苦役甦す莇

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Re:Episode26 Draupnir

 楓は学校のライブラリーに来ていた。ライブラリーに主な来た理由は2つ。1つ目は、何か大切な事を忘れている謎の欠落感の正体を探る為。2つ目は、自分が今住んでいる街が、何処と無く以前と変わったような気がしたため。

 2つの理由を探る為に、記憶に関する文献と、街の歴史に関する文献を読み漁った。記録に嘘は無いはずと踏んでの行動だったが、しばらく文献を読み漁っても、これと言ってめぼしい情報は見つけられなかった。


「あ、ピーちゃん。何してるの?」

 カエデは独特な呼び方をしてくるヤツはアイツしか居ないなと思いながら、声の主の方へ顔を向けた。


「あ、リツ......ってか、そのピーちゃんって呼び方いつまでしてんのさ。」

 カエデが見た方向には、クラスメイトである九法 律が立っていた。


「いーじゃんいーじゃん。イロハからイーちゃん。でもイーちゃんじゃ、ちょっとアレだからピーちゃん。」


「ちょっとアレって何だよ......」


「まぁまぁ。それより、何してるの?」


「あぁ、ちょっとね。気になることがあって。」


「えーっと......『記憶のメカニズム』と『シンザン地区歴史探訪』......何これ? なんかまるで関係性が見当たらないんだけど。」


「あぁ......良いの良いの。取り敢えず一通り調べ終わったから。ってか、リツは何でここに?」


「驟雨祭の準備。カエデだって楽しみでしょ? 高校生活ラストの体文祭なんだから。」

 リツの言う体文祭とは、体育祭と文化祭が一つに纏まったような学校行事である。年に一度、どの学校でも開かれ、学校毎に名称が異なり、この三吉山学園の体文祭の名称は『驟雨祭』である。


「まぁそりゃそうだけど。リツはどっちの担当? 体育部門? それとも文化部門?」


「ガッツリ文化部門! 古本市と美術展の両方やらないといけなくて、ちょっと大変でさ。手伝ってくれない?」


「良いけど......何するの?」


「集めた古本に値札貼り。古本は奥の倉庫に段ボールに入れて積んであるから、まずはそれを持って来て。」


「了解。」

 カエデはリツに言われた通り、ライブラリーの隣にある倉庫に向かった。


 ライブラリーから廊下に出ると、丁度そこに見知った顔が一人通りかかった。

「あれ? リョウ君じゃん。なんでこんな所に?」


 片桐 了カタギリ リョウ。体育学科アスリートコースに所属する獣人で、学校内ではカエデとはあまり接点が無いが、校外活動のボランティア活動にて時間を共に過ごしている。


「ん、あぁ。先生のお手伝いしてたんだよ。んで今終わったとこ。帰ってもなーんもする事無いし、今日はボランティアの集まり無いだろ? だからちょっと暇してる感じ。」


「あ、それだったらちょっと手伝ってくれない? 今私、驟雨祭の古本市の支度を手伝ってて、ちょっと力仕事もありそうなんだよね。手伝って貰えるかな?」


「お、良いよ良いよ。手伝う手伝う。」


 リョウはカエデと共に倉庫に入り、奥に堆く積まれた段ボール箱を、2人で仲良く運び出した。


「リツ〜。お手伝いが1人増えたよ〜。」


「ん? あ! リョウ君! ありがとう!」


「ん? リツってば、リョウ君とお知り合い?」


「あ、言ってなかったっけ? 俺とリツは子供の頃『ドラウプニル』っていうスイミングスクールに通ってた仲間なんだよ。」


「そうそう。で、今の私は水泳を辞めて、リョウ君は今でも続けてるって感じ。」


「なるほどねぇ。リツとリョウ君はお知り合いだったのかぁ。」

 楓は持ってきた段ボールを、長机の上に置いて、椅子に座った。段ボールの中にある大量の古本を一冊一冊取り出しながら、話を続けた。

「リツ〜、値札って、この段ボールの隅に入ってたこのシールでいいの?」


「そうそうそれそれ。印字はもうされてる筈だから、あとはシール貼り機にセットして、ペタペタ貼ってくだけ。段ボール毎に値段分けてあるから、貼り間違いとかは起きないからジャンジャン貼ってって。」

 カエデはリツに言われた通り、ロール巻きになっているシールを機械にセットし、そのままバチバチ流れるようにシールを貼っていった。


「俺は何をしたらいい? 不器用だから力仕事みたいなヤツがあると有難いんだけど。」


「あ、じゃあそれなら隣の倉庫の片付けして欲しいな。もう忙しすぎて片付けにまで手が回らなくて!」

 リツは頭を掻きながら、手元にある携帯端末で人員の編成を詳細まで詰めていた。他の出し物や催し物と被っている都合で、古本市や美術展に参加出来ない日がある人間もいる為に、一人一人割り振っていくのが中々面倒な様子である。


「りょーかーい。何をどこにしまえば良いみたいな指示は特に無し?」


「え〜っとね、積んである段ボール毎にどこにしまえば良いか番号書いてあるから、その通りに片付けておいて欲しい。」


「あ、おっけー。」

 リョウはリツに言われた通り、倉庫へと向かっていった。その背中は何か頼もしさを感じさせた。


「ねぇねぇリツリツ。」


「なに?」


「リョウ君とはどういう関係なのさ!」


「え? だからさっき言った通り......」


「そういう事じゃなくて! 恋愛的なサムシングは無かったの? ってこと!」


「あぁ......まぁ無くは無いけど......」


「お? お?」


「なんて言うのかな......私はその気でもあっちがその気じゃないって言うか......なんか、リョウは昔からちょっと抜けてる所があって、そこを私が補うようにしてたんだけど、それを向こうは『母親みたい』って思ったらしく、そう言われちゃったんだよね......」


「......そんな事が......」


「なぁんでカエデが落ち込むのさ! 私はもうそんなに気にしてないし、カエデだって気にする必要無いよ!」


「じゃあリツはリョウ君の事好きじゃないの?」


「そ、そうじゃ......無い......ケド......」


「じゃあ......」


「リョウには好きな人がいるんだ。」


「へ?」


「リョウには私以外に好きないるの。」


「あ......なるほど。因みにそれが誰かは分かるの?」


「それが分かってたら悩んでないよぉ〜......まぁ、大体の見当はついてるけど。」


「そっかぁ......丁度体文祭だから、いい機会だと思ったんだけどなぁ......」


「私がリョウと一緒に体文祭楽しむってか? 多分無理だよ。リョウはほぼ100%の確率で水泳部の催しに参加だし、私は私でこの古本市と美術展の監督があるし。楽しむ暇なんて無いよ......」


「ではそこは私が一肌脱ぎましょう!」


「へ?」


「ふっふーん! 私の親友である奏の存在を忘れてもらっちゃあ困るな! ソウは水泳部のチーフマネージャーですぜ。部長に対して発言力があるし、当日のメンバー編成なんかも割と思いのまま。だから、ソウに頼めば割とリョウ君の方はなんとかなる。」


「私の方は?」


「さっき言った通り、そこは私が一肌脱ぎましょう。私がリツの代わりに当日の一通りのお仕事をする! これで時間出来るでしょ?」


「ま、まぁそうだけど......大丈夫なの?」


「ん? 何が?」


「私の代わりに仕事してくれるのは有難いんだけど、仕事を覚えるのと、実際にやるのとでは結構違うからね? 不測の事態とかはテスタメントで覚えた知識なんかじゃどうにも出来ないからね?」


「だぁいじょうぶ! このイロハ カエデに任せなさい! 不測の事態でもなんでも来やがれって感じだぜ!」


「そぅ......でも上手くいくかな......」


「そこら辺も任せときんしゃい! 私に良い案があるから......うふふ......」


「良い案?」


「そう、良い案。私この仕事の手伝いが終わったら、早速動き始めちゃうからね。」










「......というワケなのよ。協力お願い出来るかな?」

 カエデはソウの所に訪れ、悉皆の事情を説明した。


「なるほど......了解! 体文祭の催しは、リョウ抜きにでも出来るような感じにするね!」

 ソウは手に持っていた携帯端末をちょちょっと弄ると、体文祭のメンバー編成の枠からリョウを外した。


「だ、大丈夫かな? リョウ怒らないかな? 『なんで俺がメンバーに入ってないんだ!』って......」


「そこら辺は大丈夫。寧ろリョウは外されて喜ぶと思うんだよね。体文祭に出たがって無かったから。」


「ふぅん......て、出たがって無かった?」


「うん。ボクもよく分かんないんだけど、『俺は体文祭の催しに参加したくねぇんだよなぁ。』ってボヤいてたんだよね。」


 カエデは顎の下に手を当て、この引っかかる部分について少し考えた。

「出たがって無かった......って事は、少なくとも体文祭の他の催し物を楽しみたいって事だよね......それは何故か......」

 その瞬間、カエデの頭の中にある点と点が線で繋がり、ある1つの仮説が立った。


「......他にいる好きな人と、体文祭を楽しもうとした......? 理屈は通るな......」

 リョウには他に好きな人がいるという点、そして部の催しに参加したがってないという点、それらから導き出された一つの仮説。それはあまりにも有力過ぎた。


「カエデどうしたの? さっきからブツブツ独り言呟いてるけど......?」


「あ、大丈夫大丈夫! 協力してくれてありがとうね!」


「うん。ボクもカエデの役に立てて嬉しいよ。」


「それじゃぁ!」

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