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不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

16.前途多難

 雲一つない空の下、杏たち一学年はクラスごとにバスに乗り込み、目的地へ出発した。問題なのはバスは2人席ということだ。

 桃華の隣かとなんとなく思っていた杏は、地獄ツアーの始まりを覚悟していた。黒瀬はバス酔いの常連なので1人前方の座席に陣取り、嶋は尾白を捕まえたまま、肌の白さ談義をまだ続けている。
 クラスメイト達が次々席をうめて行き、最終的に後ろから三列目の右側の2座席が残った。座っていないのは桃華と杏だけ。
 
「栗山さん一緒に座ろうか」

 杏は努めて明るく桃華に振り返った。のだが、桃華の姿はそこにはなく、彼女は担任にバス酔いが心配なので前方に座りたいと言い出した。

 もうどうにでもなれ。杏は一人で気楽に座ることにしよう。窓側に腰かけた杏はそういえば、もう前方の席は空いてなかったことを思い出し、通路の方に身を乗り出して前方を確認した。

 杏の予想通り前方で空いているのは担任の隣だけのようだ。杏と座りたくないから担任の隣を選ぶとか大きく出たものだ。

 ところが桃華は持ち前の可愛さを前面に押し出して、こともあろうに黒瀬の隣に座った男子生徒に向かって席の交換を要求してきた。

「澄川くん。あたしバス酔いしちゃうからその席譲ってくれるとうれしいんだけど。あ、いいのダメなら後ろで頑張るから!」

 押し付け過ぎずに、ダメでもいいよと布石を打つ。そう言われてしまうとじゃあ後ろで頑張ってといかないのが人の心情である。一方の澄川は後ろの方の席と桃華を交互に見て、苦渋の選択を迫られている様子だ。よっぽど乗り物酔いがひどいのだろう。

「いいよ、俺が変わる。澄川は俺より酔いそうだからな」

 桃華の隣だけは死んでもごめんだとでも言いたげな黒瀬の声が車内に響き渡る。桃華は慌てた様子でやっぱり大丈夫と言い始め、すかさず黒瀬が担任と桃華に向かって

「先生に進言するくらい乗り物酔いが心配なんだと思います。俺はそこまでではないので、後ろに行きます。澄川も無理することないからな」

 最後は澄川に向きなおって黒瀬は彼の肩をポンポン叩くと、桃華にどうぞと席を譲って後ろに歩いてきた。見送る澄川の顔はどこかホッとしており、逆に桃華の顔からは血の気が引いていた。バスは動いてないがもう酔ってしまったらしい。

「よかったな栗山、具合悪くなったら遠慮しないで言うんだぞ」

 担任はさわやかに微笑むと桃華を澄川の隣に座らせた。

 杏の隣までやってきた黒瀬は悲壮感を漂わせて、この世の終わりのような顔をしていた。仕方がないので杏は窓側の席を譲り、着くまで寝ているように黒瀬に言った。

「どちらも地獄なら杏の隣でバス酔いする方がいい」

 栗山はうるさくてかなわないと黒瀬は腕を組んで座席にもたれかかった。杏の隣は地獄ではなく天国の入り口だと言おうと思ったが、黒瀬が話しかけられたくないモードに入ったのでやめておいた。

 それにバス酔いは強敵である。できるならば桃華と澄川が酔わずに目的地へ着いてほしいと思う。1人の犠牲は尊いぞ。

 小一時間ほどバスを走らせると、休憩がてら郊外にある大きな業務スーパーの駐車場にバスを乗り入れた。広い駐車場の端にバスが停車すると、グループがおのおの買い出しへとスーパーへ向かう。

 杏たちの在籍する1年3組は4組と合同の宿泊施設へ向かう。2台停まったバスから一気にえんじ色のジャージを来た生徒が降りると、楽しそうに食材を購入していく。

 杏たちのグループも嶋を先頭にスーパーの中を散策する。杏がカートにカゴを入れて押していると、この小一時間で仲良くなった嶋と尾白が材料を厳選しながらカゴに食材を入れていく。桃華も時折それに混ざりながら、カートを押す杏にぴったりくっつくように歩く黒瀬に声をかけている。

 黒瀬はスーパーに着くころには少し吐き気を伴っていたらしく、絶賛ご機嫌斜め状態なのである。あまり今の黒瀬に話しかけない方がいいと杏は思うのだが、杏が今は具合悪いみたいだからそっとしておけと言うと、余計かいがいしく世話をしだそうとするんじゃないかと思ってしまい、どうにも声がかけられないでいた。

「なあ、お料理上手の栗山さん。カレー粉って何がいいの?」

そんな杏たちの様子を見ていた嶋が、ありがたい助け舟を出してくれた。

「桃華ちゃんはどのルーが好きなの? 甘口? 中辛?」

 尾白がカレールーの棚の前にしゃがみ込み、赤と緑のカレールーを手に取って桃華の方に掲げて聞くと、桃華はぱっと表情を明るくして甘口の方を指さした。

 解放された黒瀬はカートにうなだれるように倒れ込み、杏はその背中をさすりながら、もう片方の手で心配そうに笑った嶋にありがとうとジェスチャーした。

 無事にカレールーを選んだ杏たちは、桃華と尾白のほほえましいやり取りを眺めながらレジへ向かった。杏は一応飲料水コーナーで水を購入しておこうと思い、500mlのボトルをかごに入れた。

 割と先生も適当なので、生徒たちはばれないようにお菓子をレジ別で購入している。杏たちも例にもれず少しばかりお菓子を購入したので、水はそこに滑り込ませて購入した。


 全ての班が食料を購入しバスに乗り込むと、また1時間ほどバスに揺られ宿泊施設へ向かう。


「杏、俺はもうだめかもしれない。俺はもうここに置いて行け」


 そう言った黒瀬は顔面蒼白でうなだれていた。まだ冗談を言うだけましなのかもしれない。杏は前のめりになって窓にもたれかかる黒瀬の背中をさすりながら、黒瀬の持ってきていた飲み物を取り出した。

「諦めるんじゃない。でも無理はするなー。ほらこれ飲みなさい」

そう言ってペットボトルを差し出すも、残りはほとんどなかった。

「…もうない」

 一口分もないそれを飲み切った黒瀬は、ペットボトルを見つめながら絶望的な顔をしていた。いつもの仏頂面とはかけ離れた表情は、美形そのもので少し可愛らしかった。

 杏はその顔に笑いながら先ほど買った水を差しだす。

「ふふ、これも飲んどきな」
「これさっき買ったやつ?」
「そうだよ、司の無計画性くらい知っているからな」

 黒瀬は昔からどこか抜けているところがあるので、今回も「もしも」と考えて杏は水を購入しておいた。

「ありがとう」

 水を飲んだ黒瀬からペットボトルを受け取りキャップを占めていると、黒瀬が青白い顔で杏にもたれかかってそう言った。

「どういたしまして」

 もう慣れたものだと思った杏は、過去の遠足や修学旅行を思い出していた。

 バスに乗るたび黒瀬はバス酔いで瀕死状態になっていた。バス酔い状態の彼は無防備かつ顔の力が抜けただの美形になるので、周りのされるがままになってしまうのだ。それから守りながら介抱するのが杏の役目だった。

 今回もその役目が杏にやってきて、どうしようもない奴だとほほえましい気持ちになる。だが、それと同時に今回も杏の役目でよかったと思ってしまう。



 独占欲。



 みっともない独占欲なのかもしれない。



 黒瀬がなにも言ってこないのをいいことに、杏はずっとこのままでいようとしている。この距離でいたいと思っている。 

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