苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode27 Rolling stones

「俺が......死んだ?」


「うん。死んだ。あっさりね。」


「ゴクも......マゴクも......サリューも......ヨギも救えずに......? ミカを止められずに......? 俺は死んだ......?」


「そう。死んだ......ていうか、まぁ君が死ぬ事はもう既に決まっていたようなものなんだけどね?」


「どういう事ですか?」


「君さ、自分が願った事も忘れたの?」


「俺が願った事?」


「君言ったよね? 『死ねば楽なのに......』って。それ叶ったじゃん。」


「はぁ......そんなこと言いましたっけ?」


「あぁ?『そんなこと言いましたっけ?』だと? お前、自分の言った事とかやった事に責任持てよな? お前の愚痴の言霊がそうさせたんだぞ? お前を死ぬ運命に、しかも最も生きたいと感じた時に死ぬ運命に、お前自身の言葉がそうさせたんだぞ?」


「はぁ? 死にたいと思うことなんて、生きてたらいくらでもあるだろうが! それをちょっと愚痴った程度でこんな酷い仕打ちを!?」


「ちょっと愚痴っただけだァ? ゼノン模造品クローンのクセしてよく吠えるなァ。」


「クローンの何が悪い......! 誰が産めと頼んだ! 誰が俺の命を創れと頼んだ! 勝手に創っておいて! 生きるのが辛くなって愚痴ったら、酷い仕打ちを! 誰が頼んだって言うんだあああ!」


 サイは怒りに身を任せて、その男に殴りかかった。しかし、互いに霊体であるが故に、サイの拳はすり抜けた。


 サイはやり場のない怒りを咆哮に変え、その場で大きく叫んでみたが、周りの者達は構わず往来を歩き続ける。


「怒りってやつか? 肉体もないクセして? 面白いことするなお前!」


「五月蝿い!」


「いやぁ......たかがクローンでも目的意識さえあれば普通の人間っぽくなるものなんだな。」


「クローンクローンって五月蝿ぇんだよ! 第一なァ! 俺には家族が居たんだよ!」


「そうだなレーア。お前には父親と祖母が居たな。だが、それは血の繋がった家族じゃない。
裁定者ゼノンが残したクローンカプセルの状態で、お前は父親に拾われたんだよ。
そこから、1人の人間として産まれ、まるで実子のように扱って貰った。」


「ニセの家族だって言いたいのか!」


「いいや。血の繋がりこそ無いが、君の家族は本物だったと思うよ。君の家族の愛は本物だった......だけど君は、その愛を蹴っ飛ばして外に出たいと願った。
そして異世界のサイと入れ替わって、君はサイ・イスルギとして新たな人生を始めた......まぁ、死に向かう為の人生だった訳だがね。」


「どうしてお前がそこまで知ってるんだよ......俺さえ知らなかったのに!」


「俺はこの箱庭の調停者......の分身だからね。そりゃあ、なんだって知ってるよ。」


「箱庭の調停者ァ? なんだそりゃ?」


「簡単に言えば、この世界の......いや、ありとあらゆる世界、有限世界そのものの意思の代弁者。」


「そんなもんが俺なんかに何の用だよ! 俺なんか、たかがクローンなんだろ? 俺なんか、たかが命の模造品なんだろ!」


「あぁ。それは否定しない。だけど君は、オリジナルのレーア・アソートであり、オリジナルのサイ・イスルギだ。お前という存在の始まりは確かにゼノンのクローンだったかもしれない。
だけどな、お前はゴクやヨギやサリューと一緒に旅してきたんだろ? その時のお前は間違いなく『サイ・イスルギ』だったんだろう?」


「確かにそうだが......」


「お前はレーアでありながらサイとしてのアイデンティティを持ち続けた。それは、ヨギ達のお陰だろう? ヨギ達がそういう風に接してくれたから、お前はサイ・イスルギであり続けられた。
ヒトってのはな、そういう風に接してもらうとな、そういう風になるもんなんだよ。案外単純だろ?」


「じゃあもし、俺が目を覚ました先には奴隷商しか居なかったら、俺は奴隷根性が染み付いたシミったれになってたってか?」



「そうだろうね。単純な話、記憶を失った者や、生まれたばかりの子供なんてのは周囲の環境の影響を受けやすい。

酷な話だが、子供に関しては『家庭環境』というのが最も大きく影響される要因であるにも関わらず、生まれてくる子供は自分の家庭環境の良さを選べたりはしない。

生まれた瞬間に配られていた手札が、人生のスタートラインだ。『悪い環境に生まれても努力した人間』は『良い環境に生まれて努力しなかった人間』に追いつけないことすらある。これが現実。」



「ん......なるほど。しかし、それを今の俺に話してどーする?」



「お前は......良い環境に生まれたんだよ。2度もな。1回目はクローンなのにまるで実子のように扱って貰ったモガ婆さんの家にレーアとして、そして2回目は記憶喪失なのに普通の友人として、そして料理人として異世界への旅に付き合ってくれたヨギの友達サイとして。

3回目......やり直してみないか? 今まで世話になった人達の為に、生きて生きてその命使い果たしてみないか?」



「ん......それはしたいのは山々だが......俺は死んだんだろう? それに、どうせ肉体だって残ってやいやしない!」


「いや、お前のその気持ちさえ聞ければ充分だ。お前がその気なら、お前の夢を叶えてやる。」


「俺の......夢?」


「鳥になって自由に空を羽撃くんだろ?」










 ミカが高笑いを挙げてる横、もはや見る影もなくなってしまったサイの遺体。その懐から一枚の葉っぱがハラリと舞った。

 それは風に乗ってどんどん進んでいき、野を超え山を越え、海を超え世界を超え、ある場所へと辿り着いた。

 葉っぱは卵にペタリと貼り付くと、ほんのり卵全体が光った感じがした。


 しばらくすると、その卵の葉っぱの貼り付いた部分から1つの罅が入った。









 カエデは、目を覚まさないシュンを抱えながら、隣町にある最寄りの病院を目指そうとした。


 しかし、村の外の平原に出た辺りで、シュンは目を覚ました。


「ねぇ......さん......」


「シュン! 良かった......」


 カエデは目を覚ました弟を抱きしめ、安堵の気持ちでいっぱいになった。


「姉さん......何が起きたの......?」


「いきなり光の雨が降ってきて、それに当った村の皆が倒れて......あなたまで倒れて私どうしようかと......でも良かった......目を覚ましてくれた......」


「光の雨......?」


 その時、姉弟の近くにあった大きな卵が割れた。割れた瞬間に凄い音がしたので、二人は驚いてその卵の方へと視線を写した。


「え......人?」


「いや......鳥だろ?」


 割れた卵からは、人とも鳥ともつかぬ、何者かがヌルりと這い出て来た。


 その鳥人間は、ゆっくりと立ち上がると、アホリ姉弟の事を見つめた。


「なんでしょうか......? あ、て言うか私の言葉通じますか......?」


 カエデがオドオドと及び腰になって鳥人間に質問すると、鳥人間はゆっくりとその口を開いた。


「コーヒー、ありがとう。」


 そう一言だけ言い残すと、その者は飛び立とうとした。しかし、それをカエデが止めた。


「ちょっと待って。」


「ん?」


 鳥人間は、少しだけ宙に浮いた状態で、カエデの方に振り返った。


「......私も連れて行って。」


「姉さん......どうして?」


 カエデの急なお願いに、シュンは戸惑い、ワケを聞こうとした。


「シュン......私はさっき起きた、この謎の現象の原因を知りたいの......真実を知りたいの。」


「......分かった。」


 シュンは納得すると、握っていた手を放し、カエデの背中をポンポンと叩いた。









 ミカは、世界の中心に設けた自身の為の玉座に腰をかけた。そして横には、全てを受け入れる素質のあるヨギと、全生物の総和と成り果てたサリューが居た。


 上空には一隻の巨大な方舟が浮遊しており、その方舟は長さ300キュビト、幅50キュビト、高さ30キュビト程の大きさであった。


「さぁサリュー、その身に宿した全ての生命の情報を、このヨギの遺伝子に書き込むのだ!」


 光の結晶体であるサリューは、その身をヨギの体内へと押しやり、ヨギは苦しみながらも、それを受け入れた。


「結局......1人だけの理想郷か......まぁ、あの王たる小娘も、結局は愚息への当てつけのため、愚息も愚息で私に反抗......1人だけの方が逆に都合が良かったかもな。」


 ヨギとサリューは軈て一体化し、全生物の情報を書き込まれた、完全なる生命体が誕生した。


「おめでとう始まりの個体ザ・ワン。今日は君の新たなる誕生日だ。」


 ヨギとサリューが融合した個体はザ・ワンと呼ばれ、その場から方舟へと飛び立った。


 そこに、異世界のゲートをくぐり抜けて、1人の鳥人と1人のロボットがやってきた。


「なるほど......まだ私に反抗するガッツのある若者......もとい馬鹿者が残っていたのか......カエデ......そして君は誰かな?」


 鳥人は、ゆっくりとミカの瞳を見据えると、その瞳に映った彼女が迎えるはずだった終わりを垣間見る。


「俺の名は......ゥセキ......」


「なんて言った?」


 ミカは訝しげにそう聞き返すと、その男の手のひらには、謎の文字が刻まれた剣が握られていた。


「俺の名前は其右席ソウセキだ。」

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