苦役甦す莇

マウスウォッシュ

Episode30 Memory of snow


 私は本当の親を知らない。本当の名前も知らない。

 物心ついてる頃には、私はもう既に師匠の弟子だった。

 だから師匠が親みたいな存在だった。サギって名前も師匠が勝手に呼んだのが始まりだった。


 アギルの弟子サギ......私にとって、師匠が勝手に呼んだ名前はかけがえのないものだった。


 私は師匠から転移系や結界系の魔法を沢山学んだ。

 勿論他にも攻撃魔法だったり、回復魔法だったり、補助魔法なんかも基礎的な所は習得したが、得意なこの2つだけはちゃんと全部マスターしたかった。


 しかしそんなに盲信的に魔術勉強をしていた私でも、年齢を経るにつれて自身の境遇や過去について考えるようになる事が多くなった。


 いわゆる思春期とかいうやつである。


 ふと窓の外に目をやってはこんな事を思った。何故私はあの子達とは違うんだろう......と。


 何故私には親がいないんだろう。何故私はこんなにも魔術を扱えるのだろう。何故師匠は私を育ててるんだろう。


 師匠は何も言わなかった。だからそれが猜疑心の種になり、苗になった。



 ある日思い切って自身の家族について尋ねた事がある。


「ねぇ師匠。」


「どうした?」

 私は暖炉の前でのんびりしている師匠を前にして、少し質問する気力が削がれてしまったが、それでも聞きたいという気持ちを頑張って押して質問した。


「私には......その......血の繋がった家族って居るのかな......?」

「貴女もそういう事が気になる年頃か......」

 師匠はまるで私が質問することが分かってたかのような返しをした。


「そりゃ......もちろん......」

「サギ、貴女には血の繋がった母親と姉がいるのよ。」

「お母さんと......お姉ちゃん?」

 師匠は全然隠す感じは無かった。私が家族でしょとかそういう薄ら寒い綺麗事も言わなかった。


「そう。貴女の姉は血は繋がってるけど腹違い......つまり貴女と貴女の姉は父親だけ同じってことね。

貴女の母親と貴女の姉の関係は血は繋がってない。」


 衝撃の事実である。私には母と腹違いの姉がいるらしい。にわかには信じ難いが。


「腹違いのお姉ちゃん......じゃあ、お父さんは誰なの?」


「......まぁハッキリとは言えないけど、ある国の王様よ。」


「え......? 私が......国王の......娘?」


「王様と使用人との間に出来た子が貴女よ。つまり、貴女の姉は王国の姫という事になる。

でも貴女は正統な世継ぎじゃないから、貴女の母親が密かに私の元に連れてきたのよ。」


「お母さんは......どこにいるの? 誰なの?」

「その質問には答えられないな。」

「なんで?」


「口止めされてるからね。貴女の母親自身に。」

「口止め?」


「貴女もあまりこの事はあまりベラベラ話さない方がいいわよ。

いつどこで誰が狙ってるか分からないんだから。」


 私はふと窓の外を見た。外の雪はゆっくりと降っていて、暖かい格好をした人達が道を行き交っていた。

 その中には仲が良さそうな家族らしき人達もいた。それを見ると自然とこんな疑問が産まれた。


「なんでお母さんは私を師匠に預けたのかな......」

「それは大人の事情って奴だろう。まぁ引き受けた私も私だが。
母親のこと恨んでるのか?」

「いや別に......」

 別に恨んではいないのだ。ただ、何故私は普通と違うのかが知りたかった。


 私はそのままフラフラとした足取りで自室に戻った。私はベッドに座り込んで、しばらくボーッとした。


 顔も名前も知らない姉と母......血の繋がっていない師匠......正当な世継ぎじゃないから隠匿された私......


 別に今までの生活を不満に思ってた訳では無い。ただ、なにか嘘臭く感じるようになってきただけだった。


 机の上にある水晶を転がしてみては、そこに映る自分を見つめた。


 本物の家族ってなんだろう? 本物の私ってなんだろう?


 ふと、水晶に映る自分の後ろにある本棚が気になった。

 いつもはなんとも思わない本棚。しかしそこに置いてあるのは自分の本では無い。

 全て師匠が集めた本。だからこそ興味が湧いた。

 数ある本の中で、自然とある一冊を手に取った。


「キーオート戦記......?」


 その本は私を惹きつける何かを持っていた。

 頁をパラパラと捲り、ざっくりと斜め読みした所、キーオート王国と呼ばれる一大国家の繁栄である黄金時代と、黄昏を迎えつつある暗黒時代への危惧が書かれていた。

 そして数々の血腥い戦争の歴史も克明に書かれていた。


 最後の頁を捲ろうとすると、何故か最後の頁だけ開けなくなっていた。

 糊か何かで接着してあるようだったので、机の上に置いてあった小さいナイフでスパッと切り開いた。

 貼り合わせられていた最後の頁に隠されていたのは、一枚の写真と一言の言葉だった。


 黄金の矢が写っている写真と「融合係数オーバー100」という一言。


 どっちも何のこっちゃサッパリ分からなかったが、本の内容だけは理解出来た。


 そして、その内容に触発されてしまったのかも知れない。


 これは人間の悲しい性なのかは分からないが、戦記を読んでいるうちに私も戦場等に赴きたいと思ってしまったのである。

 恐らくそれは、今までの人生のほとんどを部屋の中でずっと魔術勉強していた反動なのかもしれなかったし、本物の自分という物を探したかったからかもしれない。


 私は調合書や歴史の本等の、部屋に置いてある本を何冊か袋にしまい、水晶や杖、紙や筆なども一緒にしまって外に出る準備を済ませた。

 そして袋を背負った瞬間、意外に軽いなと思った。

 何となく今まで自分が生活してきた全てが薄っぺらく感じた瞬間でもあった。


 自室を出て、リビングにいる師匠と対面した。


「ここを出ていきたい。」


「別に止めはしないわ。」


「一人前になるまで帰ってこない。」


「分かった。なら、これを持っていきなさい。」


 師匠は何かの羽をくれた。


「これは?」


「これはどんな所にいても、ここにすっ飛んで帰って来れる羽。
貴女が一人前になったらこれを使って私の元に帰ってきなさい。」


「ごめんなさい師匠......不出来な弟子をお許しください!」


 私は捨て台詞を吐くように家を飛び出した。

 外はやっぱり雪が降っていた。雪は降り積もる一方で、明日になれば私の足跡もかき消してくれるだろう。


 そして雪は皆に平等に白銀の世界を見せた。私はその白さの上を駆けた。


 外の冷たい空気で段々と私の頭も冴えてきた。何の気なしに飛び出したは良いものの、どこに行こうか分からなくなってしまった。


 街の広場までで走る体力が尽き、とりあえず休憩する事にした。

 戦う事でこれまでやって来た事が肯定されるかも知れない。そんな期待と共に、何か別の感情が芽生えていた。


 私は何かこのモヤモヤした感情を誤魔化す為に広場をうろつき始めた。


 そして何となく広場の掲示板の前まで来ていた。


「ギルド......?」


 それは部屋の中にずっと籠って生活してきた私にとって初めて目にする物だった。


「こんばんは。」

 いきなり横から帽子を被った女性が話しかけてきた。

「こんばんは......」

 今まで師匠以外の人とろくに話したことの無い私は少しオドオドしてしまった。


「私の名前はシナトラ。今ちょうどギルドを創ろうと思ってるんだけど、魔術師が必要で......貴女のお知り合いにいませんか?」

ギルドを創る......

「一応......私、魔女やってます......」

 彼女は少し驚いたような顔をした。しかし、その顔は一瞬にして柔らかい表情に変わった。


「あ、あの......ギルドって......なんですか?」


「ギルドというのは、志を同じくする者達が集まり、社会への貢献という名目でお互いに助け合う組合のようなものです。

私達のモットーは実力至上主義の精鋭達による害獣駆除や紛争介入、希少アーティクル収集代行って所ですかね。

どうです?私達と一緒にギルド始めてみませんか?」


「......はい......よろしく......お願いします。」


 その瞬間は私が一人前になる為の大きな一歩を踏み出した瞬間だった。

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