苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode57 Mother’s plan

 月の大地に檻が並べられていく。その檻の中には背徳者達に逆らった者達が入っている。

 並べられた檻を前にして、背徳者ネフィは静かに語り始めた。


「今日は素敵な日だ。地上では刃向かった者達は赤い華を咲かせ、監視する鳥達は喜び囀っている。

こんな日にはお前らみたいな奴らには......地獄で燃えてしまえば良い。」


 ネフィは手に持っていたセルギュを、近くに置いてあった台のようなものに乗せた。すると、セルギュにはここら辺一体の様子が撮影され始めた。


「さて地上の皆さんこんにちは。今日は背徳者代表のこのネフィが皆さんに中継をお送りします。
今日の中継の内容はトレイターの公開処刑でございます。」

 ネフィはセルギュに向かって見せつけるように、大きな鎌を一つ取り出した。

「今日の気分は......クレル族の君かな?」

 ネフィはアザムキが入っている檻の右隣の檻の扉を開けた。

「ネフィ! やめろ!」

「さぁ次の神よ。よぉくその目に焼き付けておけ。目の前の救えぬ命を!」

 ネフィは無慈悲にも、フワドに鎌を突き刺し、そのまま肉体を2分した。

 アザムキは無力だと分かりながらも、その手を伸ばさずには居られなかった。ただ無力に檻から手を出して、救えない命に向かって手を伸ばし続けた。

「届かないよなぁ! 檻から出れば地球にいる全人類が困るもんなぁ!」

 フワドが事切れる瞬間、フワドが首から下げていた袋が破け、中から擬似太陽が飛び出した。すると、擬似太陽は吸い込まれるようにアザムキの掌に入った。

「......なんだこれ......ほんのり......暖かい......」

 アザムキは、フワドが遺したその石を握り締めた。すると右腕が急に暖かくなり、その石は右腕に吸い込まれてしまった。

「なんて残酷な事でしょう! 次の神は目の前にいた可哀想な子羊も救えなかったようです! さぁ地球の民よご覧なさい! 憐れにも骸と化したクレル族の子羊を! そして救う事も出来ない神を!」

 アザムキは目の前で亡くなったフワドの亡骸を見ていた。あれほどまでにこれ以上死人を出さないと固く誓ったのに、目の前で死人を出してしまった。そして自分は見ている事しか出来なかった。

 ネフィはフワドの遺体の胸元を掴み、そこら辺にポイとゴミのように投げ捨てた。

 アザムキは自分の頭を掻きむしって、苦悶した。あのときフワドを助ける事は出来たかもしれない。しかしそうすると神の機雷が発動してしまう。つまり自分は図らずも命を天秤にかけたのだ。フワド一人か全人類か。


「うわぁぁぁあああああああああああ!」


 アザムキの中にあるドス黒く渦巻いた感情の激流は、堰を切ったように溢れ出し、アザムキ自身抑えることが難しくなっていた。そしてその黒く渦巻く感情はまるで炎のように燃え盛り、右腕に炎を形成した。

「もう誰も死なさない......地球にいる人たちも......ここにいる人たちも!」

 瞬間、アザムキの右腕から放たれていた炎はヒヒイロカネの剣となり、その剣で檻に一太刀浴びせた。すると、綺麗にスッパリと2つに割れて、アザムキは檻の外に出た。


「おいおいアザムキよ......何勝手に出てきてるんだ? 俺に刃向かう気か?」

 ネフィは懐からスイッチのようなものを取り出した。

「やめとけ! やめとけ! 俺は虫の居所が悪いんだ。『檻から出る』なんて事されたら押したくなるんだか、ならないんだか......」

 ネフィはこれ見よがしにスイッチを持った手をフワフワと煽り、いつでも押せるぞという事を強調した。

「ネフィよ。俺の事はどうとでも扱えばいい。ただ、全人類とここにいる俺の仲間には手を出さないでくれ。頼む。」

「お前は莫迦か? なんで立場的に優位な俺がお前の言う事を聞かにゃならん。メリットが無いだろう?」

「俺の身体にはメリットが無いと?」

「全く無いとは言わないが、全人類の命とは釣り合わない。」

「じゃあどうすれば満足する?」

「全人類の前で俺に媚びろ。そしてそこにいるトレイターの分詫びろ。刃向かって悪かったと俺に謝れ!」

 アザムキは静かに膝を地面についた。そして掌を地面につけ、頭を深々と下げた。アザムキが知りうる限りの謝罪の最上級『土下座』である。

「申し訳ございません!」

 その様子を見たネフィは突然笑いだした。

「あはっあはははははははははは! こりゃ愉快だ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 ネフィは笑いながら、土下座をするアザムキを蹴飛ばした。

「ほら謝れ! 全人類に情けない姿を晒せ! 悪かったと謝れ! あはははははははは!」

 そしてネフィはアザムキの頭を掴み、先程アザムキが一刀両断した檻の近くに連れてきた。

「程よく尖ってるじゃなイカ! えぇ!?」

 ネフィはそのまま掴んだアザムキの頭を、尖った檻の柵に打ち付けた。無論、アザムキはタダでは済まず、顔を負傷した。

「こんなもんじゃ終わらねェゼ! 謝れぇえよおおおおおおお! うええええげげ!」

「ずっ......ずみまぜんでじだぁ! がっ!」

 アザムキは顔を滅茶苦茶にされながらも、謝る事を辞めず、ただひたすらに痛みに耐え続けた。

「やめて! アザムキもういいよ!」

 他の檻に入っているフランが、ボコボコにされ続けるアザムキを気遣ってネフィを止めようとした。

 するとその声を聞いたネフィはアザムキの頭を打ち付けるのを少しの間止めた。そしてアザムキに囁いた。

「どうする? ここでやめたらあのお嬢ちゃんを殺すぜ? どうだ? やめるか?」

「......つ......つづけて......ください......」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ! こいつぁトンデモねぇドMだぜ! あひゃひゃひゃ!」

 ドカドカとアザムキの頭を打ち付け続けるネフィ。しかしアザムキに集中し過ぎるあまり、背後から近づく殺意には気づけなかった。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ! あびゃっ!」

 突然、ネフィは胴から頭が離れてしまった。そしてネフィの後ろにいるのは復讐に燃えるラズリ。ラズリの手には長物が握られていた。

「姐さん、やったな......ってあれ? フワド君じゃねぇか。あの時は思いがけない加勢に不覚にも逃がしちゃったけど、こんな所でくたばっちゃったのか。」

 ラズリの後ろからひょっこりジャックが出てきた。

「ラズリ! それにジャック! お前ら......何をしてるんだ!」

 今まで傍観の立場をとっていたマヤは、いきなり背徳者ネフィを殺したラズリを見て、驚きの怒りの声をあげた。

「マヤ、これは君にとっても都合がいいハズだよ? どうせ君はこの場所でも頂点に立つ予定だったんだ。それならトップのコイツを殺したって問題無いじゃないか。」

 ラズリはネフィの手に握られていたスイッチを奪い、マジマジと見つめた。

「もうちょっと利用する予定だったのに......まぁいいか。ラズリ、それをこっちに渡してくれ。」

「ねぇマヤ。神の機雷は人間から作られてるって知ってるかい?」

「そうなのか?」

「そしてその神の機雷になった人間の中に、私の家族がいるんだ。もしまだ生きてるなら、私は機雷の呪縛を解いてあげたいと思うんだ。」

「カシラ、どうか姐さんの気持ちを汲み取ってくれ。」

「ラズリ......ジャック......お前ら......」

「マヤ......頼む。私の家族だけで良いんだ。この事さえ飲んでくれれば、私は貴女にこのスイッチを渡す。」

「神の機雷は数が足りなくなったらダメなんだ。その意見は飲めない。でもスイッチは貰う。こうしてな。」

 マヤはラズリとジャックに向かって手を翳した。すると、ラズリとジャックはいきなり持っていた武器で自害した。

 そしてマヤは何事も無かったかのようにスタスタと近づいていき、ラズリの亡骸からスイッチを奪った。


「さてさて中継をご覧の皆様、一連の流れを見ていただきました。
これで私の天下という事は分かっていただけますよね。
そして地上に残存している背徳者の皆さん、残念ですが一生そこで暮らして下さい。勝手に月に上がって来れないように、こちらでピーズィーの全機能は切っておきますので悪しからず。」


 そう言うと、マヤは台からネフィのセルギュを取り、中継を終わらせた。

「さてアザムキ、これで私の天下だ。私にひれ伏せ、そして崇め奉れ。」

「......人類を抑圧しようってか......バカ言うな......抑圧して思考を一元化して得る平和なんて、そんなの脳死と同じだ。そんなんだったら勝手にお前のクローンで国を作ってろって話だぜ。」

 アザムキは右手で顔を拭うと、たちまち顔の傷は消え去り、元の顔に戻った。

「どうしてこうも意に沿わないかな......私は王だ! 言う事を聞け!」

「ガキかよ......お山の大将は小物の証だぜ......下手に強い力手に入れたからってイキってんじゃねぇよ。」

「ハッ! お前だって能力を手に入れてイキってた癖して良く言うよ! どの道このスイッチで全人類の運命は決まるんだ!」

 そんなこんなでアザムキとマヤが口論していると、そこに一人の女が現れる。

「神と王が口論か......見ていて飽きないな君たち2人は。」

 2人が声の主の方を見ると、そこにはとても見覚えのある女性が立っていた。

「あ......アギル......」

 右腕が義手になっている以外は、前に見た時とまるっきり同じ姿のアギルがそこに立っていた。

「私は今君たちの残りの欠片を持っている。これを取り戻し、100%になれば君たちは完全に元に戻るはず。そうすればマヤちゃんは王として完全に目覚めるし、ソウセキ君......いやソウセキは神として完全に目覚める。」

「なんだって俺の事を呼び捨てに言い換えたんだ?」

「そりゃあ自分の息子に君付けは、少しよそよそしいかなと思ってね。」

「自分の息子......何言ってんだ?」

「そのままの意味だよ。君は私の息子。」

「はぁ? バカ言うなよ。俺の母親はとっくの昔に死んでるんだ。」

「直接母親の死を見て聞いたわけじゃないだろ? 大方君の父親に聞かされたんだろ?」

「ま......まぁそうだが。」

「呆れた男だ......私に逃げられたと素直に言えず、つまらない意地や自尊心で私を死んだ事にしてたのか......まぁいい。
とにかく君は私の息子で、私は君の母親だという事実はこの世に確実に存在している。」

「信じたくないけど......もし本当にアンタが俺の母親なら、なんで俺の事をその手で育てなかった? 父さんに押し付けたのか?」

「正直、君を産むことに意味があったのであって、君を育てる事に意味は無かった。だから、まぁそういう事だ。」

「......アンタのしたい事の意図も意味も分からない......どんな理由で息子の育児放棄を......」

「私の計画上仕方無かった。そしてこれから君は完全に神にならなくてはならない。しかし強制するのは酷だ。」

「選択肢でもくれるってか?」


「私は強要しないわ。
あなた達自身が選択するのよ。
さあ選んで。

残りの欠片を大人しく受け取るか、
全人類を見殺しにするか。」


「実にズルい質問だな......結局一択じゃねぇか。」

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