鮫島くんのおっぱい

とびらの

梨太君、騎士になる


「――俺の勝ち」
「えっ! 嘘だろなんで!?」
「なんでもなにも、見ての通りだ」
「だーっ信じられない! 神経衰弱は絶対自信あったのに! ていうかスピードや絵札取りはまだしも、セブンブリッジなんか完全に運じゃないか。なんで勝てないんだよ!?」
「さあな」
「あっ、さてはイカサマしてるな!?」
「してない。ただ、カードを持ったとき指先の感覚で、裏の絵がわかるだけだ」
「トランプで盲牌モーパイなんてやっぱり不正チートじゃないか!」
「じゃあ、今度はリタが切って並べてくれ。俺は指一本触れない。なんなら手袋をしようか」
「あー! これまだなんか技もってるやつだ! くっそぉおおおっなんで鮫島くんこんなにカード強いんだよおおおお」


 豪奢な屋敷に、青年の絶叫が響き渡る。
 扉がノックされたのはその時だった。

「邪魔するよ。――と、何やってんだお前たち」

「あっ鯨さん。おはようございます」

「もう昼だよ」

 彼女は呆れたような目で、地面に寝転がる梨太を見下ろした。床に座ってゲームをし、負けてひっくり返り、じたばたもがいて悔しがっていた梨太はとりあえず体を起こした。鮫島はカードを拾いつつ梨太の疑問に回答をくれる。

「カードゲームは軍人のたしなみだ。遠征中、リラックスのためにこういう遊びは必ずする」

 それを聞き、鯨は笑った。

「お前は談話が苦手だからだろ。カードは、黙ったままでも出来るからな」

「あー、なんかだいぶ前にそれ、誰かから聞いた気がするぅ……」

 団長はカードがでたらめに強い――いつ誰から聞いたのかも思い出せない、脳の隅っこにこびりついた程度の記憶である。先に思い出していれば、と後悔してももう遅い。呻く梨太に、鮫島はぼそりと付け足した。

「それに、一人ででもできるから」

 彼の指先がカードをそろえていく。視線もやっていないのに恐ろしい速さで整えて、カードケースに収納した。鯨が腕を組んで嘆息する。

「それで、初めて家にトモダチ呼べたのが嬉しくて遊んでいたのか。呑気な奴らだな」

「……僕としてはそんなに呑気な心境じゃなかったですけど……」

 首をかしげる鯨。鮫島はカードを片づけて、己の腹を抑えてつぶやいた。

「お腹すいたな」

「ほら、やはり呑気じゃないか」

「鮫島くんはね」

 再び、首をかしげる鯨。その向こうに見知った顔があった。濃紺の髪に空色の瞳、おっとりとした笑みを浮かべた美女である。王都のホテル経営者であり、鮫島の実姉、カモメだ。

「やっほークゥちゃん。ひさしぶりぃ。お邪魔してますよ」

「げ」

 げ? 奇妙な音に振り向くと、それは鮫島の台詞だったらしい。彼は明らかに眉をしかめて、姉の前にあとずさっている。カモメが苦手なのだろうか。鯨よりよほど優しい姉であるように思うのだが。
 どうかしたのかと問う前に、鯨から回答が来る。

「カモメは独身時代、兵隊学校で教職についていてな。鮫が騎士になるまでの六年間、すべてではないが、一部の授業はカモメが受け持っていたんだよ」

「学校の先生……なるほど、言われてみればそれっぽい」

 納得はしたが、それでどうして「げ」なのかがわからなかった。梨太の知る限り、鮫島はずっと優等生であり教師を怖れるような子供ではないはずである。
 カモメは一度、梨太に向かってにっこり笑った。そしてその表情のまま弟へと向き直る。

「クゥちゃん? どうして『げ』なの?」

「……いえ。なんでもありません」

 敬語である。さりげなく目をそらすのを梨太は確かに見た。当然、それはカモメにも気づかれたらしい。彼女はあくまでにこにこと笑みを浮かべたまま、鮫島に歩み寄っていく。

「なんでもないの? それならちゃんとこっちを見なさい。それに挨拶がまだよ」

「……はい。ようこそお越し下さいました。姉上どうぞおくつろぎを」

「客が砕けた話し方をしているのにあまりにも畏まるのは慇懃無礼になりかねませんね。釣りあいというものが大事よ。姉上なんて呼んだこともないのに」

「……いらっしゃい、カモメ」

「来客の外套を預かるのは主の仕事。クゥちゃん、あなたは騎士団長となって十二年。いままで多くの来賓をお迎えしたでしょうに、こんな恥ずかしい様子を晒したの? 姉として師として、お詫びに回らなくては」

「そ、それは……やめてくれ。ごめんなさい」

「その素直さはあなたの美徳よ。失敗は悪いことではないわ。二度と繰り返さないための勉強ね」

 と、言いながら外套を手渡すカモメ。鮫島は慌てて受け取って、お茶を淹れてくると言い訳し、部屋から逃げていった。
 末弟不在の応接室で、姉二人がクスクス笑った。

「カモメ、あんまりいじめてやるなよ」

「だってクゥちゃん可愛いんだもの。だけどかっこよくなったわねえ。まともに会うのは十年ぶりかしら。凛々しくなって」

「中身は変わらん。職業柄、体裁くらいは身に着けたようだが、根幹は人見知りの内弁慶だ」

「アチラも変わらず奥手なのかしら。あのカオで騎士団長サマが顎クイのひとつでもすれば、たいていの女性は落とせると思うんだけど――ねえリタ君?」

「は、はいっ? いや僕、男子なので」

 突然矛先を向けられ、梨太は素っ頓狂な声を出した。二人の女はまた楽しそうに笑う。古今東西、年の離れた弟は、姉たちのオモチャになるものだ。
 二人をソファへ座らせて、梨太も正面に腰かけた。鮫島を待つ間、当たり障りのない雑談を振る。

「カモメさんが、鮫島くんのお姉さんと聞いて驚きましたよ」

「あらあ、隠してたわけじゃないのよ。私も昨日まで、リタ君がクゥちゃんの婚約者だなんて聞かされてなかったんだもの」

「カモメの夫は、いくつものホテルを経営する個人実業家でね」

 鯨が言う。

「あの宿はそのひとつ、妻のカモメが個人の趣味でやっているようなものなんだ。わたしはその恩恵にあずかって、時々お忍びで羽を伸ばしに行かせてもらってるのさ」

 カモメはにこにこと笑って、膝に乗せていた袋を持ち上げた。

「昼食はまだでしょ? これ差し入れ。『カモメのお宿』特製スモークサンドよ」

「わあ、ありがとうございます。朝ごはんもまだでした」

「まあ、クゥちゃんってばお客様に、朝食の準備もしていなかったの? これは罰として、お姉さまたちのお茶会に強制参加一年間の刑ね」

 おっとりと、カモメ。直後、扉の方で盛大に、食器をぶつける音がした。ちょうど鮫島が帰ってきたらしい。
 無言のままお茶をそそぐ鮫島に、カモメはやはりにこにこと、

「うふふ。クゥちゃん、お茶を淹れるのが上手になったわねえ」

「……誰のせいだ」

 小さな反抗を、元教師は完全に黙殺した。

 妹の作ったサンドイッチを、弟の淹れたお茶と共に食べながら。
 くつろいでいた視線を、鯨は突然引き締めた。

「――食べながら話そう。昨日の件。君の提案を、丸一日かけて検証してみた。課題は二つ、リタ君が星帝になれる可能性があるかどうか。あるとしたら、そのためになにをすればいいか――だったな」

 梨太は身を強張らせ、一度カモメを見た。かなりの機密事項なのではないかと思ったが、彼女を連れてきたのは鯨だ。聞かせても大丈夫なのだろう。頷き、続きを促す。鯨も頷いた。

「結論から言う。君が星帝になることは可能だ。しかしそのために、数多くの課題を乗り越えてもらうことになる」

「……まずは、貴族の家に養子入り、ですか」

「そのルートじゃだめなのよぉ」

 口を挟んできたのはカモメだった。

「時間がかかりすぎるのよね。奉公は最低でも一年間。ハルフィン殿の亡きあと、皇后である鯨が代役でいられるのも一年が期限よ。喪が開ける前に、次の星帝を据えなければならないわ」

「星帝が亡くなったのが、五か月前でしたか。じゃああと、七か月……」

「決定と同時に着任とはいかない。戴冠式よりも二か月前、つまりあと五か月が期限だ」

「わかりました。では僕はどうすれば?」

 と、いう、梨太の質問と同時に。

「わ。これ美味しい」

 隣に座った妻がつぶやいた。鯨は完璧にそれを無視して、話を続ける。

「一年分の奉公を、一瞬で済ませる方法がある。お前たちが正式に結婚するんだ」

「えっ? はい。はい? それでいいんですか?」

「ああ。元々、一年間という年月は、厳しい躾から逃げ出さずに教養を習得したという証明になるというわけだな。しかし貴族の女と婚姻となればその瞬間、永劫の約束をされたことになる」

「ラトキアでは、男側から離婚申し立ては出来ないのよー。女側からは一方的に婚約破棄できるけどねえ」

「あはは、どうせ逃げられないから一瞬で完了ってことですか」

 梨太は膝をうち、なるほどと頷いた。何かとてつもなく大事なことを聞いた気がするが掘り返さない。結婚には勢いで突っ走ることも必要である。

「えっと、じゃあそれで、僕は自動的に貴族になるんだ」

「一応な。しかしそれだと、しょせんは『貴族の婿』。いわば『貴族・カッコ仮り』。鮫が騎士団長を退職した時点で、君も平民に戻る。そんな不安定な者を星帝に推すわけにはいかん」

「じゃあ……正式に貴族になるには、どうすれば?」

「うむ、いろいろと考えたが、選べる手段はただ一つ……リタ君に、騎士団に入団してもらう」

「えっ!」

 と、言う声は、鮫島が上げた。テーブルに手を付き前のめりになった、ひどく嬉しそうに叫ぶ。

「リタと一緒に働けるのか!」

 すかさず、鯨がその頭をひっぱたいた。

「アホかたわけ! 星帝推薦のためのハク付けだ、一日たりとも出勤するわけなかろうが!」
「何言ってるのばかなの?」
「鮫島くん、話はちゃんと聞いておこうね」

 三人の頭脳派にこてんぱんにやられ、鮫島は素直に口を噤み、再び、サンドイッチに向き直る。三人もそれ以上はツッコまず、シリアスな会議へと意識を戻した。

「……わかりました。異論はありませんが、『騎士になる』ことにも、貴族階級以外の資格が必要ですよね? 騎士の入団試験とはどんなものでしょうか」

 カモメが声を漏らした。

「頭のいい子ねえ。理解が早い。話がトントン進んで気持ちがいいわぁ」

「だろう?」

 なぜか得意げに胸を張る鯨。そして指先を弟のほうへ向けた。

「我が実弟とは大違いだ。本当に、リタ君が星帝になってくれるのはありがたくて仕方ないよ。いい夫を捕まえたな鮫、貴様に足りない脳みそをきっちり補ってもらえよ」

「うん」

 鮫島はアッサリ頷いた。これには三人も肩をコケさせる。鮫島当人は、彼女らがなぜコケたのか全く理解ができない様子で、三人のカップに、お茶のおかわりを注ごうとする。その手をカゴメが掴んだ。

「クゥちゃん。新人騎士の入団資格について、騎士団長のあなたからどうぞ」

「ん。貴族の家もしくは修道院への一年以上の奉公。それから、騎士団にとって欲しい人材であることだ」

「具体的には?」

「戦闘力。豊富な戦績。あるいはなんらか特殊技能に特化し優れていること」

「その前段階として、応募資格はどうやって得るの?」

「国立図書館に常時公開されている、国家座学試験二級問題に挑戦し、百点中八十点以上をとる。試験中と採点には座学一級および教員資格保持者が監督につく」

 さすがは騎士団長、こういうことならぽんぽんと言葉が出てくる。カモメは満足そうにうなずいた。梨太のほうへ向きなおり、床に置いていた、自分の鞄を持ち上げた。
 大きな鞄だ。そこから大量の紙の束、さらになにかの道具、筆記道具をどんどん出して、応接室のテーブルにずらりと並べ置いていく。

「……あの、これは?」

 梨太の問いに、応えたのは鯨であった。


「では、これからクリバヤシリタの、ラトキア騎士団入団試験、筆記問題を開始する!」


「…………そう来たか!」

 梨太は思わず、大きな声を上げて手を打った。

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