのこいつが、突然夜中に僕の家を訪れた。
よほど慌てていたからなのか肩を上下させ、更にかなり鬼気迫る形相で。
でも、最初は誰なのか分からなかった。
全く知らない人が、僕に何の用なのか見当もつかなかった。
当然だろう。
僕がよく知っている同性の幼馴染みが、こんなに可愛い女の子になってしまうなんて思うはずもない。
結局そのときは、男に戻る方法が分かるまでは女として暮らしていくということにしたが……。
初めはあんなに慌てて「どうしよう! おれ一生このままなのかな!?」とか泣き叫んでいたのに。
半年でこの変わりよう……そういうものなのか、それともこいつがただ単に凄いのか。
「……なあ、今日何の日か知ってっか?」
不意に、少し俯き気味で問うてきた。
何か特別な日だっただろうか。
……あ、さては。
「今日? ああ、お前の誕生日だったっけ? ごめんプレゼントは用意してな――」
「違う! おれの誕生日は再来月だ!」
「え? じゃあ、僕の誕生日?」
「違う。さすがにそれは覚えとけ」
「だったら、誰の誕生日なの……?」
「お前の中で、特別な日は誕生日しかないのか……」
何やら呆れたように、溜息を漏らしている。
仕方ないので、クイズ感覚で必死に思い出してみる。
「えっと……クリスマスは過ぎたし、節分も終わった……雛祭りはまだだし、エイプリルフールなんて二ヶ月後……」
「だーっ! バレンタインだよバレンタイン! 言わせんな恥ずかしいっ! 何でバレンタインだけこんなに出てこねぇんだよ!?」
「ご、ごめん、なさい」
女になった今は高くて可愛らしい声をしているのだが、男口調のままこんなに怒鳴られると、つい条件反射で謝ってしまう。
別に言い訳でもなければ不幸自慢でもないけど、今までバレンタインとは無縁の人生だったため無意識のうちに記憶から抹消していた。
この野郎、よくもそんな忌まわしい日を思い出させてくれたな……。
「……ったく。で、せっかく一年に一回しかない日なんだし、女になるっていう変わった体験もしたわけだしよ」
「うん?」
「ほら――これ、やるよ」
僅かに頬を紅潮させ、赤いリボンで包装された小さな箱を差し出してくる。
受け取ってみると、思っていた以上に軽い。
「こ、これって」
「チョコだよ決まってんだろ」
「ちょ、こ」
「おい大丈夫か? 帰ってこーい?」
バレンタインデーにチョコレートを貰うという、世の中のリア充が平気でやっていることが自分自身に起きた。
その事実に戸惑い、思わず放心状態になっていると、僕の顔の前で手を振られ我に返る。
「あ、ああ、ごめん、ありがとう」
「……言っとくけど、チョコ作ったのなんか初めてだから期待すんなよなっ!」
「うん……え、手作り?」
「まあ、せっかくだし、なっ」
照れくさそうに顔を背けているところは、どう見ても可愛い女の子だ。
元々男だったなんて説明しても、おそらく誰一人として信じないだろう。
幼馴染みが完全に女に染まってしまい、僕としては少し複雑な気分だが……。
でもまあ、チョコをくれて嬉しいのは本当だ。
その気持ちに嘘はない。
「けどさ、何で僕に? 唯一の幼馴染みだから?」
「……さーぁな」
こうしてはぐらかされるときは、大抵これ以上訊いても教えてもらえない。
なら、と諦め、チョコの包装を解こうとした瞬間。
「……んまぁ、感情ってのは元々のものより、体に引っ張られるってことなのかもな」
「えっ? それって、どういう――」
「うるさい喋んな! おれは帰る! わかったから喋んな! じゃあな!」
早口でがなり立て、足早に去っていく。
喋んなって……まだ僕は何も言ってないのに。
釈然としないながらも、僕は包装を解き箱を開ける。
中には――小ぶりなサイズの丸いチョコがいっぱい入っていた。
色やトッピングなどが違うところを見ると、一つ一つ味が異なるのかもしれない。
「はは、かなり凝ってんなぁ」
あいつが頑張って作っているところを想像して、自然と笑みがこぼれる。
初めてだったみたいだし、きっと苦労しただろう。
もしかしたら、このチョコは何十回目の出来……という可能性だってある。
だったら、一つ一つ味わって食べないとな。
あいつの好意に感謝して。
あいつの友達でいられていることに感謝して。
僕は適当に一つだけ手に取り、口に運ぶ。
「……あまっ」
無意識に口から飛び出た自分の声に笑い、それを誤魔化すかのように僕は二つ目を口にする。
やっぱり甘い。けど、美味しい。
陳腐にも程がある感想を抱きながら、僕は帰路についた。
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