鮫島くんのおっぱい

とびらの

獣人との約束


 改めて向き合うと、バルフレアの少女はやはりハーニャだった。およそ一か月半ぶりの再会である。
カモメの宿で働いていたときよりずっと簡素ないでたちをしていた。商隊の一同もおなじような格好である。
 豊かな体毛を持つ彼らにとって、本来衣服は必要でないのだろう。男女ともに下着らしいものも無く、布一枚の貫頭衣を腰で縛っているだけだった。
 髪――といっていいのか、頭髪もそのまま下ろしているとタテガミのよう。彼女たちはまさに、獣人であった。

「ハーニャ大丈夫!? すごい偶然だね久しぶり、ケガはしてない? あっしてる。ちょっと待って救急キット持ってるからっ」
「大丈夫です、リタ様……けほっ」

 地面に膝をついたまま、彼女は何度か咳きこんでいた。すりむいた肘を舐め、唾とともに血と砂利を吐き捨てた。

「リタ様のほうが、落ち着いてください。何ということはありません。ただ一発、蹴り飛ばされただけですから……」

 アッ、と声が出る。彼女のケガは巨人族セガイカンによるものではなく、鮫島の最後の一撃だったのだ。

「ご、ごめん! いやでもあれはあのままじゃ巨人に潰されてたからで、鮫島くんはちゃんと加減して」
「わかっています。けほっ――あの方がそのつもりなら、わたしの内臓を破裂させるのも簡単でしょうから」

 なんかトゲがあるなあ、と思いながらも追及はしなかった。

「……すまなかったな。大丈夫か?」

 今更、鮫島が手を差し伸べる。ハーニャは見上げもしなかった。そして、駆け付けた仲間の手を取って立ち上る。

「大丈夫です。助けていただき、ありがとうございました」
「えっと、なんで僕に言うかな。命懸けで戦ったのは鮫島くんとあっちの虎ちゃん」
「でも二人はリタ様のために武器を取ったんでしょう? 命令だかお願いだかは知りませんけど。一度通り過ぎて、リタ様の知り合いだからって戻ってきたんですよね?」
「え――」

 硬直する梨太に背を向け、ハーニャは改めて、鮫島と虎にもちゃんと頭を下げた。

「おつとめ、ご苦労様でした」
「あ、あのさハーニャ……」

 梨太は弁解しようとしたが、鮫島に止められた。虎も無言で首を振り、機嫌を害したようすもなく武器を納める。彼らが望んでいないことを、梨太がでしゃばるわけにはいくまい。

 ハーニャは微笑んだ。

「本当にありがとうございました、リタ様。まさかこんなところで会えるなんて。それにどこか、前より凛々しくなられましたね」
「そう? それを言うならハーニャのほうが、なんか――大人っぽくなったような気がする」
「ああ、それは、秋だから」

 意味の分からない返答に首をかしげる。

「そろそろ行こう」

 と、バルフレアの商人と鮫島が同時に言った。見ると寝転がっている巨人たちが、早くも呻き始めている。ここちよい眠りに落とす麻酔刀と違い、麻痺刀の痺れは長持ちしないようだ。

「もうろくに歩けもしないだろうが、思わぬ暗器を持っているかもしれない。ここを離れよう」
「こ、このひとたちどうなるの……」
「野垂れ死にさせればいいわ。どうせセガイカンでもハミダシ者よ」

 過激なことを言うハーニャ。実際、放置すればそうなるだろう。何とも言えず鮫島を見上げると、彼は目を伏せ、嘆息した。

「……本来、この辺りの治安はある男がとりもっている。あいつに事後処理をさせよう」
「ある男? 豆の町の鈴虫さんみたいに、貴族が統治してるんだ?」
「ああ、だが黄金色草原は仕切りもなく広大だからな。パトロールの人員が行き届いていないんだろう」

「では騎士団長様、われら、バルフレア村より電話をお使い下され」

 声をかけてきたのは、年長らしい商人の男。ハーニャと違い、彼らは普通に鮫島に感謝をしているらしかった。腰を低くし、上機嫌ですり寄ってきた。

「その車なら村まではあとほんの数刻。われら商隊より先につくでしょうが、このハーニャをお連れいただけば、村は感謝と歓迎の宴でもてなすでしょう。ハーニャは長の娘でありますからして」

 瞬間、明らかにハーニャが嫌そうな顔をした。彼女が抗議するより早く、鮫島が首を振った。

「このまま直接、住処を訪ねようと思う。村よりあちらのほうが近いし、もともと俺たちも立ち寄るつもりだったんだ。馬を借りるのに、あそこへ行かなくてはいけない」
「馬? ――ではお二人は『光の塔』へ?」


 頷く鮫島。そういえば、そんな話だったと思いだす。
 この旅の最終目的地、『光の塔』は馬車でしかたどり着けない。それが何故、どういう道なのかは知らないが、軍用車から乗り換える必要があるのだと。

 商人たちはよってたかって、それならなおさら村で英気を養えだとか、電話で馬車を届けてもらえばいいなどと主張した。なるほど、どうやらここから村までの道中に、ボディガードがほしいらしい。
 梨太はそれを見抜くと、車内で短剣を磨いていた虎を指さした。

「じゃああの人をそっちに付けます。さっきの活躍の通り、彼は元騎士で腕利きの傭兵です。彼への報酬はこちらで持ちます。もうたいした距離じゃないし、彼ひとりいれば安心でしょ?」

「リタ?」

 鮫島が眉をひそめた。
 虎は一度、怪訝な顔をしたが異論はないらしい。すぐに手荷物をまとめ出す。

「通報と馬車の用立てを済ませたら、一度、補給と軍用車を置きに村へ伺いますから。虎ちゃーん、それまでよろしくねー。鮫島くんもそれでいいよね?」

 有無を言わさぬ確認に、鮫島はやはり複雑な顔で、それでも頷いた。

「んじゃ、俺ァ一足先にバルフレアんとこで待ってるからな。二人だけになるんだ、気を付けて行けよ」
「うん、虎ちゃんも。村ではゆっくり休んでてね」

 荷物の移動を手伝いながら、簡潔なやりとりで別れを済ませる。鮫島は黙って車に乗っていた。
 去り際、ハーニャに手招きをされた。鮫島に聞こえないほどの距離を取って、さらに声を潜め、彼女は梨太に言う。

「用事が済んだなら、必ずわたしの家にいらしてください。助けていただいた恩返しと、星帝になられる前祝に、リタ様に差し上げたいものがあるのです。必ずいらして。お待ちしていますから……」

 セリフだけなら、なんということはない。だが梨太は目を見開き、絶句してしまった。
子供ほどの背丈に、人ならばありえない豊かな獣毛。それは何も変わらないはずなのに――囁いた彼女の声、梨太を見上げる黒い瞳は、やけに艶やかだった。

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