不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

12.図書室と文学少年

部室に滑り込む、といっても文芸部は主に図書室のグループ専用個室のような場所を使用している。週2の活動といえど、自由人が多いこともあり毎回5人程度しかいない。入学して一か月、杏は文芸部にほとんど毎回出席しているので常連の顔くらいは覚えた。

「小泉ちゃんやっほー、どうしたのそんなに慌てて」

部室には部長とはじめとしたいつものメンバーがおのおのやりたい作業を行っていた。部長は急いでやってきた杏に話しかけると、持っていた大量の文芸誌をテーブルの上に置いた。

「あはは、部長たちは何やってるんですか?」

杏は笑ってごまかしながら部長が置いた文芸誌の山を見て尋ねた。部長はめんどくさそうに山の一番上の冊子を取ってペラペラと振った。

「バックナンバーを整理してるの。なんか高緑が来月の文芸誌、バックナンバーから何個かピックアップしてページを埋めるって」
「そうなんですか。バックナンバー読んだことなかったから気になりますね」

杏がそう呟くと、部長はバックナンバーを杏の手に持たせてニンマリと笑った。

「そ?なら小泉ちゃん高緑とあとよろ!私、秋穂と次の短編用の資料探しに行くね!」

杏は言質を取られた気分だった。それから後ろ手に手を振って部長は副部長を連れて図書室へと消えていった。部室に残ったのは杏と高緑と河上という部員だけ。
二人はしてやられた杏を見て同情するようなまなざしで手招いた。
杏は仕方なしに荷物を下ろして冊子の1つを手に取って軽くめくった。
お手製にしてはしっかりとした作りの文芸誌は3カ月に一冊程度の間隔で発行していると聞いた。部員の誌・小説や随筆、論評をまとめてあり、学園祭等で販売している。
それとは別に月刊ゆきかぜと言う雑誌を自分たちで刷って販売しているらしい。定期購読型であらかじめ数を募ってから刷るそうだ。
杏が手に取ったのは去年の9月に発刊された部誌で、ページの頭の方は部員のイラストやエッセイが載っており、後半になるにつれて論評や小説となっている。
杏はふと目に留まったタイトルを口に出していた。

「切山正吾の事件ノート…?」
「あぁ、それ僕の小説」

その声に杏が顔を上げると、向かいに座っていた高緑が目線だけをこちらによこして感想よろしくと言った。

「高緑はこれでもゆきかぜの看板作家なんだよ」
「河上、これでもってなんだよ。少しグロテスクな殺人事件の推理小説が人気なんてどうかしてる。小泉もそう思うだろ?」

隣にいる冴えないそばかすの男子生徒が顔をあげてゆきかぜを杏に手渡した。すると高緑は不服そうに手元の部誌を閉じて、杏がテーブルの上に広げたゆきかぜを覗き込んだ。

「でも、犯人を絶対当てようと思って事件発生編を読み込むのに、見当違いな人が犯人なことが多くて、毎回深読みというか、邪推してしまいますよね」

杏はここのところ部室に来ては高緑の書いた小説ばかり読んでいた。真剣なまなざしで杏がそう答えるものだから、河上は納得するように深く頷き、高緑は呆れたようにため息をついた。

「楽しみにしてくれる読者がいるだけよかったと思うさ」

ふんと鼻を鳴らした高緑はまた部誌を開いてよさげな小説を探し始めた。杏も部誌の続きを読もうと顔を落とした。そこで、はたとなにか忘れているような気がして、もう一度顔をあげた。

「そうだ高緑先輩!お話しがあったんです」
「なに?」

杏の突然の叫びにもものともしない高緑は、顔をあげると首を傾げた。隣の河上をみるとなぜだか面白そうなものを発見した時の顔をしている。

「あの、突拍子のない話なんですけど。7人の男性から一度に好かれて一生一緒にいてくれやみたいな話、どう思いますか?」
「「…は?」」


高緑と河上は同じタイミングで聞き返していた。高緑は話がつかめないといった顔で杏を見ると、恋愛小説は範囲外だと手を振った。すると河上がまるでライトノベルのハーレム小説みたいだねと笑って、次の小説のネタか何かかと杏に聞いてきた。

「クラスの子が昨日そんなことを言っていたんです。だから私に手伝えって」

小説のネタだったらどんなにいいかと付け足すと、面白がった河上が杏に続きを促した。

「もうすでに声をかけているんですけど、彼女が気に入ったからなのか、最初からそう決まっているのかわからないんです。とにかく私に仲を取り持てと」
「へー、でもそういう子はよくいるよね、好きな人との間を取り持ってって」
「河上先輩の言いたいことはわかります。でも1人じゃなくて何人もですよ?」

おかしいと思いませんか?と杏が同意を求めると、河上は少し考え込んでから恋愛小説の読み過ぎなんだよと言った。まあ、確かにその通りだと杏も思う。
だが、普段の彼女の恐ろしさを見たらわかると思う。現実を決めつけていて盲目的。説明の難しさにどうしようもないもどかしさを感じる。

「それで?その話を僕にして小泉はどうしたかったんだ?」

頬杖をついて杏たちを観察していた高緑が、けだるげな表情のまま杏を見た。高緑は雰囲気こそ地味で制服をきっちり着込んでいるが、杏と変わらないほど腕が細く、大きくてアーモンド形の綺麗な目をしている。

「そのメンバーの中に高緑先輩も含まれている。と言うことを知っていただきたくて」

杏はその時、高緑の女の子と見間違えるくらい可愛い顔が、ひどく歪んで行くのを見た。隣に座っていた河上は、そんな高緑の顔を楽しそうに見つめている。

「本当、高緑のそばにいると退屈しなくていいや」
「河上、お前いい加減僕で楽しむのを止めてくれないか?」

ケラケラ笑う河上としかりつける高緑のやり取りは、杏を放って先へ進んでいく。

「ところで、小泉さんはその恋愛小説の主人公気取りさんの言ってる事、本当に実現されると思う?」

河上は高緑とのやり取りを終えて、杏にそう問いかけてニヤリと笑った。杏は河上の面白い事柄を貪欲に求めていくスタイルに、活字中毒の創作精神を感じた。顔に見合わず、河上は社交的で面白い。

「私としては、五分五分フィフティーフィフティーだと思います。半分は上手くいって、もう半分は彼女の立ち回りなんじゃないかって」
「へぇ、根拠は?」

杏の発言に、高緑の目の色が変わった。杏から見て、本当に高緑が自分事に考えているかはわからない。だが、あくまで杏の聞いた話と推論を聞く気にはなってくれたようだった。

「先輩方もご存知かもしれませんが、青葉生徒会長と仲の良い一年生の女生徒が、そのヒロインさんなんです」
「あ、俺知ってる。生徒会長と黄田が取り合ってる子でしょ?」
「…黄田?」

杏は確信した。そいつ7人目です先輩と。

「黄田って、ほら高緑も知ってるでしょ?あ、小泉さん黄田って子ね、2年の間で有名なんだよね」

またか、と思った。校内で比較的人気があったり、色々な意味で目立つ人、そうかと思えばこんな目立ちもしないような看板作家を選ぶあたり、桃華のサーチ力はずば抜けていると思う。

「黄田は入学当初から金髪の不良少年だから、でも最近髪色もとに戻ってさ。ピアスも制服もきちんとなって、なんか王子様みたいな顔になったよね」
「不良を一瞬で優等生に戻すとかすごい…」

河上がこれまた面白そうに語るので、杏は少し桃華のことを見直していた。できればその辺の仲間内だけでごっこ遊びをしていてほしいものだ。

「あの二人と三角関係しているのに、まだメンバー募集しているのか?そのなかに僕も入れるって?」

高緑はなんだか遠い目をしていた。まあ、でも杏は見た目のバランスは整っているんじゃないかと思った。
目の前の高緑は言わずもがな可愛い系、黒瀬は魔王系、紫月は大人のエロ甘系、宗助は軽チャラ系、あとは元不良と気弱と堅物騎士…。
見た目だけでは恋愛小説が三本くらい作れそうである。

「まあ、彼女がそう言っていただけなので…。私に高緑先輩を紹介しろと駄々をこねてますが、何とかあしらいます」

気を付けてくださいねと杏が言い足すと、高緑はむうと唸って椅子の背もたれに深く沈んだ。

「いいじゃない、これを機に須田千世すだちせ先生も恋愛小説書いてみたら?」
「書かない!」

河上がそうからかうと、高緑は河上の肩をはたいた。

「ずっと気になってたんですけど、なんで本名で書かないんですか?ゆきかぜの小説」
「高緑くんね、恥ずかしがり屋なの」
「ペンネームだ」

意識高い系だと杏が笑うと、河上もそういうことにしてあげようと言い、高緑はうるさいと部誌を河上に投げつけた。

「暴力に訴えるのは良くないよ。ほら文芸部の作家OB、OGがお怒りだよ!」

河上が高緑をなだめて、部長たちが部室の施錠に来るまで時間はそうなかった。高緑のペンネームがなぜ女性名なのかツッコめなかった杏は、ちょっと惜しいことをしたなと思った。

その頃には黄田のことも、桃華のことも、もう頭に無かった。

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