苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode24 Eagle fly free

 王は、心底憎んでいた神の力によって、神が命と引き換えに創り上げた世界を壊す事で少しずつ何かが満たされていった。

 憧れの存在を失った王は、既に自身が憧れの存在を越えた事を確信し、自己陶酔に溺れつつあった。


「争う事を忘れた世迷い共よ。さぁひれ伏すがいい。我が血と力の元にひれ伏すのだ! そして私を崇め奉れ!」


 マヤは能力を使い、自身の周りに無数の剣を出現させた。それを全世界に向けて放った。剣は全人類一人一人に刺さり、その体を、マヤの思いのままに動く操り人形へと姿を変えた。


 争う事を完全に放棄した人類のほとんどは、王に対し敬意を表し、深く深く信仰した。今見せつけられた圧倒的な『力』それこそが絶対のものと信じて疑わなかった。


「はははは! 不倶戴天の宿敵アザムキよ! 見ているか! これが貴様の命と引き換えに創り上げられた世界の末路だ! 結局! 私が正しいのだ! 私に支配される事こそが幸福なのだ!
ここに生きるほぼ全ての人間は、お前の死など知る由もない。お前のお陰で創られたという事実を知りもしない。
そしてお前は恩着せがましく、その事を伝える術を持たない! 着ていた鎧に自分が出来なかった事の後始末を任せているだけだ! 実に滑稽だよ! アザムキ!」


 マヤがこのような行動を取る理由はただ一つ。これも『憧れの存在の真似事』に過ぎないのだ。憧れの存在はアザムキから大切な物を奪った。それならば私もアザムキから大切な物を奪ってやろうという、ごく単純な考えなのだ。


 ごく単純な動機故に、マヤは留まる所を知らない。クノリはアザムキからカンナを奪うだけに留まったが、マヤは純化された欲と穢れに身を任せているため、アザムキが大切にしていた尽くを奪うまで止まらない。


 そしてマヤにとって、片鱗と言えど『アザムキの力』でその行為をする事に意味があった。それ故に、人格を失いただの光る玉になったアオイを吸収し、マヤはアザムキの力の片鱗を得た。


「破壊、そして支配......アザムキよ、お前の否定し続けた物は全て素晴らしいものだ......それに気づかないとは実に愚か者。」

 マヤは指をパチンと弾くと、今まで築き上げられた建物や文明が音を立てて崩れ去った。そして崩れ去った全てをマヤなりに組み換え、自分の思い描く世界を創造し始めた。


「これが私の思い描いた世界。闘争や格差など無い真に平等な世界。個などという無駄なものは存在せず、全に全てを捧げる。そして私が皆を統べる存在。
悩み事など存在しない。どうだアザムキ! これほどまでに素晴らしい世界は無いだろう!」


 全人類が操り人形になった中、マヤの攻撃を受けなかった者が2人だけいた。


 傷つき疲れ果てた楓と奏。治療を受けている間に病院の医師までも操られてしまったために、2人は満身創痍のまま外に出た。


「おやおや......神の忘れ物が2つ......まだ私に楯突こうと思ってるのかい?」

 楓と奏はお互いに支え合いながらマヤのことを睨みつけた。


「......私たちは決して貴女を殴ったりしない。でも、こんなのが幸福だという主張は認められない。」

 楓は奏の包帯をギュッと縛りつつ、肩を支えながらマヤに近づいた。


「幸福だろうが。何も考えず、何も悩まず、何も苦しまない。思考は全て私に一元化され、価値観の違いによる争いも起こらない。
感情も意思も記憶も必要ない、導かれるままに進んでいく素晴らしい世界だろ?」


「こんなのの......どこが素晴らしいんだ......問題点を無理やりねじ伏せただけじゃないか......」

 奏はマヤに物怖じすること無く、ガンガン自分意見を言い放った。


「アザムキのやった事だって似たようなもんだ! 自分一人の力で平和を与えようとして......そんなもん平和でも何でもないわ! 真の平和とは、全人類が努力して獲得するものだ。しかし人類はあまりにも愚かすぎるから、こうして私が束ねてやった。
私が統べなければ、この世代は全て滅んでいただろう。私は滅亡から救ってやったのだ。慈悲深いだろう?」


「慈悲深い? 微塵も思わないよそんなこと。操り人形でいるのは確かに楽かも知れないし、争いだって起きないかもしれない。でもそれは個人で考える力を与えられた事に対する冒涜じゃないの?」

 楓は周りの様子を見て、慈悲深いなどという雰囲気を一切感じとれなかった。


「その考える力が争いの種になるなら無い方が良いだろう。より機械的に、より合理的に生きる事こそ、より賢い生き方なのだよ。」


「そんなのまるで人間的じゃない。人間は全て合理的に生きるように出来てる訳じゃない。合理も不合理も合わせて人間だ!」

 楓は自分なりの人間のあり方を言った。それは不器用に生きていた欠片を見て思った事でもあった。


「その不完全さを肯定しているとは......なぜ旧態依然とした欠点を放棄しようとしない? 何故しがみつく? 新たなステージに至る為にはそんなもの邪魔でしかない!」


「邪魔? 貴女が目覚める直前に、貴女など必要としない平和な世界は既に完成された......貴女は今この世界に必要の無い存在......ハッキリ言えば貴女の方が邪魔なのよ!」

 奏はマヤに必要性を全く感じていなかった。なるべくしてなる世界には、彼女は存在するべきでは無いと。


「随分な言い方じゃないか。元々私だって被害者なんだぞ? 普通じゃ考えられない境遇に立たされて、支配できる力を手に入れた。それを有効活用して何が悪い? それもこれも全て人類のため...... 燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。お前らは黙って傍観して居れば良いのだ。」 


「人類のため? そんなの貴女のエゴじゃない! 大体人類の幸福? とか言うのも全部貴女のエゴ! 一方的に押し付けて、みんなの考える力を奪ってるだけ!」


「エゴで何が悪い? それが結果的に世界の為になるなら、エゴだろうが何だろうが、止められるべきものでは無い!」


「止めてみせる......それが成すべき事だから!」


「殴らないと誓ったなら私を止めることは出来ない。私を止めるにはまずルールを破らなきゃな!」

 マヤは天に輝く月を掴むような動作をした。そして掴んだ拳を2人に向けて放つと、月から無数の隕石が降り注いだ。


 奏はさっと不知火を抜き、居合い斬りの要領で無数に降り注ぐ隕石を切り払った。

「この程度の攻撃じゃボク達は止まらないよ。」


「なら......これはどうかな?」


 マヤが指をパチンと弾くと、大量にある隕石の欠片は、烏へと姿を変え、そのまま有翼獣人へと姿を変えた。


「行け......」


 マヤが指示をすると、有翼獣人たちは一斉に2人に飛びかかり、2人が埋もれるくらいに群がった。


 大量に群がる獣人相手に、2人は何とか抵抗して抜け出そうとした。楓は鎧によって身を守ることは出来たが、奏は全身を啄まれ、皮膚は破かれ肉は食い散らかされ、内蔵が飛び出るほど痛々しい目にあってしまった。


「奏!」


「無駄だよ。所詮、隕石の欠片が姿を変えた物なのだから。自我を持たぬ人形に争う心も何も無い。君のピースベルとやらは通用しないよ。」


 楓はただ見ているだけしか出来なかった。食い散らかされていく友人を、ただただ傍観する事しか出来なかった。


「あぁ......神の子よ......聞こえていたら、君の生まれの不幸を呪うがいい。
全ては君の父......アザムキいけないのだよ…...フフフフ......ハハハハハハ!!」


 楓は悔しさのあまり奥歯をギリギリと噛み締めた。これは生まれる前から決まっていた宿命。逃れられぬカルマであったのかと。


「どうして!? どうしてアザムキさんのことをそれほどまでに憎むの?」


「理由なんて単純だよ。彼はあまりにも私に従わなかった。それだけ。従順でないものは邪魔なのだよ。だからこうして彼の全てを尽く否定している。」


「従わなかったから? それだけの理由? そんな理由で......命を......自由を......」


「何を言ってる? 全てアザムキが創った虚構に過ぎないだろ? なんで悲しむ?」


「そりゃ......生きてるからに決まってるだろ!」


「はぁ?」


「この世界がアザムキさんが創った虚構だとか、そういう事はどうだって良い。今私はここに存在していて、生きている。
この世界で17年近く生きていて、奏と共に時間を積み重ねて来た。色んな人とも関わってきた。私にとってはこの世界が全て。この世界こそ真なのよ。」


「あらあら......たかが鎧に命とやらを与えてしまうと、こんなにも反発するようになるのか......元は暴動鎮圧の為に造られた兵器の分際で......烏滸がましいことこの上ない......」


「烏滸がましいのは貴女の方でしょ! この世界が漸く平和になったというのに、自分の幼稚な復讐の為に皆から自由を奪って! 到底許されるべき行為じゃない!」


「許されるべき行為じゃない? 誰が許すんだ? アザムキか? お前か? それとも操り人形になった『世間』とやらか? お前の言ってる事は中身が無いな。友達を殺された怒りを、正義という曖昧な物に隠そうとしてるだけだ。
言っただろ。私を止めたくばルールを破らなきゃと。お前はいつまでその不殺の枠に縮こまってる? 私を殺してしまえば全て解決だろう?」


「だから......私は決して貴女を殴らない......そして殺したりもしない。それが私の決して折れない一つの精神。戦わずして......勝つ!」


 マヤはカエデの主張に対し、やれやれと言った感じで髪をサーっとかき揚げた。

「人間はあまりにも綺麗な純水を飲んでしまうと、寧ろ体調を崩してしまうそうだ。
お前の言ってる事はまさにそれだ。反吐が出る程の綺麗事だよ。
空を自由に舞って良いのは鷹だけ......雀は黙って地上でもちまちま歩いていやがれ。」

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