苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode37 Get one's tail in gear

 俺はホロウと一緒にレイラインを歩いていた。

「どこに向かってるんです?」


「ラピスからキセ火山という所に来るように連絡が来てな。

なんでもそこで合流するらしい。」


「火山ですか。地球のエネルギーが直に感じられそうな場所ですね。」

 俺は学校で地学を習っていたせいか、火山と聞いた途端に地球の断面図が頭の中に浮かび、同時に地学のヒステリック女教師の事も思い出した。


「そうだな。実際火山は地上にある中でも魔力のホットスポットだからな。」

 そう返事したホロウは片手に先程のワイヤーを握っていた。


「そう言えば、玉鋼ってどういう風にして錬金するんですか?」

 俺はさっき、俺の中にいるミラが暴走した時にホロウが言っていた言葉を思い出した。『呪詛が練られた玉鋼製のワイヤー』


「玉鋼の錬金を説明するには、まず玉鋼がどういう経緯で作られたか説明するのが先かな。

実を言うと、本来は玉鋼はヒヒイロカネというかなり特殊な金属を再現しようとしたものなんだ。

今現在、ヒヒイロカネを作る技術は失われてしまっていて、玉鋼はもう一度現代の技術で似せて作ろうとした結果の産物だ。

ヒヒイロカネの性質に極近いとされているのがここに散らばってるレゴリス。

大量にあるレゴリスの中でも少量だが金属を含む物が存在している。

それらを選り分け掻き集めて、ドロドロに溶かしてもっかい固めたのが玉鋼だ。

ヒヒイロカネという金属は触れた者の気持ちの昂りに合わせて、鮮やかな緋色を発するとされていた。

しかし玉鋼は誰がどう使っても緋色にはならなかった。

だから伝説の再現から戦争の道具に成り下がってしまったわけだな。」


「ヒヒイロカネ......ですか。
その伝説ってなんです?」




「ヒヒイロカネの伝説。まぁ俺の里に昔から伝わる童歌みたいなもんだけどな。


『その者緋色の剣を振るいて紅の地に降り立つべし。

その剣の金は日緋色金と呼ばれし緋色に輝く金なり。

剣の光は世を照らし、この世の地平を指し示すなり。

その者はその太陽に非ざる光を以て、この世を欺くなり。』


その者ってのが誰だかは分からんがな。」




「紅の地......ですか。どこの事なんでしょうね。」

 地面が赤い......赤土? 違うかな?


「まぁ伝説なんて所詮伝説の域を出ないからな。昔の吟遊詩人なんかが言い出した嘘っぱちだろうさ。」


「なるほど。その伝説に基づいて頑張って再現しようとした結果、玉鋼が出来たと。」


「結果......たくさんの血が流れる事になったがな......」

 刹那、ホロウの表情に翳りが見えた。


「そう言えば、あの船の残骸をシナトラの力で急遽誤魔化した潜水艦みたいなヤツは放置するんですか?」


「そうだな。あれはもう使えん。
能力を使ったとはいえ、そもそも木造の船を潜水艦に改造する事自体無理がある話だった。
それをシナトラは毒に侵されながらも俺らがここにたどり着くまで続けてくれた。
彼女の体力と精神力には到底及ばないよ。」


「ということは......キセ火山周辺に奈落に通じる穴があるって事ですね?」


「そうだな。まぁ、どうしようもないアクシデントもあるかもな。溶岩で出口が塞がっちまったとか。
恐らくラピスは中央庁のデータベースを元に、人気がなく、かつ奈落に通じる穴が存在する場所を調べあげたんだろう。

危惧すべきは......その中央庁のデータが信頼に値するかどうかだ。」


「どういう事です?」


「中央庁の内部にいて、俺らの敵であるバンデットに通じてる人間がいるだろ?」


「あ......ラズリ......」


「そうだ。ラズリが情報を書き換えてるかもしれない場合だってあるだろ?」


「その割には結構自信ありげにズンズン進んで行ってますが......」


「自信ありげってわけじゃない。ただここに長居したくないだけだ。」


「なるほど。」










 一方その頃、元の世界では小さいながらも少しずつ変革が起き始めていた。


 その変革にいち早く気がついたのは環菜の友人である足利百であった。


 その変革とは、皆が学校の全校集会に召集された後に起きた。


 百はその時、足を怪我してしまい全校集会に参加しなかった。


 百は丁度全校集会が終わる頃、先に保健室から教室に戻って来た。


 ぞろぞろと皆がそれぞれの教室に戻る様子を何となく眺めていたが、その時何か違和感を感じた。


 違和感の正体は不気味な静けさだ。普通、大量の人間がぞろぞろと歩いている場合、何も注意されてないとすると大抵誰かしらが何かしらを話しているものである。


 しかし、今回に限ってそれが無い。ただ廊下には足音が響くだけ。


 悍ましいとはいかないまでも、不自然に感じた。


 やがて百のクラスメイトが教室に入ってきた。


 その時、百はじっと様子を観察した。皆の顔は死んでいた。目も虚ろだ。


 彼らは一言も話すこと無く、粛々と自分の席に座った。


 百は何故皆がこんなに押し黙っているのか分からなかった。


 全校集会で何かあったのだろうか? そんなに元気が無くなるまで叱られたのだろうか? 等いろいろ勘繰って見るものの、やはり皆の死んだ表情からは何も読み取れない。


 そのうち、遅れて担任の先生が入ってきた。担任も皆と同様に死んだ表情を顔面に貼り付けていた。能面が並んでるような恐ろしさを感じる。


 程なくして、皆が一斉にこちらを見た。


「モモ......何故全校集会に集まらなかった?」


 クラスメイトの男子生徒が指摘した。


「それは......足を怪我して、保健室にいたからで......」


 百はこの空気が非常に嫌いだった。同調圧力に似た何かを感じる。


「モモ......そこの机......片付けてちょうだい。もう用が無いものだから。」


 環菜がアザムキの席を指さして言った。


「え? もう用が無いものって......?」


「そのままの意味よ。さぁ片付けて。」


「わ、わかった。」


 百は指示通り机を隣の空き教室に移動させた。


「こんにちは。モモさん。」


「あ、クノリ先輩......こんにちは......なんでこんな所に?」


 空き教室には何故か生徒会長がいた。


「どうやら......貴女だけ全校集会に来てなかったみたいだけど。」


 何故かさっきのクラスメイト達と同じような質問をしてきた。


 百はここで、何か一抹の不安と底知れぬ恐怖を感じ取った。いわゆる女の勘というやつである。


「まぁ......足を怪我しちゃって......」


「へぇ......それはいけないなぁ......」


 百は今すぐにでもその場から逃げ出したかった。この男はどこかヤバい気がする。


「そう言えば......キミ......アザムキソウセキ君を覚えているかい?」


 百はジリジリと後ずさった。


「なんで......そんな質問を?」


「いやね......彼なんていなかったんだよってことを頭に刻みつけておこうと思ってね…...」


 その瞬間、百はクノリの口角が歪むのを見た。そして無意識のうちに空き教室から飛び出し、廊下を走っていた。


「おいおい! 逃げるだなんてあんまりじゃないか!」


 クノリの声なんてお構い無しに百は痛む足を抑えながら、昇降口から飛び出した。


 すると、窓という窓、ドアというドアから生徒達が一斉に飛び出してきた。まるでゾンビ映画のようだった。


 百は校門から公道に出ようとしたが、それはかなわなかった。何故か校門に複数名の生徒が先回りしており、道を塞いでいたためである。


 百はしばらくの間、敷地内を逃げ回っていたが、とうとう足の痛みに耐えかねて駐輪場付近でへたりこんでしまった。


 百は側溝近くの物陰に身を潜めた。依然として生徒達は表情一つ変えずに百の事を探し回っている。


「なんで......なんでこんな......」


 百は感覚的にヤバいと分かっていても、何が原因で何故こんな目に遭わなくてはいけないのか理解出来なかった。


「ねぇ......ちょっと......お姉ちゃん......」


 そんな時、どこからか少年のような声が聞こえてきた。


「え?」


「こっちこっち......」


 その声は近くにある側溝から聞こえてきていた。


「ここから逃げられるよ…...ヤバいなら入っておいで......」


 側溝の中から聞こえる声に従い、百は藁にもすがる思いで側溝の中に滑り落ちた。


 その側溝は水路と呼んでもいいほど深めに作られており、小柄な女性や子供なら入れるほどの深さだった。無論、ずぶ濡れにはなるが。


「お姉ちゃんヤバかったね。」


 そこには絵本を持った1人の少年が立っていた。


「ありがとね......君の名前は......?」


椎名 虎雄シイナ トラオだよ。」


「なんで助けてくれたの......?」


「そうするべきかなって。」


「いつもこんな所で遊んでるの?」


「今日友達とここで会う約束してるんだ。この本も返さなきゃいけないし。」


「それはなんの絵本?」


「ジャックと豆の木」










 さらに小一時間ほど、俺らは特に話すことも無くただ黙々と歩き続けた。

 俺はなんとなく、この世界に始めて来た時を思い出した。


 マヤと一緒にこっちの世界に事故でやって来て、シュバルとマヤと俺の3人であのクソ長い森を抜けた事を。


「少し疲れて来ました......」


「そうだな。少し休むか。」


「はい......」


 俺はゆっくりとその場に座り込んだ。その時、今まで歩いてきた方向から何かが近づいてくる気配がした。


 俺とホロウは一瞬で身構え、その方向を睨みつけた。


 すると物凄い勢いで何かが近づいてきた。そのよく分からない何かは俺たちの所を通り過ぎる瞬間、俺らを掴んだ。


「なんだこれ!?」



「これは......植物のツタ?」

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