苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode35 We can't talk anymore

 私はとても晴れ晴れとした気分でいた。今目の前にあるのは今学期の自分の成績表。


 美術や技術・情報と言った技能科目の成績は4。しかしこれから受験に必要そうな科目の数字はほとんど5である。

 美術や技術などが5を取れて無いのは自分でも納得が行く。自分自身ちゃんと頑張れて無いと感じているし、いわゆる得意意識が無いからだ。

 正直受験に関係ないから捨てても良いとまで思ってる。

 受験に必要な奴だけ自信をつけていけば良いのだ。

 そう自分に言い聞かせながら、隣の席を見た。そこには苦い顔をして成績表を見つめる幼馴染がいた。

「ねぇ、ソウ。どうしたの?逆流してきたゲロを無理やり飲み戻したみたいな顔して。」
 私はいつもの感じより、ちょっとおちょくってる感じで話しかけてみた。

「なんでもねぇよ。まぁ、今回の成績は見込み点だし。これからの定期テストでどうにか出来るよ。」
 強がってて可愛いなぁと思いつつ、私はある違和感を見感じた。

「あんた......なんか変わったね。」
 昔はもっと素直だったのに......と思ったのであった。

「そうか?俺は平常運転だぞ?」
 彼は別に意識してるようで無かった点が、私にとって一番気になるところであった。

「なんか、上手く言葉にできないけど......」
「それ以上言うな。」

 彼はピシッと私の言葉を遮った。彼は上手く言えないとかそういう言い訳をしながら話す手合いを昔から好まなかった。


「......ごめん......ただ1つ確かに感じる事があるんだよね。」
 何故かその時、私の脳裏に嫌な感じが過ぎった。この言葉を今言わなくちゃ、次のチャンスはもう無い気がした。


「はい!成績の見せ合いはいいから席に座ってー!進路の紙に書いたらすぐ回収するからー!」
 担任が大きめの声で生徒に指示を出し、皆あまり聞こうとしていない様子を、彼は冷めた目で見ていた。

 その姿が私には恐ろしく感ぜられた。


「あんたは確かに変わった。あんたはいつの間にか自分に嘘をつくことに慣れてる。」


 この言葉が私が彼に言えた最後の一言だった。





 数分後私は掃除場所に行ったが彼は来ず、私の朝の誘いを完全に無視して帰ったようであった。

 仕方が無いので私は友達と一緒に帰ることにしたのである。


「ねぇねぇ環菜! 最近ソウ君とはどんな感じなのさ!」
 同じ年の男と同棲してるのである。興味を持たれない方が不自然だ。

「別にこれと言って特別な関係じゃないよ。ソウは弟みたいなもんだからさ。」
 私は苦笑しながら下足箱に上履きを突っ込んで、外の靴に履き替えた。


「ホントにぃ〜? 何かあるんじゃないの〜?」
 こうやって明確になるまで聞いてくるのが私の友達......足利 百アシカガ モモの特徴である。

 良く言えば探究心旺盛、悪く言えば執拗いって感じだ。

「ホントに何もないよ〜......って、あ、すみません。」
 私は談笑に夢中になるあまり、誰かとぶつかってしまった。

「あ、あぁこちらこそすみません。昇降口の前で突っ立っていたんではそりゃ迷惑ですよね......」
 と、申し訳無さそうにはにかみながら謝る男に、私は見覚えがあった。


「あ......生徒会長。でも何で生徒会長がこんな所に?」
 モモがこの男の正体を言ってくれた。確か九法クノリって名前の生徒会長だ。


「いやね、落し物が見つかったらしいんだ。でも、その落し物が不自然でね。」
 と彼は言うと、昇降口脇にある植え込みの花壇を指さした。


 そこにはいつも見慣れた枯れた植え込みは無く、代わりに黒いバッグが落ちていた。私はそのバッグに見覚えがあった。


「え......それってソウの......」


「あ、君の知り合いのバッグ?いや、どう考えてもバッグそのものを落とすなんて考えられなくてさ。だから異様だなって。

君の知り合いのかもしれないなら、確認してくれるかな?」


 生徒会長のクノリ先輩は花壇からひょいとバッグを取り上げると、私に渡してきた。


 私はバッグのチャックを開け、中身から適当に1枚のノートを取り出した。

 『現代文 2年2組2番 痣剥 爪跡アザムキ ソウセキ』と書かれたノートが出てきた。



「間違い無い......ソウのバッグだ。」


「身元の確認と受け渡せる人の確保が出来たら、後は本人を探すだけだね。

彼が今どこにいるか分かるかな?」

 生徒会長のクノリ先輩は優しい感じで促してくれた。


「すみません......ちょっと電話かけてみますね。」

 私は申し訳なさそうにケータイを取り出し、よく使う項目の一番上をタップした。


 しかし彼の携帯には繋がらず、幾度と掛け直しても聞こえるのはこれだけであった。『おかけになった電話をお呼びしましたがお出になりません』


 私は一抹の不安を覚えた。


「すみません......多分先に家に帰ってるのかも知れないので、私が持っていきます。

ごめんモモ......私ソウのこと心配だから先帰っちゃうね。」


「わかった。気をつけてね。」


 私は二人分のバッグの重さに耐えながら、自転車で家に帰った。


 家の前の砂利を駆け抜けて、流れでポケットから家の鍵を取り出し、無駄の無い動きで家に入った。


「ソウ! バッグ落してたよ! あと電話出れないって何してんの!?」

 私は家に入って早々に大声を出した。しかし返ってきたのは不気味な静寂だけであった。


 私の不安は段々と現実になって行った。

 バッグを床に置き、家の部屋全てを調べて回ったが、どこにもいない。


 今度は友達に電話をかけまくって、誰か友達の家に遊びに行ってないか確認した。


 しかし、皆口を揃えて「ウチには来てないし、学校を出る時も見てない。」と答えた。


 私の額からは、自転車で全力疾走したせいか汗が滴り落ちて来ていた。多分、焦っているからというのもあったのかもしれない。


 私は家を飛び出し、自転車で三吉山ミヨシヤマに向かった。

 若しかしたら私の朝の約束を覚えていて、待っていてくれるのかもしれない。


 私は一縷の望みをかけて自転車で山を駆け上がった。

 途中、思いっきり転んで左足を捻挫し右足にデカい擦り傷を作ったけど、構わず駆け上がった。


 辿り着いたのは山の中腹にあるニッコウキスゲの花畑。

 しかしそこにソウの姿は見当たらず、私はその場にへたりこんだ。

 ボロボロの体でとても悲しい気分になった。


 私は失意のまま、自転車を引いて山を降りた。

 大丈夫。ソウはもう高校2年生。ちょっとどこかで遊んでいてケータイの充電が切れただけだ。そのうち勝手に帰ってくる。そう自分に言い聞かせながら家に帰った。


 家に帰り、シャワーを浴びて体から出た嫌な汗と、傷についた泥を洗い流した。傷が染みるよりも、心の方が痛かった。


 ソウにもう二度と会えない気がしてきた。そしてその予感は的中することとなった。


 夜、親が帰って来てからソウの事を話し、警察に捜索願いを出したところ、正式に受理された。



 次の日、学校で一斉にアンケートが配られた。

 内容は昨日ソウと香椎摩耶さんとかいう生徒会メンバーを最後に見たのはいつかというものだ。結果は誰も知らないとの事だった。

 先生達は緊急会議なんか開き、その日はほぼ一日中自習だった。

 学校に遺留品があったのだから、学校の敷地内で行方不明になったと考えるのが妥当だろう。

 そうなると学校側の責任問題なんかも発生するのは予想がつく。

 学校側の監督不行届で私の親が訴えるまであるかもしれない。でも私は訴える気になんてならなかった。

 訴えたいという気持ちが無い訳では無い。学校側に責任を問い詰めた所でソウは帰ってこないから不毛であると感じたからだ。


 そのうちソウと香椎摩耶さんの失踪事件は尾鰭背鰭がついて、噂は独り歩きして行った。

 最初は2人共誘拐されたとかのレベルの噂だったが、失踪した日から数日経っても身代金請求の電話が一切かかって来ない為に、2人が何かの犯罪に巻き込まれ殺されてどこかに埋められた説や、神隠しにあった説なんてのがまことしやかに囁かれるようになった。


 何はともあれ、私が今回の件で一番分からない点は、何故消えたのが『ソウ』と『香椎摩耶』さんだったのか。


 ソウは文系、香椎摩耶さんは理系。今までの高校生活で一度も同じクラスになったことも無ければ、中学校や小学校が一緒だったということも無い。

 更にソウは帰宅部、香椎摩耶さんは邦楽部。ソウの所属していた委員会は図書委員会で、香椎摩耶さんは風紀委員会 兼 生徒会。勿論共通の友人も無し。

 どう考えても接点の無かった2人である。


 そうなると皆が噂してる消えた原因も全て説明がつかないものばかりになる。


 接点の無い2人が共通して誘拐された理由は?そもそも誘拐だとしたら学校の敷地内まで入ってくるほど誘拐犯は豪快な事が出来たのか?

 学校の敷地内で何か犯罪が起きていてたとしたら、それに巻き込まれたとしたら他の遺留品は?あんなに目立つソウのバッグだけ何故残ったのか?

 神隠しなんてそもそも科学的根拠は? ......このようにどれも原因としては十分な説明力を持たなかった。


 じゃあ彼らはどこに? どうやって? そして何故消えたのか?
 それは私には到底わかる事ではなかった。


 なので私は少しでも多くの情報を手に入れようと、彼の残したバッグに入っていた物を暇さえあれば調べていた。


 ある時、私はソウが残したバッグからある1冊のノートを手に取った。
 それはなんの教科かも書かれていないノート。


 開いて斜め読みしてみると、それは日記とも帰宅部活動記録ともつかない何かだった。

 日々の出来事を振り返りつつ、その起きた事を彼なりの見解でまとめていた。

 ざっと見てると、学校で起きた事より帰ってる最中に起きた事を多く書く傾向があると感じられた。

 私は沢山ある中で、消えたあの日の前日に書かれた......つまりノートの最後に書かれた文を読んだ。


「帰宅途中の午後4時。薄暗い地下道でウスバカゲロウが飛んでいるのを見かけた。

口を持たないウスバカゲロウは数時間で死んでしまう。

これは人間の俺からしたら物凄く短命に感じる。

しかし彼らからしたらその数時間は確実に生きた数時間であり、この世界に存在していた数時間だ。

そのとき彼らは何を思い、何を求めて飛んでいるのだろう。

そして俺は死ぬまでの間に、何が出来るのだろう。」

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