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不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

8.待たされてばっかし

 杏は桃華と別れた後、駅裏の住宅街へと向かった。
 オートロックなんてない古びたマンションの下までやってくると、スマホを取り出して電話をワンコールかけて切った。相手から5分待てとメッセージが飛んできたのを確認して、杏は脇の自販機に小銭を入れてコーラのボタンを押す。

 すこし汚れの目立つ自販機から二本目のコーラを取り出した頃、7階で停止していたエレベーターがゆっくりと下り始めた。入り口で鉢合わせるのはごめんだと思った杏は、自販機の横で腰を下ろして彼女が出ていくのを待つことにした。

 チンと鈍い音と共に開いたエレベーターから二人分の足音がしたと思うと、制服姿の男女が入り口で立ち止って揉め始めた。

「だからごめんって、今度絶対埋め合わせするからさ」
「そう言って埋め合わせしてくれたためしないじゃない! それに、私との予定より優先することってなんなの? 別の女? 会わせなさいよ、会わせられないことないでしょ」
「絶対埋め合わせするから、今日は本当に帰って。ね?」
「だから、別の女なら会わせなさいって言ってるの!」

 なにやら女性の方はひどく怒っているようだった。
 杏がいる自販機は入り口を出て直ぐ左にあるため、エレベータすぐの入り口付近にいる二人は見えない。声だけ聴いているが、だんだん女性の声が荒くなって行き、別の女に会わせないと帰らないというスタンスでいるようだった。対して男性の方は軽い口調で後日埋め合わせるから早く帰ってほしいと彼女をなだめている。

「…いいから帰れって言ってんの。別に俺たち付き合ってるわけじゃないでしょ? 会わせる義務はないと思うけど?」
「やることやってんなら付き合ってなくても会う権利くらいあるわ!」
「…もうお前いいわ。それでもいいってこういう関係でいるんでしょ? それが守れないんならお前はいらない。ほら、さっさと帰れよ」

 次第に男の声や口調に感情がなくなって行き、最後は女性を冷たく突き放した。何も言えなくなったのか女性は振り返ることもないまま駅の方へ向かって走り出した。走っていく後ろ姿だけ見ることができた杏は、杏の高校の制服を着た茶色がかったゆるふわパーマの彼女に同情していた。

「手におえない男だってわかって良かったじゃん。いつかは私だけ見てほしいってのはちょっと無理だったね」

 そう杏は心の中で呟いて、彼女が去っていった方を見ていた。

「まーた、そんなところに隠れて盗み聞きですか、お嬢さん」

 ぱっと自販機の横に顔を出した男は、先ほどの冷たい声を放っていたと考えられないほど穏やかに笑っていた。

「宗助はいつか刺されないように気を付けた方がいいと思う」
「えー、ああいうのとは極力関係持たないようにしてるんだけどね。今回は失敗だったなー。ま、やる前にわかってよかった」
「下品だなーもう」

 乱れたワイシャツを治しながらエレベーターに乗り込んだ宗助と杏は部屋へ向う。
 2LDKの部屋は築年数が古い割には広く、殺風景な部屋はさらに寂しさを感じる。リビングにはL字型の大きなソファーがあり、ローテーブルを挟んだ向かいに40インチのテレビとブルーレイレコーダーが置いてある。白を基調とした部屋で、キッチンには有料の黄色いゴミ袋があるだけで全く生活感がない。
 適当にソファーに腰を下ろした杏は、先ほど買ったコーラを一口飲んで息を吐いた。

「で、今日は何しに来たの?」
「お喋り」

 脱いだワイシャツとスラックスをそこらへんに投げてパン一になった宗助が杏に尋ねてきたので、杏はここ数日の愚痴や電波についてすべて飲み込んだうえでおしゃべりと即答した。

「ふーん、それ長い?」
「うんと長い」

 宗助の恰好を見慣れている杏は、どうでもいいから早く話を聞いてほしくてうずうずしていた。それを見た宗助はため息をついてはいたが嬉しそうに顔を緩めていた。それからソファーにかけていたグレーのスウェットを履いて杏の隣に腰かけた。

「まずはお菓子でも買いにいこーぜ」

 ニッと笑って前髪をかきあげた宗助は「ストレスは食って寝て解消だ!」と杏の頭を撫でた。杏は笑いながらそれに頷いて宗助のあとについて行った。紺のパーカーを来た宗助は、杏に白いトレーナーを頭から着せて、黒いキャップを投げて渡した。

「それ着てかぶっておきな。俺といるの見られたら杏が次だと思われるでしょ」
「そんな気を遣うくらいならやめたらいいのになぁ」
「やめられないから困ってるんだよなー」
「ふーん、なら満足するまでやったらいいさ」

 杏は宗助のことが好きだ。だからこそ、女遊びがやめられないなら満足してもういいやって思うまでやればいいと思っている。何があろうと杏は宗助のそばにいると決めたし、宗助にこの人だと決めた相手が現れたら心から祝福したい。

「やめろって言わないのは杏だけだなー」
「さっき言ったけどね」
「そうなんだけども」

 コンビニで宗助とポテチやポッキーを買い込んで、マンションまでの道を引き返していると、マンションの手前のかどで先ほど宗助に追い返された女子生徒が歩いて行くを見た。杏のせいで追い返すことになってしまったのですこし胸が痛んだが、選んだのは宗助であるため杏は何も言えなかった。

「杏、これ持って先に行って。7階じゃなくて8階まで行ってちょっとまってな」

 呆れたように頭を抱えた宗助に杏はわかったと頷いてレジ袋を受け取った。帽子とトレーナーを脱いで腰に巻いた杏は、長い髪の毛を整えてから、音楽なんて慣らしていないイヤフォンを耳に入れてマンションの入り口まで歩いて行った。エレベーター待ちしていた彼女は杏を上から下まで疑うように一瞥して、降りてきたエレベーターに乗り込んだ。迷わず7階のボタンを押した彼女に睨まれ、杏は怖くなり一瞬3階とか適当に押そうかと思った。だが、宗助の様子だと今頃階段をダッシュして7階まで駆け上がっているのではないかと思い、観念して8階のボタンを押した。

「アンタじゃないでしょうね。その制服うちの高校でしょ」

 エレベーター扉が閉まり切った頃に、壁に寄りかかって腕を組んだ彼女が不機嫌さを丸出しに杏に突っかかってきた。

「あぁ、はい。一年です」

 杏はとにかく無難にことを収めようと、宗助のことには触れないように唇をかみしめて耐えた。その間も彼女のピリピリとした視線は杏に突き刺さり、7階までがひどく遠く感じた。

「アンタどこ中?」
「南中です」
「…赤城宗助あかしろそうすけって知ってる?」
「すみませんが知りませんね」
「そう、ならとりあえずいいわ」

 そこでエレベーターは7階に到着した。果たして宗助は7階までのダッシュに成功したのだろうか。杏は迷わず宗助の部屋へ歩いていく彼女の背中を眺めながらエレベーターが閉まるのを待っていた。

 8階についた杏は、階段の踊り場まで降りて下の様子を確認した。ピンポンを鳴らしてすぐ宗助が迎え入れたのかそこに彼女の姿はなく、いつ出てくるのかもわからないので杏は下から見えないように座って待つことに。スマホで時間を確認するとすでに5時半を回っていた。五月といえどまだすこし肌寒い。杏はトレーナーを着直すと、最近のお気に入りプレイリストを再生した。

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