苦役甦す莇

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Episode25 God dropped an arrow


「なんでテメーがここにいる......ゲオルグ。」

 沈みゆく船の中の廊下に現れたのは、俺が初めて会った『監視者』ゲオルグだった。


「貴方に色々伝える事があるからですよ。
アザムキさん。貴方が探しているのは、この3人ですよね?」

 ゲオルグは自身のセルギュを俺に見せてきた。

 そこにはさっきの手配書が表示されていて、「クーネ」「フラン」「サギ」の似顔絵に丸がつけられていた。


「あぁそうだ。そして、もう1人探している。」
 俺は3人の他にサクリの事も探している。あれだけ俺を慕ってくれている彼女を忘れるわけにはいかない。


「そうですか......やっぱりね......」

 ゲオルグは4人のことを知ってる風な態度をとった。


「なぁゲオルグ。4人のこと知ってるなら教えて欲しい。」


「アザムキさん。貴方に4人のこと教えるなら、僕はそれに関する事を全て話さなければ無くなります。
僕が全て話していい相手は、僕の信頼を勝ち取った人だけとキツくフェルトさんに言われました。」


「何が言いたいんだ?」
 俺は彼の言ってる事は聞き取れたが、言いたい事がイマイチよく分からなかった。


「アザムキさん。貴方はまだ十分な信頼に値して無いんですよ。
なので、今から一問一答していきます。全て正直に答えてください。」


「そんな事してるヒマは無いんだ! もう船は沈んでしまう! 早く教えてくれ!」
ピチョン......ピチョンと滴り落ちる水滴の音すら、俺には恐怖だった。


「だから、一問一答に全て正直に答えてくれたら教えると言ってるでしょう? そうせかせかしないで。」
 何故かゲオルグは余裕のある態度をとっている。
 何故だ? お前も沈んでしまうだろ?


「普通焦るだろ! 仲間の命がかかってるんだ!」
 俺はそのセリフを口にした瞬間ハッとした。こんなセリフ、以前の俺なら絶対に言わなかっただろうと。


「はぁ......僕の能力で、今この船の残骸にある程度の浮力を働かせてます。
少なくとも一問一答してる間に、完全に沈んでしまうなんて事はありません。」
そういう事か。


「そうか。分かった、それなら良いだろう。
何でも答えてやる。」
 納得した俺は、一問一答することを了承した。


「では、質問一。貴方はアザムキさん本人ですか? 本人なら本人だという証明をして下さい。」


「俺は正真正銘、本物のアザムキだ。
ゲオルグ、お前と初めて会ったのはキーオート自然保護区でだ。
その時、俺はクーネと一緒にいた。そして俺は『空の境界』について知らず、お前を怒らせてしまった。

これで証明になるか?」


「結構です。では質問二。貴方はマヤという女性と関わりが持った事がありますか?」


「関わりを持った事はあるが、奴とは知り合い程度の仲だ。それ以上でもそれ以下でも無い。それに、お互いにお互いを嫌ってるし価値観も合わない。」


「なるほど。それでは質問三。貴方はこの場所が『魔の海域』と呼ばれている理由と、ここにいる水棲魔獣が普通の魔獣よりも強い理由を知っていますか?」


「いや知らないな。」


「わかりました。では質問四。貴方この世界の月と神の関係について知っていますか?」


「あぁ。大抵の事は知っている。」


「ふむふむ。なるほど。それでは最後の質問です。貴方は外の世界から来た人間ですか?」


「ぅぐ......そ、それは......」
 これまでスムーズに受け答えしていた俺だったが、流石にこの質問の前では吃ってしまった。


「それは?」


 仕方ない......4人のためだ。


「......そうだ。俺は外の世界から来た人間。痣剥爪跡だ。」


「ありがとうございます。これで質問は終わりです。」


「......話してくれるか?」


「はい。しかし、その前に一つだけ。
これから話す事は他言無用と約束して頂けますか?」


「ああ。分かった。」




「まず、この場所『魔の海域』と『第一の神』そして『黄金の矢』についての話をします。


まず、第一の神が黄金の矢を自らに貫いて月になった。というのは紛れも無い事実です。


では、それはどこで行われたのか?


答えはここ『魔の海域』です。


『第一の神』が『第一の月』となる前までは、ここら辺は普通の海でした。


しかし、第一の月が現れてからここは魔の海域と呼ばれる程危険な海になってしまった。


それは何故か?


答えは一つ。


第一の神が自身を黄金の矢で貫いた後、神は矢を海に落としてしまったのです。


第二の神の場合、黄金の矢は貫かれたまま月と一体化しました。


しかし、第一の神の場合はそうでは無かった。


第一の神は自身の体を貫いた矢を、引き抜いてしまったのです。


そして力尽きた神はそのまま矢を海に落としてしまった。


そして『神の血』が付いた『黄金の矢』は海に落ちていき、その魔力はそこら辺一帯にいた獣達に影響を及ぼした。


そう。第一の月の力で魔獣になった以上に、直接『神の血』による力を手に入れたのです。


そうしてここら辺一帯は『魔の海域』と化しました。


魔の海域ではほとんどの海獣達が魔獣になる事を選択しました。


魔の海域出身の獣人はほとんどいません。」


「なるほど。」


「次に、『マヤ』という女と『バンデッド』と呼ばれる組織の動向について可能な限り話します。


彼女達の目的はギルド転覆。それによる地位向上と、『月を目指す事』という様です。


今現在、空にある二つの月はある団体が占拠しています。俗に『背徳者』と呼ばれる者達です。


『背徳者』は我々『有翼獣人』を手玉にとって、月に地上の人間や他種の獣人や魔獣が攻め込んで来ないように我々に監視の任を与えました。


そうして今の監視制度『空の境界』と『空の監視者』が作られてる訳なのです。


マヤ率いるバンデットは、背徳者の仲間入りを果たす事で世界を支配する側になろうと目論んでいるようです。」



「なるほど......それで、その話と4人の事はどう繋がるんだ?」



「まぁ、そう焦らずに。今から話しますので。


まず、背徳者の仲間入りはそう簡単には出来ません。


しかし、第二の神が愛した女......つまりクーネさんを献上する事が出来れば話は別です。


実は第二の神は力の一部をクーネさんに託しているのです。それ故に第二の月は完全に機能してるとは言えず、支配力が不完全で弱いのです。


なので背徳者達はクーネさんの存在を欲しがっており、献上してしまえば仲間入りなど容易いという訳です。



次にこの海に落ちた『黄金の矢』と我々『空の監視者』についての問題。


月にのさばっている背徳者達は、我々に監視の任を与えると同時に、この魔の海域に落ちた『黄金の矢』を探す事も任務として与えました。


背徳者達はこの海のどこかに落ちている『黄金の矢』を欲しがっています。


理由は恐らく、この世界のどこかにいる『第三の神』を見つけ出し『第三の月』を生み出す為だと思われます。



現在把握されている矢の本数は2本。


うち1本は第二の月と同化しているので取り出し不可。


なので実質この世にある黄金の矢は1本という事になります。


なので、空の監視者はこの魔の海域に異常なまでの人員を割いているのです。



そして問題の『黄金の矢』これはサギさんとフランさんに大きく関わっています。


理由と経緯は不明ですが、今現在地上にある唯一の『黄金の矢』は2分割されていて、片方はサギさんの体内に、片方はフランさんの体内に埋め込まれているのです。


この事は『空の監視者』達や『背徳者』達は知りません。


なので彼らは見つかりもしない『魔の海域』で『黄金の矢』を探し続けているのです。


そして最後にサクリさん。

サクリさんは今回の件にあまり深く関わりは無いのですが、元々『バンデット』の奴隷だったようです。


それを貴方、アザムキさんが救ってしまった。


奴隷一人にご執心という訳では無さそうですが、かなり危険な立ち位置に居るのは変わりありません。



そしてこれらの事実全てに辿り着いたのは、フェルトさんただ1人でした。」



「......なるほど。」
 4人全員が狙われうる可能性があるのか......



「そして私は、フェルトさんにこう言われました。『自らが正しいと思う事を成せ。空の監視者なんて裏切ってもいい。必要ならルールは変えろ。環境が作ったオリなんて壊せ。』と。


彼は結局、最期までシナトラさんやシナトラさんの仲間の為に生きた人でした。


『空の監視者』という立場にいながら、彼は最期まで抜けていった実力至上主義ルドを忘れる事は無かったようです。



私は彼女達4人を庇う事が『正しい事』だと思います。



今、外には大量の『監視者』達がいて、

水中には大量の『水棲魔獣』達がいる。



ハッキリ言って四面楚歌です。」



「そうか......君は4人を脅かす敵じゃなく、4人を庇ってくれた味方なんだな…...

そして、この状況をどう打開するかがカギという事だな?」



「そうです。」


「とりあえず......4人のところに案内してくれ。」


「分かりました。こっちです。」


 俺はゲオルグについて行き、奥の部屋にまで歩いていった。


「ここです。どうぞ。」
ゲオルグは扉の横に立った。


 俺はゆっくりとドアノブに手を伸ばした。海水で濡れたドアノブはひんやりと冷たく、一瞬俺はドアノブから手を離してしまった。


 何か嫌な予感がする......予測可能回避不可能の嫌な予感じゃなければいいんだが......


 俺はもう一度しっかりとドアノブを握り、意を決して扉を開いた。




「あ、アザムキさん。お帰りなさい。」

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