苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Re:Episode4 No sooner said than done

 楓は奏の方をチラッと見た。すると奏の方も楓の方を見てきて、ちょうど目が合った。2人とも何か考えてることは同じようである。


「やる......と言いたいところだけど、今さっきの話があまりに突飛過ぎて、頭がついていけないんだよね。」

「うん。なんか話聞いてたんだけど、難しすぎて内容あまり理解出来なかったよ。」


 楓と奏にはあまりにも非現実的で、あまりにも突飛な話であった。


「そうかそうか。君達には難しすぎたか。」


「聞きたいんだけど、もし創君みたいな『アザムキソウセキの欠片』を集め終えたら、一体どうなるの?
勿論、このまま創君みたいな人達を放置してちゃいけないって事は充分分かるんだけど、その人達を集め終えたら何か解決するの?」


「実はそこの所は私達もよく分からないの。と言うのも、私達がワイズマンという存在に与えられた使命は『アザムキソウセキの欠片を集める者に、真実を語り継ぐこと。』であって、欠片を集めたらどうなるかなんて聞いてないんだ。」


 楓と奏は何か苦虫を噛み潰したような顔をして、顔を見合わせた。


「不確定要素が多すぎて怖いよ。普通に考えたら、アザムキソウセキを復活させちゃったら、それこそ『不可逆の力』も完全復活して、宇宙が壊れちゃうんじゃないの?」


「それに何で私達なの? 私達は創君を危険から守る決意は固めたけど、創君と共に危険に飛び込む覚悟は決めてないよ。」


「うむ......最もな意見だな。モモさん、何か良い回答はある?」

「ごめん。私も回答出来ないや。だって私達はあくまで『語り継ぐこと』が役目。強制することは決して出来ない。」

「じゃあ、もう1人の預言者に頼もうか?」

「そうだね。私達とは別の役目を負った彼女なら、もしかしたら良い回答を期待できるかも知れない。」


「もう1人の預言者?」

「うん。灰吸 咲里ハイス サクリさんって人。このシンザン地区の隣、キサラギ地区に住んでる。」

「サクリさん?」

「そう。キサラギ地区にあるミズアメ・リサーチって所に行けば会えるよ。取り敢えずメモ用紙に纏めて、あなた達3人に渡すね。」


 モモがメモ用紙にサラサラっと何かを書くと、それを3人に渡した。

 受け取ったメモ用紙には『キサラギ地区のミズアメ・リサーチに行く』という事と『ウツノミヤ ジョウジという人に「モモとトラオの紹介で来ました」と言えばサクリという人物に会える』という事が書かれてあった。


「じゃあ、求めてる答えを探しにキサラギ地区に行こうか。」

「うん。創君もOK?」

「大丈夫です......行きます。」


「じゃあ、3人とも気をつけてな。何かあったら連絡してくれ。」


「OKです。それじゃ、また後で。」


 3人はモモとトラオに別れの挨拶をすると、その場を後にした。










 地下水路の秘密基地から歩くこと数分。3人はシンザン地区の駅に来ていた。学生が隣の地区に行くには、やはり鉄道と言うのがベタオリである。

 3人はキサラギ地区までのチケットを購入し、駅のホームで電車を待っていた。


「なんか......今落ち着いて思い返してみれば、あの学校での騒動、結局未解決のままですよね? 逃げてきただけですよね。」

「あ〜......そう言えばそうだね。でも鏡の中の創君は、『創君を始末すること』が目的であって、『無差別に暴れること』じゃないから、私達が逃げたあとは大人しく鏡の中に戻って行ったんじゃないかな?」

「鏡の中に戻って行った......そう言えばアイツって、あの『マリの銀鏡』からしか出てこれないんですかね? それとも......」


 創が『それとも』の後を言おうとしたまさにその瞬間、人々の悲鳴が駅舎内に響き渡った。

 3人は慌てて悲鳴が聞こえた方を振り返ると、そこには自動ドアのガラスから半身を出して、こちらを睨みつける鏡の中の創。そして、手下の植物型魔術のツタが見えた。


「逃がさないと......言っただろう!」

 鏡の中の創は、ツタを3人に向けて伸ばした。3人は慌てて後ずさりし、勢い余って駅の線路に落ちてしまった。


「む......向こう側のホームに逃げよう!」

「待って! 向こう側のホームはもうすぐ快速急行が入ってくる! ホームに上がるのにもたついてたら撥ねられちゃう!」

「待って下さい! ここは俺が行きます! 俺が......俺自身と対峙します!」

「創君!」

 創は、2人の静止を振り切り、単身ホームの上に戻った。そして、鏡面から出てきた自分自身と対峙した。


「良いのか? 俺はお前と違って『不可逆の力』をコントロール出来るんだぞ? お前はコントロール出来やしない。そして記憶を自ら消すほど精神が弱い。
そんなお前が俺を倒せるワケが無い!」


「五月蝿い! 過去なんて要らん! 明日があればそれで良い! だから! 俺は楓さんと奏さんの明日を創る為に! お前をここで止める!」

 創が腹を括ったその瞬間、創の周りの空間がぐにゃりと歪んだ。そしてその歪みは鏡像の創にもハッキリと視認出来た。


「所詮お前は世界の融合に失敗したアザムキソウセキの欠片......そして終わりのない孤独に自らの記憶を消した負け犬。
それがどうして......どうして......止めてくれと懇願して、俺というもう1人のお前を創った癖に! 俺の前に立ち塞がるのか! 自分勝手にもほどがある!」


 鏡像の創の周りにも、同じように歪みが発生した。そしてその歪み同士は、ぶつかり合う水の波紋のように重なり合い、そして普通じゃ起こりえない力場を形成した。

 その力場のせいで、この駅に入ってこようとする快速急行は強制的に止まり、そして音も無く破壊された。

 更に、その力場の余波を浴びた楓と奏には、とある異変が起きていた。

 ぶつかり合う『不可逆』と『不可逆』鏡合わせ。それは楓と奏に眠っていた力を呼び起こした。


「あ......何これ......頭が......割れそう!」


 言うなれば、それは不可逆の力場に対する、2人の防衛反応と言った所だ。普通ならば、この力場を浴びただけでカエデの父のように死へまっしぐらな筈なのだが、この2人は少々特殊な存在であった。


「何これ......身体が......温かい......」

「どこか......懐かしい......何これ......」


 2人が瞬きした刹那、2人の姿は線路に落ちた時のものとは違っていた。

「あれ? 奏......巫女さんみたいな格好になってるよ?」

「楓こそ......軍人さんみたいな格好になってるよ?」

 2人の来ていた制服は、いつの間にか消え去っており、変わりに奏は巫女服に、楓はパワードスーツの姿に変わっていた。


 姿が変わった2人は、隙を見てホームの上にぴょんと飛び上がった。その肉体的スペックは、変わる前から大幅に上がっており、周りのものが次々と『不可逆の力』によって破壊されていく中、2人は平然としていた。


「楓さん? 奏さん? 大丈夫ですか!?」

「よそ見してんなやぁ!!」


 鏡創は創に向かってごく単純なパンチを放った。楓と奏の心配をして余所見をしていた創は反応に遅れ、ギリギリパンチが顔面に当たらない所で避けた。

 空振りとは言えあくまでも不可逆の力。創が避けた空間はゴリっと削れ、空振りのパンチが向かった先の空間は尽く破壊されて行った。


「ただの欠片で災害級......こりゃ完全復活なんてした暁にはホントに宇宙がぶち壊れるかもね。」

「危ない危ない。私たちが創君の事引っ張って無かったら、創君が破壊されちゃうところだったね。」

「楓さんと奏さんは、何故無事なんですか? 周りは皆粉々なのに。」

「分かんない。でも何か大丈夫みたい。」


 鏡創はとても驚いていた。しかし、ある仮説をふと思いつき、2人を睨みつけた。


「お前らも......『アザムキソウセキ』と繋がっている存在だからか......そうかそうか......『アイツ』が言っていた『産まれる前からアザムキソウセキと繋がっていた者』とは......お前らのことか......

それなら......『不可逆の力』で破壊されないのも納得が行く......」


「え? 何? どういう事?」


「お前らは本来ならばこの世界に産まれるハズの無かった存在......しかし無限世界側からの介入によって無理矢理この有限世界に生を受けた......つまりお前ら2人は俺らと似て非なるもの......不愉快だ......実に不愉快だ......

実に! フユカイダァ!!!」


 鏡創は、その手で創の頭をむんずと鷲掴みにした。そしてそのままこう叫んだ。


「神の子と神の鎧が揃って俺に楯突くか! 俺は願ってもないのに産み出され! 無限世界の者からの介入者の相手をするなんて! 実に不愉快だ!」


「な......何を!」


 鏡創は、創を掴んだ腕から創を吸収した。否、吸収と言うより融合という表現が正しいかも知れない。


 そして融合する瞬間とてつもない輝きを放ち、楓と奏は眩しさ故に目を細めた。


「......これで俺は完全なキセソウだ......『アザムキソウセキの欠片』でも『願いが生み出した鏡の中の虚像』でも無い......
キセソウという新たな存在に......成り代わったんだ......」


「何をしたの!?」


「アザムキソウセキの復活など必要無い! これからは俺がアザムキソウセキに成り代わって、この世界の神として君臨してやる! 『第三天の陽』と『第三天の陰』が融合したこれからは『第六天キ世』として残りの欠片を全て吸収してやる!

喜べ......我が治世の明日は明るいぞ......」


 キ世はそう言い残すと、先程破壊した急行列車の割れた窓ガラスから鏡面世界に入り、その場から消え去った。


「あぁ......なんてこと......創君を......創君を取り返さなくちゃ......」

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