鮫島くんのおっぱい

とびらの

鮫島くんの尋問

(さ、鮫島くん……?)

 梨太の背に片膝をつき、体重を乗せている。それだけなのだが、全く動けない。呼吸が苦しくないのが不思議なくらいだ。
 大声を出そうとしたが、なぜか掠れた呟きにしかならない。現状況がわからなさすぎて、梨太はなんだか可笑しくなった。

「確保。このまま手錠を、犬居」
「はい団長」

 鮫島の言葉に、犬居と呼ばれた男が従う。手慣れた仕草の直後、がちん、と、金属音。後ろ手に手錠が掛けられたのだ。

(――ええっ!?)

 施錠が済むと鮫島は立ち上がり解放した。しゃべれるようになったとたん、梨太は慌てて弁解する。

「な、なにこれ! 手錠? 確保? どういうことだよ! 僕が何したっての! てかあんたたち何? なんとか騎士……団長って!?」
「おいおい、まだとぼけるか。今更きくわけねえだろ。おとなしくお縄につけ、テロリスト」
「テロぉ!?」

「……私立霞ヶ丘高等学校の運動着だな」

 鮫島が呟く。犬居が眉をあげた。

「霞ヶ丘? それって団長の?」
「今日は体育祭というやつだった。俺はこんな格好をさせられたが、本来はこういう服装で運動を行う」

 サングラスの男が、ふうんと興味の薄い相槌をうつ。

「じゃあまあ一区切りですかね。しかしずいぶんガキっぽいのがいたもんだな、たしか連中に未成年はいなかったですよね? うまいこと高校生に化けたもんだ。むしろそれ以下に見える」
「う。ちょっと気にしてるのに」

 梨太のぼやきは聞いてもらえない。

 犬居は梨太座らせると、腰を落として覗き込んだ。逃走を防ぐためか、路地をふさぐ側に鮫島が立つ。尋問だ。

(……なにこれどうしよう)

 ちらりと、鮫島の方を見上げる。
 無表情、である。
 梨太は、こんなにも表情のない人間を初めて見た。サイボーグなんじゃないかという、友人の揶揄が頭をよぎる。

 冷たい地面に尻をつけたまま、見上げる。
 間近でじっと、その顔を見つめて――

(……きれいな人だ)

 そう思った。

 背丈は、百八十を少し上回るくらいか。遠目にはもっと大柄に見えた気がしたが、今時の男子高校生から逸脱しているということはない。
 騎馬戦のためだけに用意された、時代錯誤な衣装がやけに似合う。詰襟のかげに、犬居と同じ翡翠色のピアスが見えた。細い横顔によく映える。
 端正な顔立ち、透き通るような白い肌に繊細な細い顎。鼻が高い。横から見るとよくわかる。顔立ちといい日本人離れしたスタイルといい、もしかしたら本当に外国の血が入っているのかもしれない。そういえばなんとなく瞳も、蒼みがかっているような――

「――おい、おい! 聞いてんのかてめえ。名前を言えっていってんだよ!」

 突如脳をつんざくダミ声。

 うるせえなあこの犬野郎と胡乱な目つきで男の方に顔をやり、そして、梨太は大きな声を上げた。

「うわっ、真っ赤っ?」

 男、犬居がサングラスと帽子をはずしていた。その髪と瞳が日本人、いや人間ではありえない色味をしている。戦慄する梨太に、犬居は眉を上げた。意外と愛嬌のある顔立ちを軽く歪めて、

「……悪かったね、俺はスラムの生まれだよ。今の騎士団には珍しくねえぜ」

 何の話だか分からない。
 梨太の反応に、二人は何か違和感を覚えたようだった。
 お互いの顔を見合わせ、眉を寄せる。

「……名前は?」

 今度は鮫島が聞いてきた。梨太は体ごと彼の方を向き直る。

「栗林梨太。二年六組……あの、初めまして、鮫島くん」

 鮫島は表情を変えない。「なんで団長には素直に答えるんだよ」と毒づく犬居。彼は赤い髪をかきむしると、ふと気が付いたように、突然ウゲっと呻いた。

「まてよ、あそこは男しか入れない学校じゃなかったか? じゃあこれ、男? まじかよ! 気持ち悪!」

 梨太は犬居にベェと長い舌を見せた。

 しかし団長とは何だろう。体育祭の応援団長ではあるまい。この人たちはいったい――

「てめえテロリストじゃないってんなら、いったい何者だ?」

 梨太の疑問を逆にかけられる。

「えと、ごくふつうの、高校生だけど」
「だったらなんで団長、鮫島さんをつけていた?」
「あ、そうそれ。ねえねえ鮫島くん、それってなんの団体の」
「俺が尋問してんだ! 質問で返すなバカ野郎!」
「うっさ。もう、いちいち大声出さないでよ、こんな近くにいるんだから。僕は犬好きだけどもどっちかというと大型犬派、ギャンギャン吠えるのは嫌いなんだ。ちょっと黙っててくれないかな」
「てめえ……」
「あっそういえばあなたポメラニアンに似てるね」
「ぶち殺すぞこのクソガキ!」

 ぶるぶる拳をふるわせる犬居。感情の変化が豊かな人物である。

 対して、鮫島はさっきからほとんど話しもしない。しかし事前に想像していたよりも、ずっと柔らかい声だった。騎馬戦での勇姿からはかけ離れた優しい声。もっと聞きたいと思わせられる。
 後ろ手の錠にすこし苦労して、梨太はなんとか立ち上がった。二歩、歩み寄ると、息が届くほど近くに寄ることができる。鮫島の背丈は、梨太よりも頭一つ以上高い。

 近づいた梨太を、感情のこもらない瞳で見下ろす鮫島。その怜悧な双眸に、梨太は真っ正面から目を合わせた。そして言った。

「あの、鮫島くん、おっぱいあるって本当?」
「……んぅ?」

 彼はなんだか可愛い声を出した。


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