苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode10 Not much love lost

 カエデはヒタニと共に近くの避難場所に逃げ込み、事態の収束を待った。

「ここって......地区民会館ですか......まぁまぁ広いですね。」

「あぁ。ただちょっと肌寒いかな。まぁ少しの辛抱さ。あ、あそこのスペースが空いてるじゃないか。あそこに行こう。」

 ヒタニが指さした場所にゆっくりと向かい、精神的に参ったカエデは疲れを癒した。


「いきなりこんなに大きな地震......緊急地震速報のアラートすら鳴らなかった。」


「8年前ならいざ知らず......今現在の発達したシステムなら、地震予測地にアラートが来るはず何ですけどね......ヒタニさん、何か原因とか分かりますか?」


「俺は決して陰謀論者では無いんだが、これは何か作為的な物を感じるな。自然の地震じゃなくて、何者かによって『引き起こされた』地震と考えるのが妥当だろう。」


「何者かによって『引き起こされた』地震......」


 カエデには心当たりがあった。博物館にて館長から聞いた『8年前の真実』だ。

 アザムキソウセキの欠片の擬人が、力の暴走によって引き起こした地震。

 では今回もそうなのか? サクリが外出し行動していたという事は、恐らくまた欠片の擬人を保護する為に外出していたと考えるのが妥当。そうなれば、今この地区に欠片の擬人が居て、それが力の暴走によって地震を引き起こした......と仮説が立てられる。

 サクリは悶々とこのような考えを巡らしながら、やはり奏から送られてきた『欠片達の保護』こそ最も優先すべき事項なのでは無いかと思い始めた。


「そう言えば、ちゃんと名前聞いてなかったな。アンタ、名前なんて言うんだ?」


「あ、すみません。申し遅れました。イロハ カエデと言います。ミヨシヤマ学園の3年生です。」


「そうかそうか。」


「あの......ヒタニさんはどのような役職なのでしょうか?」


「俺? 俺ァ…...アレだよ......アレ......」


「アレ?」


 ヒタニは周りの様子を伺うように、チラチラと周りを気にしながら、カエデに聞こえるギリギリの小さな声で話し始めた。


「探検家 兼 外部事情調査官って仕事だ。『ログ』の外......つまり『アックス』の情勢がどうなってるのかとか、実際に現地に赴いて調査したり、あとは未開拓の土地の調査なんかをしてる。」


「探検家......外部事情調査官......なるほど。詳しい話が聞きたいです。」


「ここじゃちょっと大っぴらには話せない。2階にある談話室に行こう。」

「分かりました。」


 2人は避難所となっているアリーナから出て、そのまま地区民会館の2階へ上がった。そして、誰も使用していない談話室に入った。


「ここなら誰にも聞かれる心配は無いな…...ヨシ、じゃあ話そうか。」


「よろしくお願いします。」


「俺の仕事はこの『ログ』の外に出て、新たな情報を集めてくるって感じだ。
ただ、もちろん危険も常に付き纏う。戦争真っ只中の、戦地のど真ん中に赴くことだってある。だからこそ、危険察知スキルや自己防衛スキルを完璧に磨き上げてる。」


「最近はどんな所に行ったのですか?」


「サーザルトル共和連邦だな。これは俺がそこに行った時のレポートのコピーだ。興味があるなら読んでみると良い。」


 ヒタニはペラ紙を一枚、カエデに手渡した。そして更にこう続けた。


「俺みたいな仕事に興味があったり......後は、なりたいと思ったりしてるのか?」


「はい。」


「君が確固たる信念を持ってるならやってもいいと思うが、惨たらしい現状を目の当たりにする事が沢山ある。
だから俺は気安く『やってみたらいいよ』なんて言えない。
よく勘違いされるんだが、これは俺なりの『優しさ』なんだ。何でもかんでもススメるのは、それは『優しさ』じゃなくて『甘さ』だ。相手の事を思いやってない。
俺は本気でアンタの事を思ってるからこそ、アンタに真摯でありたい。」


「ありがとうございます......取り敢えず、このレポートのコピーに目を通して、自分なりに考えてみます。」










サーザルトル共和連邦に関するレポート


火渓 炎ヒタニ エン



[サーザルトル共和連邦]
首都:バンティカ
主な都市:アルタビ、ソゾクーサル、ヴァントフ、シラークフネ

イデオロギー:社会自由主義
国家元首:サラクフロ二世
国家宰相:イバール・チェルコ

人口:約123,890,000人
人的資源:最大42.23%
獣人割合:21.6%

概要:ログ暦1525年、当時サーザルトル地方、ラシャフトバン地方、カーガペル地方を帝政によって統治していた「チャルバフ・ドーラ帝国」が当時の隣国「帝政デルティナ連合」とのカーガペル地方の領土に関して戦争が勃発する(カーガペル戦争)。
開戦当初は、当時の皇帝イヴァクロノフ一世の直々の指揮によって圧倒的優勢だったがほぼ最前線に出向いていた為、敵の矢が腕に刺さり指揮が不能になる。さらに、急いで帰還する最中「アレツ山」の落石に巻き込まれ部下諸とも死亡。
これにより三人の子供が後継ぎ争いになり、三つの地方が独立して戦う事になる。
結果、人的資源に優れていたサーザルトル以外は人的資源に悩まされ、徴兵制を厳しくしたり国民から搾取したので国民はデルティナ或いはサーザルトルに亡命、最終的に不可侵条約をデルティナと結び終戦。

その後、国家は1900年代までイヴァクロノフ家によって継がれ第一次世界大戦を迎える。
第一次世界(1909年)は、サーザルトルの北側にある「社会主義ライトラバフ共和国」が国家の過剰拡大を進めたため周りの国家(主に「デルティナ共和国」「王家サーテル=ナルディラフ帝国」つまり当時の連合同盟)が当初懲罰戦争として宣戦布告したものだった。しかし、ライトラバフに独立保障をかけていたオーザトビアハ連邦共和国が参戦、さらにその傀儡国家諸々が参戦した所、当時激しかった獣人への迫害がさらに進み獣人が国家を樹立、それらが連合同盟につく形で戦争は進行、サーザルトルはどさくさに紛れて連合側につき帝国の復活を目論んだ。

しかし、参戦から4年後に突如優勢だったデルティナが白紙和平、さらにナルディラフが一部割譲を条件に停戦をし国境閉鎖を行った。
これにより多くの獣人が流れ込み国家インフラが一部麻痺、そんな状態の上で1対2で戦争をすることになった。

そんな中、当時皇帝のイヴァクロノフ九世は獣人に工業を主体とした仕事を与えて工業力を約4倍に伸ばし、その上で獣人を人間と同じように扱った。
その結果、流れ込んだ獣人難民はサーザルトル獣人義勇軍を設立し独自に攻撃し半年後にライトラバフの首都エリィーティカまで迫った。その時オーザトビアハが停戦を持ちかけ、賠償金と不可侵条約を締結し停戦、その3日後にライトラバフ全軍が降伏しさらに4日後にソラゾラフ(現ソゾクーサルで)講話会議が開かれた。
(ソラゾラフ条約)

これにより帝国は沿岸地域と鉄鋼資源地帯を手にいれる。
しかし、連合国側は条約に署名していない事を理由に度々国境付近で軍事的挑発が行われている。

その後、20年ほど挑発が続いたが1936年5月4日、ライトラバフ国内にて人民クーデターが勃発、成功し指導者アルトト率いる「大聖ライトラバフ」が誕生、3日以内にソラゾラフ条約で得た土地を放棄せよと実質の最後通牒が送られる。これを当時の首相シモン・カットラバンは拒否、同時に宣戦布告をして同盟オーザトビアハと共に侵攻、10日後には首都まで迫りライトラバフ軍が降伏する。
その後ライトラバフをそれぞれ割譲する形で条約を締結(アッテル条約)。

その5日後、連合国側から「穢れた軍の暴力によって得たライトラバフの土地を放棄せよ」と事実上の最後通牒が突きつけられるが、これを無視。
連合国は期限が切れた5日後に東サーザルトル地方に侵攻、サーザルトル帝国軍は西サーザルトルの最前線を死守、また獣人によるサーザルトル獣人義勇軍を再結成し、人間も帝国義勇軍を結成。それぞれ最前線から後方への補給、小型艦による輸送船団護衛等多岐に渡って支援された。その結果、戦力差5倍を均衡するレベルまで埋めることができた。

しかし、この結果連合=帝国連邦戦争は戦線膠着、2年間後にラトラスにて講話会議が開かれ緩衝地帯として東サーザルトル地域を共和国として独立させる。その代わりに東サーザルトル以東の一部地域を傀儡国として得ることができた。

その後諸外国の帝政終了など民主化が進み、それに乗じてイヴァクロノフ十世自ら憲法を改正し二党制に移行、社会自由主義の社民党、保守主義の国民党が政党として5年毎に宰相選挙を行っている。



追記:このレポートに加筆修正をする際は、レポートの著者ヒタニの許可を得て下さい。










 カエデはヒタニのレポートに圧倒されていた。学校のテスタメントでは教えられなかった『ログの外』の世界の真実。


「読み終わったか?」


「これ、スゴイですね......圧巻です......」


「そのサーザルトル共和連邦は、過激派アックスの中でも割と平和に向かっている方の国だ。
アックスにはもっと酷い状況の国もある。1人の人間による独裁政治や、圧倒的な武力で民を抑えつける恐怖政治を平然と行っている国は、アックスにはごまんとある。」


「自分の将来について考えるキッカケになりました。ありがとうございます。これを機にもう1回ちゃんと考えてみようと思います。」


「あぁ。そろそろ聖騎士の方達からの支援物資が届く頃だ。取り敢えず下に降りて確認しよう。」


 2人は談話室を出た後、階段を降りて地区民会館の玄関に向かった。

 玄関に行くと、玄関先に人影が見えた。


「あ! あれ聖騎士の方じゃないですか?」

「あぁ。そのようだな。ん? 何だか様子がおかしいぞ?」

 ヒタニが感じた違和感は、直ぐに現実のものとなる。

 玄関先に立っていた聖騎士の1人が、突然上半身と下半身が真っ二つに分離し、上半身がボトリとその場に落ちた。


「え? え? え?」

「見るな!」

 ヒタニは有無を言わさずカエデの目に手をあて、カエデの視界を塞いだ。


「なんだってこんな事......ん?」


 ヒタニはその場でもう1つの違和感を感じた。倒れ伏した聖騎士の死体の奥に、もう1つ人影があった。

 そしてその人影はその場からサッと立ち去った。恐らく、この聖騎士を殺害した犯人である。


「カエデちゃん、取り敢えずアリーナに戻ってなさい。俺はちょっと外に行ってくる。」

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