鮫島くんのおっぱい

とびらの

鮫島くんの逃亡(未遂)

 梨太の心境を察してくれたのだろうか。鮫島は不安げに、それでも無言でこちらを見つめていた。
 梨太は一度、深呼吸をした。

「あの……とりあえず昨日は、ごめんなさい。何度も言うけど、ただのやつあたり。反省してます」
「ん。……別に」
「いや、ホントごめん。で、昨日に限らず地球に来てからずっと、僕は思いやりが足りてなかった。えーと、つまりはアレだ、やっぱり、男子校のノリを引きずってたんだきっと。男友達には何やってもギャグになる的な」

 真横に首をかしげる鮫島。
 たぶん鮫島相手にそのノリを仕掛ける男子はいなかっただろうなと思いつつ、

「だから今までグイグイ行っちゃってたけども、それは一応空気読んでやってたつもり。あ、僕的には。まるきりの冗談が半分、半分は本気だけども、嫌だったら嫌って言ってね、っていう前提でしかけてるから。それは伝わってた……よね? 強要したことはないはずだけど」
「……リタ。何を言っているのかよくわからない」
 率直な返答。梨太はもう一度深呼吸をした。

 落ち着いた声で、なるべく淡々と、言葉を紡ぐ。

「鮫島くん。僕は、君を触りたくありません」

「…………」
「鯨さんから聞いた。前回の、仕事の報酬を僕にくれるっていうの、それ、要らないから」

 舌の上を、セリフが通過する。その苦味に口内がしびれそうだった。
 顔を伏せ、それでもちゃんと言う。

「――前来た時も言ったじゃないか。そういうの、僕は嫌だって――あ、いや、鮫島くんは逃げ……外に出てたっけか? とにかくそういうつもりで、ここに座っていて欲しくないんだよ」

 そこまで言って。梨太は一度息を飲んだ。肺に酸素を溜め、一気に吐き出す。

「たとえ鮫島が男性のままでも、触れることができなくても、すごく楽しいから。それでいいから、もっと楽しいことだけして遊ぼう。僕と友達になろうよ」

 緊張は、むしろ言い切った後にやってきた。
 なんだかプロポーズでもしたような心境になる。

 考えてみれば友達になろうなんてセリフを吐いたのは、生まれて初めてのことだった。もしかしたら鮫島も、生まれて初めて、その言葉を聞いたのではないだろうか。
 なんだか猛烈に照れ臭くなり、紅潮する。

 梨太は顔を上げた。

 鮫島の反応を見るために目を開いて――そこに空間しかないことにアゴから落下する。

「ほあっ!?」

 鮫島がいない。フォークがぽろりと落とした形のまま転がったテーブル。慌ててリビングを飛び出してみると、玄関にしゃがむ彼を発見。編み上げブーツを履きこむ後ろ頭を、梨太は迷わずスリッパではたき倒した。スパァンと一発、騎士団長の後頭部が快音を響かせる。
 目を丸くして振り向く彼に、梨太は全力で怒鳴った。

「どこ行くの!」
「リタが出て行けって言うから」
「言ってないし! どこまで聞いててどこから聞いてないのか知らないけど、ひとさまの話は最後までちゃんと聞くっ! ご飯の途中で席を立つな! つか逃げだろこれ、また荷物全部忘れてるし、靴ひも縦になってるし」
「あ」
「もぉおおおっなんでこうコミュ障こじらせちゃってるかなあこの人は。とりあえず靴脱いで、スリッパ履いて、部屋に戻るっ。いいから戻る!」

 おずおず、という様子そのもので部屋に戻ってきた鮫島を座らせて、二度と逃がすまいと、梨太は背後から両手首を抑え込んだ。テーブルにはりつけ、後頭部から言い聞かせる。

「鮫島くん、遊びに来たんでしょ。この町で、僕と遊ぶために来たんだよね」

 こくりと、鮫島の頭が前に倒れた。

「そのためには、君の立場上いろんな言い訳が必要だった。まずは騎士団長殿が、連休を取るための言い訳――代休の消化。宇宙船を借りて地球に来るための理由――前回の仕事の後始末、業務の一環、栗林少年と約束をしたからと。それを実行する言い訳――雌体化の解除。それから僕の家に入り浸るための言い訳に、観光だのなんだのそういうのを全部ずらずら並べていろんな人間を言いくるめて、それで結局君自身は何がしたかったかって言うと、僕と遊びたかった、ただそれだけ。……これで、合ってる? 違う? 違いますか」
「……そう。合ってる」

 こくり、素直にうなずく後頭部。
 梨太はそのうなじに向けて盛大にため息をついた。

「んだらそのまま最初に言えよもう、なしてそうこじらせんの。ハナシ合わせるくらいいつでもやったっしょ。アホか」
「……リタ? ……なにを言ってるか聞き取れなかった」
「聞こえんでいいわ」

 それだけ言い捨てると、梨太は、自分の席へと戻った。
 食事を再開しながら、そこで初めて、鮫島の顔を見る。なぜか、赤面している。

 梨太は再び大きく息を吐いた。

「誤解を与えるようなキャラやってるのは自覚あるから、怒りはしないけども。とりあえず、変な気負いはしないで。三年前の報酬はもう、現金でもらった。あのね、僕本当にそう言うのイヤなんだよ。嫌々目をつぶって我慢してる子を触っても、楽しくもなんともないしっ」

 鮫島は不思議そうな顔をした。どうやら本気で誤解されていたらしい。改めて弁じようと口を開く、と、それより早く、鮫島が囁いてきた。

「……楽しく……ないかな……」

「そ……そりゃ、その。実際のとこぶっちゃけ……すんごく楽しくなっちゃうとは思うけど」

 彼はしばし、梨太の顔を見つめ、その言葉の真偽を確かめる。やがて真意を見て取ったのか、にこっと明るく破顔した。

「じゃあ、よかった」
 何の忌憚もない、朗らかな笑顔であった。

 梨太の頬に彼の手が伸びてきた。摘んでひっぱり、その柔らかさを確認してくる。そのまま頭頂に手を置かれ、ちょっと乱暴なくらいくしゃくしゃとなで回される。
 ひとりでくすくすと笑いながら。
「かわいい」
 とても楽しそうだった。

 鮫島の指に触れた部分が溶け落ちて、脳みそなんかなくなってしまいそうだった。明るく笑う彼――大切な友人。二度と求めまいと、一瞬前まで本気で思っていた唇が、笑みの形に持ちあがっている。
 柔らかそうな、バラ色の唇。
 梨太はとろけた視界のなか、すぐそばにある体温に、顔を傾けて――

「っあうぃいだだだだだだっだやっぱりコレえええええ」

 顔面を掴まれ宙吊りになった足をバタバタさせて、高らかに悲鳴を上げたのだった。

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