鮫島くんのおっぱい

とびらの

初めてだらけのラトキア王都

 わいわいがやがや。という、擬音語が実にしっくりとくる、にぎやかさ。
 往来にならぶ露天商に、梨太は頭をつっこんだ。琥珀色の視線が不躾に商品を見回していく。
 商人は機嫌のいい声を出した。

「いらっしゃい。何か探している?」

 ――少し、ぎこちないラトキア語。商人の人相をみると、茶髪に黒い目、極端に彫りの深い顔立ち。惑星ラトキアの王都外少数民族、ヒッタ人である。

「これはなにですか?」

 梨太の問いに、ヒッタの商人は眉をひそめた。

「なにって、グミュールだろ。そっちのはインバ」

(……リンゴはグミュール、小麦粉はインバ)

 と、理解して、梨太はそれぞれを購入した。

 ヒッタ族は、この星の南の果てにある森林地域の民族だ。彼らにも古く独自の言語はあるだろうが、出入り商人ならば必ずラトキア語に通じている。
 それでも、所詮は期間限定の出稼ぎ商人。ネイティブとは言い難く、梨太もまた初心者だ。意思の齟齬が起きにくいよう、教科書どおりの単調な文法で、話していく。

「僕はあなたに質問をします。三日前から今日までの間に、王都で大きな事件があったことを、あなたは知っていますか?」

「いや? ……何の話か、わからない」

「僕は、オーリオウルの英雄、『鮫』に会いたいと思っています。彼はどこにいますか?」

クーガ? 騎士団長の? それなら騎士団寮か、もしくは、ほかの星だ」

 こんなところにくるわけがないと首を振る。

「それよりも、合わせて180せきだ。お金、払え」

 梨太はうなずいて、左手首をかざして見せた。
 腕時計よりも一回り大きい、篭手のようなリストバンドがそこにある。ラトキア人たちが簡単に、『バングル』と称するその機械には、ナンバーコードと複雑な文様が描かれていた。
 すすけたテントの露天商は、商品棚の下から電子板を取り出すと、梨太の手首を乱暴に掴んで乗せる。ピッ、と電子音。
 電子板のモニターに、澄ました梨太の顔写真が浮かび上がる。磁気コードによる、顔認証である。

 商人は目を丸くした。

「クリバヤシリタ――あなた、将軍の国賓だって? なんでそんなもんが、こんな下町に」

「ん、別に、畏まらないでいいよ。僕はラトキア国軍とは何の関係もない、ただの移住者だから」

 梨太は手を振ったが、商人は苦い口調で吐き捨てる。

「『プリペイド・ストーン』の残高も、ほとんど無限みたいなもんじゃないか。ああ、残念、くそ、値段つりあげてればよかった」

 出稼ぎ商人はたくましい。にひひっ、と笑い声をあげ、梨太は紙袋を受け取った。


 続いて隣の店へ入っていく。小ぢんまりとした店舗に、工具が整然と並んでいる。工具専門店である。
 ラトキアには、スーパーマーケットのようなマルチな品ぞろえの商店はほとんどない。八百屋、肉屋、工具屋、水屋。たいていが専門店であり、ハコ型店舗は必ずラトキア人によって経営されていた。小スペースに珍しいものをあれこれ並べているのは決まって露天商。出稼ぎの、非ラトキア民族であった。

 舗装された石畳は、ほんのすこしだけ登り坂。ラトキア王都は、その中心地である帝都――星帝の宮殿に向けて丘状に作られた円形の都市であった。
 交通の便はいい。公共バスが王都中を網羅しているのだ。システムは日本の山手線と同じようなものらしく、信号もなく、個人の自動車は一台も見当たらない。
 建物の外観はそっくり同じ、隙間もなくびっしり並んでいる。おおやけによる、緻密な都市計画のもとで作り上げられたのだろう。ラトキアは機能美に満ちた都市であった。

「……静かな国だ」

 梨太は呟く。

 想像よりもはるかに穏やかなその国を歩きながら、空を見上げた。

 地球と同じ大きさの星、同じ酸素濃度の空の色は、やはりよく似た青い色をしていた。
 SFの映画で必ず見かける、宙を滑る車などはない。ロボットも見あたらないし、なにも変形しない。巨大なホログラフによるCGアイドルのプロモーションもない。
 街頭ポスターもなく、ブティックの看板もない。
 惑星ラトキアは、あの霞ヶ丘市よりもずっと閑静で、レトロな風情をもっていた。
 BGMのない、静かな世界。

「僕が『地球人』でなくなって、もう三日目になるのか――」

 梨太は目を細めた。


 三日前。

 宇宙船は、梨太の固定観念を打ち破り、海辺ではなくラトキア帝都のど真ん中へと着地した。ラトキア軍事施設の屋上へあっさり停まると、ズラリ並んだ軍人たちに出迎えられた。
 といっても、それは鯨だけである。彼女は恭しく連れ出され、梨太の前から姿を消した。

 一応、話を通してはくれたらしい。梨太もまた、役人にそれなりの対応をされた。冷凍睡眠から覚めたばかりでぼんやりする彼を荷車に乗せ、安全運転で引きずって、エレベーターへ放り込まれる。ビルを下りきったところで別の役人が出迎えて、ほかの荷物と一緒くたに、長方形の建物へと放り込まれた。それはバスであったらしい、振動も音もなく走り出す。

「こちら、当面の生活費です。ご自由にどうぞ」

 と、ぽいと投げられたのは、紙幣や硬貨ではなく謎のリストバンド。
 なにがなにやらわからぬまま、バスに軟禁されること二十分。窓からラトキアの街を眺める余裕もない。
 宇宙船の降りた地、帝都と呼ばれるラトキア最深部から、その外周にある王都のほうへと移動したらしい。

「終点ですよ」

 と、ポイと降ろされて。

 梨太はしばらく、途方に暮れた。

「あのう、クリバヤシリタ様、なのですか?」

 少女の声がかかったのは、バス停に降りたってすぐのことである。振り返って、梨太はぎょっと身を引いた。
 身長は百二十そこそこか。梨太の腹部ほどまでしかない、少女である――だろう、たぶん。背丈でなんとなくそう思ったが、実際は見当もつかなかった。

(……オオカミ娘?)

 半獣人、とは言い過ぎだろう。小さな頭蓋につぶらな緑の瞳。体型や目鼻の形は、人間とほとんど同じに見える。しかし全身が黄金色の獣毛で覆われていた。
 貫頭衣に、ブーツと手袋をつけている。文化的な人類なのだ。思わずあとずさりし、日本語で呟く。

「おおう……すごい。可愛い。可愛い? ちょっとだけ不気味――や、じゃなくって。えっと?」

「あ、失礼しました。わたし、バルフレア族のハーニャというのです」

 彼女はすぐに姿勢を正し、美しい一礼をくれた。流暢なラトキア語だ。綿毛のような頭髪がふわふわ揺れる。

「この近くにある、異邦人向けのホテルの従業員です。リタ様を案内するようにと、オーナーから言われてきました」

「ホテル? ……それは、僕がそこを宿にして暮らすっていうこと?」

 はい、と、ハーニャ。

「ラトキアは初めてなんですよね? ではホテルの方で、『バングル』や『プリペイド・ストーン』の使い方をご説明いたします。まずはわたしの後に続いて、こちらへどうぞ。お荷物、お持ちいたしますね」

 丁寧ではあるが、おもんぱかりは無い。ハーニャは梨太の返事も聞かず、スーツケースを頭上に持ち上げた。梨太が慌ててそれを奪う。

「いいよそんなの、自分で持つから」

「大丈夫です、これがわたしの仕事。こうして王都へ出稼ぎにきているラトキア異民族はたくさんいるのです。油を買って村へ戻るのです。でないとこの冬に、十四人いるわたしの家族は一家全滅するのです」

「いや同情じゃなくて、体格的に無理があるんじゃないかなと」

「大丈夫です。わたしこう見えて力はあるんです。それにコドモでもないのです」

 その声は毅然と凛々しく、たくましい。なるほど地球の常識は通じないのだなあと感想を抱いた瞬間、少女はぐしゃりと潰れた。トランクの下、小さな手が宙をかく。

「たすけてぇ」

 梨太は慌てて救い出すと、荷物をどちらが持つかで押し問答。
 結局、トランクにはカートが付いていたことを思いだし、大体解決した。


「鶏肉、青菜……」

 買い物袋を確認し、バスを降りる。終点、外国人向けの宿場町である。

 そっくり同じ建物が並んでいる中で、時折個性的な趣向の宿があった。そちらはモグリ――もとい、個人経営ということだろう。国の支援がないぶん割高らしいが、お金に余裕があれば、たしかに魅力的だ。

 『カモメのお宿』は、そんな個人ホテルのひとつであった。ホテルというより、ロッジという言葉がしっくりくる。二階建てのログハウスの戸口には、色とりどりの花が植えてあった。美しく、かわいらしい宿である。

「戻りました」

 軒先で声をかける。そこにいたのはバルフレア族のハーニャであった。

「リタ様。おかえりなさい」

 住み込みで働いているらしく、三泊目となるこの宿で彼女を見かけない日はない。梨太は紙袋を掲げた。

「これお土産。オレンジの蜂蜜だって」

「えっ? わたしにですか?」

「うん。ちょうど通りがかった露店で、君と同じバルフレアの女の子がこれと同じ物を買ってたんだ。口に合うのかなと思って」

「あっ――それは……きっと、ただのお使いだと思います。……わたしたちは、そんなにも『石』は持っていません」

「ああ、そうか。しまったな。嫌い?」

「……食べたことがないのです」

「そっか。よーしじゃあこれを使って、ほんのり柑橘風味のアップルパイを作ろう。口に合わなきゃ僕が全部食べるよ。カモメさーん、調理場貸してくださーい」

 声を上げながらずかずかと入り込んでいく。ハーニャもあわてて後に続いた。
 扉をあけると、そこは大きな食堂である。ここはどちらかというと、宿付きの食堂なのかもしれない。
 『カモメのお宿』の主は、たいていこのカウンター席にいた。

「おかえり、リタ君。ショッピングは楽しめたかしら?」

 濃紺の髪に空色の瞳、白い肌をした、ラトキア人の美女である。民族服である貫頭衣を、華やかな帯で締めていた。既婚者の証として、帯留め飾りはシンプルである。

(この服いいよなあ)

 何度見ても、その感想を持つ。露出は少ないのに、ボディラインがくっきり見える。豊かな乳房に、わき腹の曲線が悩ましい。

 オーナーの妻はカモメという名の女性だった。道楽者で出歩いている夫の代わりに、実質、彼女がここの主であるらしい。

 梨太は買い物袋を掲げてみせた。

「まあまあです。で、それを使って料理をしたいので、厨房貸してください」

「あら、また? リタ君はお料理が好きなのねえ」

「いやあ、初めて見る食材で、いろいろ遊んでみたくって。また味見してくださいね。ラトキアの人たちの味覚嗜好も、いろいろ知りたいんですよ」

「リタ様のお料理はいつも美味しいのです!」

 突然叫ぶハーニャ。その様子を一瞥し、マメねえ、と、カモメが嘆息する。

「こんなお客様はじめて。地球人って、面白いのねえ」

「どうも、厚かましくってすみません」

 と、謝罪するが反省はしない。気のいいオーナーは簡単に受け入れてくれたが、もし嫌がられたとしても、懇願するつもりだった。不躾だろうと嫌われようと、これは必要な勉強なのである。

 この先の一生を、ラトキアで自活していくために。

 厨房に立ち、梨太は食材を並べた。
 ありがたいことに、ラトキアにはかなりの食材がそろっていた。地球と環境が似ているため、動植物に近似種が多い。

 もちろん日本の味を期待すればつらいものがある。しかし海外フィールドワークの多い梨太にとって、問題にするほどのことではなかった。

 仕込みを済ませ、オーブンへ。キッチンに立ったまま、買ったばかりの書籍を開いた。

「また本を買ってきたのですか? リタ様は、いつも勉強してるのですね」

 カウンターの向こうから顔を出し、ハーニャ。

「わたしはもう二か月も王都で暮らしている、字を読めないのです」

「ははは、実は地球にいた頃から一応、勉強してたんだよ。もう五年くらい前からね」

「勉強しようって思うことがすごいのです。リタ様は勉強家なのです」

 謙遜しすぎると、ハーニャに失礼になるだろう。梨太は適当に笑って流した。
 焼きあがったアップルパイを取り分けて、カモメとハーニャと、三人でお茶会に興じた。

 『カモメのお宿』の客は今日も梨太ひとりである。オーナー妻は親切で、心地のいい宿ではあったが――
 梨太は、一刻も早く、ここを出て行くことを望んでいる。

 アップルパイをかじり、咀嚼する。

(……ラトキアに来て、もう三日。鯨さんからは何の音沙汰もない……)
(なにかしらの手引きは、もう期待しない方がいいのかもしれないな)

 生活費を用意してくれただけで五体投地の感謝を捧げるべきだろう。紅茶をすすりながら、梨太は左手のバングルを見下ろした。

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