不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

17.崩れる音


「おーい、着いたぞー」

 そんな呑気な声に起こされた司はゆっくり瞼を開けた。肩を揺すられているうちに段々と意識がはっきりしてくる。いつの間にかバスは停車しており、窓から見える景色は緑色で覆い尽くされていた。

「まさか、こんな山奥だとは思わないよねぇ。林間学校じゃん!」

 隣を見ると杏がケラケラ笑ってそう言った。自分の荷物を背負った彼女は眠りこけていた司の荷物をテキパキとまとめている。

「どうぞ」

 司は頭を軽く振って眠気を覚ますと、杏が渡してきた自分の荷物を受け取ってお礼を述べた。

「助かった」

 司のそっけない言葉にも杏はゆっくり微笑んで長い髪の毛先を揺らす。まるで子供あやす母親のように、それでいて寂しがり屋の少女のように。杏の中の司の位置は今、どのあたりになるのだろうか。幼馴染から異性として、一人の男として見てもらうには、あといったいどれくらいの時間をかければいいのだろうか。

 司だっていつまでもこのままではいけないと思っているのだ。

 笑った後に目を伏せる癖のある杏は、そのあと決まって2回瞬きして視線を上げる。司はそんな杏の長いまつげを眺めながらそうぼんやり考えていた。

「降りますか」

 その声にハッとして杏の方を見ると、困ったように笑う彼女が司のジャージの裾を掴んでいた。立ち上がった杏に引かれるようにバスを降りる。

「司? 大丈夫か?」

 バスを降りた司に親友の大輝が声をかけてきた。大輝は意地悪く笑いながら司の方へ寄ってきて肩を組むと、気味の悪い声で司に耳打ちしてきた。

「よかったなぁ。杏の隣で介抱してもらって」

 もう随分と前に司の気持ちは大輝にばれている。大輝によれば司の態度はバレバレであるらしい。知らないのは司の想い人と数人の鈍感なクラスメイトくらいだ。だからこそ大輝は栗山の毒牙にかからないのだと胸を張っていた。彼女の甘い言葉の罠にかかるのは、鈍感な男だけだと大輝は言った。

「うるさい、余計なこと言うな」

 司は大輝の腕を払いのけて、自分の班へ向かって歩いて行く。大輝が慌てて追いかけてくるが、虫の居所の悪い司は気にもかけず班メンバーと合流する。

「司くん、バス酔い大丈夫? ごめんね代わってもらって。私にできることがあるなら言って! 何でもするよ!」

 尾白と仲良く話していた栗山が合流した司の手を取って、その小さな手で軽く握りしめながら上目使いに首を少し傾げて言った。こう見ると彼女は小柄で、杏のスタイルの良い長身と比べると何もかも小さい。だが、肉付きは良く、揺れる大きなブラウンの瞳に吸い込まれてしまいそうだと思う。

 彼女は可愛い。こんな露骨に特別扱いされたら誰でも好きになってしまうだろう。尾白もそうであるはずだ。きっと、司もこれほどまで杏に心を占拠されていなければ好きになってしまっていた。

「大丈夫だ、心配してくれてありがとう」

 司は気が付くと自然な笑顔で栗山にそう返していた。自分は大丈夫だと思ったからだ。彼女にいくら振り回されようとも、自分の心の中を騒がせて、ジェットコースターのように猛スピードで上がりも下がりもさせるのは杏だけだと分かったからだ。

 そう思うと自然と振る舞えた。

「笑った」

 目を丸くした栗山が司を見上げながら息をのんで呟いた。それから彼女は顔をほころばせて握った手の力をきゅっと強めた。眉尻を下げて小さな女の子のように喜こぶ彼女に、司はこんな顔もできるのかと少し感心して、へにゃりと曲がった口元を見ていた。

「おい、司!」

 その声に顔を上げると、珍しく眉間にしわを寄せた大輝が司を睨みつけていた。彼の気に障るようなことをした覚えはないが、ふと彼の後ろで立ち尽くしている杏の顔が見え、血の気が引いた。

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