鮫島くんのおっぱい
バルフレアの宴②
端正な顔にほんの少しだけ微笑みを浮かべ、バルフレアの女に身を屈めた鮫島。
視線だけで梨太の許可を取り、彼は一気に、器を乾かした。
「――うん。これは山米を瓶で醸造したものか。他には何を混ぜている?」
「えっ、あっ、はい、あの……村で作っているオレンジで割って、山椒の葉で煮詰めてます……」
「ただジュースで割るだけにした方がいい。王都民はたしかに、甘いものもスパイスも好きだが、それを一緒に酒で飲むという習慣はない。王都で売るなら原液を持って行くべきだな」
そこで梨太は初めて、この歓待が、交易品の品評を兼ねていることに気がついた。鮫島のアドバイスを、真剣に聞き入れるバルフレア。それを皮切りに、ではこちらは、この味付けは、この装飾品はどうだと列が出来た。商売っ気が半分、鮫島への興味が半分といったところだろう。
彼が手に取り、きちんと評価をしてくれることに、獣人たちは喜びを覚えていた。鮫島の唇が動くのを、目を輝かせて見つめていた。
(……そりゃあ、こんなきれいな人に自作の工芸品や文化を褒められたら嬉しいだろうな)
と、思ったところでふと疑問がわく。梨太は隣の虎へ、そっと小声で、確認する。
「ねえ、虎ちゃん。今の鮫島くんって、虎ちゃんからは女性に見える……?」
問われて、同じ年のラトキア人は眉をはねあげた。
「は? 当たり前じゃん」
「…………そっか……。……そうなのか」
「どうした? 今になって、やっぱりロリータグラマーな嫁が良かったとか言うんじゃねえよな」
「そうじゃないよ」
冗談めかした虎に、梨太は苦笑しつつキッパリと首を振った。そして俯く。
「そういうのホントどうでもいい。おっぱいなんかなくていい。いや無いよりあったほうがいいっていう概念自体は変わってないけども、鮫島くんに関しては、なんというか。……そう、貧乳であってこその鮫島くん。僕はもう、年上クールビューティのおっぱいだけがロリというギャップに、新たなエロスを発見済みだから」
「なに言ってんだお前」
虎は聞き返しはしたが、興味はないようだった。別の席まで引っ張られていった鮫島へ視線をやり、
「それにしてもだんちょー、モテすぎだな。クスリは飲んでるんだろうけど、俺もちょっと助けるか」
呟くと、虎は手荷物からなにやら薬剤を取り出し、唾液だけで飲み下す。そして深呼吸して立ち上がった。
「いいなーだんちょーばっかりずるいっす。俺にも飲ませてくださいよ! こっちのパイも美味そうだ!」
鮫島は、一瞬驚き、だがすぐに苦笑いして頷いた。そして「イヤだ、誰が渡すか」とゴネるようなふりをする。
騎士ふたりに奪取争いをされて、バルフレア人は大喜び。
「すごい、ラトキアの騎士は酒がお強い」
「そうだみなさん、こんな地べたに座っておしりが冷たくないですか。わたしの家からいますぐ茣蓙を持って参ります!」
「こちらはわたしの、岩兎の冬毛で編んだショールです。どうぞお召しくださいませ」
「バカね、こんな美しいかたにそんな粗末なものが似合うわけないでしょ」
「いや、とても暖かい。……これはいい品だ。ありがとう」
わあっ、と上がる黄色い声。
元来、バルフレアの民はみな陽気であり、接待などよりもただ単に宴会で騒ぐのが好きらしい。遠くを見れば村民同士で勝手に飲んでいるし、梨太への献上品を、列を待っている間につまみ食いしている。
すっかり場が和んでしまった。同時に、梨太のすることがなくなった。
異邦人として――そして政治家として――たとえイヤでも、笑顔で受けなくてはいけない歓待を、あの二人が代わってくれている。
このあたり、自分はまだ学生気分が抜けていないんだなあと反省する。
対して騎士は社会人であり、戦士であり、政治家であった。虎は普段以上におどけて道化を気取り、鮫島も、その場に馴染んでいる。友達ひとり作るのに難航する彼だが、畏れ多き騎士団長様としてのふるまいなら心得ていた。
「……格好いいなあ……」
「えっ、リタ様なにかおっしゃいまして?」
そばにいたバルフレア人にナンデモナイヨと首を振り、梨太はふと尋ねてみた。世間話のように何気なく。
「ねえ、あの騎士団長は男だと思う、女だと思う?」
「はい? 女性でしょ。だって星帝様の奥方になられるのですよね」
「……いやその、単純に見た目、第一印象で」
バルフレア人はウーンと唸り、少しばかり気まずそうに、
「正直、私たちは異人種の見分けが付きませんので……リタ様のこともいまいち」
「あー、そのレベルか……」
「でも半年ほど前、騎士団を率いていらしたときはあの方が一番華奢でらしたので、女性団長なのだと思いましたわ。そこにいたセガイカン族も女がいると騒いでいましたし」
「華奢に――弱そうに見えるの? あの鮫島くんが――」
梨太の問いは、違う意図に取られたらしい。バルフレアの娘は慌てて首を振って、「いいえ凜々しくて格好良くて、素敵な騎士様だとも思いました」などと言い訳を始めた。だがやはり、騎士団のなかでは浮いてみえるほどに小柄で、女性的であったことを否定はしない。
それはきっと、事実なのだろう。
梨太からは少し離れた場所で、虎と並んで座る鮫島。もともと、身長に対し足の割合が多い彼は、腰を下ろすと小柄に見える。だがそれを差し引いても、虎よりずいぶん頭の位置が低い。
薄手の衣装に変わり、明らかになった細い腰。
五年前と変わらぬ美貌。そう、あのときはすぐに女性だと思った。そしてまっすぐに劣情を抱き、彼女を求めたというのに――
「……僕は、どうして、信じられないんだろう……」
誰に聞かせるでもなく呟いて、梨太は大きく嘆息した。
「信じたくないから、かな」
視線だけで梨太の許可を取り、彼は一気に、器を乾かした。
「――うん。これは山米を瓶で醸造したものか。他には何を混ぜている?」
「えっ、あっ、はい、あの……村で作っているオレンジで割って、山椒の葉で煮詰めてます……」
「ただジュースで割るだけにした方がいい。王都民はたしかに、甘いものもスパイスも好きだが、それを一緒に酒で飲むという習慣はない。王都で売るなら原液を持って行くべきだな」
そこで梨太は初めて、この歓待が、交易品の品評を兼ねていることに気がついた。鮫島のアドバイスを、真剣に聞き入れるバルフレア。それを皮切りに、ではこちらは、この味付けは、この装飾品はどうだと列が出来た。商売っ気が半分、鮫島への興味が半分といったところだろう。
彼が手に取り、きちんと評価をしてくれることに、獣人たちは喜びを覚えていた。鮫島の唇が動くのを、目を輝かせて見つめていた。
(……そりゃあ、こんなきれいな人に自作の工芸品や文化を褒められたら嬉しいだろうな)
と、思ったところでふと疑問がわく。梨太は隣の虎へ、そっと小声で、確認する。
「ねえ、虎ちゃん。今の鮫島くんって、虎ちゃんからは女性に見える……?」
問われて、同じ年のラトキア人は眉をはねあげた。
「は? 当たり前じゃん」
「…………そっか……。……そうなのか」
「どうした? 今になって、やっぱりロリータグラマーな嫁が良かったとか言うんじゃねえよな」
「そうじゃないよ」
冗談めかした虎に、梨太は苦笑しつつキッパリと首を振った。そして俯く。
「そういうのホントどうでもいい。おっぱいなんかなくていい。いや無いよりあったほうがいいっていう概念自体は変わってないけども、鮫島くんに関しては、なんというか。……そう、貧乳であってこその鮫島くん。僕はもう、年上クールビューティのおっぱいだけがロリというギャップに、新たなエロスを発見済みだから」
「なに言ってんだお前」
虎は聞き返しはしたが、興味はないようだった。別の席まで引っ張られていった鮫島へ視線をやり、
「それにしてもだんちょー、モテすぎだな。クスリは飲んでるんだろうけど、俺もちょっと助けるか」
呟くと、虎は手荷物からなにやら薬剤を取り出し、唾液だけで飲み下す。そして深呼吸して立ち上がった。
「いいなーだんちょーばっかりずるいっす。俺にも飲ませてくださいよ! こっちのパイも美味そうだ!」
鮫島は、一瞬驚き、だがすぐに苦笑いして頷いた。そして「イヤだ、誰が渡すか」とゴネるようなふりをする。
騎士ふたりに奪取争いをされて、バルフレア人は大喜び。
「すごい、ラトキアの騎士は酒がお強い」
「そうだみなさん、こんな地べたに座っておしりが冷たくないですか。わたしの家からいますぐ茣蓙を持って参ります!」
「こちらはわたしの、岩兎の冬毛で編んだショールです。どうぞお召しくださいませ」
「バカね、こんな美しいかたにそんな粗末なものが似合うわけないでしょ」
「いや、とても暖かい。……これはいい品だ。ありがとう」
わあっ、と上がる黄色い声。
元来、バルフレアの民はみな陽気であり、接待などよりもただ単に宴会で騒ぐのが好きらしい。遠くを見れば村民同士で勝手に飲んでいるし、梨太への献上品を、列を待っている間につまみ食いしている。
すっかり場が和んでしまった。同時に、梨太のすることがなくなった。
異邦人として――そして政治家として――たとえイヤでも、笑顔で受けなくてはいけない歓待を、あの二人が代わってくれている。
このあたり、自分はまだ学生気分が抜けていないんだなあと反省する。
対して騎士は社会人であり、戦士であり、政治家であった。虎は普段以上におどけて道化を気取り、鮫島も、その場に馴染んでいる。友達ひとり作るのに難航する彼だが、畏れ多き騎士団長様としてのふるまいなら心得ていた。
「……格好いいなあ……」
「えっ、リタ様なにかおっしゃいまして?」
そばにいたバルフレア人にナンデモナイヨと首を振り、梨太はふと尋ねてみた。世間話のように何気なく。
「ねえ、あの騎士団長は男だと思う、女だと思う?」
「はい? 女性でしょ。だって星帝様の奥方になられるのですよね」
「……いやその、単純に見た目、第一印象で」
バルフレア人はウーンと唸り、少しばかり気まずそうに、
「正直、私たちは異人種の見分けが付きませんので……リタ様のこともいまいち」
「あー、そのレベルか……」
「でも半年ほど前、騎士団を率いていらしたときはあの方が一番華奢でらしたので、女性団長なのだと思いましたわ。そこにいたセガイカン族も女がいると騒いでいましたし」
「華奢に――弱そうに見えるの? あの鮫島くんが――」
梨太の問いは、違う意図に取られたらしい。バルフレアの娘は慌てて首を振って、「いいえ凜々しくて格好良くて、素敵な騎士様だとも思いました」などと言い訳を始めた。だがやはり、騎士団のなかでは浮いてみえるほどに小柄で、女性的であったことを否定はしない。
それはきっと、事実なのだろう。
梨太からは少し離れた場所で、虎と並んで座る鮫島。もともと、身長に対し足の割合が多い彼は、腰を下ろすと小柄に見える。だがそれを差し引いても、虎よりずいぶん頭の位置が低い。
薄手の衣装に変わり、明らかになった細い腰。
五年前と変わらぬ美貌。そう、あのときはすぐに女性だと思った。そしてまっすぐに劣情を抱き、彼女を求めたというのに――
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