不本意ながら電波ちゃんの親友枠ってのになりまして

いわなが すみ

5.ごはんのお供に

結局あれから2日が経ったが、相変わらず杏は桃華にまとわりつかれながらもイベントについて聞こうか考えあぐねていた。青葉のことに関してもそうだし、紫月や尾白についても気になることがいくつかある。なんせ彼女は異様な速さで2人と距離を縮めているのだ。

「杏ちゃん。おひるごはん食べよう!翔馬くんもいいよね?」

いままでは昼休みに入ると桃華が杏の目の前に陣取り、前の席の椅子を借りて二人で食事をとっていた。前の席の生徒は黒瀬であるため、奴は桃華につかまらないように嶋たちと早々に逃げていく。そんななか、昨日から突然自席で昼食をとっていた尾白を桃華が連れて来たため、3人で食事をとることになった。

「どうぞ。尾白くんは毎日お弁当なんだね」

連れてきてから杏に了解を取るのであれば断ることなどできないだろう、と思ってしまうが桃華の性格から考えれば仕方のないことのようにも思えた。まあ、断る理由も特にないので杏は尾白に着席を促した。

嶋のような生徒には微妙な評判を得ているが、概ね桃華の評価は上々である。気配りができて社交性が高く、誰にでもわけ隔てないが少し抜けていて不器用。桃華の発言に一切悪意はないのである。現にクラスで浮き気味だった尾白とも仲良くしている。それが聖母のようだと一部の男子が言っているのを聞いたことがある。

「あ、うん。自分で作っているからみすぼらしくて、は、恥ずかしいんだけど…」

尾白は持ってきたお弁当を広げながら恥ずかしそうに顔を伏せた。この間も思ったが、尾白はなぜこんなに自信がなさそうなのか。お弁当は彩も良くてとてもおいしそうなのにもったいないと杏は思う。

「すごくおいしそうだよ。尾白くんはすごいね、あたしにはムリ」

杏は感心したように頷いて尾白を見た。杏のお弁当は365日母の手作りであり、杏は料理がからっきしダメなのである。杏の料理の腕に母は料理ができなくても大丈夫よ、コンビニだって栄養バランス良いものたくさんあるわ。とさじを投げた。

「え、小泉さん料理できそうなのに?」

肩を落として自分のお弁当を凝視していた尾白が驚いて杏を見た。桃華も驚いていたが、クスクス笑いながら杏に料理ができなくても大丈夫だよと言ってくれた。そのやさしさが痛い…

「残念ながら、細切りにしたネギやキュウリが全部くっついてるのが日常茶飯事で、焦がすわ、生焼けだわ、ケーキのスポンジは膨らんだ試しがない」
「へぇ、意外だな。小泉さんは料理でさえもそつなくこなしそうなのに…」

杏が厳しい顔で数々の失敗を口にすると、尾白は目を丸くして杏の話を聞いていた。尾白には杏は何でもできそうな人に見えていたのか、杏の苦手なことを聞いてうれしそうにしている。

「小泉さんも同じなんだって思ったんだ。別に見下したとか、バカにしたんじゃなくて」

尾白の声は穏やかで、杏の意外な一面に親近感を持ってくれたらしい。桃華を見ると、彼女も尾白と杏の顔を交互に見ながら嬉しそうにお弁当を頬張っていた。

「翔馬くんも杏ちゃんもお弁当食べなきゃ、時間なくなっちゃうよ」

それから桃華は杏ちゃんにはあたしが料理教えてあげるね。とえらく自信まんまんに宣言してきた。母にまでもさじを投げられた杏にどうやって教えるつもりなのだろうか。

「ねぇ、翔馬くん。あたし今度お菓子作りしようと思うんだけど、翔馬くんはお菓子とか作ったりするの?」

桃華はお弁当からお菓子作りの話題に切り替え、尾白をお菓子作りに誘おうとしているようだ。杏は素直に桃華の会話スキルが凄いと思った。

尾白は戸惑いながらも桃華の笑顔に押され、クッキーを作ってみたいと話を弾ませていた。桃華の優しい笑顔に尾白の緊張も解けているのか、最初ほど言葉を詰まらせることもなくなり、二人はとても楽しそうだ。

もしかしなくても、杏はただの邪魔者である。早く嶋と黒瀬に帰ってきて欲しい。

「来週には宿泊オリエンテーションがあるから、来週末の日曜日はどうかな?ね、杏ちゃんもいいよね?」
「ほへ?」

杏が二人を眺めながら嶋と黒瀬の顔を思い浮かべていると、桃華がこちらを向いて微笑んだ。

「小泉さんもお菓子作りどうかなと思って」

横から尾白がそう言ってこちらを見たが、なんだか残念なようなほっとしたような顔をしている。杏は二人っきりは緊張するという理由で呼ばれたのだと察した。尾白は料理がヘタクソだと自首したばかりの杏に、公開処刑を執行したいらしい。

「すごく行きたいけど、私お料理苦手で迷惑かけちゃうと思うから、ね」

杏は精一杯の社交辞令と、あとは察しろチクショウと意味を込めて微笑んだ。

「大丈夫!クッキーなら簡単だから、きっと杏ちゃんでもできるよ」
「俺も栗山さんも教えるから、ね?」

鼻息荒く両手を胸の前でグーにしている桃華と、少し前のめりになって目を潤ませた尾白に杏の思いは伝わってなかった。

「伝わらないかーそっかー。私でもできるかなー、すっごい楽しみ」

少し棒読みになってしまった杏は悪くないと思う。おじゃま虫な挙句、緩和材のように扱われてしまって少しばかり嫌気がさしただけだ。

「あたしも楽しみ!宿泊オリエンテーションでも、お菓子作りでもよろしくね翔馬くん!」
「うん、よろしくね栗山さん、小泉さん」

ねえ、栗山さん私は?という言葉を飲み込んで、杏は二人に向けてよろしくと返した。

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