鮫島くんのおっぱい

とびらの

三女神の教会②

 建物の規模に対し、気持ち悪いほどにヒト気がない。
 教会へと続く広場、白い砂利道を歩きながら、梨太はそう感想を伝えた。鮫島は頷く。

「ふつう、一般市民が訪ねてくるような所ではないからな。婚姻届けは郵送で済ませるし、ここに来るのは基本的に騎士くらいだ」
「なんの用事で?」
「騎士、騎士団長、それから星帝に就任したときの祝福。あとは結婚式と葬式」
「あ、じゃあ僕らもここに何度も来るんだね」

 そうなれば物見遊山ではいられない。梨太は気を引き締め、改めて教会敷地を見回した。

 小屋ほどの建物がいくつかと、最奥に大きな平屋がある。これがいわゆる本殿だろうか。すべてが灰色の、簡素な四角形――イメージしていた、チャペルとは全く違う。かといって日本の神社とももちろん違う。中小企業の町工場のようだった。

 簡素な扉を開くと、やはり事務所である。ずらりと並んだ作業机で、正装姿の男性たちがコンピューターや紙面とにらめっこしていた。受付らしいところもなく、近くにいた者が気づいてやってくる。
 その目線は完璧に梨太を躱して、鮫島にだけ向けられていた。

「いらっしゃいませ、鮫騎士団長殿と、婚約者のリタ殿ですね?」
「いや。星帝候補のリタとその婚約者の鮫、だ」

 鮫島に訂正され、事務員は眉をしかめた。
 機嫌を害した顔で、首を傾げてみせる。

「はあ。ところでその肩に背負っているのは、当教会の守衛隊長ハヤブサ殿とお見受けしますが。死体ですか?」
「いや、生きてる。思い切り殴ったので気絶しているだけだ」
「そうですか」
「それで終わるの!?」

 梨太は声を上げたが、鮫島はもちろん事務員も表情を変えなかった。手元でなにやら書類を整えながら、

「不審な侵入者に対し警告をするのが守衛の仕事です。お二方のご来訪は先に伺ってますので、歓迎するかどうかはともかく、排除する理由はありません。そのありさまは、個人的な姉弟喧嘩の結果とお見受けします。ならば教会が口を出すことではありません」

 まあ間違ってはいないが、少々ドライすぎるように思う。同僚を労る気持ちはないらしい。さっさと書類を封書にまとめ、こちらに突きつけてきた。

「ではこちら、婚約届けの用紙でございます。欄を埋めたら郵送してください。こちらに届きしだい事務処理をさせて頂いて、まあ一週間ほどで、あなたがたは正式に夫婦になります。よろしくどうぞ」
「えっ、今出すんじゃないんですか? せっかく階段を上ってきたのに」

 思わず問い返した梨太に、事務員は初めて視線を向けた。ほとんど睨むようにして。

「ただいま他の仕事で立て込んでおりますので。それでも、郵送され次第そちらを優先してやろうといっているのですよ?」
「……はあ。どうも。じゃあよろしくお願い――」
「待ってくれ。できれば教主様とお会いしたい。お時間を取ってもらえるようこのハヤブサから伝達はされたはずだが、どちらにおられるだろうか」

 鮫島が口を挟んだ。そういえばそれが本題だったと思い出す。教主はこのラトキア屈指の有力者だ。もしも星帝リタの推薦状をもらえれば大きな後ろ盾になる。会うのも難しいと言う話だが、期待はできるだろう。なにせこちらは誉れあるラトキア騎士団の団長で、守衛隊長ハヤブサの取り次ぎまであるのだから。

 しかし、事務員の返事は簡素だった。

「――はあ? 無理。今日は騎士団長の執務ではなく個人的な用でこられたんでしょ」

 それに、と、眼鏡を持ち上げて、事務員は笑った。今度こそ、明らかにあざけりの笑みを浮かべて。

「その守衛隊長殿にも、教主様をお呼び立てできるほどの権力などありませんよ。ただの雇われ用心棒ですから。今日の所はこれでお引き取りを。……星帝候補様」

 どうやらはじめから歓迎されていなかったらしい。それで背を向ける事務員にとりあえず礼を言い、二人はおとなしく建物を出た。鞄に用紙をしまいながら、隣で佇む鮫島を見上げる。

「……なんか、いろんな意味で想像と違ってたよ」
「気分悪いだろう?」
「相変わらずストレートだねっ否定しないけど! それより内装にびっくりしたよ。あそこでどうやって結婚式ってするの?」

 鮫島は腕を持ち上げた。本殿――と思っていた平屋に背を向け、さっき上ってきた階段のほうを指さす。山を切り取って作られた階段の周囲は、まばらな森になっていた。

「あっちに、岩山をくりぬいた洞窟がある。三百人ほどが入れる大きなホールで、そこが講堂になっているんだ」
「洞窟の教会か。ろまんちっくぅ」

 軽口をきく梨太に、微笑む鮫島。

「……見てみるか?」

 どうやら彼は、梨太の機嫌をとるつもりらしい。気を遣われるほどの疲労も苛立ちもなかったが、提案は魅力的だった。梨太はうなずき、そこでちょっとしたイタズラを思いつく。
 鮫島の前に跪き、彼の手を取る。そして、額を押しつけた。

「……どうした、リタ?」
「結婚式のイメージトレーニング。脳内で予行演習しとこうとおもって……当日、幸せすぎて足下もつれないようにさ」

 そう答えたとたん、鮫島の指先に朱が灯る。体温があがり、顔を見ずとも、彼が全身を紅潮させたのが見て取れる。梨太は視線を落としたままクスリと笑う。なんて可愛いひとなんだ、拳にちょっと血しぶきもついてるけど――そう、幸せをかみしめたとたん。

 どすんと激しい音を立て、天から人間が降ってきた。ハヤブサだ。

「ぐぎゃ!」

 砂利の上に垂直落下し、悲鳴を上げる女。、鮫島はやはり赤面し、片手を頬にあて溜息をついていた。どうやらそのために実姉を捨てたらしい。

「――なにをする! 痛っ? なんかあちこち痛い! とくに顎! あっ血だ! えっ手錠? なんでっ!?」

 失神から覚めたとたんに元気なハヤブサ。さっそく立ち上がると、梨太に向かって大声を上げる。

「あっ、お前! おはよう!!」
「えっ? あ、はい、おはよう」
「あたしと勝負しろ!」
「は――はい?」

 超展開に、素っ頓狂な声をあげてしまう。だがハヤブサにとっては何ら異常の無い会話であったらしい。聞き返した梨太に、細い眉をつり上げる。

「お母さんから聞いたぞ、お前が鮫の夫になるんだろう? このラトキアでは、強い方が夫、弱い方が妻。すなわち夫を倒せば自動的に妻である鮫はこのあたしよりも弱い、あたしは鮫に勝ったってことに――」
「なるか馬鹿」

 静かなツッコミとともに、鮫島は姉に足払いを掛けた。気持ちよくひっくり返ったところへ馬乗りになり、長い足をぐるりとからめて拘束する。そしてわずかに身体を傾けると、ハヤブサは悲鳴を上げた。

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