苦役甦す莇
Episode42 Miserable defeat
ホロウがまだ子供の頃の話。
いつもの様にホロウが修行していると、とある客人が里を訪れた。
その客人は里の玉鋼錬成技術を聞いて、はるばる海を越えて遠方の国からやって来たという。
ホロウはその客人の案内役を任された。
そして、少年ホロウの心にある一つの思いが生まれた。海を越えてやって来たこの御仁と手合わせしたい、決闘したいと。
ホロウはその意を客人に伝えると、客人はあっさりと承諾した。
その後、竹林にて2人は向き合った。決闘形式は非殺生武器である木刀のみ使用を許可。
武器が要らないのであれば素手でも可。先に背中を地面につけた方の負けというルール。
「我は忍の里より生まれしホロウなり!」
ホロウは声高々に自分の名を名乗った。
「我はキーオート王国より生まれしカシアなり!」
客人もホロウに応えるように声高々に自分の名を名乗った。
本来、忍とは隠密が基本ではあるが、こう言った決闘形式の戦いも修行の一環として通過するのである。
ホロウはカシアよりも竹林の特性を理解していた。言わばホロウにとってホームグラウンドなわけである。
ホロウは竹林の間を縫うように、器用にカシアとの間合いを詰めるが、この時ホロウは全く計算に考えていなかったことがある。
それはリーチである。小柄な少年ホロウに対し、海を越えてやって来た客人カシアは幾分か大柄であった。
踏み込みによる縮地、腕の長さ、どれをとってもカシアの方が有利であった。
すばしっこく動くホロウをカシアは一閃。ただ一閃のみで捉え、木刀の先を左肩に当て、バランスを崩させ地に倒れさせた。
ホロウは一瞬何が起きたのか理解できなかった。あまりにも一瞬の出来事。
そして遅れてやって来る左肩への痛み。その客人はホロウの前に立った。
「勝負アリ......ですね。ホロウ君。」
それは少年ホロウにとって初めての敗北であった。しかも一発も攻撃を入れられず、綺麗にカウンターを決められての惨敗。
「ふぅ......お前は月に上がって何をするって言うんだ?」
「そんなの決まっているだろ。背徳者の仲間入りを果たして神の雷を自在に操るのさ。」
「はァ......それは武器商人ゆえの性って奴か?」
「よく分かってるじゃないか。それを理解した上で僕を通さないってのはどういう了見だ?」
「どういう了見もこういう了見も無いだろ。お前が月に上がったら俺ら地上の奴らは死ぬ。それだけだ。
死にたくないからこうやってお前を止めてる。」
「俺を止めた所でだろう? この植物のツタは世界各地から伸び出て月に向かっている。俺を止めた所で他の奴が月に上がったら意味無いだろ?」
「そんときは月まで追いかけていって殺す。折角月への道が出来ようとしてるんだ。利用しない手はない。」
「分かってないなお前。俺らが無計画にこんな事する訳ないだろう? この月への道だって対策はしてあるんだよ。」
「これ以上は平行線だな......戦うしか無いみたいだ。」
「あの時みたいに決闘しようか。」
「そう言えば......俺は確かあの時惨敗だったんだよな。」
ホロウは体のどこからでも暗器を取り出せるように準備し、右手に苦無を持って構えた。
「今回は木刀なんかじゃないし、僕だって手加減しない。」
対するカシアは自身のリーチを活かせる長物を持ち、しっかりと気合を込めて構えた。
勝負事をする際に、勝敗を決する要因は幾つかある。
まず1つ目はリーチ、射程距離。このポイントに関して、武器を持って戦う分にはカシアの方に分がある。
平均的な体格のホロウの苦無に対して、大柄な体をしているカシアの長物。圧倒的過ぎるほどのリーチの差である。
「あれ? 苦無? そんなんじゃ防戦一方じゃないか!」
当然カシアは労せずに攻撃することが出来る。実際、今の所ホロウはカシアの攻撃を苦無で受け流すだけである。
しかし、あくまでこの射程距離は『武器を手に持って戦った場合の話』である。
ではもし『武器を投擲する場合』であったらどうだろうか?
ホロウは攻撃の合間を縫って、苦無を一つ投擲した。すると攻撃の隙を突かれたカシアは、苦無を弾き飛ばすことが出来ず、左肩に攻撃を受けてしまった。
「単純過ぎる......ご丁寧に急所ばっか狙ってきて......これじゃ避けるの簡単だよ。」
ホロウは悪態をついた。
そう。武器を投擲した場合、ホロウの方に分がある。
長物と苦無、どう考えても投擲に適しているのは苦無の方である。更に苦無は替えが効くので、何度も投擲による攻撃が可能である。
「......左肩......少年の頃のお返しってわけかい?」
カシアは左肩に刺さった苦無を引っこ抜いて、ポイと投げ捨てた。
「そう。これでようやくお互い同じ位置だな......」
ホロウは袖から新たな苦無を取り出し構えた。
「......正直、君の事を心のどこかで舐めていたようだ。しかしこれでようやくしっかり戦える。
僕をただの武器マニアだと思わない事だ。ありとあらゆる武器の特性を知った上で僕はこの長物を選んでる。
自分の長物の長所短所だけじゃなく、君の苦無の長所短所だって知ってる。」
カシアは独特の構えをとった。
「ほう......苦無の短所をねぇ?」
「そう......苦無のような軽い武器は重い一撃を凌げないという短所が存在する。
さてこの一撃、耐えられるかな?」
カシアは身体中の力を脚に集中させ、一気に間合いを詰めた。
そして長物の切っ先で刺突するようにホロウに向かって突撃した。
ホロウは流石に苦無では受けきれないと思い、避けに専念した。
「そうだろう......君は避ける事しか出来ないはずだ......そして!」
ホロウが横に避けた瞬間、長物を勢いよく横に振り回した。
「うおっ!?」
ホロウはカシアの無茶苦茶な動きに驚き、反射的に上体を反らし、すんでの所で避けた。
「刺突と思わせといていきなり斬りつけ......しかも予備動作無しとか......」
ホロウは内心すごく焦っていた。さっきの攻撃、読みがあと一瞬でも遅れていたらあの世行きだった。
「短所を補うより長所を徹底的に磨きあげる。それが私の戦法だ。」
「ふぅん......そうかいそうかい。」
ここで勝敗を決する要因の2つ目を紹介する。それは手の内を出来るだけ後に隠していた者のほうが有利であるという事だ。
今ここではホロウの方が幾分有利である。ホロウは今の所、苦無の投擲という手の内しか見せていない。
対してカシアは長物による攻撃、さらに体格を活かした縮地刺突。更にそこからのゼロモーション斬りつけといった手の内を早々に明かしてしまっている。
「ふぅ......」
カシアはもう一度刺突の姿勢に入った。
「俺に2度同じ攻撃は通用しない。」
「僕だって2度同じ攻撃するほど馬鹿じゃない。」
「なに?」
カシアはまたバッと距離を詰めてきた。
(......ここまではさっきと同じだな。)
しかしそこからが違った。
「これは避けられるかな?」
さっきは大きな一発の刺突であったが、今回は大きな多量の刺突であった。
「なに!?」
五月雨のような突きに対して、ホロウは片手の苦無だけでは足りなくなり、両手で苦無を持って受け流し、更に避けに専念した。
「どうした! 防戦一方じゃないか! そらそらそらそらそらぁ!」
ホロウは受け流しつつ、反撃の隙を伺ったが、どちらか片方の苦無を投擲したとしても、それを弾き落とされてしまったら命取りになり兼ねない。その為反撃しあぐねていた。
「......そうか......」
ホロウはある1つの妙案を思いついた。
ここで勝敗を決める3つ目の要因について紹介する。それは非接触力や環境状態だ。
非接触力とはつまり重力などの事であり、今回の場合ホロウが上の方、カシアが下の方にいる。
すると、お互い相対した時、より楽に距離を縮められるのはホロウの方である。
カシアは重力に逆らってホロウに近づかなければならないのに対し、ホロウは重力に従うようにカシアに近づける。
そして環境状態。これは足場の安定さなどであり、比較論にはなるが足場が悪い所に立つ者より、足場がよく安定する所に立つ者の方が有利である。
今回は極太のツタという一見条件が変わらないように思える足場だが、大事なのはその場所との相性である。
カシアとホロウを比べて、より体が小さいのはホロウである。足場が同程度に不安定な場合、巨躯な人間より小柄な人間の方がバランスを取りやすい。
ここでホロウがとった戦法は、わざと相手の射程距離圏内に入るというものだ。その戦法を行うには少しの隙が必要であった。
ホロウは先程アザムキから貰ったペイントボールを一瞬で取り出し、カシアの顔に投げつけた。
「な!? 目潰し!?」
ペイントボールで目潰し、そこに出来た一瞬の隙をホロウは利用した。
苦無を長物の側面に擦り当て、そのまま自分に当たらないようにギュッと間合いを詰める。
するとここで長物の取り回しの悪さが如実に出てくる。リーチが長い故にある程度離れていると強いが、自身の腕を引いても当てられないほどに詰め寄られると一気に苦無の方が有利になる。
「な!? 詰め寄ってきただと!?」
「勝負アリ......ですね。カシア君。」
ホロウは無慈悲に苦無を手、胴、顔の順に突き刺して行った。
「ぐっ! なんでこの僕がぁ!」
「あばよ。」
最後にホロウはカシアの事を蹴り飛ばし、火山にたたき落としてやった。
「おめぇが負けた理由は単純だ。武器にしか興味が無くて、俺より場数を踏んで来なかったのが原因だろうよ。」
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