苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode29 The greatful dead

 ある海に一匹のクラゲが漂っていた。そのクラゲはいつも通りユラユラと揺れていると、いきなり自分の周りの水が赤く染まり、そのまま染まった赤い水を吸収した。


 クラゲは身体の9割が水で構成される為に、その赤くなった特殊な水のせいで、体の形は急変し、人に近い形となった。


 クラゲは何が起きたか分からなかったが、取り敢えず近くにあった矢を拾い、より深い水底へと向かった。


 すると、これまでには存在してなかった深淵が存在している事に気づき、彼女はその深淵の中へと入っていった。


 後に『奈落』と呼ばれるようになる特殊な空間へと足を踏み入れた彼女は、レイラインを歩き、中心部グレイブヤードに辿り着き、墓碑銘エピタフが刻まれた墓石に触れて、世界の意思と記憶を垣間見た。


 そして彼女は矢を握ったまま、地上へと向かった。彼女は地球ほしの記憶を見て矢の使い方を知り、世界の意思に触れて向かうべき道を悟った。


 彼女は世界は平和であるべきだと結論を導き出し、地上へと一歩踏み出すと、そこには悲惨で醜い光景が広がっていた。


 同じ種族同士であるハズの人間達が争い、血を流しあっている光景だ。そこで彼女は、やはりこの世界には然るべき指導者が必要だと感じた。


 彼女は世界の歴史を学び、そして魔法を学んだ。世界を『平和という新たな状態』に持っていくには『今までの歴史という古き状態』を知る必要があると思ったためである。


 そして彼女は、醸成された転移魔法を使って様々な世界を渡り歩き、自身の計画の研鑽を深めていった。


 平和の為に動き、そして予知魔法によって知った、これから沢山出てくる自分の同種......獣人達の自由の為に動いた。


 そして、計画成就を果たすまで、自分は蝶になる前の蛹だと言う思いを込め『未だに羽化を迎えるべきでは無いサナギであり、計画成就が叶ったら本当の名を名乗る。』という意思を込めた偽名を名乗り始めた。


 しかし彼女は計画を進めていくうちに、徐々に自分の中にある価値観の、人類への絶望の色が濃くなっていくのを感じた。


 そんな中、ある世界で友人が出来た。その名はニャルマ。ミカはニャルマの研究に理解を示し、ニャルマはミカの研究に理解を示した。両者は良き友人であった。


 しかし医療衛生アドバイザーとして、ある場所に赴いた一件で、ミカは完全に変わってしまう事となった。


「ミカ......あれは何かしら......」


「あれは......火事......って、あそこは病気に罹患してる獣人用の宿舎だよ!」


 この世界には既にミカと同じような獣人が存在していた。ミカは自分の世界で将来的に存在し始める獣人達のために、この既に獣人が存在している世界に来て、色々と学んでいたのだ。


 その為の一環として、彼女は病気に罹患してる獣人の宿舎を訪れていたのだが、明日訪問する予定だったそこに火の手が上がった。


 ミカは取り急ぎ転移魔法を唱えて、ニャルマと共にそこに向かった。すると、そこにはミカがこれまでに想像し得なかった光景が広がっていた。


 燃えてまっ黒焦げになった獣人達、広がる焼けたタンパク質の匂い、夜中に燦々と輝く火事現場、そしてその中でバカ騒ぎを起こす人間達。


 その人間達は、そこら辺に落ちてた獣人の死骸を適当に切り取っては食ったり、生と死の狭間をさまよって藻掻く者を銃で殺したり、頭を捥いで長い棒に串刺しにして、これ見よがしに飾ってみたりしていた。


「おいお前ら! なんだこの乱痴気騒ぎは! 何故獣人をそんな扱いにしている!」


 ニャルマは幾分冷静にそう言ったが、ミカは落ち着いてなど居られなかった。燃える同種達、良いように食い散らかされる同種達、戦利品のように飾られる同種達。


 ミカは口が出るより先に、手が出ていた。素早く懐から水晶を取り出し、水晶に写る全ての人間を、火事現場のど真ん中へと転移させた。


「あれ......いなくなった......まさか!」


 ニャルマがミカの顔を見た時、既にミカの顔に光は無かった。そしてミカはゆっくりと水晶を懐の中にしまうと、何も言わずにその場を後にした。


 ニャルマが後で聞いたところによると、この事件を起こした者たちは、職を失って食うものに困っていたとの事だった。


 その者達は、人間である自分たちがこのような苦しい思いをしてるのに、獣人如きが病気なんぞでこんな手厚い待遇を受けているなんて、とおかしな逆恨みをしたらしい。


 そこで極限まで高まった空腹感も相まって、その者達は宿舎へと着火、そして獣人たちを食い荒らしたという。


 その事件のあった日の夜、ミカは予知魔法を使って、ありとあらゆる未来を見据えた。


 そして今後、自分は曲がりなりにも当初の計画を果たそうと試みる事、息子に計画を邪魔される事など、様々な未来を見た。


 彼女はその日から完全に変わってしまった。魔法の『魔』の深淵へと向かっていき、誰にも邪魔されない本当の自分の理想郷創りへと、道が歪んで行った。








 嗚呼、今私は走馬灯を見ているのだな。と彼女は思った。自分の身体を貫いていく無数の剣、そして最後の一本が今まさに自分に突き刺されようとしている。


「私の死は......偉大なる死だ......決して......決して無駄死になどでは無い......」


 そう言いながら、輝きを失っていく太陽を見つめ、ニヤリと笑い、そして最後の一本が突き刺されるのを受け入れた。








 ミカの双眸から光が消える瞬間、ミカの身体からゴクとマゴクが飛び出てきた。

 ソウセキはそれを受け止めると同時に、ゴクとマゴクと翼を体内にしまい込み、完全に自分の身体を外界からシャットアウトした。


 その時、上空で輝いていた恒星はこれまでに無いほど強烈な光を放って超新星爆発を起こし、カエデとソウセキがいる惑星ほしに影響を及ぼした。


 星の地表面にある物は、方舟とカエデ達を除いて、全て瞬時に気化し、生命の住めない死の星と化してしまった。


 ソウセキは、いくらカエデが耐えてくれるからと言って、これ以上なんの理由も無しにこの過酷極まりない環境に留まることは、全く賢明ではないと判断し、すぐさま方舟の中へと逃れた。








「中は思ったより綺麗なんだな。」


 方舟の内部は至ってシンプルな木造の船と大差なく、ごく立派な木造の船という印象しか抱かないというのが事実だ。


 そして方舟の中心部には、ミカの遺物......とでも評すべきザ・ワンが鎮座していた。


「サリュー! ヨギ! 聞こえているんだろう? お前らを解放しに来た!」


 ザ・ワンは、その言葉を聞き届けるも、依然静かにその場に鎮座し続けていた。


「ソウセキさん......あれがサリューちゃんとヨギくんなのですか......? 私にはどう見ても別の誰かにしか見えないのですが。」


「あれはミカの手によって混ぜ合わされたサリューとヨギと、ありとあらゆる世界のありとあらゆる生き物の総和だ。だからあんなに面影も何も無い。」


「なるほど......」


 カエデが納得すると同時に、ザ・ワンはゆっくりと目を見開いた。そしてカエデを着たソウセキを視認すると、ゆっくりと口を開いて何か話し始めた。


「似ているのかもしれない......」


「は?」



「ある意味では......我々は似ているのかもしれない。混ぜ物......紛い物......合い挽き肉で作られたハンバーグと大差ない集合体。

しかしながら、貴殿と手前では決定的な違いが存在する。それは、貴殿はなんの意味も成さない唯の烏合の衆であるのに対し、手前は全生命体の総和であり次の世界に広がる多くの命の祖であるという事だ。」



「だから何だって言うんだ。」



「今手前は暗に貴殿には何も出来ぬという事を告げたのだ。ミカが死に、恒星が死に、惑星が死んだ。旧態依然としたものは全て死んだ。

異世界のトンネルで繋がっていた他の世界にも恒星の超新星爆発の影響は及んだ。全てリセットされた。手前はこれより、生命の再分配を行わなければならない。

貴殿はそれを邪魔しに来たと見受けられるが、もう手前はヨギとサリューに戻れない後戻り出来ないのだよ。」



「生命の再分配......?」



「全ての生命のデータを読み込み、全ての生命の総和となり特異点となった今、手前の中にある全てのデータを楽園に必要な生命へと分割する。それこそが新たな世界の為の生命の再分配。

楽園にはそれぞれの役割が必要だ。分解するもの、作り出すもの、消費するもの......生命のサイクルを成り立たせるそれぞれの役割が必要。そのための再分配だ。」



「楽園なんてどこにあるんだよ! 星は全部死に絶えたんだろ? だとしたらお前が再分配するべき場所なんて無いじゃないか!」


「星など......もはや創ってしまえば良かろう? 必要な数は既に揃ってるのだから。」


「どういうことだ。」


「遍く世界に繋がったトンネルを利用すれば、月を7つ集めることなど赤子の手をひねるようなもの......」


「月を......7つ集める? まさか......新しく惑星を創るというのが......お前の算段!?」


「然り。月を呼ぶのはミカに任せようと思っていたのだが......彼女が亡くなったとあっては他の方法を模索しなくてはなるまい......そうだ......貴殿に取り憑いている、そこの二匹の共生体の力でも借りようか。」


「まだゴクとマゴクを良いように利用するつもりか! もうこれ以上は許容出来ない!」



「貴殿は何を出し渋っているのだ? 私の目的は楽園創り。誰も悲しまず、寧ろ喜んで迎え入れられるべき慶事だ。

それを阻む貴殿には、それを超える何か大義名分でもあると言うのか? それとも手前を構成する二名を元に戻したいという、ごく個人的で、ごく安易な主張の為にそこに立っているのか?」



「個人的な理由で何が悪い!」



「個人的な主張だけで手前の慶事を阻む貴殿は、さながら悪役といった立ち位置であるな。」

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