鮫島くんのおっぱい
教会の試練③
そこからの質問は簡単だった。やはり、女関係の質問は第一ステージで終了だったらしい。
続く第二ステージは、騎士としての在り方について。騎士は国のために死んでもいいか、職務に責任を持つべきかなど、心構えを問われる。正直、梨太にはさっぱり正解が分からない。自分の思うままに答えていき、一度も警告を食らわらなかった。これは現役の騎士のほうが悩み、葛藤しているのかもしれない。
すんなりと十問を終えると、休みなく第三ステージが始まった。なんだかいろいろと諦めて、梨太は淡々と答えていく。
『第二十一問。あなたは現在の政治に不満がありますか』
第三ステージは、政治にかかわる質問らしい。梨太は頷いた。
「はい。ラトキア政府にはいろいろと問題点があると思います」
質問は続いていく。
『――第二十八問。星帝はすべての国民の意思を尊び、聞き入れ、法案に採用するべきと思いますか』
「いいえ。やっぱり聞き入れちゃいけない意見ってあるし、対立している場合もある。最適な意見を選び取るのが政治家の仕事であって、国民みんなに愛されることじゃない」
『第二十九問。参政権はすべての国民に与えるべきだと思いますか』
「これはイエス。恵まれた環境にある人間だけで相談して、現状をよりよくする法案なんて生まれないよ」
ピンポーン。
『第三十問。これが最後の問題です』
おっ、と声を漏らす。しばらく順調に進んできたが、ここまでの警告はすでに二つ。背筋を伸ばし、気を引き締めて臨む。
(……こうして緊張して構えたら、気が抜けるような簡単な質問が来るというフラグ――)
『最終問題。あなたがもし星帝になったら、この国をどのようにしていきたいか述べなさい』
そうは問屋が卸さなかった。
梨太がこの部屋に入って、一時間近くが経つだろうか。電気椅子のシートは硬く、そろそろ尻が痛くなってきた。快適な気温だというのに、わずかに汗をかいている。やはり緊張していたらしい。
薄暗く、圧迫感のある視界。己の回答は別室に流され、嘘があれば、電流により痛みを与えられる。そしてゲームオーバー。
――梨太は思う。
この試験の、本当の試験はこの心理攻撃にあるのではないかと。
ならば、勝機は梨太にある。
試験の緊張に打ち勝ち、正しく思考し回答するのは、二十四年の半生でずっとやってきたことだった。
梨太は実際、その空気に呑まれていない。
しかし――
自分が、この国にどんな政治をもたらしたいか。
それを言語化するのには、長い沈黙と思案が必要であった。
「……僕は」
梨太は語った。
「この国の政治経済は、よくできていると思ってます。いろいろと違和感はあるけど、それは僕が生まれ育った国のものと違うだけで、正しいとか間違ってるとかではないだろうし」
ここまでしゃべって、ブザーはならない。梨太は続けた。
「……前星帝ハルフィンと、鯨さんの政治は間違っていないんだと思う。そうでなければ僕も立候補なんかしてないし。……だから、僕が星帝になってから、この国を極端に変えようという気はない。ないんだけど――」
梨太はもう一度、言葉を選んだ。
自分の思いを言語化する――自分の中で違和感を覚えれば、電気椅子は感知し、嘘をついたと判定される。
綺麗に飾ろうとしてはいけない。
梨太は言った。
「鮫島くんが僕と結婚しても、何も損をしない世界にしたいです」
電流は流れなかった。しかし正解のベル音もない。まだ言い足りないことがあるのを察してくれている。梨太は少し、この電気椅子が好きになった。
前のめりになって弁舌をふるう。
「……最初は……十九歳の僕は、鮫島くんの人生をまるごと奪い取ってやることが、彼の幸せになると思ってた。彼の生き方は、とてもつらそうに見えたから。
……だけど、それが彼にとってどれだけ不安か。そして損害が大きいか。思い知ってから――ずっと、考えてきていた。
雌体化して、力仕事が出来なくなり第一線から退くのは仕方ないよ。出産は僕が代わることはできないし。
でもラトキアは極端すぎる。育児の手も離れチカラが関係ない職業に、女性が就けない理由はただの差別だ。男と比べ女は劣ってるから仕方ない? 雌雄を決する――強い方が雄に、弱い方が女になる、そんな概念がまかり通ってちゃ『優れた女性』が生まれるわけがない。優秀なひとほど、これまで積み上げた実績を失くし弱者呼ばわりされるのは御免だ。男に恋をしても全力で逃げるだろう。
――これ、なんかおかしくない? 雌雄同体のラトキア民族の生態に反してない?
だってもともとは、よりよいパートナー、よりよい環境で生きていくために性別を変えるって、そういう進化でしょ? ケースバイケースで、どっちになっても幸福になれるようあるべきじゃないか。
男尊女卑は、倫理的に良し悪しよりも、このラトキア民族に合ってないんだよ。種の生態に反してる。その証拠に、この三十年で雌雄同体で生まれるひとは減り続けてる。それ以前は正式なデータはなかったけども、二百年前には民族全員が雌雄同体だった。なのに現在、性別を選択できないラトキア人がもう半分以上になってる。退化と進化は表裏一体だ。今、このラトキアの社会概念は――ラトキア人の生態を急速にゆがめているんだ。
……僕は男だし、どちらかというと、男女役割分担というシステムに賛成だ。経済はこちらのほうがうまく行く。
でも、生物学者として、鮫島くんの夫として、どうしてもこの社会は許せない。
優秀な女性は産後に復職できるシステムを。男顔負けの力自慢なら、力仕事に就ける枠を。結婚しないという選択肢を。女性雇用枠を確保とまではいわない、けどチャンスくらいは必要だろ。
鮫島くんのことを幸せにしたい。でもそれは、僕の力で彼を抑え込み、小さく潰して、手の中で庇護することじゃない。
できるだけ、彼が彼のまま――今までがんばって生きてきたのを、無かったことにしないまま――僕と一緒に、並んで歩いていきたいんだ」
確信を込めて、強い口調で言い切った。
と――
ピンポーン。
三十回目のベル音。そして、拘束が緩む。全ステージクリアの派手なメロディに、梨太は笑った。
「あれっ、星帝になったらうんぬんの答えになってないような」
『――いいえ、十分ですよリタさま』
教主の声は、すぐそばから聞こえた。いつの間にこの部屋に、しかしどこに――と見回しても、狭い部屋に姿は見えない。まさかと思い振り向くと、ナレーションと同じスピーカーから彼女の声がする。
やっぱり中にヒトがいたんかい、とげんなりする梨太。
『お疲れ様でした。わたしくしたちは洞窟を出たところにおります。そのまま出ていらしてください』
言われた通り向かうと、出口のすぐそばに鮫島。少し離れ、広場のほうに教主とハヤブサがいた。
お疲れ、とねぎらうだけで、何も言わない鮫島。なんとなくその手を取って、つないだまま教主のもとへ歩いていく。
教主は機嫌よさそうにほほ笑んでいた。隣のハヤブサはなにやら仏頂面。
明るい声で、教主。
「音声は聞かせていただきましたよ。とても面白かったです」
「面白いってあのですね……ええと。聞いていたのは、教主様だけです、よね?」
尋ねると、ハヤブサが静かに手を上げた。横を見ると、鮫島もそっくり同じ仕草である。梨太は汗を垂らした。
「あの、鮫島くん。ホントに僕、浮気はしてないから。デートも夕方四時で切り上げたからね」
鮫島は無表情で、静かにうなずいた。
「……大丈夫。わかってる」
「そ、それにほら、五年も開いてるわけだし。電話すらできないし。ちょっと不安になるというか人恋しくなるというか、女の子とおしゃべりしたいなっていう――あくまでその程度で。それだけだから……」
つらつらと無駄な言い訳が止まらない梨太に、鮫島は果てしなく寛容だった。頬笑みを浮かべ、穏やかな声で、
「わかる。俺もそういうのあったし」
「……。……え?」
「お互い様。別に付き合ってもなかったしな。今日、お前が隣にいてくれるならそれでいい」
「え。いや、ちょっと待って、その話詳しく。いつの話? この五年間だよね。誰? てか相手の性別どっち?」
鮫島はしれっとよそを向いて、梨太の相手をしなかった。追及できる立場ではないしこだわるつもりもないのだが、気になって気になって仕方ない。
電気椅子にかけられたときよりよほど汗をかいて、梨太は鮫島の周りをぐるぐる回った。その様子に、教主が腹を抱えて笑った。
「リタさまは可愛いお方ですね。わたくし、あなたのことを好きになりましたよ」
「は、はあ。どうも……」
「――約束通り、この三女神の教会、教主の推薦状を差し上げます。……ハヤブサ。本殿事務所、わたくしのデスクに白い封筒で用意があります。取ってきてもらえますか?」
呼びかけられても、ハヤブサは返事をしなかった。心ここにあらず、ぼんやりしていたのを再び呼ばれて、ハイッと勢いよく返事する。
走り去っていく背中に、教主はクスリと笑った。
続く第二ステージは、騎士としての在り方について。騎士は国のために死んでもいいか、職務に責任を持つべきかなど、心構えを問われる。正直、梨太にはさっぱり正解が分からない。自分の思うままに答えていき、一度も警告を食らわらなかった。これは現役の騎士のほうが悩み、葛藤しているのかもしれない。
すんなりと十問を終えると、休みなく第三ステージが始まった。なんだかいろいろと諦めて、梨太は淡々と答えていく。
『第二十一問。あなたは現在の政治に不満がありますか』
第三ステージは、政治にかかわる質問らしい。梨太は頷いた。
「はい。ラトキア政府にはいろいろと問題点があると思います」
質問は続いていく。
『――第二十八問。星帝はすべての国民の意思を尊び、聞き入れ、法案に採用するべきと思いますか』
「いいえ。やっぱり聞き入れちゃいけない意見ってあるし、対立している場合もある。最適な意見を選び取るのが政治家の仕事であって、国民みんなに愛されることじゃない」
『第二十九問。参政権はすべての国民に与えるべきだと思いますか』
「これはイエス。恵まれた環境にある人間だけで相談して、現状をよりよくする法案なんて生まれないよ」
ピンポーン。
『第三十問。これが最後の問題です』
おっ、と声を漏らす。しばらく順調に進んできたが、ここまでの警告はすでに二つ。背筋を伸ばし、気を引き締めて臨む。
(……こうして緊張して構えたら、気が抜けるような簡単な質問が来るというフラグ――)
『最終問題。あなたがもし星帝になったら、この国をどのようにしていきたいか述べなさい』
そうは問屋が卸さなかった。
梨太がこの部屋に入って、一時間近くが経つだろうか。電気椅子のシートは硬く、そろそろ尻が痛くなってきた。快適な気温だというのに、わずかに汗をかいている。やはり緊張していたらしい。
薄暗く、圧迫感のある視界。己の回答は別室に流され、嘘があれば、電流により痛みを与えられる。そしてゲームオーバー。
――梨太は思う。
この試験の、本当の試験はこの心理攻撃にあるのではないかと。
ならば、勝機は梨太にある。
試験の緊張に打ち勝ち、正しく思考し回答するのは、二十四年の半生でずっとやってきたことだった。
梨太は実際、その空気に呑まれていない。
しかし――
自分が、この国にどんな政治をもたらしたいか。
それを言語化するのには、長い沈黙と思案が必要であった。
「……僕は」
梨太は語った。
「この国の政治経済は、よくできていると思ってます。いろいろと違和感はあるけど、それは僕が生まれ育った国のものと違うだけで、正しいとか間違ってるとかではないだろうし」
ここまでしゃべって、ブザーはならない。梨太は続けた。
「……前星帝ハルフィンと、鯨さんの政治は間違っていないんだと思う。そうでなければ僕も立候補なんかしてないし。……だから、僕が星帝になってから、この国を極端に変えようという気はない。ないんだけど――」
梨太はもう一度、言葉を選んだ。
自分の思いを言語化する――自分の中で違和感を覚えれば、電気椅子は感知し、嘘をついたと判定される。
綺麗に飾ろうとしてはいけない。
梨太は言った。
「鮫島くんが僕と結婚しても、何も損をしない世界にしたいです」
電流は流れなかった。しかし正解のベル音もない。まだ言い足りないことがあるのを察してくれている。梨太は少し、この電気椅子が好きになった。
前のめりになって弁舌をふるう。
「……最初は……十九歳の僕は、鮫島くんの人生をまるごと奪い取ってやることが、彼の幸せになると思ってた。彼の生き方は、とてもつらそうに見えたから。
……だけど、それが彼にとってどれだけ不安か。そして損害が大きいか。思い知ってから――ずっと、考えてきていた。
雌体化して、力仕事が出来なくなり第一線から退くのは仕方ないよ。出産は僕が代わることはできないし。
でもラトキアは極端すぎる。育児の手も離れチカラが関係ない職業に、女性が就けない理由はただの差別だ。男と比べ女は劣ってるから仕方ない? 雌雄を決する――強い方が雄に、弱い方が女になる、そんな概念がまかり通ってちゃ『優れた女性』が生まれるわけがない。優秀なひとほど、これまで積み上げた実績を失くし弱者呼ばわりされるのは御免だ。男に恋をしても全力で逃げるだろう。
――これ、なんかおかしくない? 雌雄同体のラトキア民族の生態に反してない?
だってもともとは、よりよいパートナー、よりよい環境で生きていくために性別を変えるって、そういう進化でしょ? ケースバイケースで、どっちになっても幸福になれるようあるべきじゃないか。
男尊女卑は、倫理的に良し悪しよりも、このラトキア民族に合ってないんだよ。種の生態に反してる。その証拠に、この三十年で雌雄同体で生まれるひとは減り続けてる。それ以前は正式なデータはなかったけども、二百年前には民族全員が雌雄同体だった。なのに現在、性別を選択できないラトキア人がもう半分以上になってる。退化と進化は表裏一体だ。今、このラトキアの社会概念は――ラトキア人の生態を急速にゆがめているんだ。
……僕は男だし、どちらかというと、男女役割分担というシステムに賛成だ。経済はこちらのほうがうまく行く。
でも、生物学者として、鮫島くんの夫として、どうしてもこの社会は許せない。
優秀な女性は産後に復職できるシステムを。男顔負けの力自慢なら、力仕事に就ける枠を。結婚しないという選択肢を。女性雇用枠を確保とまではいわない、けどチャンスくらいは必要だろ。
鮫島くんのことを幸せにしたい。でもそれは、僕の力で彼を抑え込み、小さく潰して、手の中で庇護することじゃない。
できるだけ、彼が彼のまま――今までがんばって生きてきたのを、無かったことにしないまま――僕と一緒に、並んで歩いていきたいんだ」
確信を込めて、強い口調で言い切った。
と――
ピンポーン。
三十回目のベル音。そして、拘束が緩む。全ステージクリアの派手なメロディに、梨太は笑った。
「あれっ、星帝になったらうんぬんの答えになってないような」
『――いいえ、十分ですよリタさま』
教主の声は、すぐそばから聞こえた。いつの間にこの部屋に、しかしどこに――と見回しても、狭い部屋に姿は見えない。まさかと思い振り向くと、ナレーションと同じスピーカーから彼女の声がする。
やっぱり中にヒトがいたんかい、とげんなりする梨太。
『お疲れ様でした。わたしくしたちは洞窟を出たところにおります。そのまま出ていらしてください』
言われた通り向かうと、出口のすぐそばに鮫島。少し離れ、広場のほうに教主とハヤブサがいた。
お疲れ、とねぎらうだけで、何も言わない鮫島。なんとなくその手を取って、つないだまま教主のもとへ歩いていく。
教主は機嫌よさそうにほほ笑んでいた。隣のハヤブサはなにやら仏頂面。
明るい声で、教主。
「音声は聞かせていただきましたよ。とても面白かったです」
「面白いってあのですね……ええと。聞いていたのは、教主様だけです、よね?」
尋ねると、ハヤブサが静かに手を上げた。横を見ると、鮫島もそっくり同じ仕草である。梨太は汗を垂らした。
「あの、鮫島くん。ホントに僕、浮気はしてないから。デートも夕方四時で切り上げたからね」
鮫島は無表情で、静かにうなずいた。
「……大丈夫。わかってる」
「そ、それにほら、五年も開いてるわけだし。電話すらできないし。ちょっと不安になるというか人恋しくなるというか、女の子とおしゃべりしたいなっていう――あくまでその程度で。それだけだから……」
つらつらと無駄な言い訳が止まらない梨太に、鮫島は果てしなく寛容だった。頬笑みを浮かべ、穏やかな声で、
「わかる。俺もそういうのあったし」
「……。……え?」
「お互い様。別に付き合ってもなかったしな。今日、お前が隣にいてくれるならそれでいい」
「え。いや、ちょっと待って、その話詳しく。いつの話? この五年間だよね。誰? てか相手の性別どっち?」
鮫島はしれっとよそを向いて、梨太の相手をしなかった。追及できる立場ではないしこだわるつもりもないのだが、気になって気になって仕方ない。
電気椅子にかけられたときよりよほど汗をかいて、梨太は鮫島の周りをぐるぐる回った。その様子に、教主が腹を抱えて笑った。
「リタさまは可愛いお方ですね。わたくし、あなたのことを好きになりましたよ」
「は、はあ。どうも……」
「――約束通り、この三女神の教会、教主の推薦状を差し上げます。……ハヤブサ。本殿事務所、わたくしのデスクに白い封筒で用意があります。取ってきてもらえますか?」
呼びかけられても、ハヤブサは返事をしなかった。心ここにあらず、ぼんやりしていたのを再び呼ばれて、ハイッと勢いよく返事する。
走り去っていく背中に、教主はクスリと笑った。
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