こんなはずじゃなかったのに!!

小森 美佳

3 究極の選択

ついにやってきた、事務所見学当日。
昨日は楽しみすぎてなかなか寝つけなかった。


「行ってきまーす!」

起きた時から全く落ち着くことができず、予定より15分も早く家を出てしまった。
ドキドキとワクワクが入り混じって、今まで体験したことのない独特な緊張感が胸を埋め尽くす。

今日は何をするのかな?
もし事務所に正式に所属することになったら、どんなことをするのだろう。

デビュー曲は王道の恋愛バラード系がいいな。
それで〜衣装はやっぱり、ウエディングドレス!!
ずっと出たかった歌番組にも出たいし、ライブツアーとかもやりたいし、それから・・・
いろいろと歌手になってからのことを考えてしまう自分がいる。

こんな気持ち初めてだ。
夢の手前にまで近づくと、こんなにもウキウキな気持ちになるんだ!!



「できたら当日は、なるべくTシャツにショートパンツとか動きやすい服装で来て欲しい」
スカウトされた夜、八島さんから届いたメールにそう書いてあって、ちゃんとお望み通りの格好をしてきたつもりだ。

予定時刻よりも2本早い電車に乗って出発。
待合せの新川駅までは、自宅の最寄り駅から8駅ほどしか離れていないのに到着までの30分がもの凄く長く感じた。
電車の中でも今まで感じたことのないウキウキ気分で、ずっと笑顔を必死に押し殺していた。








待合せ場所の新川駅に着いても全く落ち着つくことができず、何度も何度もケータイの画面で時間ばかりを確認していた。


地元とすぐ隣町だからそんなに離れていないのに、自宅の最寄り駅とは比べものにならないくらい、かなりの人で改札前は賑わっていた。

なんか別世界みたい!!
これから私はここに毎日通うことになるんだ。
また今後のことを考えてしまいそうになったので、必死にその感情を隠して時間が経つのをひたすら待った。


「おはよう」

声が聞こえた背後へ振り向くと八島さんがいた。

「お、おはようございます」

あまりにも突然で、思わず声が裏返ってしまった。

「ずいぶんと早いね!まだ9時40分だよ」

「すみません。なんだかいろいろと落ち着かなくて・・・」

予定時刻よりも早めに家を出発したこと、9時20分には駅に着いてしまったことを話すと、八島さんは大笑い。

「そんなに楽しみだったんだね、ありがとう」

「はい!! もう、凄い楽しみでした!!」

「じゃあだいぶ早いけど、行こうか」

「よろしくお願いします」







クローバーミュージックプロダクションの事務所は、駅から徒歩10分の15階建ビルの中にあった。
正面入口の隣にあるエレベーターで9階まで登る。
エレベーターを降りたらすぐに、よくTVで見かけるタレントさんの宣材写真や、所属タレントさんが出演中のCMの広告ポスターなどが壁中に貼られていた。

凄い。私、本当に芸能事務所に来たんだ!!
今日から飛び込む新しい世界を創造しただけで、かなりワクワクしてきた。
ゆっくりと事務所内を見たい気持ちを抑えながら、必死に八島さんの後をついていく。
すると、あるスタジオの前で足が止まった。


「はい、ここだよ!君には今日、このオーディションに参加してもらうからよろしくね!」

「オ、オーディション!?」

案内されたスタジオの入口には、
“ 新アイドルグループ 発掘オーディション会場 ” との貼り紙。

「でも君はもうこのグループへの内定貰えてるし、不合格になることはないから心配しないで!ほら、あの日に丘の上で歌ってたみたいに歌ってさ、特技とか披露すれば大丈夫だから」

「えっ?あの、どういうことですか?」

「この間の君の歌声聞いてさ、このグループに相応しいって思ったんだよね! 夢、叶えたいんでしょ!」


想像もしていなかった自体に頭が追いつかない。
てっきり、この話を聞くまでソロの歌手になれるとばっかり思ってた。
私が内定を貰えているのは嬉しい。
でも、アイドルなんて私には考えたこともなかった。


「でも私、ダンス経験とか全くないです」

「その辺は気にしなくて大丈夫!実はね、このオーディション、ウチの事務所としても初の試みなんだ!」


そこから八島さんは、今日までの全てを話してくれた。

「今回は今までのやり方を全部変えて、ウチの事務所で一からプロデュースしてアイドルグループを作ってみようってなって、メンバー募集の声かけをしたんだ。そこからまず、書類選考を実施して、今日はその書類選考を通過した者のみでこれからオーディションを開催するんだ。2週間以内に結果を出して合格した者は、そこからダンスレッスンにボイストレーニングの毎日にはなるけど、確実にメジャーデビューはできる。 だから君がダンス経験がないことには全く問題ないよ!」


なるほど。
話はよくわかったけど、疑問に思うことがある。

「あの、でも私が内定って、なんでですか?」

「君の歌は凄く上手いよ!」

「それなら歌手でいいじゃないですか!アイドルなんて、私には自信がありません!」

私のその言葉を聞いた八島さんはハッとした顔を見せた。
しまった、せっかく私をスカウトしてくれた人なのに、こんな所まで来てムキになったらダメじゃん。
謝らなきゃ。私の歌声を売れると宣言してくれたのだから。
私よりも先に、八島さんが口を開いた。


「君には、確実にひとつだけ足りないものがある。それを見つけられない限り、君はソロの歌手にはなれないよ」

私に足りないもの?

「でも、その足りないものがアイドルでは確実に引き出せるし、デビューしてからの君を1番輝かせてくれる。今後、君の個性として永遠の武器になる、本当に大切なものだからだ」

「私に足りないもの?何なんですか、教えて下さい!」

「答えは自分で見つけるもの。それがわからない限り、君はまたオーディションを受けても落ち続けるだけだよ」


歌手になるために確実に必要なもの。
それが足りないから、だからあんなに審査員から絶賛されたオーディションでも落ちたんだ。
足りないものを見つけない限り、デビューはできない。
アイドルになったら、私に足りないものは確実に生まれて、
それがデビューしてからも私を輝かせてくれる。
でも歌手になるなら、その答えを見つけるまでソロとして認められない。
もはや、私にとっては究極の選択だった。






「すみません、オーディションって何時からですか?」

「11時に受付開始だから、12時からだよ」

「わかりました。そしたら時間まで参加するかどうか考える時間をもらってもいいですか?」

八島さんにこう言いながらも、この時にはもう既に答えは決まっていたのかもしれない。
私が本当にやりたいことは何なのか。


「わかった。そしたら11時になったらまた声かけるから、それまで隣のA3スタジオ使って考えてていいよ」

八島さんにスタジオの扉を開けてもらった。

「すみません、ありがとうございます」

「いいよ、自分の今後のことだしじっくり考えて」

私が頭を下げると八島さんは扉を閉めてどこかへ行ってしまった。








誰もいない広いスタジオで1人。
私は、自問自答を繰り返していた。

私は小さい頃からソロの歌手になることが夢。
でも、足りないものを見つけないとなれない。

だけどアイドルは、自分のやりたいことではないけど、確実にデビューができる。
足りないものも自然に身について、それが私をずっと輝かせてくれる。

ダンス経験もなければ、集団行動だってあまり得意ではない。
ましてはオーディションで出会った子たちとこれからずっと一緒にやっていける自信がない。
スカウトされたことは素直に嬉しいし、八島さんの期待には応えたい。


今私の目の前に与えられた究極の選択は、今後の人生にも影響する。
その重要な選択を今からしなければならない。
ソロの歌手にはなれないけど、アイドルにはなれる。


私が本当にやりたいことは?

考えなくても、答えはもう出ていた。








「・・・歌いたい!!」 

私は、大好きな歌でずっと仕事をしたい!!


アイドルになっても、歌が歌えなくなる訳ではない。
ただ、ソロとして認めてもらえなかっただけ。
そう思えばいい。
歌を歌えることに変わりはないんだから。


11時になって、八島さんに声をかけられた時にはもう答えに迷いはなかった。

「もう11時になったけど、答えは決まった?」

「はい!やります!!」


私の迷いのない決意に八島さんはびっくりしていたけど、とても喜んで応援してくれた。

いつかはソロとして活動できるように、認めてもらえるように、今は目の前にあることに全力で頑張ろう。
これが本当に最後のチャンス!!



誰かが言っていた。

“ 夢は、叶えるために自分自身で考えて努力をしなければ絶対に叶うことはない。可能性は、1ミリ手を伸ばした先にある ”と。

私はこの言葉を信じてみようと思った。
今、目の前にあるチャンスを大切にしたい。

だって、可能性は無限大なのだから。


コメント

  • たかし

    アイドルへの右往左往って感じが楽しい〜

    0
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