苦役甦す莇
Episode26 Witch apprentice
おかえりと出迎えてくれたのはサクリだった。
「こんな場所なのにおかえりって......」
俺はちょっと小馬鹿にするような言い方をしてしまった。
「今の私の居場所は皆さんと一緒に居れる場所ですから......私はどこでもいいんです。皆さんと一緒ならそれでいいんです。」
それはどこまでも綺麗な考え方だった。俺にはサクリの考えは眩しすぎた。
「いや、済まない。別にバカにしたわけじゃないんだ......ただこの袋小路からどうやって逃げるか分からなくなってしまったんだ。」
今置かれてるこの状況は、いくら冷静に考えてもヤバい状況である。
上には監視者、下には魔獣、そしてここは海のど真ん中。10人が10人「ヤバい」と答えるだろう。
上ではシナトラとホロウが監視者を相手にしているが…...何とも言えない。
騙し合いでは勝ったかもしれない......しかしどれだけあの二人が強くても、流石に数の暴力には適わないだろう。
「なぁサギ、気になった事があるんだが。」
「ん? 何?」
「どうして船で移動してたんだ? 転移じゃ海は渡れないのか?」
「んー......まぁ行けなくは無いんだけど、私の消耗が激しいんだよね。もう既にアザムキがグロッキーになってんのに、私まで動けなくなるといよいよって感じだから。
それに、ミラとかいう男がホロウに化けてた訳だし。船で渡る提案自体はミラがしたんだよね。多分今の状況がその理由なんだろうけど。それで私達はその話に乗ったってだけの話。
シナトラとホロウは監視者と殴り合いする気満々だったし......まぁ奇妙な形で利害が一致したんだよね。」
「じゃあ、ここからどこかの海岸に転移するのは難しそうか?」
「そうだね......私一人転移させるのは問題無いんだけど、流石にこの人数全員を転移ってのはちょっと......あ!」
無理そうな感じから一転、サギは何か思いついたようだ。
「ん? どうした? なんか案が有るのか?」
「......ん......これは......かなり最終手段......」
サギは少しモゴモゴと話した。何やら言いたくない事らしい。
「どういう事?」
そこにすかさずフランが突っ込んだ。
「皆がどうこうするかじゃなくて、私の決意の問題。」
「よく分かんないよ。もっと分かりやすく!」
フランはサギがわざと遠回しに発言しているのが気に食わないらしく、サギのパーソナルエリアに土足でズカズカ入っていかんばかりの切り込みを投げた。
「実は......ある場所だけは私の魔力関係無しで転移出来るんだ。
だけどその場所は『一人前になるまで二度と敷居を跨がない』って決めた場所なんだ。」
「一人前?」
俺は一人前というワードが気になった。
「うん。その場所は......実は私の師匠の家なんだ。
まだ半人前だった私は一端の口を利いて、あの場所から飛び出した。
その時師匠は何も言わずに、これを渡してくれた。」
サギが前に突き出した手のひらには一枚の羽があった。
「これは師匠が転移能力を付与させた羽。使えるのは1回きりだし、行ける場所もあの家に限られてるんだけど、これを使えば皆ノーリスクでここから脱出出来る。」
「なら良いじゃん! それ使おうよ!」
フランは『最終手段』とやらを使う気マンマンらしい。
「私もそれでいいと思うけど。サギ、貴女さっき自分の覚悟がどうとか言ってたよね?」
クーネはフランに同意しつつ、サギに事実確認を促した。
「うん。今の私が果たしてあの家に戻っていいのかな......」
サギは困ったような顔で色々考えているようである。恐らく今の自分は一人前になれてるだろうかと悩んでいるのだろう。
「なぁ。質問ついでにいいか?」
俺はサギのうだうだした悩みを断ち切るように、1つの疑問を投げかけた。
「ん? なに?」
「その師匠とやらは誰なんだ?」
「アギルって人だよ。街で魔具錬成してる。」
返答は意外なものだった。
「あ、アギルだと?」
純粋な好奇心で聞いたつもりが、変な所で関係が繋がってる事実を知ってしまった。
「うん。どうかしたの?」
言い方に少し語弊がある気もするが、そんなアギルがサギの師匠だったとは......
「いや、何でもない。」
彼女が異世界まで転移出来るのが頷ける気がする。アギルが転移系魔法の達人だったからこそ、サギもまた転移系に秀でた魔女なのであろう。サギはまだまだアギルに及ばないようだが。
「サギ......お前はこの4人を連れてアギルの家まで転移すべきだ。」
アギルの所なら安全だ。直感的にそう思った。
「アザムキはどうするの?」
サギは恐る恐る尋ねてきた。
「俺は上に残してきたシナトラとホロウが気がかりだ。2人の事だから負けるなんて事は無いだろうけど、それでもやっぱり心配だ。
ゲオルグ、お前はフェルトの遺志を継いだ男と見込んだ上で4人のことを頼む。」
俺は万が一の場合を考えて、ゲオルグを護衛役に抜擢した。
「ああ、分かった。」
ゲオルグは二つ返事で快諾してくれた。
俺とゲオルグは熱い握手を交わした後、俺は船の上に向かって行った。
「君がこの文面を見ている時、俺はもう死んでいるだろう。フェルト、俺は未来の君だ。
君はこれからある事をしなくてはいけない。
それはアザムキという少年を見守る事だ。
君がアザムキ君を守る事は、失われたシナトラへの絆を取り戻す事になる。」
未来の自分からのメッセージであった。
俺はこのメッセージを受け取った時、思わずセルギュを落としてしまった。
メッセージの下にスクロールしていき、アザムキという少年がいつどこに現れるかを見た。
月が綺麗な夜に俺は指示された場所に赴いた。
そこには指示通り、半透明の少年がいた。俺はこの光景を見た時、これは本物の未来の自分からのメッセージであり、死期が近い事も悟った。
俺がアザムキ少年を追っていくと、何故か同僚と出くわした。その同僚はバンデットの一員である『ミラ』という男を追っていた。
実はその頃、『空の監視者』は大きく2つの派閥に分かれていた。1つは、正義の心などとうに失い、欲に目が眩んだ集団。もう1つは、各々が信じる真の正義を遂行する集団。
俺と同僚は後者に属していた。『背徳者』達は神の月の力を操り、『神の機雷』なるもので俺達『有翼獣人』を脅し、手玉にとっていた。
前者の集団はそんな背徳者に媚びへつらい、腐っていく組織を甘んじて受け入れていた。
後者の集団はそんな『背徳者』に対して敵意を持ち、組織に手を回し、組織を腐らせる原因となった『バンデット』なる組織も潰そうと計画していた。
前者は最早完全に『背徳者達』と『バンデット』の操り人形だった。
何故俺はギルドを抜けてまで、『空の監視者』にならなければならなかったのか?
それは先程も述べたように、俺らの生活圏である空が背徳者達によって脅かされつつあった為である。
『神の機雷』はとても恐ろしいものだった。それが起動してしまったら、地上には永遠に光が届かなくなる帯電質の毒の煙が空を覆うのであった。
背徳者達は月に住んでいるので、地上に住む下々民の事など全員奴隷のように思っていた。
こんな風に反逆者に噛みつかれないように、上手く我々を利用したのであった。
その為に俺はギルドから抜け出し、シナトラとの絆に傷をつけてしまったのだ。
だから俺は自分の信じる正義を貫く覚悟があった。その為にシナトラと関係回復の為に連絡を取り、アザムキ少年を見守りゲオルグを通して情報を与えた。
しかし、正義を貫く派閥は圧力や風当たりが強かった。正義を貫く為とはいえ、やってる事はほとんど反逆者に変わりないし、実際反逆幇助のようなものだ。
その為に俺らは見つからないように水面下で動き回った。見つかったら上に報告されて、最悪『神の機雷』を起動されかねない。
実際、媚びへつらう派閥の奴らに見つかった時は報告されないまでも、鬱憤晴らしにボコボコにされた。
そんな感じで、徐々に俺は精神肉体共にボロボロになっていった。酷い時は公衆の面前でボコボコにされる事もあった。
「この下衆派閥が! 背徳者様達に楯突こうなんざ烏滸がましいんだよ! 死にてぇのかテメーは!」
俺らの行動は『神の機雷』を起動されかねない行動だった為に、俺らは世間から白い目で見られた。
俺は既に社会的に死んでいたと言っても過言では無かった。
そんな俺は最後に、バンデットに忍び込んでありとあらゆる情報を掠めとった。
しかし、俺が知りうる限りの真実をゲオルグに伝えた直後に奴らに見つかってしまった。
俺は始終ボコボコにされた後でも、バンデットのボスに対して唾を吐き続けた。
「俺は俺が信じる正義と、掛け値の無い彼らの為に生きる。」
それが俺の最期の言葉となった。
メイド服を着た女は俺に向かって「気に入らないな。そういう奴は死ぬべきなんだ。」と言った後に、俺の心臓を剣で突き刺した。
死んだ後、俺がいたのは天国でも地獄でも無かった。そこは霧が深い泉で、ワイズマンなる時空を超越する存在がいた。
俺はワイズマンの助けを借り、昔の自分にメッセージを送った。
「君がこの文面を見ている時、俺はもう死んでいるだろう。フェルト、俺は未来の君だ。
君はこれからある事をしなくてはいけない。
それはアザムキという少年を見守る事だ。
君がアザムキ君を守る事は、失われたシナトラへの絆を取り戻す事になる。」
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