苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode15 Flaming wolf

 その白狼は、燃え盛るオーラを放ち、一つの大きな咆哮をも放った。


 咄嗟に俺は不知火をゴクへと返し、その瞬間に、ゴクは俺の身体を這いずり回り、身体の各所に様々な道具を身につけていった。


「ひとまずお前に一揃い装備を付けてやった。これで取り敢えず攻撃を食らっても死ぬことは無い。」


「あぁ、それは有難いんだが、不知火以外に何か武器は無いか?」


「あるにはあるが、奴に何が効くか分からない。取り敢えず『斥候の窺見』で様子を見ろ。対策は動きながら立てるんだ!」


「分かった!」


 俺は地面を蹴り飛ばし、白狼との距離を取った。そして『斥候の窺見』で様子を探った。


「てか......いま物凄く後方に跳べた気がするんだが、これも道具のお陰か?」


「そうだな。身体能力が向上する『嗤う傀儡のイントンスス』という、呪われた人形の髪の毛から作られたアクセサリー型の道具のお陰だ。」


「なるほど......あまり気持ちがいい話じゃないが、今この状況においてはそれすらも有難く感じるよ。」


 俺は白狼のサーチに集中した。サーチしてすぐ分かったのは、白狼の体温が普通の生物じゃありえないほど高いということだ。


「体温が高すぎる......まるで炎そのものを見ているかのようだ......」


「体温が高い......冷却が有効か?」


 ゴクはすかさず、俺の左手にある道具を渡してきた。俺は握った感触で、それは銃のようなものであると分かった。


「こりゃなんだ?」


「それは『彗勢』という、標的を凍結させる銃だ。よく狙って撃て。」


「了解。」


 俺は白狼に向けて彗勢を構えた。しかし、銃爪ヒキガネを引く前に、白狼の方から動き出した。


 奴は俺を睨みつけ、その口から3発の火球を吐き出して放ってきた。


 俺は回避行動を取るべきだと一瞬で判断し、地面を蹴り飛ばして、火球の軌道外である右前方に跳んだ。


 しかし、そこで近づいてしまった為に、今度は白狼がその剛爪を俺に向かって振りかぶってきた。


 今さっき回避したばかりの俺は、直ぐに別方向に回避出来ず、防御せざるを得無かった。


 ベンッと勢いよく弾かれた俺は、野原を転がるボールのように、身体をあちこちぶつけながら跳ねていった。


「いたたた......」


「ケガは......してない様だな。」


「これもお前の道具のお陰か?」


「あぁ。さっき言ったイントンススの身体能力向上効果と、お前が身体に身につけてる『虚滅の冥鎧』のお陰だ。受けた攻撃は全て冥界へとサルベージされる。」


「おーけーおーけ。取り敢えずある程度の攻撃は無効化出来るって事だな。」


 俺はゴクの解説を聞きながら、彗勢をもう一度白狼に向け、そして今度は銃爪を引いた。


 白くて細い一筋の線が白狼に向かって伸びていき、その線がぶつかった瞬間、空気すらも固まってしまうかのような鋭く冷たい音が響き渡り、白狼は一つの巨大な氷塊と化した。


「ん......効いたかな?」


 俺が凍った白狼の様子を『斥候の窺見』で伺っていると、表面温度は下がっていたが、奴の体内温度は依然高温のままであった。


「ゴク......ダメだ、氷漬けはあまり効果が見られない。もう少し強力な道具を貸してくれ。」


「了解。じゃあ今度は『天災の杖』で、土砂を降らせて生き埋めにしてやれ。」


 ゴクは俺に杖を渡してきた。俺はそれを握り、じっくりと見つめた。


「これはどうやって使うんだ?」


「杖を握って、降らせたいものや起こしたい現象を念じるだけさ。」


 俺は溶け始めてる氷塊に向かって杖を翳し、大量の土砂を降らせた。そして更に強力な圧力を加えて、地面に埋め込んでやった。


「......これでもまだダメか?」


 俺はまた『斥候の窺見』で地中の様子を伺ってみた。すると、氷がほぼ完全に溶け、液体になってしまい、それによって埋め立てた土が泥になり始めていた。


 そして数秒後、物凄い轟音と共に泥が跳ね上がり、地中から白狼がヌルりと姿を現した。そこで俺は、ある違和感を感じた。


「なんだ......? 姿が微妙に違うような?」


 今まで『サイズこそ大きいが、姿形はよくいる白狼』程度の姿がだったのが『サイズは大きい上に、四肢には鉱石で固めたようなガントレットを付け、背部には氷で形作ったような翼らしきものが付いた姿』に変わっていた。


 そいつは一つ大きな咆哮を天に向かって放つと、空から火球と氷塊と土砂が降り注いだ。


「こいつ......学習してやがる!」


 地に落ちた氷塊は砕け散り、直後地面を駆け巡った。まるで蛇のように俺の足元絡みつき、その場で固まって俺の自由を奪った。


 地に落ちた土砂は地形を抉り、直後俺と白狼の間には高低差が生まれた。そこに超高温によって溶かされた土砂......つまり溶岩が流れ込み、俺を焦がし尽くさんと近づいて来た。


 俺は氷をぶち壊し、イントンススによって上がった身体能力によって、超跳躍し窮地を脱した。


「ヤバいな......これはいよいよ、一撃で仕留めないといけなくなったかな......」


「待てサイ......仮に『一撃で仕留め』たとしても、恐らくは『一撃で仕留められる力を学習した状態』で復活するだろう。」


「何だって? それじゃどれだけ攻撃してもキリが無かろうぜ......」


「考えろサイ。別にお前が使える道具は全て殺すのを目的とした物ばかりという訳では無いのだぞ?」


「つまり......殺すのではなく、何か道具を使って鎮静化させろと?」


「あぁ。コイツを使ってみろ。」


 ゴクは俺に何か笛のようなものを渡してきた。俺は一瞬戸惑ったが、ゴクの事だからちゃんと効き目のありそうな物なのだろう。


「これは?」


「それは『獣奏笛』だ。獣に対して吹くことで、鎮静化や生命力の弱体化をすることが出来る。」


「分かった。」


 俺は笛の先端に口を当て、獣奏笛を奏でてみた。すると、落ち着くような音色が響き渡り、目の前にいた白狼の動きも、緩慢になった。


「いまだ!」


 俺が左手で笛を奏でている間、ゴクは何か道具を吐き出して白狼に向かって投げた。


 その何かは白狼に当たると、白狼は質量を無視したように縮んでいき、その何かに吸い込まれてしまった。


 そして、その何かはこちらに向かって飛んできて、それを俺はキャッチした。


「カード......ってか写真?」


「これは『空間奪盗の撮影機ヴォイド・フォト』という道具のフィルムの一部を切り取った物だ。
本来なら本体で写した物をそのまま空間ごと切り取る代物なんだが、何故か本体が無かった。だから取り敢えずフィルムだけ投げて、封印した次第だ。」


「無かった......てことは、マゴクとゼノンが使っているんじゃないのか?」


「あぁ、恐らくはそうだ。問題は『一体奴らは今何を切り取っているのか』だがな。」


「ヴォイド・フォトのレベルは?」


「基本的には3だが、何か他の道具を使って宇宙空間に出向いて、星ごと撮影してしまえばレベル5にまで匹敵する。」


「なるほど......取り敢えず、化け物騒動はこれにて一件落着かな。卵は無事守り抜けたし、あとはこの卵の親が見つけるのを祈るだけだ。」


 俺は卵をポンポンと優しく叩き、白狼を封印したカードを懐にしまって、その場を後にした。







 ミカは、サイ(レーア)の戦闘の一部始終を、水晶で眺めていた。そして、ゴクという生き物に惚れ惚れしていた。


「素晴らしいなぁ......やはり素晴らしい。」


 そこに、ニャルマの世界から帰還したティフォルが戻ってきた。


「ミカ。指示通りあの札をニャルマの発明品に貼っつけて来た。」


「おぉありがとう。そうだ、ちょっと君のデータを取りたいんだけど大丈夫かな?」


「ん? あぁ、別に構わんが。」


 ミカは懐から爪切りを取り出し、ティフォルの左手の薬指の爪を切って、切った爪を小さなケースにしまい込んだ。


「ありがとね。ちょこっと、やってみたいことがあってね。サンプルは多いほどいいから。」


 ティフォルはミカの言ってることをあまりよく理解できなかったが、別段深く訊ねるつもりもなく、そのまま会話を流し、部屋の椅子に座った。


「そう......サンプルは多い方が......ね。」


 ミカは不敵に笑いながら、ティフォルから取った爪に、変な液体を幾つか混ぜていった。








 ニャルマは外の空気を吸っていた。自分の知らないミカの邪悪な側面を見て、今後のミカとの付き合い方に関して少し考えていた。


「......ミカ......」


 ニャルマは昔、軍に在籍していた当時の事を思い返していた。


 初めて彼女に出会った時、彼女は真っ直ぐな目をしていた。ニャルマの研究に理解を示し、良き友人関係を築けていたと思っていた。


 ミカは軍に在籍している間に変わってしまった。初めは「軍隊なぞ争いの火種になるだけだから不要だろう。人は手と手を取り合って進めるはずだ。」等と言っていたのに、彼女は最後まで自分の意見を貫き通せなかった。


 あの宿舎に充満していた火薬と硝煙の匂い......そして医療衛生アドバイザーとして現地に派遣された際に2人で目撃した惨劇。


 ミカはそんな『現実』という枠によって歪んでしまった......否、適応したと言った方が正しいのかもしれない。


 彼女はただ、適応しただけなのだ。争いや理由の無い悪意がそこら辺にゴロゴロ転がっている毎日に。


 そして彼女は、魔法の『魔』の深淵へと歩を進めていった。ニャルマは初めは何の疑いもなく、彼女の魔法研究や魔具錬成に興味を示した。


 しかし、彼女が作っていったのは、パラサイトシードのような人の尊厳を無視するようなものばかりであった。


 今思えば、もっと早い段階で止められたのかもしれない。そう思うと、ニャルマには深い後悔の念が生まれていった。


「今からでも......遅くは無いのかも......」

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