苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Another:Episode1 Another one bites the dust

 ピッ......ピッ......と鳴る電子音で俺は目を覚ました。目を開くとそこには見知らぬ白い天井が。


 かけられている布団も限りなく清浄な白であり、寝ている俺の周りに沢山の機械が置いてあった。


 その沢山ある機械のうちの一つ、モニターらしき物からその電子音はなり続けていた。


「あ、目ェ覚ましたんだ。良かった。」

 ベッドの横には自分の見知らぬ男が座っていて、俺に話しかけてきた。


「えーっと、どちら様でしょうか?」


「やっぱ、そうゆう反応だよな。医者から聞いたんだ。お前、記憶喪失になっちゃったらしい。俺は記憶を失う前のお前の友人。」


 記憶喪失。そう聞いて俺は試しに昔の事を幾つか思い出そうとして見た。しかし、自分が思い出せる最も過去の出来事は、この部屋で目を覚ましたことであった。


「ごめんなさい......貴方に関する記憶も引っ括めて、全部忘れてしまったみたいです......」


「残念な事に、お前が失ったのは記憶だけじゃないんだ。」


「どういう事です?」


「お前さん、自分の右手を見てみな。」


 そう言われて俺は、布団の中から右腕を出して、自分の眼前に持ってきた。


 俺の右腕は、肘から下が無くなっていた。肘の部分には包帯が巻かれ、右腕は上腕だけになってしまっていた。


「更に酷な事に......お前は家族と家も失った。ホントに......残念な話だ......」


「どうしてこんな事に?」


「怪異現象にお前は巻き込まれたんだ。お前さんの自宅がある山一つが何故か『消し飛んだ』んだ。文字通りな。
お前さんは幸か不幸か、山よりある程度離れた場所にいた。しかしお前さんの右腕だけはギリギリ巻き込まれちまったらしく、更に頭を打ったせいで記憶も消し飛んだ。」


「なるほど......」


 俺は何故か不思議と悲しいという感情は沸き起こらなかった。家族などに関する記憶を無くしているからかも知れないし、感情も一緒に消し飛んだ可能性もあるからだ。


「ごめん、ちょっと飲み物買いに席外すわ、何か飲みたいものある?」


「えっとじゃあ......お茶を......」


「ふっ、飲み物の好みは変わらねぇんだな。分かった、お茶買ってくるよ。」


 友人は病室の引き戸を開け、数名の看護師と入れ替わり出ていってしまった。


「あ、イスルギさん、目を覚まされたんですね。良かった良かった。」


 看護師のうち1人は俺を『イスルギ』と呼んだ。恐らく俺の名前なのだろう。


「えぇ、さっきまでそこに居た友人に、症状について教えてもらいました。」


 そう言いながら俺は、首と体を捻って、ベッドについている患者の名前が書かれたプレートを見た。


 そこには『サイ イスルギ』と書かれていた。多分これが俺の名前なのであろう。


 俺はふと、窓の外を眺めた。窓の外では花が咲き誇り、鳥達が囀っている。

 こんな日に俺って奴は......何故家族と一緒に地獄に行かなかったのだろうか。


「死ねば楽なのに......」


 何気なくボソッと出た言葉。この言葉は今この部屋に居る誰の耳にも入ることは無かった。しかし俺は、この世界に『残された者』として何か務めを果たさなければならないと、心のどこかで感じていた。


「よぉ......俺の声、聞こえるか?」


 俺はハッとした。いきなり耳元で誰かに囁かれた。しかし周りに囁けるほど近くに居る者は居ない。


「ここだよここ。お前の襟元さ。」


 俺はビックリして左手で襟を掴み、その中を覗いた。

 するとそこには、蛍光色のグニョグニョした何かが居座っていた。


「うわぁっ!」


 俺は病室なのにも関わらず、大変大きな声を挙げてしまった。すると周りに居た看護師が心配したかのような目でこちらを見てきた。


「おいバカ! あんまりデカい声を出すんじゃねぇ! 俺の存在がバレるだろうが! 俺とお前の間だけなら声を出さずに、念話することが出来る! 取り敢えず今この状況を何とか繕え!」


「どうかなさいました?」


 心配した看護師が一人、俺の方に寄ってきた。俺は取り敢えず、繕う案を捻り出した。


「あ、あぁ、あの、襟元に虫がついていたので、ビックリしちゃって......あはは......大きな声挙げてしまって申し訳ないです......」


「虫!? 虫だと!? 今俺の事を虫っつったのか!?」


(そうじゃない! 取り繕う為のちょっとしたウソだよ! そんなにがなり立てるな!)


「あっ、虫でしたか。良かった。もしかしたら傷口がまた開いてしまったのかと思っちゃいましたよ!」


「えへへ......すみません......」


 俺はゆっくりと布団の中に潜り、横になって服の中をもう一度覗き込んだ。


 蛍光色のグニョグニョした何かは未だに居座っていて、俺のお腹にピッタリとくっついている。


(お前は一体何者なんだ?)


「俺か? 俺の名はゴク。『至天改世の25正6923澗5775溝ツ道具』の管理を任された、人工生命体だ。」


(してんかいせ......? なんだって?)


「だーかーら! 『至天改世の25正6923澗5775溝ツ道具』だ! 世の中をひっくり返すほどの、とんでもない力を秘めた道具の事だ! それの管理を任されてる人工生命体!」


(な、なるほど? で、その人工生命体であるゴクが、なんだって俺の腹の上で居座ってるワケ?)


「逃げてきたんだ。俺の持ってる道具を悪用しようとしてるヤツらからな。そして隠れに隠れてやっとこさ丁度いい宿主を見つけたってワケ。まぁ、ちょっと妥協したがな。」


(丁度いい宿主? 俺が?)


「あぁ。お前は丁度記憶を失って価値観がリセットされた状態だ。つまり悪人でも善人でも無い。すげぇ丁度いいんだよ。
で、お前の無くなった右手、俺が変わりをしてやるよ。」


(俺の無くなった右手の変わり? どうやって?)


「こうするんだよ。」


 獄はそう言うと、腹の上を滑り、胸元まで上がってきて、更にそこから右肩に動き、右肘までずり下がって来た。

 すると無くなった右手があった部分にグニョグニョと伸びて、右腕らしき形に変形した。


(ちょ、いくらなんでも、流石に蛍光色は目立ち過ぎるよ!)


「そんくらい分かってらぁ。」


 更にゴクは、そこから体表の色彩を変化させ、限りなく俺の肌色に近い色に変色した。


(おぉ......やるなぁ......)


「今日から俺らは『共生関係』だ。お前が栄養を摂って貰わないと俺も飢えて死ぬ。だからお前は出来る限り飲んで食え。
代わりに俺は、お前に降りかかる災難とか困難を打開出来るような道具を貸す。いいな?」


(ああ、分かった。俺はお前が死なないように食えば良いんだな?)


「そうだ。分かってるじゃないか。取り敢えず......今の俺は単独での逃避行にエネルギーを使い過ぎた......何か栄養のある物を摂取してくれ......」


 その時ちょうど、病室のドアが開き、友人が売店で買ってきた物を持ってきた。


「サイ〜、はいお茶。あと腹減ってるだろうと思って、何個か食うもん持ってきたよ。」


 友人は、俺の前にお茶やら茶菓子やらを幾つか並べ始めた。俺は右腕を隠したまま、左手でそれを食べ始めた。


「あぁ......飢えが癒える......サイ、もっと食え! もっともっとだ!」


(はいはい。分かりましたよ。)


 俺はゴクに言われるがまま、友人が出した物を片っ端から口に放り込んだ。


「おぉ、やっぱりお前さん腹減ってたか。良いぞ。どんどん食え。栄養価が高い物たーくさん買ってきたからな。」


「あぁ! そうだ! どんどん食え! 食って血肉として、俺を育てるんだ!」


(胃袋に入った栄養は、どうやって右腕のお前に届いてるんだ?)


「体内でお前の消化器官と繋がっている。お前が死んだら困るから、ある程度の病気や怪我は俺が治してやる。」


(ありがとよ。)


 そう言って最後の茶菓子に手を伸ばした時、いきなり大きな揺れが起こった。


「じ、地震か!?」


 一緒に居た友人は動揺し、同じ病室に居る患者達は慌てふためいた。


「皆さん! 落ち着いて下さい!」


 看護師は動揺する俺らを制しようと声を張り上げ、皆を宥める事に努めていた。


「ちっ......もうバレたか......」


(バレたって、何が!?)


「俺がここに居ることだよ! さっき言っただろう、俺は道具を悪用しようとしてるヤツらから逃げてきたって! そいつらが追ってきたんだ!」


 その瞬間、窓の外から一筋の閃光が走った。その閃光は窓の外に居た鳥達や、落ち着くよう指示していた看護師達を貫いた。


 その無慈悲なる閃光は、黄金色に輝いていて、まるで天国への直通通路にさえ思えた。


「不味いな......サイ、取り敢えず逃げるぞ。確かこの部屋を出たすぐ先に、非常階段があったような気がする。そこから逃げよう!」


 友人はそう言うと、俺の手を握って走り出した。俺は友人の言う事に従って、ベッドから抜け出し、そのまま走り出した。


 廊下に飛び出し、俺らは数十メートル先にある非常階段目掛けて走った。


「なぁサイ、俺は嫌な予感がする......ヤツらが、この建物のどこかにいる気がするんだ。」


(この建物のどこかって?)


「サイ止まれ! そこだ!」


 俺はその声で両足に全ての力を込め、友人を引っ張るように止めた。


「おいサイ......なんだって止まるんだ?」


 友人がそう言った瞬間、友人のすぐ真横を黄金色の閃光が掠めて行った。


「ごめん......いきなり止まって。」


「あ、いや、良いんだ。お前のお陰で助かったワケだしな。」


「サイ! 隠れろ! ヤツらが近づいてくる! どこにでもいいから! 早く!」


 ゴクが俺の脳内にガンガンとがなりたて続けるものだから、少し頭が痛くなりつつも、俺は病室の横にある倉庫に入った。


「サイ? どうしたんだ?」


「......少しヤバい状況かも知れない。俺は記憶を失う前、怪異現象に巻き込まれたんだろ? だったら、今この瞬間も何かしらの怪異現象に巻き込まれててもおかしくない。」


「そ、そうだな。」


「だったら、無闇矢鱈に動き回らない方が良いかもしれない。」


「なるほど。」


「そう言えば、お前の名前を聞いてなかったな。俺はお前をなんて呼べばいい?」


「俺の名前はヨギだ。」

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