鮫島くんのおっぱい
鮫島くんを探して
ノートパソコンと大事なデータを、緩衝材つきの鞄へ仕舞い込み、しっかりと施錠する。それをバスステーションの貴重品ロッカーへ預けると、身軽な姿で、梨太は自転車を走らせていた。
霞ヶ丘市の雨は長い。
平常、温暖な気候で災害も少ない町である。梨太の住む住宅地から自転車で二十分、地方都市の主要駅に近づくと、比べものにならないほど都会的だった。
ショッピングモールの並ぶ街路地は歩行者天国状態で、とても自転車では走れない。ハンドルを押して歩いていく。
大きな傘を差したかさばる体型の女性が、梨太の自転車を睨んでよけていった。
夏休み期間中であるが、社会的には平日の月曜日、昼日中である。しかもジトジトと長引く夏の雨だ。ピーク時よりはるかにマシなのであろうがそれでもこの人通り。ちょっと予想が外れたと梨太は天を仰いだ。どこかに自転車を停めておくべきだった。
防水仕様のスマホが鳴る。画面を見ると、かの後輩からのメッセージだ。
――本駅北のお好み焼きプラザビルで目撃情報。
「お好み焼きプラザ?」
きょろきょろ見渡す。添付されてきた住所とマークからして、今いる地点のほど近くのはずだが。
梨太は適当に、飲食店の並ぶ方へ向かった。
朝から降り続く雨はますます勢いを増し、梨太の買ったばかりのサンダルをびしょびしょにぬらしていく。防水スニーカーにするんだったとまた後悔。
見渡す町並みに、お好み焼きプラザの看板を発見した。路地に自転車を施錠して置き、ビルの建物沿いにうろついてみる。
飲食店通りに人の気配はなかった。
昼飯時はとっくに過ぎ、ディナータイムに向けて店を閉めているところがほとんどである。ひとに尋ねることもできず、梨太はそのまま十分ばかりあたりを歩いた。
「……いないじゃないか! ――ああもうっ」
一人、雨空に向かって毒づく。
人の噂というものは時間差があるものだ。なかなかうまくいかない展開に焦れるのを抑えこみ、梨太は無理やり己を鼓舞した。
(……前回は、三年前の時は、まがりなりにも協力者として正式に雇われてた。だからつっこんだことを聞いても許されたし、用事があれば、あっちから求めてやってきてくれた――)
しかし今回は、梨太はなにも求められていない。あちらから連絡が来ることもないし、梨太にその手段も与えられていない。まったくの部外者、蚊帳の外。
その薄い網を打ち破ることが出来れば、自分はまた、彼と物語を共有することができるのだ。
(僕にできることを。なにか、僕が役に立てることがあれば――)
そうすれば、あの腕を捕まえることができる――。
空を見上げた梨太の眼球に、ポツッと勢いよく水滴が直撃した。突き刺されたような強い衝撃に小さく悲鳴を上げて目を閉じる。やっぱり、どうにも、うまくいかない――顔を降って、レインコートのフードを直した。
そのとき、視界でなにか、キラリと光った。
「……えっ?」
声を上げ、あわてて意識を集中する。
細長いテナントビルのひしめく路地、そのビルのはざまに、合成写真のように浮かぶ謎の物体。空飛ぶ円盤――もとい、原付バイク。いや、もっと細身でタイヤもなく、子供むけのキックボードによく似ていた。日光のもとならば、むしろ馴染んで見逃したかもしれない。曇天の中、メタルの輝きは一度目につけば見失わない。
無音でホバリングをしているその乗り物に、人間が跨っている。上空二十メートル、顔立ちまではわからないが、漆黒の長衣をつけた細身の男。
「あ、あれって、もしかしてラトキアの騎士――」
人影は間違いなくラトキアの騎士であった。
鮫島――ではない。遠目で人相までは分からないが、赤い髪をしていた。
騎士はしばらく旋回すると、やがて目標を見定めて、ツバメのように一気に滑空した。
梨太は反射的に駆けだした。
自転車を取りに戻ったほうが効率的だったと、気が付いたときにはもう遅い。もちろん追いつけるわけがなく、あっという間に見失う。
梨太は大急ぎで地図を広げた。道路の交通事情など意にも介さず、道なき道を走って行った赤い騎士。その軌道を思い出し、地図を指でたどっていく。延長線上に目的地を探せるかもしれない。
地図の上に、ボタボタと水滴が落ちてきた。この雨の日に、よりによって紙媒体の地図だなんて。
「……くそっ!」
自分を叱責する。
どうにも――うまくいかなかった。
それでも、遠くではないはずだ。
梨太はとりあえず、先ほどの『お好み焼きプラザ』のビルから現地点までに直線を引き、その延長上にある公園に目星をつけた。地図を見る限り、かなり大きな敷地である。都会のオアシスだ。周囲には託児所もあり、その園庭に代わるものかもしれない。いずれにせよ、この雨では無人のはずだ。
先の情報の通り、『お好み焼きプラザ』でバルゴを討伐したものの、一匹逃げ出したので追走した――そんなシナリオを脳内で描きつつ、赤い髪の騎士を探して、三百メートルほど北上する。
ビルヂングを二度三度曲がって越え、少し丘状になった公園に入り――梨太は、見覚えのある男を発見した。
「……虎ちゃん!」
朱金の髪の騎士が振り返り、明るい金色の目を見開いた。
霞ヶ丘市の雨は長い。
平常、温暖な気候で災害も少ない町である。梨太の住む住宅地から自転車で二十分、地方都市の主要駅に近づくと、比べものにならないほど都会的だった。
ショッピングモールの並ぶ街路地は歩行者天国状態で、とても自転車では走れない。ハンドルを押して歩いていく。
大きな傘を差したかさばる体型の女性が、梨太の自転車を睨んでよけていった。
夏休み期間中であるが、社会的には平日の月曜日、昼日中である。しかもジトジトと長引く夏の雨だ。ピーク時よりはるかにマシなのであろうがそれでもこの人通り。ちょっと予想が外れたと梨太は天を仰いだ。どこかに自転車を停めておくべきだった。
防水仕様のスマホが鳴る。画面を見ると、かの後輩からのメッセージだ。
――本駅北のお好み焼きプラザビルで目撃情報。
「お好み焼きプラザ?」
きょろきょろ見渡す。添付されてきた住所とマークからして、今いる地点のほど近くのはずだが。
梨太は適当に、飲食店の並ぶ方へ向かった。
朝から降り続く雨はますます勢いを増し、梨太の買ったばかりのサンダルをびしょびしょにぬらしていく。防水スニーカーにするんだったとまた後悔。
見渡す町並みに、お好み焼きプラザの看板を発見した。路地に自転車を施錠して置き、ビルの建物沿いにうろついてみる。
飲食店通りに人の気配はなかった。
昼飯時はとっくに過ぎ、ディナータイムに向けて店を閉めているところがほとんどである。ひとに尋ねることもできず、梨太はそのまま十分ばかりあたりを歩いた。
「……いないじゃないか! ――ああもうっ」
一人、雨空に向かって毒づく。
人の噂というものは時間差があるものだ。なかなかうまくいかない展開に焦れるのを抑えこみ、梨太は無理やり己を鼓舞した。
(……前回は、三年前の時は、まがりなりにも協力者として正式に雇われてた。だからつっこんだことを聞いても許されたし、用事があれば、あっちから求めてやってきてくれた――)
しかし今回は、梨太はなにも求められていない。あちらから連絡が来ることもないし、梨太にその手段も与えられていない。まったくの部外者、蚊帳の外。
その薄い網を打ち破ることが出来れば、自分はまた、彼と物語を共有することができるのだ。
(僕にできることを。なにか、僕が役に立てることがあれば――)
そうすれば、あの腕を捕まえることができる――。
空を見上げた梨太の眼球に、ポツッと勢いよく水滴が直撃した。突き刺されたような強い衝撃に小さく悲鳴を上げて目を閉じる。やっぱり、どうにも、うまくいかない――顔を降って、レインコートのフードを直した。
そのとき、視界でなにか、キラリと光った。
「……えっ?」
声を上げ、あわてて意識を集中する。
細長いテナントビルのひしめく路地、そのビルのはざまに、合成写真のように浮かぶ謎の物体。空飛ぶ円盤――もとい、原付バイク。いや、もっと細身でタイヤもなく、子供むけのキックボードによく似ていた。日光のもとならば、むしろ馴染んで見逃したかもしれない。曇天の中、メタルの輝きは一度目につけば見失わない。
無音でホバリングをしているその乗り物に、人間が跨っている。上空二十メートル、顔立ちまではわからないが、漆黒の長衣をつけた細身の男。
「あ、あれって、もしかしてラトキアの騎士――」
人影は間違いなくラトキアの騎士であった。
鮫島――ではない。遠目で人相までは分からないが、赤い髪をしていた。
騎士はしばらく旋回すると、やがて目標を見定めて、ツバメのように一気に滑空した。
梨太は反射的に駆けだした。
自転車を取りに戻ったほうが効率的だったと、気が付いたときにはもう遅い。もちろん追いつけるわけがなく、あっという間に見失う。
梨太は大急ぎで地図を広げた。道路の交通事情など意にも介さず、道なき道を走って行った赤い騎士。その軌道を思い出し、地図を指でたどっていく。延長線上に目的地を探せるかもしれない。
地図の上に、ボタボタと水滴が落ちてきた。この雨の日に、よりによって紙媒体の地図だなんて。
「……くそっ!」
自分を叱責する。
どうにも――うまくいかなかった。
それでも、遠くではないはずだ。
梨太はとりあえず、先ほどの『お好み焼きプラザ』のビルから現地点までに直線を引き、その延長上にある公園に目星をつけた。地図を見る限り、かなり大きな敷地である。都会のオアシスだ。周囲には託児所もあり、その園庭に代わるものかもしれない。いずれにせよ、この雨では無人のはずだ。
先の情報の通り、『お好み焼きプラザ』でバルゴを討伐したものの、一匹逃げ出したので追走した――そんなシナリオを脳内で描きつつ、赤い髪の騎士を探して、三百メートルほど北上する。
ビルヂングを二度三度曲がって越え、少し丘状になった公園に入り――梨太は、見覚えのある男を発見した。
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