苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode18 She is priming water

 一方、ゴク捕獲をティフォルに全任せしているミカは、街中を優雅に歩き回っていた。


「......居た。呼び水となる......人柱。」


 ミカは1人の少女に目をつけると、その少女に向かってゆっくりと歩み寄っていった。


「こんにちは、お嬢さん。」


 少女はミカの声を聞くと、ミカの方に振り向き、ジーッとミカの顔を見つめた。


「どちら様?」


「初めまして。私の名前は真欺 魅嘉サナギ ミカと言います。」


「これはどうも、ご丁寧にありがとうございます。私の名前は莇野 青葉アザミノ アオバと言います。私に何か御用が?」


「はい。全ての始まりであった貴方に、別の形で新たな始まりを生み出して頂きたいと思って。」


「全ての始まり……? 貴女の言ってる事の意味が分かり兼ねるわ。一体どういうことなの?」


「いずれ分かります。」


 ミカがアオバに手を翳すと、アオバは気を失い、ミカは眠ったアオバを連れて行った。








 世界は二つの流れに分流した。一つはアザムキ ソウセキの努力によって実った平和な世界の流れ。

 もう一つは裁定者が一方的に正義を押し付け、平和が力づくで創り出されている世界の流れ。


 その二つの流れは、全ての始まりであるアオバに起因している。それはアオバがアザムキの祖母であるからというのと、アオバがゼノンの……








 ゼノンは独り、昔のことを思い出していた。それはまだ、ゼノンが裁定者等と呼ばれるようになったずっと前......まだゼノンが人間であったぐらい昔のこと。





「ゼノン! 今日は何して遊ぶ?」


「何して遊ぶって......今日は下から水を汲んで来なきゃいけない日だ。遊んでるヒマなんて無いさ。」


 ゼノンとアオバは、或る世界の貧困層に産まれた。2人が住む世界は、巨大な隕石が落下したことにより海が干上がり、資源がほぼ枯渇した。それを機に水資源を占有した巨大企業によって、水すらも購入して節約生活せざるを得ない状況であった。


「じゃあ私も一緒に汲みに行く!」


「はぁ......勝手にしろ。」


 2人はボロボロになった廃墟の一室に住んでいて、隕石落下によってほぼ全ての肉親を失った2人は家族同然の存在であった。


 2人は廃墟の階段を下っていき、最下層にある『貯水タンク』を目指した。


「はぁ……水汲んだあとのカゴって結構重たいんだぞ? 大丈夫か?」


「大丈夫だいじょーぶ!」


 2人が貯水タンクに到着すると、そこには異様な光景が広がっていた。


「え……なんだこりゃ……」


「どういうこと……?」


 廃墟の中に住まうご近所さんが何人も倒れていたのだ。


「おじさん……? ガストーレおじさん?」


 そこには2人が特に仲良くしていたガストーレという男の姿もあった。


「あぁ......アオバ......ゼノン......」


「これは......これは一体どういう事!?」


「フューデン社の......水売り企業の陰謀だ......ヤツら......水の中に......ゴボボボボ!!!!」


 瞬間、ガストーレの喉の中から水が泡立つような音がすると、ガストーレの喉を食い破って『何か』が姿を表した。


「うわっ! なんだコイツ!」


 水が干上がる原因となった隕石には、地球外生命体も乗っていた。ソイツは水がある場所を好むため、水会社フューデンはその特性を活かし、生産性の無い貧困層を大量虐殺する為に水に忍ばせておいた。

 それを飲んだ人間は、体を内側から食い破られ、このガストーレ達のように......


 しかし、そんな事実をこの時のゼノンには知る由も術もなかった。この時のゼノンは、襲い来る地球外生命体から身を守ることでいっぱいいっぱいであった。


「くっ......コイツ!」


 ゼノンは水を汲む予定だったカゴをブンと振り回し、その地球外生命体に攻撃したが、大量のご近所の肉体を食い散らかし、エネルギーを得て活力全開のソレは、ただのカゴ如きでは止めるに至らなかった。


「うおあっ!」


 カゴを破壊したソレは、勢いを殺さずそのままアオバに向かっていった。


「アオバ! 危ない!」


 ゼノンは咄嗟に左腕を伸ばし、アオバを突き飛ばした。すると、アオバに向かって飛んできたソイツは、そのままゼノンの左腕に噛み付いてきた。


「グァッ! 痛てぇ!」


「ゼノン!」


「アオバ! 逃げろ! コイツは! 俺がなんとかする!」


 ゼノンは近くにあった鉄パイプを握り、それで噛み付いてきたヤツをガンガンと殴ったが、ソイツはまるでダメージを受けてる様子がなかった。


「グッ! コイツ!」


 ソイツの牙からは毒が染み出し、ゼノンの左腕は段々と麻痺してきて、紫色に壊死し始めていた。


「うああああああ! 死ねぇぇぇぇ!」


 ゼノンは決死の叫びと共に、近くにあった割れた窓にソイツを叩きつけた。すると、ソイツは血を噴き出して咥える力を弱めた。


「うぉぉおおお!」


 ゼノンは、自分の死がかかっているこの状況下で、今までにない程のパワーを発揮し、窓に刺さったソイツに鉄パイプで追撃を加えた。


 そのうちソイツはピクピクと細かく痙攣し、軈て完全に動かなくなった。


「......はァ......はァ......アオバ......無事か?」


 ゼノンが振り向くと、そこには信じ難い光景が広がっていた。


「アオバ......?」


 地球外生命体はもう一匹いたのである。アオバはソイツに噛まれ、瀕死の重傷を負っていた。


「うわあああああ!」


 ゼノンは怒りに身を任せ、近くにいたもう一匹の地球外生命体をひっ捕らえ、近くにあった窓ガラスの破片でソイツをかっ捌いた。


「......アオバ......アオバ!」


 ゼノンは動かなくなったアオバを抱き抱え、必死にアオバの名を叫んだ。


「やぁ、お困りのようだね。」


 アオバが瀕死になっている状況を嘆くゼノンの前に『ヤツ』が現れた。


「誰だ!」


「僕は魔極マゴク。アンタが今殺した地球外生命体とは、また違った種類の地球外生命体だ。だが、君たちに危害は加えやしない。
逆に、そこの彼女を救ってやれる。」


「ホントか!」



「あぁ、ホントさ。まぁ今すぐやれと言われれば、今すぐ治療してやれるが、どうやら君の左腕も相当ヤバイようだ。

彼女の治療をしたら、君の左腕は切り落とさなくちゃならないほど壊死が進行する。

逆に、君の左腕を治療したら、彼女は死んでしまうだろうな。

さて、どうする? 同時にどちらもは無理だぜ?」



「俺の左腕はイイ! 早く......早くアオバを治してくれ!」



「承知!」



 マゴクはアオバの肉体に潜り込むと、体に回った毒を完全に無毒化し、彼女のキズを完治させた。


 しかし、彼の言った通り、ゼノンの左腕は最早使い物にならないレベルにまで壊死が進行し、切り落とさなくてはいけなくなってしまった。


 アオバの治療を終えたマゴクは、ゼノンに問うた。


「左腕を切って欲しいか? 切らないとこれ以上毒が進行する。」


「分かった。切ってくれ。」


 ゼノンはその日、自分の左腕と沢山のご近所さんを失うこととなった。


 そして、左腕を無くしたゼノンを見兼ねたマゴクは、ゼノンと共生し左腕がわりをしてやった。


「なぁ少年。こんな風になってしまった原因を知りたくは無いか?」


「あぁ......知りたい。ガストーレさんが言っていた......フューデンの陰謀ってのを!」


「よく言った。見込みあるぜお前。」


 数日かけ、ゼノンはある1つの真実を見つけた。それはガストーレが住んでいた部屋に置いてあった手紙が手がかりとなった。


 ガストーレ宛の手紙の差出人はフューデンの重役であり、昔馴染みのガストーレだけは、なんとしても貧困層を一斉に大漁虐殺する『滴る者ドラウプニル作戦』の被害者にはしたくないと言った文面であった。


 恐らくこの事実を知ったガストーレは、皆に貯水タンクに近づかないよう言ったりしたのだろうが、誰も聞き入れず今回の惨事に至ったのだ。


「フューデン社......行くか......」


 ゼノンはマゴクと共にフューデン社に赴き、そしてマゴクから借りた道具で企業の建物を全壊させた。


 その時、生き残った人間から多大な賞賛を得た。みな異口同音に「我々のヒーロー」だと言った。


 その瞬間から、ゼノンの中にある何かが動き始めた。「俺とマゴクなら世直し出来るのだ。ならば異世界も全て救ってやろう。」と。


 ゼノンは道具を使ってアオバを不老不死にし、アオバから自身に関する記憶を抜いて、とある世界に置いた。


 そしてアオバに危機が迫った時のために、その世界に自身のクローンを遺した。更に、自分が世直しした世界全てに一体ずつ自分のクローンを遺して行った。


 そして遺したクローンには、万が一の時のために、自分に刃向かえないように脳に細工も施していった。





 その辺まで思い返してみて、ふとゼノンは我に返った。


「まだ、俺を待ってるヤツらが居る......行かなきゃ......悪を討たねば......」


 ゼノンは『腰掛のデクステラ』という、半分に割れたイスのような道具から腰を上げると、その道具をマゴクの中に突っ込んだ。


「この世界も俺によって世直しされた......次の世界も......また次の世界も......ふふふ......はははは......感謝する民が目に見えるようだ......ふははははは......あーはっはっはっははははははは!」

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