苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode20 Police officer

 その日、片桐 影狼カタギリ カゲロウ巡査長は、いつものようにパトロールをしていた。


 いつものように、いつもの道を自転車に乗りながら軽快に走っていると、いつもの景色には無い存在が橋の上にあった。


 見かけ上18歳くらいの少年が倒れているのだ。カタギリはすぐさま駆け寄り、容態を確認すると、急いで救急車を呼んだ。


 カタギリは身元不明の少年の身元確認を急ぐと共に、少年がここら辺の人間では無いと何となく察していた。








 ヨギが目を覚ましたのは、数時間後であった。彼は目を覚ました瞬間、目の前に見慣れぬ天井があって驚いたが、すぐにここが医療施設であると察した。


「あら、目を覚ましたんですね。すぐに先生を呼んできます。」


 隣にいた看護師がヨギに向かってそう話すと、看護師は病室から出ていった。


 入れ替わりで、ヨギの見慣れぬ男が病室に入ってきて、ヨギのベッドの横の椅子に座った。


「こんにちは。自分はカタギリ カゲロウ巡査長であります。」


 そう言いながら、カタギリと名乗る男は警察手帳をヨギに見せ、そして話を始めた。


「君......名前は?」


「ヨギです。ヨギ コウウェンです。」


「なるほど、ヨギ君年齢と住所を教えてくれるかな?」


「歳は18で......住所は無いです。」


「住所ナシ? ご家族は?」


「居ないです。それで本籍地も無いです。ずっと旅してまわってるんで。」


「なるほど......君が明石橋にて倒れてるところを、僕が見つけた訳なんだけど、明石橋で何かあったのかい?」


「えぇと......まぁ、ケンカです。」


「ケンカ? 君がこんなケガをするまでケンカしてたのかい?」


「まぁ......」


「全く......程々にしときなよ?」


「まぁでも、大切な友達を拉致られたんで......そりゃあ本気になりますよ......」


「ん? 今なんて!?」


「そりゃあ本気になりますよって......?」


「違うその前!」


「えっと......友達を拉致られたんで......ってところですか?」


「拉致られたのか?」


「ま、まぁ。犯人を止めようとしたんですけど、そこで喧嘩に......てかまぁ死闘ですね。」


「事件じゃないか! 少し上に話してくる! 君はこのまま待っててくれ!」


「はい......ま、待つ以外無いんですけど。」


 カゲロウは物凄い勢いで部屋から出ていった。そして、病室に静寂が訪れた。


「もうそろそろで医者のひと来るかな。」








 一方、カヴァタネに捕まり、更に眠っているサイの精神世界。


 ここでは、サイはとあるものとの邂逅を果たしていた。


「なんだ......いきなり霧が濃くなってきた......? うわっ! 冷たっ!」


 サイは霧の中を進んでいると、水溜まりを踏んでしまったようで、足がびしょ濡れになってしまっていた。


「なんだよココ......」


「ごきげんよう隣人。」


 いきなり声がして、サイはビックリした。恐る恐る霧の中を覗くと、そこには人影があった。


「ご......ごきげんよう? あの失礼ですが、どちら様でしょうか?」


 サイは恐る恐る霧の中の人影に向かって声をかけると、そこから返事が返ってきた。


「どちら様......か。有り体に言えば、本当の名も忘れてしまった、未来という名の過去の遺物かな。」


「はぁ......何だか分かるんだか分からないんだか、よく分からない説明ですね。」


「まぁ座り給えよ。」


 人影がそう言うと、サイの近くに一つの腰掛けが現れた。サイは促されるがまま、その腰掛に座った。


「あの......俺になんか御用ですか?」


「あぁ......用があるからこそ君の精神世界に干渉した。私はこれから訪れうるであろう未来に生き、行き着く先まで行き着いたものだ......いや、何度かの失敗を経て未だ行き着いてないと言うのが正しいかな?」


「なんでも良いですけど、何が言いたいんですか?」


「本題に入ろう。君に求めたい事は3つ。裁定者ゼノンの暴走を止めること、占い師ミカの計画を止めること、そしてアオバという少女を救って欲しいということだ。」


 霧の中の人影は、サイに3つのやって欲しいことを伝えたが、そこでサイは不服に思ったことを告げた。


「アンタさ、ここは俺の精神世界だぜ? 勝手にズカズカ上がり込んできて、訳の分からん前置き話して、俺にやらせたい事だけ伝えて! せめて顔ぐらい見せろや!」


 サイはそう言うと、水溜まりの中をズンズン進んで行って、人影に向かって近づいていった。


「顔か......? そんなに見たいのなら姿を表してやろうぞ。」


 そう言うと人影はゆらりと動き、サイとの間に立ち込めていた霧を払った。


「さぁ刮目しろ。これが私の姿だ。」


「え......」


 サイの目の前に現れたのは、身体中に沢山の顔が貼り付けられた、有り体に言えばキメラのような人間であった。


「......なんだその姿。」


「2度にわたる自我分裂......そして集合。もはや欠片が一個人としての自我を持った時点で、昔の私という存在には戻れなかった。
明らかに変質し、その変化した内容は不可逆的であった。故に、このような醜い姿となってしまったのだ。」


「お前は......一体......」


「ふーん......『私』に含まれている自我にはそれぞれ名前があって、それは星の数にも匹敵するだろう。故に本当の名など忘れてしまったが......確か最初の名は......」


 そこでサイは、水底から引き上げられるかのような感覚に陥り、夢見心地から現実への覚醒が始まった。


 サイは結局、ソイツの名を聞き届けることは出来なかったが、ソイツの口は『アザムキ』という形に動いたような気がした。


 そしてソイツは、サイが目を覚ます直前、サイに向かって何かを投げた。









 カタギリは、ヨギから拉致事件の話を聞いて、どこか興奮していた。そして興奮冷めやらぬまま、彼は上司に電話で連絡を取っていた。


火炭ヒズミさん、ココ最近起きてる連続失踪事件の犯人が特定できそうです。」


「ホントか?」


「はい。パトロール中に見かけた負傷した少年を病院に連れていき、そこで色々と事情を聞いたところ、何やら『友人が拉致された』とのことらしいです。」


「なるほど。」


「最近の連続失踪事件との関わりはまだ洗い出せてませんが、今回の件はその真実に向かう為のキッカケになると思うんです。」


「分かった。そっちに弓狩ユカリ平原ヒラハラを向かわせる。必ず炙りだせよ。」


「分かってます。必ずカケルカヤと一緒にいい報告を持っていきますよ。」









 一方、同時刻、とある廃屋の中にある一室。真ん中に一人の男が座っていて、部屋の隅っこには檻に入れられた少年少女たちが居た。


 誰がどう見ても、真ん中に座っている男が犯人で、檻に入れられている少年少女たちは連続失踪事件の被害者だと分かる。


 その男は酷く猫背で、痩せていて眼鏡をかけている。髪は寝癖がついたままで、一言で彼を表すなら『陰気臭い』と言うのがピッタリであった。


「あぁ......つまんねぇなぁ......」


 男は煙草をふかしながら、テーブルに足を乗っけ、誰に見せる訳でもないが悪態をついた。


「おい! ここから出せ!」


 檻の中にいる一人の少年が叫んだ。すると男は煙草を咥えたまま檻の前まで歩いていった。


「売り物だからホントならあんま傷つけたかねぇんだけどなぁ......」


 そう男がボソッと呟くと、檻の柱を掴んでいる少年の額に煙草を押し付けた。


「あっづぅううううう!」


「立場ワカってんの? テメェらは『生かされてる』んだよ。売り物じゃなかったら今頃ブッ殺してんぜ。」


 男はシケモクになった煙草を捨て、新しい煙草を咥えると、部屋の奥に置いてあったポリタンクを持った。


「あぶらアブラ油〜♪ アブラを〜かける〜と〜♪」


 男は歌を歌いながら、檻の周りにポリタンクの中身をボドボドとブチ撒けると、ポケットからマッチを取り出した。


「ほのおホノオ炎〜♪ ホノオが〜よく〜あがる〜♪」


 男はマッチを擦って火をつけると、地面に向かってポイと投げ捨てた。


「うわぁ!」


 檻の中の少年少女は、男の歌と行為にビビり散らし、檻の真ん中に皆集まって、顔面に恐怖の色を貼り付けていた。


 しかし、少年少女たちの恐怖が空回りするかのように、実際には檻の周りには炎は上がらず、火のついたマッチは地面に落ちると、少し経ってから燃え尽きてしまった。


「アーハッハッハッハハハハハハハハハハ! ビビってやんの!」


 男はまるで少年のように喜び、檻の中の少年少女たちを馬鹿にし、笑い転げた。


「ざんね〜ん! ただの水で〜す! アーハッハッハッハハハハハハハハハハ!」


 男が暫く笑っていると、机の上に置いてある携帯端末が振動した。男はそれに気づきピタッと笑いを止めて、テーブルに向かって歩き出した。


 テーブルに置いてある携帯端末には『窓鷲 太陽マドワシ タイヨウ』と表示されていた。


「はい、もしもし。どうしました?」


須留木スルギよ、言った通り『約束の数』は用意できたか? 期日は迫っているが。」


「もう少々お待ちください。あと一人ですので。明日までには必ずご用意させていただきます。」


 男は通話を切ると、携帯端末をそこら辺にぶん投げた。すると、地面に落ちて携帯端末の液晶にヒビが入った。


「バカ! 催促すんなボケ! あと一人だよ! あと一人ぃ! 俺だって苦労してんだ!」

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