苦役甦す莇
Episode40 Garbage disposal
いつか私が私でなくなってしまう前に、一度私の過去について振り返ります。
私が物心ついた時には既に私は人間として扱われていませんでした。
私は1つの『モノ』同然だったのです。
私が2歳の時、獣人である私達家族は傲慢な人間達に捕まり、奴隷として働かされることを強要され始めました。
私は3歳の頃から働き始め、そこから16歳まで休む暇なく働かされました。
私達に許された自由時間は1日あたり4時間。そして、その自由時間は1日の食事や睡眠時間に含まれているので、食事を出来るだけ早く食べないと、1日に眠れる時間がどんどん減っていくというシステムだったのです。
獣人が人間よりいくらか頑丈な体をしているとは言え、流石に1日3時間しか眠れない上に、ろくな栄養も摂れないような中での生活ははっきり言って地獄でした。
特に成長期であった私は栄養失調が酷く、毎日倒れながら仕事をしていました。
そんな壮絶極まる日常の唯一の支えは両親でした。
「サクリ。無理しなくていいんだよ。陰で休んでな。」
「ゲホッ......ゲホゲホッ......いや......お母さん......私働けるから......大丈夫......」
「もう無理だよ。こんなにやせ細って......それに咳も止まらないじゃないか。」
「私が働くこと止めたらお母さん達にしわ寄せが行っちゃうよ......私だけ休んでらんない......」
「サクリ......」
私は劣悪な環境にも負けず、ただ自身の家族の為に働いていました。
そしていつか環境が改善される事、あわよくば奴隷から解放される事を夢見て生きてきました。
しかしそんな歪んだ日々は段々と罅が入ってきて、瓦解の音が近づいてきていました。
まず最初に起こった出来事が、私と私の両親が働く場所を変更され離れ離れになった事。
主人に私は肉体労働が不向きだと判断され、身の回りの世話の方に仕事を回されました。
対して両親は私が抜けた分のしわ寄せが行ってしまい、今までの仕事よりも更に過酷な地下労働という劣悪極まりない作業まで任されるようになりました。
地下労働というのは、非常に危険な奈落と呼ばれる洞窟のすぐ近くで採掘作業するという物です。
この仕事の何が一番恐ろしいかと言うと、気を抜くと高濃度の魔力の瘴気にあてられて、獣人としての正気が保てなくなり半魔獣化してしまうということです。
中には半魔獣化する事を受け入れ、寧ろ積極的に獣進化をして、どうせなら主人に一矢報いてから死のうという思考に陥る者もいたようでした。
しかし、主人に牙を向けることや一矢報いる事は到底不可能な事でした。
主人は用心棒を何人か抱えていて、その用心棒は魔獣なんか簡単に倒してしまうほどの強さを持っていたのです。
そんなビクビク過ごしてる私に降りかかった次の出来事。
それが私が世話係の仕事の上で最も嫌だった『接客応対』です。
主人が客人と会う際に傍に控えているだけの仕事ではあるのですが、この時客人は何の気なしに私達奴隷のことを尽く馬鹿にしてくるので精神的な傷が増えていきます。
「ようこそカシア様。遠いキーオート王国からわざわざ御足労を。」
「いえいえ。ここまで来るのに観光気分で居られましたし、それにデーツ様に会えるとあれば、どこにでも駆けつけますよ。あ、こちらつまらない物ですが。」
「これは......?」
「一級品の狐白裘です。昔、東方の里に寄った際にお守りとして貰いました。」
「ほほう......東方の里と言えばあの玉鋼の?」
「そうです。あの里のお陰で王国の繁栄があったような物ですが、あの里が謎の事件で滅びてから王国は衰退する一方で。」
「いやはや。なんでもキーオート王国の国王が亡くなったと聞きましたが。」
「あぁ。どうやら城内の者の犯行らしいです。世継ぎのフラン様も誘拐されたようで失踪してしまったらしいですし、王国ももう終わりでは無いかと。」
「最近は魔獣の被害も日に日に増えております......まぁ私には心強い用心棒がいるので安泰ですが。」
「なんと! その用心棒とやらは......まさかあそこに控えている小汚い小娘では無いでしょうね?」
「ははは! 違いますよ! 『あんなの』は普通の奴隷です。」
「ですよね! あ、そう言えばデーツ様、そちらの首尾はどうですか?」
「まずまずですよ。私達の組織はバレてませんし、ギルドの連中もごく呑気なものです。我々を爪弾きにしたツケは大きいとも知らずにね。」
「それにしてもお互い、よくここまでのし上がれましたよね。」
「全くです。まぁ情報というのは時に武器になりうるという事ですな。」
「全くです。あ、少しトイレを借りてもよろしいかな?」
「どうぞどうぞ。おいサクリ! 案内してやれ。」
私は陰鬱な表情で客人をトイレまで案内しました。
「おや......トイレの掃除があまり行き届いて居ないようですね。おいお前、ここをすぐに掃除しろ。」
「は、はい......」
私がそう言って掃除道具を手にしようとした瞬間、事件は起こりました。
「なぁに道具つかおうとしてんだ! 舌で掃除しろ! 舌で!」
客人は乱暴に私の頭を鷲掴みにして、トイレの床に這いつくばらせました。
「うぅ......嫌です......嫌です......」
私は情けなく泣きながら拒否しました。
「いやだァ!? 客人の言うことが聞けねぇのか!?」
「あれあれ? どうしましたカシア様? 何やら大きな物音がしたのでこちらに来てみれば。」
「あぁ......デーツ様。この奴隷が私の言うことを聞かなくてですね......」
主人は私を蔑むような冷たい目でチロリと見た後、こう言いました。
「再教育が必要なようですね…...ジャック! サクリを連れて行け!」
主人がそう言うと、裏で控えていた用心棒ジャックに私はひょいと持ち上げられ、そのまま懲罰房に連れていかれました。
そこからの懲罰房の再教育の日々は辛く鬱屈した物でした。思い出す事すらはばかられるような、醜く残酷な辱めの連続でした。
再教育の内容の一つをかなりオブラートに包んで言えば「骨の髄まで奴隷としてのしみたれった根性を焼き付けられる」という物。
これは比喩表現であるのと同時に、物理的な話でもあって、焼き鏝の跡は今でも消えていません。
更に「他の使い捨てられた奴隷の死体をゴミ処理する」という壮絶極まりない事もさせられました。もう二度とあんな事はしたくありません。
何年かに渡る徹底的な再教育終了後には、最早私は廃人になりかけていました。
そんな絶望しか無いある日、私を更に絶望のどん底に陥れる出来事が訪れます。
主人が私の両親を私の目の前に連れて来て、突然こう言いました。
「この2人を殺せ。そうしないとお前を殺す。お前は両親を殺す事で俺の奴隷として完成する。」
主人は私の目の前にナイフを置きました。
「やれ。」
私は徐ろにナイフを手に取り、両親の事を見ました。両親は全てを受け入れるかのような目で、また私を見守るかのような目でこちらを見ていました。
結局私は自分の命が惜しくなり、主人の命令通り2人を殺しました。
そして、私はもう立ち上がる気力すら失せてました。
奴隷牢に戻って、私は空を眺めました。
「神様。どうかこの世におられるのでしたらこの私を助けて下さい。」
私は切に願いました。すると、空から何やら光るものが飛んできて、小さい窓から部屋の中に入り込みました。
私は空腹のあまりそれを食べてしまいました。すると、心の中から声が聞こえるようになりました。
「俺の名前はアザムキ。俺の本体がきっとどこかにいるはずだからそこに行け。」
その出来事の数日後、私は主人に連れられてキーオート自然保護区の近くに来ました。その時、心の中のアザムキさんの欠片はこう言ったのです。「近くに俺の本体がいる。」と。私はその声に従い、必死に逃げ出しました。
そしてギルド管理局の前で見つけたのです。私の救世主を。
私が物心ついた時には既に私は人間として扱われていませんでした。
私は1つの『モノ』同然だったのです。
私が2歳の時、獣人である私達家族は傲慢な人間達に捕まり、奴隷として働かされることを強要され始めました。
私は3歳の頃から働き始め、そこから16歳まで休む暇なく働かされました。
私達に許された自由時間は1日あたり4時間。そして、その自由時間は1日の食事や睡眠時間に含まれているので、食事を出来るだけ早く食べないと、1日に眠れる時間がどんどん減っていくというシステムだったのです。
獣人が人間よりいくらか頑丈な体をしているとは言え、流石に1日3時間しか眠れない上に、ろくな栄養も摂れないような中での生活ははっきり言って地獄でした。
特に成長期であった私は栄養失調が酷く、毎日倒れながら仕事をしていました。
そんな壮絶極まる日常の唯一の支えは両親でした。
「サクリ。無理しなくていいんだよ。陰で休んでな。」
「ゲホッ......ゲホゲホッ......いや......お母さん......私働けるから......大丈夫......」
「もう無理だよ。こんなにやせ細って......それに咳も止まらないじゃないか。」
「私が働くこと止めたらお母さん達にしわ寄せが行っちゃうよ......私だけ休んでらんない......」
「サクリ......」
私は劣悪な環境にも負けず、ただ自身の家族の為に働いていました。
そしていつか環境が改善される事、あわよくば奴隷から解放される事を夢見て生きてきました。
しかしそんな歪んだ日々は段々と罅が入ってきて、瓦解の音が近づいてきていました。
まず最初に起こった出来事が、私と私の両親が働く場所を変更され離れ離れになった事。
主人に私は肉体労働が不向きだと判断され、身の回りの世話の方に仕事を回されました。
対して両親は私が抜けた分のしわ寄せが行ってしまい、今までの仕事よりも更に過酷な地下労働という劣悪極まりない作業まで任されるようになりました。
地下労働というのは、非常に危険な奈落と呼ばれる洞窟のすぐ近くで採掘作業するという物です。
この仕事の何が一番恐ろしいかと言うと、気を抜くと高濃度の魔力の瘴気にあてられて、獣人としての正気が保てなくなり半魔獣化してしまうということです。
中には半魔獣化する事を受け入れ、寧ろ積極的に獣進化をして、どうせなら主人に一矢報いてから死のうという思考に陥る者もいたようでした。
しかし、主人に牙を向けることや一矢報いる事は到底不可能な事でした。
主人は用心棒を何人か抱えていて、その用心棒は魔獣なんか簡単に倒してしまうほどの強さを持っていたのです。
そんなビクビク過ごしてる私に降りかかった次の出来事。
それが私が世話係の仕事の上で最も嫌だった『接客応対』です。
主人が客人と会う際に傍に控えているだけの仕事ではあるのですが、この時客人は何の気なしに私達奴隷のことを尽く馬鹿にしてくるので精神的な傷が増えていきます。
「ようこそカシア様。遠いキーオート王国からわざわざ御足労を。」
「いえいえ。ここまで来るのに観光気分で居られましたし、それにデーツ様に会えるとあれば、どこにでも駆けつけますよ。あ、こちらつまらない物ですが。」
「これは......?」
「一級品の狐白裘です。昔、東方の里に寄った際にお守りとして貰いました。」
「ほほう......東方の里と言えばあの玉鋼の?」
「そうです。あの里のお陰で王国の繁栄があったような物ですが、あの里が謎の事件で滅びてから王国は衰退する一方で。」
「いやはや。なんでもキーオート王国の国王が亡くなったと聞きましたが。」
「あぁ。どうやら城内の者の犯行らしいです。世継ぎのフラン様も誘拐されたようで失踪してしまったらしいですし、王国ももう終わりでは無いかと。」
「最近は魔獣の被害も日に日に増えております......まぁ私には心強い用心棒がいるので安泰ですが。」
「なんと! その用心棒とやらは......まさかあそこに控えている小汚い小娘では無いでしょうね?」
「ははは! 違いますよ! 『あんなの』は普通の奴隷です。」
「ですよね! あ、そう言えばデーツ様、そちらの首尾はどうですか?」
「まずまずですよ。私達の組織はバレてませんし、ギルドの連中もごく呑気なものです。我々を爪弾きにしたツケは大きいとも知らずにね。」
「それにしてもお互い、よくここまでのし上がれましたよね。」
「全くです。まぁ情報というのは時に武器になりうるという事ですな。」
「全くです。あ、少しトイレを借りてもよろしいかな?」
「どうぞどうぞ。おいサクリ! 案内してやれ。」
私は陰鬱な表情で客人をトイレまで案内しました。
「おや......トイレの掃除があまり行き届いて居ないようですね。おいお前、ここをすぐに掃除しろ。」
「は、はい......」
私がそう言って掃除道具を手にしようとした瞬間、事件は起こりました。
「なぁに道具つかおうとしてんだ! 舌で掃除しろ! 舌で!」
客人は乱暴に私の頭を鷲掴みにして、トイレの床に這いつくばらせました。
「うぅ......嫌です......嫌です......」
私は情けなく泣きながら拒否しました。
「いやだァ!? 客人の言うことが聞けねぇのか!?」
「あれあれ? どうしましたカシア様? 何やら大きな物音がしたのでこちらに来てみれば。」
「あぁ......デーツ様。この奴隷が私の言うことを聞かなくてですね......」
主人は私を蔑むような冷たい目でチロリと見た後、こう言いました。
「再教育が必要なようですね…...ジャック! サクリを連れて行け!」
主人がそう言うと、裏で控えていた用心棒ジャックに私はひょいと持ち上げられ、そのまま懲罰房に連れていかれました。
そこからの懲罰房の再教育の日々は辛く鬱屈した物でした。思い出す事すらはばかられるような、醜く残酷な辱めの連続でした。
再教育の内容の一つをかなりオブラートに包んで言えば「骨の髄まで奴隷としてのしみたれった根性を焼き付けられる」という物。
これは比喩表現であるのと同時に、物理的な話でもあって、焼き鏝の跡は今でも消えていません。
更に「他の使い捨てられた奴隷の死体をゴミ処理する」という壮絶極まりない事もさせられました。もう二度とあんな事はしたくありません。
何年かに渡る徹底的な再教育終了後には、最早私は廃人になりかけていました。
そんな絶望しか無いある日、私を更に絶望のどん底に陥れる出来事が訪れます。
主人が私の両親を私の目の前に連れて来て、突然こう言いました。
「この2人を殺せ。そうしないとお前を殺す。お前は両親を殺す事で俺の奴隷として完成する。」
主人は私の目の前にナイフを置きました。
「やれ。」
私は徐ろにナイフを手に取り、両親の事を見ました。両親は全てを受け入れるかのような目で、また私を見守るかのような目でこちらを見ていました。
結局私は自分の命が惜しくなり、主人の命令通り2人を殺しました。
そして、私はもう立ち上がる気力すら失せてました。
奴隷牢に戻って、私は空を眺めました。
「神様。どうかこの世におられるのでしたらこの私を助けて下さい。」
私は切に願いました。すると、空から何やら光るものが飛んできて、小さい窓から部屋の中に入り込みました。
私は空腹のあまりそれを食べてしまいました。すると、心の中から声が聞こえるようになりました。
「俺の名前はアザムキ。俺の本体がきっとどこかにいるはずだからそこに行け。」
その出来事の数日後、私は主人に連れられてキーオート自然保護区の近くに来ました。その時、心の中のアザムキさんの欠片はこう言ったのです。「近くに俺の本体がいる。」と。私はその声に従い、必死に逃げ出しました。
そしてギルド管理局の前で見つけたのです。私の救世主を。
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