苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode11 Deprive hitani of life

 ヒタニは、地震によって崩壊した街中を駆け抜ける1つの人影を追った。

「チッ......速いな......スキルを使っても、もう見失いそうになる......」

 ヒタニは既に『気配察知』というスキルを使い、標的の気配を常に意識して落っている。しかし、人間とは思えないほどの素早さで駆け抜ける標的に対して、ヒタニは遅れを取りつつあった。

「これは......併用で追うしかない......発動『魔力察知』......そして......『瞬間移動』」

 ヒタニは、対象の魔力の特徴を僅かながらに判別していた。それを頼りに、気配察知で大まかな位置を、魔力察知によって大まかな姿を、そして瞬間移動で追っている『そいつ』の近くにビュンと飛ぶ。

 ヒタニの使う『瞬間移動』は、対象に対するイメージが鮮明であれば鮮明であるほど、正確な場所に飛ぶことが出来る。しかし、今回はあくまで距離を詰めるだけなので、大まかな位置と姿さえ判別していれば良い。


「見つけた......ってあれ? いきなり止まった?」

 ヒタニも標的に合わせ、その場で立ち止まり、ギリギリ目視できる位置にいる標的を睨みつけた。

 その標的は、いきなり近くにある倒壊したビルを見上げるなり、そのビルの残骸にスーッと消えるように入って行った。

「基本的に深追いは禁物だが......聖騎士殺しは重罪......せめてアナライズして、斥候としての役目だけでも果たさねば......」

 ヒタニはそのままビルの残骸に入り、その標的を追い続けた。



 ビルに入って数分後、ヒタニは標的がどこにいるか正確な場所を把握した。そしてゆっくりとそこに近づいて行った。


「追っていた標的と......別にもう1つ反応があるな......2人組か?」


 気配察知スキルで、数十メートル離れた敵を捕捉し、いつでも動けるように準備した。


「よし、そろそろ......ってあれ? なんだ? いきなり反応が......増えてる?」


 気配察知のスキルによって、ヒタニの視界にはレーダーのような物が見えている。そのレーダーを埋め尽くさんばかりの勢いで、いきなり反応の数が爆発的に増えて行った。

 そして周りを見ると、いつの間にか大量よ人影に囲まれていた。


「囲まれた!?」


「あーらら......つけられてたのか......まぁ大量に分身操ってたら、後ろの尾行とかの配慮まで気が回らねぇから、仕方ないか。」


 奥の方から男の声が聞こえてきた。今ヒタニを囲んでいるのはその男の分身という事らしい。


「ねぇレイ......こいつ敵?」


 奥の方からもう1人女の声が聞こえてきた。若い女の声だ。


「いや、それはまだ分からない......が、ここまで追跡してくるヤツなんざ、ろくな奴じゃねえさ。」


 奥から2つの人影が姿を現した。1人は聖騎士風の男。もう1人は17歳ぐらいの女の子。


「......お前、何もんだ?」


 聖騎士風の男はゆっくりと尋ねた。ヒタニは聖騎士風の男の分身に囲まれているという現状に緊張しながら、ゆっくりと答え始めた。


「ヒタニ......ヒタニ エンってもんだ。」


「ふん......ヒタニとやら、お前にいくつか質問しよう。答えようによっちゃ......お前のお墓はここに建てられる事になる。」


「良いだろう。」


「まず1つ目、お前の役職は?」


「探検家 兼 外部事情調査官をしている......簡単に言えば危険な『アックス』の国々や、未知の大陸に赴いて情報をかき集める仕事だ......」


「ふん......なぁんだ『ログ』の犬か。
じゃあ2つ目の質問......なんで追ってきた?」


「お前の分身の一体が、聖騎士を殺したのを見た。いや......正確には見てないが、状況的にお前の分身が殺したようにしか見えなかった。
聖騎士殺しはこの『ログ』において重罪だ。そんな犯罪者を野放しにはしておけないから追ってきた。」


「なるほどな......見ちまったわけか......
じゃあお前は生きては帰せないな。」


「レイ! 私がやりたい!」


「いやアズ......ここはお前の出る幕じゃない......この犬っころ野郎は、俺が直々に叩きのめす!」


 レイと名乗った聖騎士風の男がそう言った途端、周りに待機していた分身達は一斉にヒタニに向かって飛び出した。


「チッ......面倒なことになったな......発動......『猛虎なる獅拳』!」


 窮地に追いやられたヒタニは、咄嗟に魔法を発動した。

 ヒタニは握った拳を高く突き上げ、その拳から火の虎を放った。


 ヒタニの拳から放たれた火の虎は、次々にレイの分身を食い散らかし、霧散させた。


「ふん......なかなかやる......流石は『アックス』を単身で赴くだけのことはある......本体の俺が直々に相手をしてやろう。」

 レイは腰から下げた1本の剣を鞘から抜いた。そして独特の構えを取った。


「なるほど、俺もそれなりに頑張らないとヤバいようだ。」

 ヒタニは自らのズボンの裾をビリッと破き、両脚から1本ずつ剣を取り出した。

「なるほど......双剣使い......」

 レイは興味深そうにヒタニの戦闘スタイルを眺めた。


「『應』と『蜃』......お前を倒すにはこれで充分だ......」


「残念......お前はこの『絶望ノ要』を前にした時点で......既に負けている。」


「ほざけ。」


 ヒタニは『瞬間移動』を使い、いきなりレイの背後にワープした。


「貰った!」


 ヒタニは勝利を確信し、レイに刃を突き立てようとした。

 しかし、まるでレイはヒタニの動き予想していたかのように、流れる動作で『絶望ノ要』を逆手に持ち替え、最小限の動作で背中を守った。


「『瞬間移動』......面白い技を使うな。」


 レイはまるで戦闘を楽しむかのように、ヒタニのスキルを賞賛した。


「だが......俺を殺すには、そんなスキルじゃ足りないな。」


 ヒタニは周りをよく見回した。周りに何か使えそうな物があればそれを最大限活用するのが得策である。

 しかしこの暗いビルの残骸の中では、あるのはせいぜい倒れたデスクくらいであり、デスクの近くには先程アズと呼ばれた少女が座っている。


「アウェーなら毎度の事......ここがアンタらのホームだとしても、俺は一切諦めない......」


 ヒタニは近くに落ちていた、デスクの引き出しに何かメモのような物を括りつけた。そしてそのままデスクに触れ、魔法発動の準備を取った。


「......『無声者の叫び』......」


 ヒタニはそっと魔法を発動した。すると落ちていたデスクの引き出しは、蛇に姿を変え、スルスルとビルの残骸の隙間から出ていった。

 その様子は丁度レイの目線からは死角になっており、レイはヒタニが何をしたかよく分からなかった。


「......まぁ何だかよく分からんが、無駄な足掻きだと言うことを、しっかり教えてやろうじゃないか!」


 レイはグンと縮地し、ヒタニへ向けて殺意の高い一撃を放った。

 しかしレイの攻撃は何故かヒタニの体をすり抜けた。


「ばーか。」


 いきなりレイの後ろからヒタニの声が聞こえ、レイが気づいた時にはもう既に遅く、ヒタニの『蜃』による一撃がレイに入ってしまっていた。


「ぐっ......今斬ったのは幻影......いや......蜃気楼か......」


「綺麗にカウンターが決まっちゃったね......敢えて急所は外させてもらったよ。別に君を殺すつもりは無いからね。」


「ふっ......甘いな......実に甘い......」


「何?」


「......この世に生きるなれば必ず絶望は訪れるワールド・ライフ・ディスペアー......」


 レイがスキルを発動した瞬間、ヒタニの背中に、レイと同じ傷が出現した。


「ぐっ! なに!?」


 更に追い討ちをかけるように、全身の他の箇所にも傷が出現した。


「ぐはぁ!!!」


 また、ヒタニの精神を殴りつけるかのような、大量の罵詈雑言が頭の中を駆け巡った。


「どうだ? 俺が今まで生きてきた中で味わった『絶望』と『痛み』の味は?
痛かろう......辛かろう......泣き叫びたくなるだろう?」


 ヒタニは一瞬にして、息が出来なくなるほどの苦痛を味わった。


「俺が終わらせてやる......」


 レイは意識を失ったヒタニの頭に手を翳した。そしてこう言った。


「......『名は体を表す』......汝の名は『火渓 炎』......汝は『火で燃え盛る渓谷にて、地獄の炎で身を焦がされる』だろう......」


 レイが詠唱を終えると、ヒタニが横たわっている床が崩壊した。そして抜けた地面の先で起きていた火事に巻き込まれ、ヒタニは焼死した。


「犬には相応しい最期だ......」


「ねぇレイ、これからどうするの? 言われた通り地震を起こしたけど、これから私どうすれば良いのさ?」


「アズ......案じる事は無い。マスターが全て指示を出してくれる。俺らはそれを仰げば良いのだ。大丈夫、決して君を悪いようには扱わない。」


「どうだか......ってか、馴れ馴れしく下の名前で呼ぶな! 苗字で呼べ苗字で!」


「それは悪かった。真木マキ。」


「分かればよろしい。」









 一方、ヒタニの帰りを待つカエデの元に、一匹の蛇がやって来た。

 その蛇はカエデの所に着くなり、引き出しへと形を変え、その場で動かなくなってしまった。


「あれ? 何かメモみたいなのがくっついてる......なんだこれ?」

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